scene:79 欠陥魔法
衛兵一〇人を引き連れ迷宮都市を出発したダルバルと薫は、誘拐犯が待つ小山へ回り込むように進んでいた。
「カオルと申したな。そなたは魔法を何処で学んだのだ?」
ダルバルが探りを入れて来た。ディンに魔法を教えていると聞いて興味が湧いたのだろう。
「家で勉強しました」
ふむとダルバルが頷く。たぶん両親から習ったと受け止めたのだろう。実際は神紋術式解析システムを駆使して研究し知識を深めたのだが、嘘は言っていない。
「ミコトとか言う若いハンターには、微かに見覚えが有るのだが何者だ?」
薫が思い付くのは一つしか無かった。
「ミコトはバジリスクを倒したパーティの一人です」
「おお、イタミとか言う剣士の仲間だったか」
確かにダルバルはミコトと一度会っている。だが、貴族という人種はなかなか一般人の顔を覚えようとしないものらしい。しかし、印象に残る人物は覚えるものだ。
歴戦の剣士という風格の有る伊丹は記憶していたが、ミコトの顔までは覚えていなかったらしい。ミコトの方は伊丹に付いて回る若造という認識だったようだ。
ミコトの性格だと率先してちょこまかと動き、伊丹が後ろでどっしりと構えていたのだろう。貴族のダルバルとしては、ミコトよりリーダー格に見える伊丹を注目したのは無理ないかもしれない。
しかも王家から正式な感謝の言葉と贈答品を下賜された時、ミコトはリアルワールドへ戻っており伊丹が応対したのでダルバルの記憶には伊丹しか残っていなかったようだ。
……可哀想なミコト。武士である伊丹のインパクトが強過ぎてミコトの存在が霞んでしまったのね。
小山を横目に見ながら通り過ぎ、裏から登り始める。中腹まで登り洞穴の有る方へ回り込もうと進み始めた時、前方に三匹のゴブリンが見えた。
自然薯でも見付けたのだろうか、三匹が協力して穴を掘っている。幸いにもこちらには気付いていない。
「拙いな。騒がれると誘拐犯に気付かれる」
ダルバルが衛兵にゴブリンの排除を命じようとした時、薫が進み出た。
「私が魔法を使います。撃ち漏らした場合に備えて衛兵は止めを刺す用意を」
薫が当たり前のように衛兵に指示を出す。その口調が命令を出すのに慣れた指揮官のようだったので、思わず衛兵たちが従ってしまう。
ダルバルがオヤッと言う顔をする。若い娘に過ぎない薫の口調に高位の貴族が持つ品格を感じ取ったからだ。イタミとか言う剣士やあの小僧もそうだったが、バジリスクを倒したパーティのメンバーは只者じゃないようだ。
薫がゴブリンを見詰めながら精神を集中している。ハッと言う小さな気合とともに三つの風刃が現れゴブリン目掛けて飛翔する。一匹目は真正面から唐竹割りとなり、二匹目は首筋に風刃が食い込み刎ね飛ばす。最後の一匹は気配を感じたのか逃げようと横に飛び退いた。だが、それを風刃が追い掛け脇から腹に向かって大きな傷を作る。どのゴブリンも致命傷だった。
この光景にダルバルも衛兵たちも驚いた。
普通なら応用魔法を発動するには詠唱が必要である。例外は、長年使い続け精神内部にある加護神紋が擬似的に進化した者のみが無詠唱で発動出来ると言われている。
ベテランの魔導師のみが可能となる応用魔法の無詠唱発動を成人したかどうかの少女が使ってみせたのだ。
ダルバルは無詠唱など当たり前というような薫をチラリと見て。
……無詠唱で<三連風刃>だと信じられん。しかも完全に風刃を制御している。これだけの技量を持つ魔導師は王都にも数少ないはずだ。───何故、教師でも学者でもない者にシュマルディンが師事しているのかと思ったが、なるほど。
薫たちは小山を半周し洞穴の一〇メートルほど上にある灌木の茂みに身を潜め、ミコトの到着を待った。
程なくしてミコトが<魔力感知>を使ったのを薫は感じた。
「ミコトが来ました」
ダルバルにミコトの到着を知らせ、次の<魔力感知>を待つ。打ち合わせ通りもう一度<魔力感知>を感じ、薫も<魔力感知>を発動する。
「判りました。人質は洞穴の中、誘拐犯が一人入り口で見張っています」
ダルバルが頷き、他の誘拐犯の居場所を訊いて来た。
