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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第1章 異世界漂着編
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scene:5 緊急討伐

 宿に行く道すがら古着屋を覗く、厚手のシャツとズボンを探しちょうど良さそうなものの値段を訊くとどちらも銅貨二〇枚という答えが返って来た。まだ買えそうにない。他のものも値段を聞いてみたが着れそうなものはおよそ銅貨二〇枚程度するようだ。古着なのに、状態もそれほど良くないのに高い。


 トボトボと大通りを歩み中央広場を突っ切ってハンターギルドへ行く。扉を押し開けカウンターの前を通って奥へ行く。人が少なく、受付嬢が暇そうにしている。依頼票ボードの前に行き再チェックする。常駐依頼にスライムの魔晶管が追加されていた。スライムの魔晶管は魔力回復の魔法薬になるらしい。買取価格も銅貨二〇枚と高い。


 ボードに注意書きが貼られていた。南の小山付近でゴブリンの群れを発見。……あぶねぇ、遭遇してたら拙いことになってた。


「アレッ!……緊急討伐の募集が出てる。見習いでも可となってるぞ。……ん……駄目だ、三人以上のパーティのみになってる」

 今朝会った少年と少女の二人組みだった。俺も緊急討伐の依頼票を見た。ゴブリンの緊急討伐で、パーティ単位で参加になっている。討伐報酬を見るとゴブリン一匹で銅貨五枚となっていた。これは美味しいが、参加出来ない。


 残念そうに依頼票を見ていた俺に、少年が話し掛けてきた。

「ちょっといいか。話が有るんだけど」

「エッ、俺。何だい」

 俺はミトア語に慣れてきていた。辿々しかった発音が日本語と同レベルに近付いていた。

「あんた一人だろ。オレらとパーティ組まないか。もちろん、緊急討伐の間だけでいい」

 パーティを組むのはいい、だけど大丈夫なのか。こいつらの武器はナイフだけだし、俺よりも年下で経験も浅いようだ。……ん、でも俺よりはマシか。なんせハンター見習いになって数日だからな。今回は駄目元で組んでハンターについての知識を増やそう。


「組んでもいいが、お前らゴブリンと戦えるのか?」

 カルと呼ばれていた少年が、もちろんだと言うように頷いた。だが、少年の後ろで少女が不安そうな顔をしている。少年の名前はカルバート、少女はキセラだと自己紹介された。

「俺はミコト・キジマだ」

「ミコトは貴族なのか?」

「違う。何故そう思った?」

「キジマというのは家名だろ。平民は家名なんか持ってない」

「俺の国では、平民も家名を持ってるんだ」

 俺が面倒臭そうに言うと、キセラが首を傾げた。


「へえぇー、そんな国聞いたこと無いから遠くから来たんだ」

 俺は適当に海の向こうの遠い島国だと誤魔化した。

「それより、武器がナイフだけじゃゴブリンは無理だろう」

「心配ない、家に槍が有る」

 詳しく聞いてみると、俺と同じような自家製の槍が有るようだった。

「報酬はどうする?」

「あんたは歳上みたいだから、半分やるよ」

 報酬は、俺が半分、残り半分を二人で分ける事になった。パーティ名は『ミタルカシス』がいいとカルバートが主張した。俺はどうでも良かったので承知した。カルバートが憧れている英雄に因んだ名前らしい。


 受付カウンターでパーティ申請を行い、緊急討伐に参加すると伝えた。相手は栗毛美人のお姉さんだ。

「ミコト君は、この前ゴブリン三匹を倒したらしいから大丈夫だと思うけど、カルとキセラは大丈夫なの?」

 カルバートが心外だというように声を荒らげた。

「セリアさん、見習いになって一年経ってるんだぞ。ゴブリンくらい大丈夫さ」

 栗毛美人がセリアという名前だと知った。

「キセラちゃん、本当に大丈夫?」

 キセラが自信無さそうに頷く。カルバートはあんまり信用されていないようだ。因みにこの二人は幼なじみらしい。家が隣同士で両方共子沢山の貧乏家族だと話してくれた。


「た、たぶん大丈夫……」

「ハアァ、しょうがないわ。ミコト君、この子たちをお願いね」

 セリアさんが俺を見てニコッと笑った。

「はい、ドーンと任せて下さい」

 美人の前で、見栄を張りたがるのは男のさがです。カルバートたちより経験の浅い俺が、ベテランのような言葉を口にしちゃいました。……不安が心に湧き上がる……いかん、プラス思考で行こう。気合を入れて頑張れば何とかなる。


