祭りのあと
体育祭が終わった後。
「いやぁ……今日はなかなか面白い試合だったね」
学園の屋上にスーツ姿の那直兄さんに呼び出され、そんな言葉をかけられる。
那直兄さんは来賓として体育祭に呼ばれていたらしい。
そしてしっかりと試合も見られてしまっていた。
那直兄さん以外にも会社の他の先輩方も見に来ていたのだとか。
「なんというか、お恥ずかしい限りです……」
ほんと、失敗カムイのオンパレードだったし。
これがテストなら赤点どころかゼロ点だよ。
「いやいや。あれも実力のうちだと思うよ」
「でも、あれ全部、仮ライセンスなんで……」
「まぁ、それはルールはルールだし良いんじゃないかな」
そう言って那直兄さんは笑う。
「特に最後のあれはなかなか良いものを見せてもらったよ」
「あははは……おかげでクラスの皆からは怖がられちゃってますけどね……」
テラスちゃんなんて防護壁構えて半分涙目だったもんね……。
ヒルコちゃんには相変わらず大笑いされたけど。
「まぁそれはそのうちなんとかなるよ」
「だと良いんですけどね……」
と私は苦笑する。
「で、本題なんだけど。今日ここに来てもらったのは、実は陽花ちゃんに黙っていたことがあるからなんだ」
呼び出し先が屋上だったのはそのためかぁ……。
何なんだろう黙っていたことって。
「何でしょうか?」
「正直、陽花ちゃんにはカムイの適正なんて期待しちゃいなかったんだよね」
まぁ、そうでしょうね。
薄々、そうなんじゃないかなぁと思ってたとこでした。
だってこんな風に失敗しかしないって学園側からも報告上がってるはずなのに、
会社から一切お咎め無しなんだもの。
「月依ちゃんがタカマガハラに来る絶対条件が、陽花ちゃんをタカマガハラに来させることだったんだ」
「つまり私は月依のためのバーターでしかなかったってことですね」
「悪く言えば、そういうことになるね。ただ、月依ちゃんに特別な才能があるから、陽花ちゃんにももしかしたらとは期待はしてたよ、本当に」
「ははは……才能なくてほんと申し訳ない限りです」
「いやいや、あれは陽花ちゃんにもある意味才能があるってことなんじゃないかなと僕は思うよ」
「ですかねぇ……」
それなら良いんだけどなぁ。本当に。
「……結構苦労したんだよ、陽花ちゃんを高千穂に入社させることに」
「え……それ、どういうことですか?」
「色んなとこの採用情報を操作させてもらった、ってことだよ」
「な……」
それってつまり、去年いくら就職活動しても合格できなかったのは……。
「陽花ちゃんが高千穂を受けるように仕向けたのも僕らの仕業ってことさ」
「……私はずっと那直兄さんや月依の手のひらの上で踊らされてたんですね」
「そういうことになっちゃうね」
そっかー……。
そう言われれば得心がいく。
社会的に底辺近いって言われてる企業ですら落ちまくったもんなぁ……。
あんなにお祈りメールだらけだったのはそう言うわけだったのか。
そういうことかー。
「月依ちゃんのためにしたこととはいえ、本当に悪かったね」
「それはもう過ぎたことですよ」
今はもう高千穂に入社できているのだから。
「まぁ……月依ちゃんはそれだけ本気だったんだよ。だから月依ちゃんのこと、悪く思わないで上げて欲しいかな。本当に色々申し訳なかったね、陽花ちゃん」
「いえいえ、気にしないでください」
空を見上げながら私は続ける。
「だって……私、この世界、結構好きになっちゃいましたから」
まだ、二ヵ月しかたっていないけれども。
「ずっと日本に居たら出来なかった貴重な体験ばかりですよ」
「それならよかった」
「まぁ趣味のことができる時間が減っちゃったのは少し残念ですけど」
言いながらちょっといたずらっぽく微笑む私。
「それはいつでも会社に来て端末使ってもらってもいいからね」
那直兄さんもそう言って微笑むのだった。
「それにしても何で、私なんでしょうね、月依は」
月依くらい可愛ければそれこそ引く手あまただろうに。
なんで地味を地で行く私の事をこんなに想ってくれているのだろうか。
いくら私が姉だからといっても、どうしてこんなに想ってくれるんだろう。
よく分かんないや……。
「それは本人から聞くと良いよ。そろそろ月依ちゃんが来るみたいだから僕はもう帰るよ」