「他の三人はあそこに見える大木の下に二人、枝の上に一人います」
「やはり見張りがいたか」
激昂した勢いに任せて衛兵の部隊を真正面から送り込んでいたら、人質の命が危なかった。ダルバルは一時の激情で暴走しそうになった自分を反省し、止めたアルフォス支部長に感謝する。
薫は洞穴内部の様子を探る為に<集音分析>の応用魔法を使う。集まって来る音の洪水の中から、人の声だけを抜き出す。
その頃、洞穴の中では。
洞穴の入り口は天井部分から崩れ落ちた岩で塞がっていた。だが、完全に塞がった訳ではなく一〇センチほどの細長い隙間が有り、そこから光が暗い洞穴の中を照らしている。中は高さ二メートル、幅一メートル少しある。
閉じ込められた当初、他に出口がないか探したが見付けられなかった。この洞穴は二十メートルほどの長さしかなく一番奥にはゴブリンの住処だったらしい場所が有るのみだった。
「奴ら何者なんだろ?」
アカネが誰にとはなしに疑問を口にする。
「分からにゃい」
「僕も心当たりがありません」
三人には理不尽に洞穴に閉じ込めるような敵の心当たりは無かった。しかし、現実に命の危険が迫っている。
「どうしてこんな事をするの? 何者なんですか?」
アカネが崩れ落ちた入り口に向かって声を張り上げる。
「煩い、静かにしろ。隙間から流し込んでいる液体が何か判るか、油だ。騒ぐと火を放り込むぞ」
アカネたちをここに閉じ込めた本人である魔導師カガムが三人を脅す。
「済まない、僕が洞穴の中を確かめたいと言わなければ……」
ディンが青褪めた顔色をして謝る。アカネが首を振り。
「ディンの所為じゃない。洞穴に入らなければ別の方法で襲われていた可能性が高いわ」
「きっとミコトが助けに来てくれる」
コルセラがミコトの名前を出した途端、外に居る敵が不敵な笑いを浮かべた。
薫は聞こえてきた情報を整理してダルバルに伝えてた。
「何、奴らはシュマルディンを焼き殺すつもりなのか」
「ええ、下に居る魔導師は抵抗する暇を与えず制圧する必要がありますね」
「衛兵に任せろ。腕利きを集めて来ている」
弓を持った四人の衛兵が下に向かう。弓を射る最適な場所へと移動する為だ。五メートルほど移動し弓を構えた衛兵が魔導師に狙いを定める。
弓を構えた衛兵が一斉に矢を放った。矢は大気を切り裂きカガムへと飛翔する。その矢が風を切る音を気配として感じたカガムは、自分の勘に従って地面に身を投げ出し矢を避ける。
「チッ、突撃!」
衛兵のリーダーは全員に突撃するよう命じた。小山を下り一〇人の衛兵がカガム目掛けて襲い掛かる。
地面を転がったカガムが跳び起きて杖を構え、襲い来る衛兵を憎々しげに睨む。
「クソッ、焼き殺してやる!」
「いかん、止めろ!」
魔導師が魔法を放とうとしているのに気付いたダルバルが焦った表情で制止の声を上げる。
それを無視して、カガムが<炎弾>を洞穴目掛けて放った。『紅炎爆火の神紋』の基本魔法である<炎弾>は無詠唱で放てるので、衛兵が阻止する暇を与えない。
炎の玉が洞穴を目掛けて飛翔する。
「誰か炎弾を止めろ!」
ダルバルの必死の叫びを聞いて一部の衛兵が炎弾目掛けて矢を射るが当たるはずもなかった。
炎弾がもう少しで着弾しようとした時、上から見下ろしていた薫の<風刃>が迎撃する。
風刃が炎を切り裂き地面に叩き落とした。
「なにっ、炎弾を撃ち落としただと!」
他人が放った魔法を魔法で撃ち落とすのは至難の業だった。精密な魔法制御とそれを素早く行える技量が必要だからだ。
「オオッ……良くやった。衛兵は魔導師を捕らえろ」
ダルバルの命令に応え衛兵が魔導師に剣を向ける。衛兵に取り囲まれたカガムは苛立った様子で衛兵を睨むが、怯えた様子はない。一〇人の衛兵に囲まれ平然としているのは、余程胆力が有るのか隠し球を持っているのか。
「衛兵相手に使いたくなかったが、こいつを喰らえ!」
カガムは懐に持っていた陶器の瓶を地面に叩き付けた。瓶の中に入っていた液体が周囲に飛び散りすぐに気化して煙のように周囲に広がる。
その煙を吸った衛兵が。