 緊急討伐は明日の早朝から始まると告げられた。予定では五パーティ二十五人でゴブリンの群れを掃討するらしい。俺たちの他は、序二段のパーティが三つ、三段目のパーティが一つ、序ノロは俺たちだけらしい。

 ゴブリンの群れの規模を聞いたら、二〇〇匹近い群れだと教えてくれた。一つのパーティで四十匹か。……多いな、まあ、序ノロのパーティに多くは期待していないだろうから、他のパーティが頑張ってくれるだろう。


 その日は解散し、屋台で槍トカゲの串焼きとロティを買って食べた。ロティというのはインドやパキスタンなどで食べられる全粒粉を使った無発酵パンの一種だ。元の世界のロティと同じものかは分からないが外見上は同じだ。飲み物は梨に似た果物のジュースを買った。


 その後、雑貨屋で歯ブラシを買った。こっちの世界の歯ブラシは動物の毛を束ねて短い柄を付けたもの、要するに短い筆だ。何の動物かは分からないが、結構硬い毛を使用しており歯磨きには十分なものだった。歯磨き粉はなく代わりに塩を使う。


 辺りが暗くなり始めたので宿屋へ戻り銅貨五枚を払い鍵を貰う。裏に回って井戸で鉈と槍を洗う。スライムの酸はそれほど強力ではないようだ。表面は焦げたような跡を残しているが、それをこそぎ落とすと綺麗な木目が現れた。


「さて、体を拭いてさっぱりしてから寝よう」

 日本人としては風呂に入りたい所だが、風呂自体がないのだからと諦める。……寝間着も欲しい。石鹸も、ふかふかの布団と毛布も欲しい。…………寝よ。


 翌朝、薄暗い時間に日課にすると決めた素振りを終わらせる。不思議と疲れは残らない。日本にいる頃なら、疲労感が続いているはずなのに。……俺は武術を習った経験が少しだけ有る。だが、すぐに止めてしまった。あのまま修行を続けていれば役に立ったかもしれないと悔やみ、少し昔を思い出した。


   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 俺は五歳の時から児童養護施設で育った。両親が死んだ訳ではない。育児放棄という奴だ。友達に両親に捨てられたと話したら、可哀想にと言ってくれたが、少し引かれた。それ以来、両親の事も、児童養護施設についても学校の友達には話さなくなった。


 一〇歳の頃、その児童養護施設に面白い職員が来た。樽のような身体をした陽気なオッさんで、子供には優しかった。香月師範と子供たちは呼んでいた。元々は古武道の研究家で隣町に在った道場で師範をしていたらしい。だが、道場の師範だけでは生活出来ず、コネでこの施設に入ったそうだ。


 香月師範は、子供たちが希望すれば古武道を教えてくれた。俺も半年ほど組討術と剣術を習ったが、興味を無くし中学に入ってからはバイト三昧の生活だった。何か欲しい物が有った訳じゃない。ただ不安だったんだ。


 中学二年の時、ある幼女が来た。栗色の髪、シミひとつ無い白い肌、妖精のような顔、そして忘れられない眼。蒼い海を思わせるような眼、だが、そこには光がなかった。彼女は生まれつき眼に障害を持ち、一度として光を宿した事はない。


 水崎みさきオリガ、四歳、天使のような幼女。彼女の祖母がロシア人だったらしく、その血を強く受け継いでいた。両親は事故で亡くなったと聞いた。オリガは施設に馴染めなかった。急激な環境の変化と両親の死、障害を持つ子供には過酷な現実だ。


