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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第4章 傍迷惑な来訪者編
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scene:73 魔法薬と消えた二人

 エヴァソン遺跡から戻った俺と薫は、迷宮都市の西門の前で犬人族の二人と別れた。その後、拠点へ戻り仮設住宅兼研究室で暮らし始めた二人の医師を訪ねた。


 研究室では、鼻デカ神田とマッチョ宮田が、実験動物として使っている穴兎の身体をチェックしていた。俺は研究中の二人に魔法薬の研究が進んでいるか尋ねた。

 マッチョ宮田が眼を輝かせて、研究結果を記録したノートをテーブルの上に広げる。

「魔法薬……凄いですよ。ミコトさんは魔法薬が何種類有るか知っていますか?」

 下級の治癒系魔法薬の効き目を穴兎を使って確かめ、ゆっくりでは有るが見ている間に傷口が塞がっていく様子を確認した二人の医師は、少し興奮状態となっていた。


「いや、知らないが、その口ぶりからすると多いんだろうな」

 マッチョ宮田が頷き、回答を披露する。

「治癒系、解毒系、再生系、回復系、魔力回復系、万能系の魔法薬があり、それぞれが使用した素材に因って幾種類にも分けられます。ここの薬師は大雑把に下級・中級・上級と分けているようですが、素材に因っては薬効が異なるので同じ薬とは言えません」


 マッチョ宮田と鼻デカ神田は、伊丹さんに集めて貰った魔法薬関係の書物から調べた結果を知らせてくれた。医師の二人は知識の宝珠を使ってミトア語をマスターしたので、読み書きまで出来るようになっていた。


「我々は研究を次の段階である製薬へ進める事にした。だが、実際の製薬には素材と調薬魔道具が必要なのが問題だ。それらについて案内人が用意してくれる契約になっている。そこの所はどうなっている?」

 鼻デカ神田が製薬に必要な物を要求する。

「調薬魔道具については二通りの方法を考えてる。一つは中古の調薬魔道具を購入するというもの」

「中古……新しいものは用意出来んのか?」

「新しい調薬魔道具となると製作に一ヶ月掛かるそうです。それで知り合いの魔道具屋に依頼して探したら、廃業する魔法薬工房が有ったので、そこから調達する手筈てはずを整えました」


「中古か、仕方ない。それでもう一つの方法とは何だ?」

「調薬魔道具無しで魔法薬を製薬する方法です」

「エエッ、そんな事が出来るのか?」

 マッチョ宮田が驚いている。そんな情報は書物に無かったからだ。

「調薬魔道具の製作を頼もうとした職人に、調薬魔道具の歴史について教えて貰いました。あの魔道具が発明される前は『魔力発移の神紋』による<魔力導出>で代用していたようなんだ」


 この情報は医師たちの興味を惹いたようだ。

「面白い実験になりそうだ。その『魔力発移の神紋』というのは誰でも身に付けられるのか?」

 マッチョ宮田が尋ねたので、俺は少し考え。

「魔物の狩りに同行して魔粒子を蓄積させなければなりませんが、可能だと思う」

「狩りだと……私は御免だ」

 鼻デカ神田は即座に拒否した。

「でしたら、私が試してみましょう」

 マッチョ宮田が名乗りを上げ、大胸筋をピクピク動かす。

 ……大胸筋で狩りをする訳じゃ無いんだけど、積極的に実験に挑んでくれるんだからいいか。


 午後になってから魔導院へ行く。薫、真希、鼻デカ神田、マッチョ宮田と俺が魔導院の門を潜る。

 初めて魔導院に来た三人には、『魔力袋の神紋』を授かって貰い、薫は『魔導眼の神紋』を選ぶそうだ。神紋や魔法の研究には『魔導眼の神紋』が欠かせなくなりそうだと言っていた。


「大丈夫なんだろうな」

 鼻デカ神田が同じ問い掛けを三度繰り返す。……そんなに不安なら止めればいいのに。

「不安なら、止めても構いませんよ」

「いや、教授から魔法についても機会が有れば調査せよと言われている。宮田君にだけ任せる訳にはいかん」


 結局、三人は『魔力袋の神紋』を授かり、薫は『魔導眼の神紋』を手に入れた。

 玲香だけ仲間外れとなる結果になった。これは十数日後には日本に帰る為必要ないと判断したからだ。もちろん、玲香自身が強く希望すれば授かれたのだが、本人もあまり乗り気ではなかった。