それじゃ、と言って那直兄さんは屋上から去っていく。
しばらくして。
「お姉ちゃん、もうお兄ちゃんとの話は良いの?」
那直兄さんの言葉通り、入れ替わるように本当に月依が屋上にやってくる。
那直兄さんは何かしらのカムイで、この周辺の人の動きを把握してたのかもしれない。
「うん。もう終わったよ。今日はお疲れ様、月依」
「色々無茶させちゃってごめんね、お姉ちゃん」
「ううん。別に良いよ。案外楽しかったし」
仮申請のカムイでもあんなに楽しめるとは正直思わなかったし。
それに最後の暴風刃は今までの鬱憤を晴らせた気がしてちょっとスッキリしたしね。
「でも何で、月依はあんなに一生懸命、勝負に勝ちたがってたの?」
「だって、私のお姉ちゃんはすごいんだって皆に知ってほしかったし」
「……」
うーん。
それは逆効果だったんじゃないかなぁ。
でもある意味すごいというのは知れ渡ってしまった気はする。
悪い意味で、だけど。
「クラスの皆が普通に接してくれるかだけが心配だよ」
今日の惨事を思い起こしながら苦笑する。
我ながらド派手にやらかしたもんだ。
「大丈夫だよ。私達がいるじゃない」
まあ……そっか。
月依にヒルコちゃんにサクヤちゃんにテラスちゃん。あとキクリ先生。
私にはこんなにもわかってくれている人達がいるか……。
「月依はさ……、何でこんなに私の事をそんなに想っていてくれるの?」
先程、那直兄さんに言われた通り本人に直接問いかける。
「……お姉ちゃん。キクリ先生のご先祖様って知ってる?」
質問を質問で返されてしまった。
「白山神社に祭られてる神様のこと?」
サクヤちゃんのご先祖様の隣に祭られてたっていう神様のことかぁ。
「そういうのあんまり詳しくないから知らないや」
白山を白山って読んじゃうくらいだしね。
「……縁結びの神様なんだって」
そう言って月依はエヘヘと微笑む。
「だから、お願いしたんだ。あの日みたいに。もう離れ離れになりたくないって」
そっか。
だからあんな熱心にお祈りしてたのか。
あの日。
私が月依を置いて家を出た日。
そんな日がまた訪れることがないようにって……。
「ごめんね、月依」
「ううん、私こそ。あの時は、ごめんなさい」
あの時……かぁ。
あの時ってどっちの日のことだろう。
私が家を出る時、泣いて引き留めた日の事?
それとも……。
思案している私の横を、月依は微笑みながら屋上の端まで歩いて行き。
「お姉ちゃん。月が綺麗だね」
屋上の手すりにつかまって、夕焼け空に浮かぶ丸い月を眺めながらそう呟いた。
「……」
『月が綺麗ですね』
その意味は成績があまりよくない私でも知っている。
本来は異性に向けて使う言い回し。
最近はアニメやラノベでもよく使われている言い回しだ。
月依も知っていてその言葉を口にしたのだと思う。
それが月依が私に抱いている想いの形。
夕焼け空に浮かぶ月を眺めながら。
月依は今どんな顔をしているのだろう。
どんな、表情をしているのだろう。
わからない。
わからない、けれど。
「月は手が届かないから、綺麗なんじゃないかな……」
私はぽつりとそう漏らす。
「そっか」
「でもね」
なんで月依がそこまで私の事を想ってくれているのか今はまだ分からないけれど。
けれど、月依が幸せなら私だって幸せだ。
私は、月依のお姉ちゃんなんだから。
だから、私は。
「すこしずつだけど。月にはきっと手が届くようになるよ。だって月依は私の自慢の妹なんだから」
私は、そう言って微笑んだ。
「……うん。……そうだね。ありがとう、お姉ちゃん」
そう言って私の方に振り向いた月依は涙交じりの顔で微笑んでいた。
―――
その日。
月がとても綺麗な日のこと。
今は無理でも。
少しずつでも良いから。
こんなにも、私は月依に思われているのだから。
ほんの少しずつでも。
私は、月依のその思いを受け入れていけるようにしよう。
夕焼け空に浮かぶ綺麗な月を眺めながら。
その前で、涙交じりに微笑む妹を見つめながら。
私は、そう誓うのだった。
とりあえずここらで2章は終了です。
明日からは3章です。
3章からは新キャラが増えます。
楽しんでいただければ幸いです。
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