「ウッ……ガハッ」
毒煙を吸った衛兵が次々と倒れる。その惨状を見たダルバルが素早く退避の命令を出す。
「煙から離れろ! 息を止めろ!」
七人の衛兵が倒れ三人が逃げるのに成功する。当然、息を止めていたカガムは素早く退避している。
「ギャムフェス・リトロトス・フェブレウス・ムスカ……<炎強装>」
衛兵が毒煙で混乱している間に、カガムは詠唱を終わらせ世間には余り知られていない応用魔法を使った。
赤い炎がカガムの全身を覆い尽くし、その肉体に信じられない程の活力を与え、全身の筋肉の束がゴリッと膨れ上がる。そして、筋肉の膨張が止まると纏っていた炎が消える。
この応用魔法を開発した本人はこれを欠陥魔法として廃棄した。何故なら筋力を三倍にするほどの活力を与える代償として身体全身を焼かれるような苦痛とそれを抑える為の麻薬のような副作用を持つからだ。
カガムは地面に落ちていた衛兵の剣を拾い上げ、生き残った衛兵に向かって炎のような闘気を放つ。
「何じゃこれは?」
ダルバルが動揺し声を上げる。洞穴の入り口まで降りて来た薫も驚きに目を見開き、カガムの様子を見守っている。だが、薫は単に見ているだけではなく、カガムが使った応用魔法の分析も始めていた。魔導眼を手に入れて以来、魔法が発動する時に起こる魔力の干渉波を感じられるようになっていた。
魔力の干渉波を分析し、その魔法がどのような作用を引き起こすかを大体予想出来る。
「何これ、完全な失敗作じゃない」
薫の呟きにカガムが応える。
「小娘……これは失敗作などではない。大いなる力を得る為には代償を必要としているだけ。当たり前の事だ」
カガムは麻薬効果で抑えられなかった苦痛に耐えながら言い返す。
◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇
武器を手放した俺は薫たちが動くのを待っていた。
「今回の仕事は楽勝のようだな」
剣士がにやけた笑いを浮かべて斧戦士に声を掛ける。正面に剣士、左側に斧戦士、右側に盗賊が武器を構えて取り囲んでいた。
「さて、次はどうしようか。高そうな革鎧でも脱いで貰おうかな」
剣士の言葉を聞いた小男が下卑た笑いを浮かべ。
「それじゃ中途半端だぜ。素っ裸になって貰おうぜ」
面白い冗談を聞いたかのように三人が笑う。
その時、奥の方で戦いが始まった。一人残ったカガムと衛兵たちが戦い始めたのだ。その騒ぎと争う声はここまで届く。
「貴様、一人で来たんじゃなかったのか」
「一人で来たさ。だけど、別の連中もここに用が有ったんだろ」
馬鹿にするような俺の答えに剣士がいきり立ち、両手持ちのロングソードを袈裟懸けに振り下ろす。その剣をステップして躱し投げ捨てた鉈を拾おうとするが、小男が邪魔をする。
俺の鼻先を小男の持つダガーが横切る。反射的に切っ先を躱し飛び退いていた。小男は両手に握るダガーを巧みに操り俺を攻め立てる。その攻撃は反撃を許さないほど素早かった。俺はダガーの攻撃を躱し続け、一瞬だけ攻撃が途切れた瞬間、奴の懐に大きく踏み込み躯豪術を使った拳打を胸に減り込ませた。
肋骨が砕ける手応えがあり小男が血を吹き出して倒れる。
「貴様ぁー!」
斧戦士が怒りを露わにして戦斧を振り上げ、剣士は背後に周り鋭い突きを放った。俺は同時攻撃を斧戦士の足元に体当りする事で躱し、斧戦士の足を引き倒す事で反撃の間を手に入れる。
倒れた斧戦士の右手を蹴り戦斧を放り投げさせる。顔面に膝を落とそうとして斧戦士が口をモゴモゴしているのに気付いた。唾でも飛ばそうとしているかと思い口元を注視していると短い針のようなものを口から飛ばした。
「ウワッ」
意外な攻撃に慌てて避ける。デカイ図体をして含み針などという細かい技を持っているとは思わなかった。
剣士が左手に鞭を取り、俺の首に巻き付けた。強烈な力で首を締め上げられ息が出来ない。
チャンスと見た斧戦士は立ち上がり体当たりして来る。俺は斧戦士の両腕を掴み引き付けながら後ろに倒れ、片足で奴の腹をかち上げ剣士に向かって投げた。完璧な巴投げが決まった。
