咲耶姫
期末テストの日。
私はカムイ以外の単位は私には関係ないので、
相変わらず一人寂しくカフェ神楽耶で時間を潰していたのだけど。
テスト時間も終わりきっていない時間だというのに。
思いもよらない子が現れた。
サクヤちゃんだ。
「どうしたの?サクヤちゃん。まだテスト中じゃないの?」
「いえ、もう私もテストを受ける必要がなくなってしまったので」
へ……?
それどういうこと?
「私の本家のこと、月依ちゃんから聞いてご存知ですよね」
本家……っていうと、あの話の事かな……。
「サクヤちゃんに許嫁がいるっていう話……?」
サクヤちゃんが望まない、勝手に決められた婚約者。
サクヤちゃんにはちゃんと心に決めた想い人がいるというのに。
「私、この夏で学園を去らなければならなくなりました」
「え……」
思いもかけない突然の言葉に私は頭の中が真っ白になってしまう。
「せっかく、月依ちゃんや陽花さん達とも知り合えたのに残念です」
「う、嘘でしょ……」
「いいえ……残念ながら本当のことです。それが本家の意向なんです」
目を閉じて、ゆっくりと首を振るサクヤちゃん。
「……」
サクヤちゃんがいなくなる……。
そんな……。
だってサクヤちゃんと卒業までは一緒に居れると思っていたのに。
その事実に目の前が暗くなったような感覚に陥る。
「……月依は、それ知ってるの?」
私は絞り出すようにその言葉を口にする。
「はい。今朝方そう伝えたら、陽花さんと同じ顔をして驚かれてしまいました」
「……そっか」
「本当に、お二人はそっくりです。本当に、お似合いだと思います」
そう言って儚げにサクヤちゃんは微笑む。
サクヤちゃん……。
そんな顔のサクヤちゃんを見ていると……。
私は……。
私はサクヤちゃんに自然と歩み寄り抱きしめていた。
「陽花さん、だめですよ。陽花さんには月依ちゃんがいるのに」
「それでも。それでもこうさせて……」
私は涙交じりにそう訴える。
「しょうがない人ですね……本当に……。本当に陽花さんは月依ちゃんとそっくりです……」
そう呟くサクヤちゃんの言葉も愁いをおびていた。
「ねぇ、サクヤちゃん……。この事はコノハさん知ってるの?」
「はい……お兄様にも今朝方そう伝えました」
「コノハさんは、なんて?」
「ただ、わかった。とだけ……」
言いながら私の胸の中でひどく寂しくサクヤちゃんは微笑む。
「……そっか」
コノハさんはサクヤちゃんのこの想いにちゃんと気付いているんだろうか。
こんなにもサクヤちゃんはコノハさんのことを想っているというのに。
「陽花さん……短い間でしたけど。私、本当に楽しかったです」
「うん……。私も楽しかったよ。本当の妹がもう一人できたみたいだった」
「そう言っていただけると私も嬉しいです……」
「ねぇ……本当にもうこの事は変えることはできないの?」
私の言葉にサクヤちゃんは無言で首を振る。
「本家の意向は絶対ですから……」
それでも……。
それでも私は。私達は。
もっとサクヤちゃんと一緒に居たいのに。
もっと一緒に居たいよ。
「陽花さん……そろそろ放していただいてもらっていいですか?」
本当は放したくない。
ずっと。ずっとこうしていたい。
サクヤちゃんが放れていかないように。
でも、そんなことできるわけがなくて。
「……うん、ごめんね。サクヤちゃん」
そう言って私は抱きしめたサクヤちゃんを開放する。
サクヤちゃんの温もりが体から離れていく。
「実は、月依ちゃんにも同じ風に抱きしめられたんですよ」
サクヤちゃんはクスリと微笑む。
「本当に陽花さんと月依ちゃんは、そっくりで。お似合いの二人です」
本当に羨むような視線で見つめられる。
「それでは、私はこれで失礼しますね」
「うん……またね、サクヤちゃん」
「はい、またです」
そう言ってサクヤちゃんはカフェ神楽耶を後にした。
―――
「そうかー……。サクヤはんには許嫁おるっちゅうんは前々から聞いとったけど、そないなことになっとんたんか」
テストが終わった後、ヒルコちゃん達と合流した私はサクヤちゃんの事を話した。
「今朝から月依の様子がおかしかったのは、そういうことやったんか」
「うん……まぁ、そういうこと……黙っててごめん」
「私の家もさ。結構厳しいんだけどサクヤの家はそれにもまして厳しいからね……」
アカリは紅茶を片手にぼんやりと呟く。
「そうなんだ……」
「でもなー……もっとずっと先のことやと思うとったのにえらい急な話やな……」
「……私も、せめて卒業までは一緒に居れると思ってた……」
親友だった月依の声は私達の中で一番沈んでいた。
私だって月依と同じだ。
サクヤちゃんの悲しそうな笑顔が、頭から離れない。
抱きしめたサクヤちゃんの温もりが忘れられない。
「私達で何とかできないのかな……」
月依は搾りだすようにその言葉を口にする。
「無理やろ……それは……」
「無理かなぁ……やっぱり……」
「それこそ、もうどっか逃げ出してしまわん限り無理やろ」
「逃げ出す……かぁ」
逃げ出す……。
逃げ出す……?
ヒルコちゃんのその言葉を心の中で反芻する。
あ……そうか。そうだ!
「一つだけ方法があるかも」
そう、一つだけ方法があった。
私にしかできないことがあるじゃない。
それはただの時間稼ぎにしかすぎないけど。
でも今のまま別れてしまうよりは、ずっとましなはずだ。
サクヤちゃんとこれからずっと離れ離れになるよりはずっといい。
だから……。
だから、私は。
―――
コンコン。
私はサクヤちゃんの個室部屋をノックする。
「……どなたでしょうか?」
サクヤちゃんの沈んだ声が部屋の中から聞こえてくる。
「陽花だよ。サクヤちゃん」
「あ、はい。今開けますね」
そう言って部屋のカギを開けてくれたサクヤちゃんの目は真っ赤で眼尻は涙に濡れていた。
きっと、ずっと泣いていたのかもしれない。
部屋を見渡すと私物もすっかり片付けられていてガランとしていた。
ただベッドの上には月依が取ったクレーンゲームのぬいぐるみ達がならんでいる。
「サクヤちゃん。私のお願い聞いてくれるかな」
「はい……なんでしょうか?」
私は心を決めてサクヤちゃんを思いっきり抱きしめる。
そして
「逃げちゃおう。皆で一緒に」
私は意を決してその言葉を口にした。
私にしかできないこと。
そうそれは。
サクヤちゃんを連れて逃げだすこと。
このタカマガハラから、近くて遠く離れた日本へと。