 真希は魔法的なものを経験したいと言う強い希望が有ったので参加を許可した。


 この後、調薬魔道具などの機材を運び込み製薬作業を行う準備が始まった。素材である薬草は、猫人族の子供たちに採取して来て貰い、魔晶管はハンターギルドから購入した。


 仮設研究室の中で二人の人間が作業を行い、一人が観察していた。

「トリチル、ポポン草はどれくらいまで細かくすればいいんだ?」

 マッチョ宮田が乳鉢に入れたポポン草を乳棒で磨り潰しながら、同じ作業をしている十二歳くらいの少女に尋ねた。トリチルと呼ばれた少女は貧民街出身の薬師見習いである。廃業した魔法薬工房で働いていたのを引き取り、医師たちの手伝いをさせようと雇用したのだ。


 痩せた赤毛の少女は、マッチョ宮田が持っている乳鉢の中を確認して。

「まだ塊が残っています。もう少し続けて下さい」

「その後はどうするんだ?」

「蒸留水を加えて細長いガラス瓶に流し込みます。それからよく振って撹拌し薬効成分が分離するのを待ちます。水溶液が緑の部分と透明な水分・沈殿物に分かれるので、緑の部分だけを取り出し調薬魔道具の中で魔晶管の中身と混ぜ合わせます」

 マッチョ宮田はトリチルに聞いた情報をメモして続きを促す。


「最後に調薬魔道具を稼働させ、薬効部分と魔晶管内容液を反応させます」

「ふむ……それで完成か」

 マッチョ宮田の言葉にトリチルが肯定する。

「簡単なもんだな。本当にそんなものが効果が有るのか?」

 鼻デカ神田が懐疑的な言葉を放つ。トリチルが少し傷付いたような顔をする。


「これは穴兎の実験で使った魔法薬と同じ下級の治癒系魔法薬になります。治療院では、この魔法薬と『治癒回復の神紋』の<治癒(キュア)>で大抵の傷を治します」

「実験で使った魔法薬と同じか?」

 マッチョ宮田が呟くように言う。それを聞いたトリチルが。

「アッ、でも、同じ下級でも品質の違いは有ります。それに因って薬効に差が出ると聞いています」

「その品質の違いは、何が原因となるのだ?」

 鼻デカ神田が気になった点を追求する。


「前に働いていた工房の主から聞いたのですが、ポポン草には油成分も含まれていて、それが薬効を阻害するそうです」

「ふむ、なるほど。上手く油成分を分離出来た魔法薬ほど品質の良いものになるのか」

「他にも冬に作ったものは、品質が良いと言われています」

 マッチョ宮田が腕を組んで考え。

「冬はポポン草が枯れてしまうので、乾燥保存したものを使うのだろう。乾燥する過程で油分が抜けるのかもしれんな……いや、そんな理由なら、ここの薬師も気付いて、夏に採取したポポン草を乾燥してから使用するようになったはずだ……製薬過程の何処かで温度が関係するのだろうか」


 二人の医師はリアルワールドで使われている実験器具『分液ロート』を異世界のガラス職人に作らせ、油と薬効成分、水の分離を正確に行えるように工夫した。

 もちろん、地元のガラス職人は苦労したが、意外にも絵心の有る鼻デカ神田が具体的な絵図を描いたので、二人が満足する実験器具が完成する。


 その他にも製薬過程と温度との関係を実験すると、薬効成分と魔晶管内容液を混ぜ合わせる時、摂氏一〇度前後の温度で反応させると薬効が高くなるという結果になった。


 一ヶ月後、俺は魔法薬工房を立ち上げた。当座は下級の治癒系魔法薬だけを製造する工房だが、薬効が高いと評判になり、治療院から注文が入るようになった。

 今回の依頼を補助する為に始めた魔法薬工房だったが、将来的にはここに建設される『趙悠館』の重要な収入源の一つとなる。



    ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 小瀬と東埜がアスケック村を抜け出した夜。


「小瀬、本当に一緒に抜け出して良かったのか?」

 ココス街道をカンテラの明りを頼りに歩く二人は、周囲の闇に怯えていた。舗装されていない道の右側は鬱蒼とした樹海、左側は腰までの高さが有る草が生い茂る草原だった。時折、狼の遠吠えのような声が湧き起こる。