 他人には心を開かない子だったが、例外は有った。俺と香月師範だ。香月師範は雰囲気が父親に似ていたらしい。俺は何が切っ掛けだったか忘れたが普通に話すようになった。

 俺が話し掛けると天使のような笑みを浮かべて応えてくれる。俺はオリガの為に色んな事をした。眠る前に絵本を読み、一緒に散歩をし、眼が見えなくても出来る遊びを考えた。俺はオリガを妹のように思うようになった。オリガも俺をお兄ちゃんと呼んでくれた。


 言っておくが、俺はロリコンじゃない。ただオリガの笑顔が眩しくて、とても貴重なものだと思うようになっていたんだ。もうすぐオリガの誕生日だ。バイトした金でプレゼントを買うはずだった。……オリガは寂しがっているだろうか。……帰りたい。


   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 中央広場には早朝から開いている雑穀雑炊の屋台が有る。この屋台で朝食を済ませギルドへ向かう。ギルドには緊急討伐の参加者が半分ほど集まっていた。カルバートとキセラも来ていた。

「ミコトさん、おはようございます」

「おはよう、キセラちゃん。ついでにカルバートも」

「何だ、オレはついでかよ」


 俺たちが雑談しながら時間を潰していると、セリアさんとハゲゴリラの爺さんがカウンターの奥から現れた。その瞬間がやがやしていた雑音が消える。

「よく集まってくれた。ギルド支部長のオペロスじゃ」

 ハゲゴリラはギルド支部長さんだった。

「今回の緊急討伐は、商人ギルドからの依頼である。偵察チームからの報告では、群れの規模二〇〇匹、五匹ほどの集団で獲物を探しておる。厄介なのは中にゴブリンメイジが存在する事じゃ」


『オオーッ』という歓声が上がる。俺は何故そんな反応が起きるのか分からなかった。


「静かに!」ギルド支部長の一声で静まる。

「ゴブリン共は新しい棲み家を決めてはおらん。バラバラに行動し穴兎や蛙などを捕食しながら定住先を探しとる。儂らは棲み家が決まり集団となる前に、奴らを殲滅する」

 ゴブリンは強敵でないとしても二〇〇という数は脅威である。二十五人で戦ったとして、勝てたとしても犠牲者は必ず出る。各個撃破出来るうちに数を減らすのは戦いの常道……それ故の緊急討伐だ。


 セリアさんが壁に南方面の地図を貼った。広大な平原に小山が九つ、平原の端に川が流れている。地図は小山毎に九分割され番号が振られていた。

「担当地域を割り当てる。まずは『金剛戦士』五番と六番にいるゴブリンを掃討してくれ。次『銀の守り手』は三番と四番……」

 実力のあるパーテイから名前を呼ばれ担当地区が決まる。当然、ゴブリン共が居る確率が高い地域を割り当てられる。当然、最後が俺たちだ。

「『ミタルカシス』は九番だ」

 平原の端にある小山だ。ゴブリンの居る可能性は低い。

「川の近くだ。槍トカゲが居るかもしれないぞ」

 カルバートが小声で教えてくれる。……ふん、ゴブリンの代わりに槍トカゲを狩るのもいいかもしれない。


「準備が終わったら出発してくれ」

 ギルド支部長の声でパーティ単位でギルドを後にする。俺たちは中央広場で装備の点検をする。カルバートとキセラは手製の槍を持って来ていた。但し俺の槍のような枝を削っただけのものではなく、先端にナイフが括りつけられていた。

「ミコト、その槍でゴブリンを殺せるのか?」

 粗末な槍を見てカルバートは不安になったようだ。

「心配無用、槍はスライム用だ。本命の武器は鉈だ」

 背負い袋に入れてある鉈を示した。刃の部分を木の皮で包み背負い袋に突っ込んでいる。袋の口から長い柄が飛び出していた。

「変わったものを武器にしてるな。剣の方が扱い易いと思うんだけど」


 確かに扱い易さなら剣が上だろう。だが、ワイバーンの爪に秘められている威力は魅力的だ。カルバートは、俺の鉈がワイバーンの爪だと知らないからな。

「安物の剣より、この鉈の方が威力はある。それより、ギルド支部長がゴブリンメイジが居ると言ったら喜んでいたようだが何でだ?」

「エエッ!……そんなことも知らないの」

 ム、ムムッ……歳下に馬鹿にされてしまった。

「俺は遠くから来たんだ。この辺の事情には疎い」

 キセラは小首を傾げたが、カルバートはなるほどというように頷いた。


「そうか、それじゃあ仕方ない。俺が教えてやろう。ゴブリンメイジというのはゴブリンが進化した上位種なんだ。こいつは魔晶管の中に魔晶玉を持っている可能性が高い。魔晶玉は魔道具の素材になるもので小さなものでも金貨一枚はする」