縺れるように倒れた二人の敵に素早く近寄った俺は、二人の頭を蹴り上げる。首に巻き付いている鞭を解き、脳震盪を起こした二人を持っていた紐を使って縛り上げる。
盗賊の小男に近付き確かめてみると死んでいた。
放り投げた鉈を拾い上げ背中の鞘に仕舞い、未だに戦いが続いている薫たちの方へ向かう。
洞穴の前では、二人の衛兵とカガムが戦っていた。魔導師の足元には顔が潰れた衛兵が横たわっている。目を惹くのはカガムの変貌である。痩せていたはずの魔導師がマッチョな男に変わっていた。
「何だ……超人ハ○クか」
カガムは魔法で強化した腕力で衛兵を圧倒していた。重いはずの剣を小枝のように振り回し、斬るというより叩き付けるという感じで攻撃している。
カガムの眼は狂気に彩られ、正気とは思えないほど興奮していた。蓄積した麻薬効果が使用者の理性を削り取っているのだ。<炎強装>は使い方に制限のある魔法だった。短時間の使用で解除すれば問題ないのだが、理性を失うまで使い続けると自分では解除不能となる。魔力が尽きるまで暴走を続けるのだ。
心配になって薫を探す。薫はダルバルの背後に控えており、何故か戦闘には参加していないようだ。ダルバルがそう命じたのかもしれない。
リーダーである魔導師は生きて捕らえたかったので鉈は抜かずに素手のまま近付いた。
俺はカガムの背後に回り、その足を蹴りで刈り取る。カガムが頭から地面に倒れた。普通なら気絶するほどの威力は有った。だが、カガムは平然と首を捻り俺の方を向きニヤリと笑った。理性が失われた瞬間だった。
俺は空中へ跳び上がり一回転してから右足の踵を未だに倒れている奴の頭に落とす。グシャリという感触が足に響く。一瞬、やり過ぎたかと思い生きているか確かめようと起き上がる。
その時、いきなり凄い力で足を捕まれ投げ捨てられた。地面をゴロゴロと転がり体中に痛みが走る。仕留めたという感触が有ったのに、カガムは起き上がり、酷く変形した顔で俺を睨み付けていた。
「おい、何故倒れないんだよ?」
鼻が曲がり、頭の一部が陥没している。良く見ると衛兵が付けた傷らしき斬撃の痕が身体のあちこちに有る。
「ミコト、手加減しちゃ駄目よ。完全に止めを刺して……そいつは危険な魔法でゾンビみたいになってる」
痛みを堪えて起き上がり、背中の鞘から邪爪鉈を引き抜く。俺はカガムを怖いとは思わなかった。確かに驚異的な筋力と無類のタフさを持っているが、それを活かすような技術を持っていなかったからだ。
左手に<風の盾>で作成した魔法の盾を掲げ、右の鉈でカガムを牽制する。カガムが剣を叩き付けるように振り下ろした。風の盾で受け流すが完全に力のベクトルを変える前に盾が力尽きて消失する。
それでも奴の懐に入り込むのに成功した俺は、奴の太腿を切り裂き背後に走り抜ける。剣で押された分だけ鉈の食い込みが浅かったので、骨まで断つ事は出来なかった。
傷を負ったにもかかわらず、カガムは怒りの叫びを上げ剣を振り回す。魔導師だというのに理性の欠片も残っていないようだ。俺は冷静に距離を取る。
カガムは傷を負った足で走りだそうとしてよろけた。
その隙を見逃すはずは無い。躯豪術を使い脚力を強化した俺は、瞬時に肉薄し奴の首に邪爪鉈の刃を滑り込ませた。ほとんど抵抗もなくバジリスクの爪が首を両断する。
生きて捕まえようとしていた俺は、カガムの遺体を見て少し敗北感のようなものを感じる。
「俺もまだまだって事だな」
薫が駆け寄って来た。その顔は少し怒っているように見える。
「心配させないで! 油断するから痛い思いをするのよ」
カガムに投げられたのを見て心配したらしい。薫は荷物から治癒系魔法薬を出しミコトに飲ませた。
アカネ、ディン、コルセラの三人を助け出した俺たちは、捕まえた二人を衛兵に引き渡し迷宮都市に戻った。
剣士と斧戦士を尋問した結果、依頼人はやはりエンバタシュト子爵一族だと判明する。
そして、子爵一族の下に小瀬と東埜が捕らえられていると判り、俺と薫は頭を抱えた。
2016/6/3 誤字修正
2017/11/15 誤字修正