 こんな無謀な失踪を企てたのは失敗だったかと小瀬は考え始める。

「あんな酷い目に遭って、このまま送り返されたら、馬鹿みたいじゃないか。もう少し異世界を楽しんでから、日本に帰りたいんだ」

 小瀬は本当の理由を隠して東埜に嘘の返答をした。


「この街道は夜でも大丈夫なんだよな?」

 小瀬が東埜に尋ねた。夜にココス街道を旅しようと言い出したのは東埜だった。

「勇者の俺が一緒だから、大丈夫だよ」


「エッ!」

 小瀬が何かにつまづいたかのようにけそうになった。───全然大丈夫じゃなかったよ。小瀬は前を歩く東埜に飛び蹴りを食らわせたいと思いながら歩み続けた。


 幸運にも魔物と遭遇する事なく朝を迎え、小さな村に辿り着いた。村に入ろうとした二人は門番に止められた。

「夜に旅するとは何者だ?」

 二人は知識の宝珠を使ってミトア語が理解できるようになっていた。使い方と必要な呪文は、異常に耳の良い小瀬がしっかりと盗み聞きしていたのだ。東埜は『超聴覚』だとチート能力のように騒いだが、本人の小瀬は微妙な表情で「そんな凄いものじゃない」と否定した。


「僕たち、ハンター見習いデス。狩りの都合で遅くナリマシタ」

「ハンター見習いか。登録証を見せろ」

 二人がハンターギルドの登録証を見せると門番が頷いて、入村税を要求した。小瀬が払うと、やっと村に入れた。


 夜通し歩いた二人は肉体的に限界だった。宿に泊まり昼まで睡眠をとった。昼頃起きた二人は、宿の食堂で食事をしてから、ウェルデア市へ向かった。

 途中の村でもう一泊した後、ウェルデア市に到着する。


 街の中でほどほどに上等な宿『リバー霧雨亭』を中心として探索者の活動を始めようと話し合った。

「よし、まずは魔法を手に入れようぜ」

 東埜が張り切っている。小瀬は街で購入した巾着袋の中身を数えた。オークの貨幣を換金して手に入れた金は金貨一枚と銀貨三枚、ここまで来るのに銀貨二枚ほどを使っているので残り金貨一枚と銀貨一枚。

 この中から装備を整え、魔法を購入すると残り少なくなる。


「あの魔女っ子(カオル)から聞いたんだが、ここの魔導寺院では攻撃魔法も売っているらしいんだ。そいつを買おうぜ」

 東埜の考えなしの言葉に、小瀬が頭痛を感じた。

「そんな金は無い。今買えるのは『魔力袋の神紋』だけだ」

「チッ、しけてやがるな。大物狩りでもして大金を稼ぐか」

「大物狩りって……何だよ?」

 小瀬はとてつもなく不安になった。自分たちの装備は旅人の服に鉄製の剣だけだ。そんな装備で大物狩りなど出来るものだろうか。


「僕もファンタジー小説の一冊や二冊は読んだ事がある。普通は城で訓練したり、薬草の採取とかゴブリン狩りとかして実力を付けてから、大物を狩りに行くものなんだろ」

「最近は初めから最強というパターンも多いんだ」

 ……この馬鹿、妄想と現実が区別出来なくなってやがる。

「だけど考えてみろ。お前が倒した魔物は鉄頭鼠てつとうねずみくらいだろ。つまり実績がないんだ」

「ふん、それほど言うなら証明してやるよ。ギルドに行って魔物の情報を貰って狩ってやる」


 小瀬は少し考えてから条件出した。獲物を選ぶ時は小瀬の意見を優先するというものだ。もちろん、装備を整え『魔力袋の神紋』を授かってから狩りに出る予定とした。

 街の防具屋で鎧豚革の革鎧をお揃いで選び、武器屋ではオークの剣を売って東埜は鉄製のロングソード、小瀬は鉄製の短槍を選んで購入した。

 武器も買い替えたのは、オークの剣が二人の体格に合っていなかったからだ。但し東埜の選んだロングソードが、体格や力に合っているとは言えない。東埜は単純に厨二病的な感覚でショートソードよりロングソードを選んだのだ。