 金貨一枚……すげえぇー。ハンターたちが騒ぐ訳だ。

「よし!……気合が入って来た。行くぞ!」

「オウッ!」

 出発しようとした俺たちをキセラが止めた。

「ちょっと待って、昼食はどうするの!」

「アッ」「ウッ」

 俺たちは広場の屋台で硬いが腹持ちがいいロティを人数分買って、本当に出発した。俺たちの中でキセラが一番しっかりしているようだ。


 俺たちは南門を出て九番の小山を目指し歩き始めた。遠くに、それぞれの担当地域へ向かうハンターたちの姿が見えた。その姿も一時間も歩くと消える。膝より少し高いくらいの雑草を掻き分け進む。ガサッガサッという大きな音とカサッカサという微かな音。


「もうちょっと静かに歩けないのか? 魔物が気付いちまうよ」

「すまん、慣れてないんだ」

 歳下に叱られる俺、……情けない。

「カル、怒らないで誰にでも不得意なものは有るんだから」

 キセラのフォローを聞いて一層情けなくなった。ちょっと落ち込んだ気分を変える為にカルバートに尋ねた。

「この辺には、どんな魔物が居るんだ?」

「ん、そうだな。跳兎に足切りバッタ、緑狐みどりぎつね、長爪狼と双剣鹿か」

「狼も居るのか。そいつはやばいな」

「長爪狼は、頭の良い魔物だから人間は滅多に襲わないよ。むしろ危険なのは足切りバッタさ。あいつら草叢から突然襲ってくるんだ」


 足切りバッタは体長二〇センチほどの黒いバッタで、集団で襲い強力な顎で人間を噛み切る肉食の大型魔昆虫らしい。俺は周囲を見回す。右前方に黒い奴が居た。

「あれか、見た目が不気味だな。狩らないのか?」

「足切りバッタを……あんなのに何の価値もないさ。魔晶管は小さ過ぎて買取対象にはならないし、肉や外殻が売れる訳じゃない。襲って来ない限り無視だよ」

「緑狐はどんな魔物なんだ?」

「綺麗な緑の毛皮を持つ魔物さ。毛皮だけで銀貨一枚するんだ。だけど見つけるのは至難の業さ」

 まあ、そうだろうな。緑の草原に緑の狐じゃ難しいよな。赤い狸だったら簡単に見つかりそうなんだが。


 ガサッと音がして黒い物体が飛んで来た。俺は反射的に槍で弾く。ガスッと音がしバッタが地面に落ちる。……クッ、油断も隙もねえな。俺たちは足切りバッタの集団と遭遇したようだ。バッタがバサッと飛んで襲って来る。襲われているのは、俺だけじゃないカルバートもキセラも襲われている。

「集団から抜け出すぞ。走れ!」

 俺たちはバッタを払い除けながら走った。三〇メートルほど走ると集団から抜けだしたようだ。

「怪我はないか?」

「ああ」「大丈夫」

 自分の足元を見るとズボンの数ヶ所に穴が開いていた。すれ違い様に足切りバッタが切ったようだ。幸いかすり傷で少し血が滲んでいるだけだ。ハンターを続けるのならちゃんとした装備が必要だと痛感する。


 目的の小山に到着した。トータルで一時間半ほど歩いただろうか。周囲が五〇〇メートルほどの小さな山で、山腹には樹木が生い茂っている。小山の先には幅五〇メートルほどの川があった。

「山の周囲をグルッと回ってゴブリンを探そう」

 俺はそう言って小山を見上げた。


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