おくすりのお時間
えーっと……。
とりあえず、この状況はどうなっているんだろう……。
あまりにも突拍子もないこと過ぎて考えがまとまらない。
まず朝起きたら、ただですら薄い胸が無くなっていた。
声も何か自分の声じゃないみたいに低い。
そして。
あそこに、見慣れないものが付いていた。
「どういうことおおおおおお」
その私の叫びに対して、
「お姉ちゃんはこれからお兄ちゃん、だよ♪」
月依は笑顔で答える。
「なによそれええええええええええ」
なんで私がお兄ちゃんなの。
わけわかんないんだけど!
ていうか、月依がなんかやったの?これ。
「元に戻して!今すぐに!」
「えー……」
あからさまにしょんぼりした顔で言う月依。
なんでそんなにしょんぼりしてるんですかね!
私がこんなに困ってるのに。
「えーじゃないの!」
「だってこの方が私にとって都合がいいんだもん」
「月依にはよくても私にはよくないからね!」
「でもこの性別反転薬の効果、丸一日続くんだよねー」
「……まじですか」
もしかして昨日の夜に美味しいからってくれたあのジュースのこと?
確かに一応美味しかったけれども。
にしても性別反転薬?何それ。
そんなものまでこの世界にはあるの?
ほんと私の想像を超えてるんだけど。
「今日は一日よろしくね、お兄ちゃん♪」
なんだかとっても嬉しそうな顔でそんなことを言う月依。
「ううう……せめてお兄ちゃんって呼ばないでえええええ……」
そんなわけで私は今日一日、男の子として過ごすことになってしまった。
―――
「あははははははは。月依も、大概アホやなぁ」
涙を両目にうっすらと浮かべ大笑いしながらヒルコちゃんは言う。
「私にとっちゃ笑い事じゃないよ……」
ため息を交じりに私はそう呟く。
「まぁたまにはええんとちゃう?男の子の陽花はんってのも結構新鮮やし。それにしても陽花はんの男の子の声って結構イケボやね」
男になったって言っても、ただですら薄い胸が無くなって、声が少し低くなって、
あそこに要らないものが付いただけだからね。
姿は今までと同じでただの地味男?さんだし。
背丈だって皆よりちょこっとだけ高い位なのもかわんないし。
でも今は私、男の子だからテラスちゃんに抱き着いたりしたら完全に犯罪だよー……。
女の子の時でも嫌がられてたけど。
男の子の今だと尚更かもしれない……。
「隅に置けない陽花が男の子でイケボになったと聞いて!」
私の様子を耳聡く聞きつけ、そんなことを大声でのたまう委員長が一人。
その声と共にクラス中が騒めく。
「……もう、どうでもいいや……」
ほんと、もう。どうでもいいや。
今日一日、皆にバレないようにひっそりしてようって思ってたのにいいいいいい。
アカリの阿呆ううううううううううううううう。
「月依も大概やけど、アカリもだいぶ阿呆やな……」
その様子を見ながらヒルコちゃんは苦笑する。
「陽花さん。その……体の方は大丈夫なんですか?」
「一応いまのとこは、平気かな……」
サクヤちゃんだけだよ、私のことを本当に心配してくれるのは……。
ヒルコちゃんとアカリは面白がってるだけだし、
月依は今の方が良いとか言うしさ。
本当に早くこの薬の効果きれないかな……!
早く女の子に戻れる明日になって!
―――
という日に限って色々面倒ごとが起こるわけで。
それは昼食を教室でとっていた時の事。
まずどこからその話を聞きつけたのか普段私達の教室になんて来ないのにコノハさんがやってきた。
そして私は今男の子だというのに、コノハさんは相変わらず二次元の男子みたいに
「やあ陽花ちゃん。今日は男の子ぽさが加わって一段とクールで可愛らしいね」
とかのたまってくる。
言うまでもなく、食事中だった私の肩に片手を置いて。
だから、その手は邪魔なんだってば。
昼食の邪魔なんですけどね……!
いい加減にしてくんないかな……!
イラっとしたのは私だけでなくサクヤちゃんも同じだったようで。
「お兄様、また後でお話が……」
静かな口調の中から、凍てつくような冷たい感情が伝わってくる。
うん、これはめっちゃ切れてる。
今、私が男の子なのに相手に見境ないからめっちゃ切れてる。
「はははは……食事中邪魔したね。また今度時間があるときにでも」
そう言ってそそくさと去って行った。
ホント、もう食事時には現れないで欲しい。
いちいち私の肩に手を乗せて邪魔だから。
食事中じゃなくても邪魔だけどさ。
そして放課後。
今度はテテテテと音を立てながらテラスちゃんが教室までやってきた。
「陽花はおるか!」
「はい、はい、おりますよー……ここに」
休み時間ごとにクラスメイトの女子に色々質問攻めにあい疲れ切ってしまっていたので、
テラスちゃんが相手なのに机に突っ伏したままついつい投げやりに返事をしてしまう。
「おー……男子になったと聞いたが、何だか雰囲気が全然違うのう」
ていうかそれ誰から聞いたのテラスちゃん。
テラスちゃんにだけはバレたくなかったから昼食時にも教室に引き籠ってたのに!
どこが情報源なのおおおおおおお。
ってあそこしかないよね……。
その情報源と思しき人物に視線を向けると、サッと視線を逸らす委員長。
アーーーーカーーーーーーリィーーーーーー!!!