 武器を買い替えた二人は、魔導寺院へと向かった。門を潜り魔導寺院の内部へと足を進めた二人は、魔導師ギルド職員に説明を聞いた。

「なるほど分かったぞ。神紋の扉で適性を調べ、扉が反応したら金を払って『加護神紋』とか言う魔法が使えるようになるものを授かるのか」

 急に東埜が張り切りだした。

「よし、全部の扉を調べてみようぜ」

 ギルド職員のオバさんが顔を顰めて。

「君たちは『魔力袋の神紋』も授かっていないのでしょ。だったら他の扉を調べても無駄よ。『魔力袋の神紋』以外は身体の中に一定以上魔粒子の蓄積がないと反応しないわ」

 そう言われても東埜は納得しなかった。

「何事も例外は有るんじゃないか。まあ見てろよ、俺が証明してみせる」


 東埜は片っ端から神紋の扉を試し始めた。


 ………………

 …………

 ……


「……」

 幾分肩を落とした東埜が、真っ白な灰になって神紋の扉の前に立ち尽くしていた。


「だから言ったじゃない。さっさとお金を払って『魔力袋の神紋』を授かりなさい」

 ギルド職員のオバさんが言った通り、東埜は『魔力袋の神紋』以外の扉を反応させる事は出来なかった。

 ……クソッ、東埜の奴め。滅茶苦茶恥ずかしかったぞ。小瀬は東埜と一緒に来た事をまたも後悔した。


「クッ、ここのシステムには例外は無いようだ」

 悔しそうに呟く東埜を小瀬は無視する。

 ギルド職員に文句を言われながら『魔力袋の神紋』を授かった二人は、取り敢えず魔法を体感して魔導寺院を出た。フラフラしながら広場まで行った二人は、ここで休憩する。

「これが魔法か、何だか分からないが凄いもんだな」

 小瀬は魔法初体験に感動していた。薫が使う魔法は眼で見たが、自分の身体で感じる魔法は初めてだったのだ。


 『魔力袋の神紋』を手に入れた二人は、ハンターギルドへ行き、正式なハンターになった。序二段ランクは、必要な金さえ有れば成れるランクである。

 薫も迷宮都市に到着してから三日目で序二段に成っているので驚くほど早いという訳ではない。


 但し二人が序二段ランクに成れたのは、薫のお陰であった。序二段に昇格する条件の一つにポーン級中位以上の魔物を倒すという条件があるが、薫が樹海で倒した魔物の素材を換金した時に、小瀬たちを含めた皆で倒したと申告していたのだ。その為、二人がポーン級中位以上の魔物を倒していると申告しても疑われなかった。


 問題は正式な登録証を発行する時に行われる調査と基本能力・魔法の測定である。東埜は今度こそ自分が勇者である事を証明するような結果が出るだろうと期待していた。


 その結果。


【ハンターギルド登録証】

 キミハル・ヒガシノ ハンターギルド・ウェルデア支部所属

 採取・討伐要員 ランク:序二段

 <基本評価>筋力:4 持久力:4 魔力:1 俊敏性:4

 <武技>剣術:1

 <魔法>魔力袋:1

 <特記事項>特に無し


【ハンターギルド登録証】

 イサオ・コセ ハンターギルド・ウェルデア支部所属

 採取・討伐要員 ランク:序二段

 <基本評価>筋力:5 持久力:6 魔力:1 俊敏性:6

 <武技>剣術:未

 <魔法>魔力袋:1

 <特記事項>特に無し


 基本能力は身体を鍛えていた者ほど高い数値になるので、何のスポーツもやっていない東埜より、趣味でテニスをしている小瀬の方が高い数字なのは当然だった。また、小瀬の剣術が『未』なのは実戦を経験していないからだ。

 ハンターに成り立ての若者としては標準的な能力値だが、東埜は納得していない。


「何だよこれ。おかしいだろ、こんな能力値……クソッ、こんなの学校の成績表と同じじゃねえか。俺様の実力はこんなもんじゃないんだ。……俺様の実力は実戦じゃないと現れないんだ……小瀬、狩りに行くぞ」

 大物狩りに行くといきり立つ東埜を小瀬が宥め、小手調べにゴブリン狩りに行く事にした。

 ……失敗だ。東埜なんかと行動を共にするんじゃなかった。小瀬は、薫が東埜の行動に手を焼いていたのを思い出した。


2015/5/26 加筆修正しました

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