伏見と生田と
「そんなの私が知ってるわけないじゃない」
補習に行く前に、アカリを捕まえてカノとヒルコちゃんの仲が良くない理由を聞いてみたところ、こんな答えが返ってきた。
「あのー……あなた、クラス全員の情報を完全に把握するのはクラス委員長の務め、とかいってませんでしたっけ?」
「それはそれ。これはこれ。私にだって分からないことだってあるよ。それにカノはクラスメイトじゃないからね!」
ドヤ顔で胸を張って言われてしまった。
うーん……本当に役に立たない阿呆委員長だなぁ。
心からそう思う。
しょうがないから本人に聞いてみるしかないかなぁ。
今日はちょうどヒルコちゃんいない日だし。
そんなわけでも今日も今日とてカムイを暴発させに訓練室へ。
もう完全に暴発させに行くのが目的になってますよね、私。
実際その通りなんだけどさ。
今日のカムイは『乾水』。
指定した範囲の水を乾燥させるという割と単純なカムイだ。
けどやっぱり失敗して、水は確かに乾燥したんだけど入れてるグラスが風化を始めてボロボロになってしまった。
入れるものを紙コップに変えても結果は同じ。何故か紙コップまでボロボロになってしまう。
何でこう余計な効果が付加されてるんだろうね、私のカムイは。
さすがのキクリ先生も頭を抱えていた。
本当に申し訳ない限りです……。
そして補習後。
「お疲れ様ー」
生徒会室に行くといつもの月依、サクヤちゃん、カノが揃っていた。
このメンバーなら聞きやすいかな。
そう思い、私用のティーカップに紅茶ティーバッグを入れお湯を注いでカノの隣へ。
「カノにちょっと話があるんだけど」
とこう切り出す。
「何かしら、改まって」
カノは相変わらず緑茶片手に、私が取り寄せているハチミツ黒砂糖飴を頬張っている。
なんだかんだで、カノもハチミツ黒砂糖飴を気に入ったらしい。
「カノとヒルコちゃんのことなんだけど」
言ったとたん怪訝な顔をされる。
「私とヒルコの何が知りたいの?」
「んと……、なんで普段はこんな普通に話せてるのにヒルコちゃんがいるとあんなに険悪になるのかなぁって思って」
私の言葉に暫く思案した後、カノは
「そうねぇ。ヒルコとはもうずっとこんな感じかもしれないわね」
「昔からこんななの?」
「そう。昔から。何かあれば取っ組み合いとまではいかないけど、言い合いの喧嘩にしかならなかったわね」
「そうなんだ」
何か思ったより根が深そうだなぁこれ。
「その辺はヒルコと一緒にいたサクヤも知ってるとは思うけどね」
そう言われて、サクヤちゃんの方をみるとコクコクと頷いている。
「だから、これが私達の日常と言えば日常になってるのよね」
「そっかー……」
んー……。
「カノはヒルコちゃんと普通に仲良くしたいと思わないの?」
「どうかしら。私自身もうこのままでも良いとも思ってるし。ヒルコ自身も今のままで良いと思っているんじゃないかしら」
「そんなことはないと思うけど」
「それはあなたには分からないことだと思うのだけど」
だんだんカノの口調がきつくなってくるのがわかる。
「だってヒルコちゃんは、こんないがみあっててもカノと一緒にいるじゃない。カノだってそうじゃない。本当は心のどこかで仲良くしたいんじゃないの」
「……今日はもう帰るわね」
そう言ってガタリと大きく椅子を鳴らし立ち去るカノ。
私はそんなカノを見送るしかできなかった。
「陽花さん……」
そんな私を心配そうな瞳でサクヤちゃんは見つめている。
「大丈夫だよ、サクヤちゃん。きっと二人を仲良くして見せるから」
「はい……」
「お姉ちゃんも何だかんだでお節介だよね」
言いながらため息を付く月依。
「しょうがないじゃない。カノは私が誘ったんだし」
「ま、そうだけどさ」
「そういえばサクヤちゃんは二人があんなになる前の事、知ってるの?」
私の問いに少し考え込んだ後、
「そうですね……お二人は幼少の頃は仲がよろしかったと思います。でもいつの頃からかあんな風になってしまって。その原因が何なのか私には分からないんです……」
サクヤちゃんはそう答える。
「そっかー……」
その原因が何なのか分かれば二人は仲良くできるのかなぁ。
確証はないけど、その原因は突き止めた方が良いような気がする。
でもあの感じだとカノはきっとそのことを話してくれないだろうなぁ……。
今度はヒルコちゃんに聞いてみるしかないか……。
そうしよう。
―――
そんな訳で、夕食時。
ヒルコちゃんを食堂で待ち伏せて、例にもよって二人で日本風定食をパクつく私達。
「ヒルコちゃんとカノが仲悪くなった原因って何なの?」
単刀直入にヒルコちゃんに問う私。
ヒルコちゃんには無駄な小細工してもすぐ見抜かれるしね。
「そんなん知って陽花はんはどないする気なん?」
質問を質問で返されてしまった。
「どうしたいかって言われたら、二人を仲良くさせたい、かな」
「それはなんでなん?」
「それは私が二人の仲が悪いのが嫌だから」
即答する私。
「あははは。相変わらず陽花はんは我がままで正直ものやね」
思いっきり笑われてしまった。
でも。ヒルコちゃんの言う通りだ。
これは私の我がまま。サクヤちゃんの時とおんなじだ。
「ウチもなー……何かあったような、ないような。ようわからへんねん」
「そっかー……」
ヒルコちゃんが心当たりないとなると八方塞がりだなぁ。
「カノもおこらせちゃったみたいだしなぁー……」
私はポツリとそうぼやく。
「ん……?カノにも何か聞いたんかいな?」
「本当は仲良くしたいんじゃないの?って聞いてみた」
「はははははは。ほんま、陽花はんらしい馬鹿正直な質問したもんやなぁ。まぁ……そんな陽花はんやから……」
笑っていたヒルコちゃんの言葉が次第に小さくなり聞き取りづらくなる。
「ん……?……何?」
「いーや、なんでもあらへんよ、気にせんといて」
そう言っていつも通りニカっと笑うヒルコちゃん。
なんかたまーにヒルコちゃんは、らしくないときがあるよなぁ……。
―――
「お姉ちゃんまだ調べものしてるの?」
「んー……なんか使えるカムイないかなーって」
時計の針がてっぺんを回っている時間、私はまだぼんやりとカムイの教科書を眺めていた。
時間を止めるカムイなんてものがあるんだから、
人の記憶を見たり知ったりできるカムイもあるかもしれない。
そう思って調べてみたら見事予想は的中だった。
憶見……触れた人の記憶を覗き見ることができるカムイ。
これは二学期の初めに申請したカムイの中の一つだ。
申請が通っているだけで使いこなせるわけでもないのだけれど。
どうしたもんかなぁ……。
一緒に申請した月依とサクヤちゃんなら多分使いこなせるんだろうけど。
二人に協力してもらうのもありかな。
でも使うとしたら誰にだろう。
カノに言っても協力はしてくれないだろうから、やっぱりヒルコちゃんかな。
明日の放課後、早速三人に協力してもらうことにしよう。
―――
そして翌日の放課後。
私達はキクリ先生にお願いして、憶見のカムイを使う許可を出してもらった。
で、月依の憶見でヒルコちゃんの記憶を、カノと仲が悪くなった時期を中心に見てもらった。
理由は知ってしまえばただのすれ違いだった。
ただのすれ違いだったけれど。
カノとヒルコちゃんにとってはとても大切なことだった。
本当にとても大切な大切なことだった。