もうヤダ!なんで私の周りはトラブルメーカーしかいないの!!
私が『歩く人間凶器』だから類は友を呼ぶってやつなんですかね……。
「もうただただ疲れてるだけですよー……」
「何だか声も、いい声をしておるぞ」
「それはそれはありがとうございます……」
いつもだったら、テラスちゃんに褒められた!
やっほー、なテンションなところだったかもしれないけど、
今日はとてもじゃないけどそんなノリにはなれない。
「……おまえ、本当に陽花か?」
言いながらテラスちゃんが疑惑の眼差しを向けてくる。
「陽花ですよー……テラスちゃんを大好きな陽花ちゃんですー」
「ヒルコよ……陽花がなんだか怖いのだが……」
なんだかいつもと違う意味で怯えられてしまった。
「まー今日は休み時間のたびに女子に囲まれて質問攻めやったからね。相当まいっとるんちゃうかな」
「そうか。それは気の毒なことをしたな。これで少しは気も晴れようか」
そう言ってテラスちゃんは私の頭を撫で撫でしてくれる。
ああー……気持ちいい……。
なんか荒んでいた心が癒されていく……。
「テラスちゃん、もっと。もっと撫でて……」
「よし。わかった。こうか?」
わしゃわしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜられるように撫でまわされる。
ぐちゃぐちゃになった髪型なんて気にしない……。
テラスちゃんにこうして撫でてもらえてるだけで幸せだ……。
「テラスちゃん。お姉ちゃんを甘やかさないでいいからね」
月依が半目で突っ込みを入れてくる。
「そのうちガバーって襲い掛かってくるよ。男の子は狼だからね」
私には月依の方が狼にしかおもえないんですけど、それは気のせいですかね!
そもそも私をこんな体にしたの月依じゃん!
「なんと。陽花よ、おまえは私を罠にはめる気なのか」
テラスちゃんは撫でていた手を慌てて引っ込め、怯えていた。
ううう……今日はそんな気力微塵もないよう。
「元気なら頬ずりしたいよー……でも今男の子だし。やったら犯罪ぽいからやめとく……」
「お姉ちゃんでも、それぐらいの分別はあるんだね」
私をそんな空気読めない人間みたいに言わないでくれないかな!
オタクにはTPO大事なんだよ!
オタクが空気読めないとそれはそれは悲惨なことにしかならないんだから!
テレビでもよく映ってんじゃん、空気読めてないオタクな方々とか。
まぁあれはわざとああいう編集してんだろうけど……。
中には本気でああいう事してる人いるのかもしれないけど……。
見てて痛々しいなぁって思うもん。オタクの自分でも。
そんな私だから即売会行った時も会場では貰ったショッパー使うんだけど、
帰る前には普通の大きなバッグに詰め替えて家に帰る。
あのでかでかとキャラ絵がついてるショッパーで帰れる人は本当に勇者だと思う。
小心者の私にはとてもじゃないけどできないなー。
某アニメショップ行った時ですら専用の買い物袋からカバンに入れなおすしね、私。
「まぁ陽花よ、今日はもうゆっくり休むがよいぞ」
「ありがとうテラスちゃん……」
ううう……折角テラスちゃんも気遣ってくれたのに……。
テラスちゃん成分を満足に味わえないのがつらい……。
―――
そして……やっとこさこのめんどくさい一日が終わる。
寝て起きれば元通り女の子の体のはず!
と思ってさっさとベッドに潜りこみ寝ようとしていると。
「えへへ……お姉ちゃん一緒に寝よ」
そう言って月依まで私の布団に潜り込んできた。
そして、「お姉ちゃん、気持ちいい?」
とか言いながら月依がおもいっきり背中越しに抱きついてくる。
気持ち良いか悪いかって聞かれたらそりゃ気持ちいいんだけど。
肌着越しに伝わってくる月依の温もりが心地いいんだけれども。
色々月依の女の子を主張してる部分が当たって……
なんというか、頭がクラクラしてくるんだけど……。
女の子だったときにはこんなことなかったのに。
今、私が男の子だからだろうか。
月依ってこんなめちゃくちゃいい匂いしたっけ……。
めちゃくちゃ柔らかくて心地良すぎる……。
うー……なんかこれこのままだとすごくまずい。
まずすぎる。そんな気がする。
「月依……、今日はもう疲れたから寝させてー……」
くらくらとする意識の中、やっとの思いで声をだす。
「えー……せっかくこれからがお楽しみのお時間なのにー」
妙に艶っぽい声色で月依は囁いてくる。
「駄目ったら駄目ーーーーーーーー!!!」
やっとの思いで月依を引きはがし。
ぶーたれる月依を横目に私は眠りにつくのであった。
翌日。
無事私の体は女の子のそれに戻っていた。
良かった良かった……。
もう二度と月依からすすめられた謎の飲み物は飲まないことにしよう。
本当にもう二度とこんなのは勘弁して欲しい……。
ちょっとアホっぽい回です。
タカマガハラの科学力すごいというお話です(笑
まぁこんなんだから倫理感が日本とは違うんですよね。
そんなわけで、彼是一か月連続更新になりました。
勢いだけで突っ走ってる小説ですが楽しんでいただければ幸いです。
今現在、3章が書き終わったので、4章書き始めました。
3章がわりとすんなり書けた分、4章はちょっと悩み悩み書いてます。
よろしければ、お気軽にご感想などもお願いします。それでは。




