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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第4章 傍迷惑な来訪者編
66/240

scene:64 立て籠るオーク

 警察が魔物の存在を知る前日の夜、オークたちは闇に紛れて町へと近付いていた。遅い時間だったので通りには人の姿は疎らで、見かけるのは家路を急ぐサラリーマンか酔っぱらいだった。

 シーツのような物を頭から被った幾つかの影が通りを歩いていても注目を集める事は無かった。気付いた者も変な奴らが居るといぶかしむくらいで積極的に関わり合いたいとは思わなかった。


 大きなトラックが前方から迫ると、妖しい影たちは慌てたように小さな雑居ビルに潜り込んだ。

『あのデカイ奴は危険だ。一端、この建物に身を潜めて食い物を探すぞ』

 トラックに轢かれそうになったオークたちは、ビルの中に入るとでかい鼻をピクピクさせ階段を上へと登り始める。中は暗く人間の気配は感じられなかった。


 階段を一番上まで昇り屋上に出た。オークたちは別荘地からここまで歩き疲れていた。

『入り口はこのドアだけのようだ。他より安全だろう。ここで一休みする』

 ズリュバが仲間に告げると、コンクリートの上に身体を休め目を閉じた。そのまま五時間ほど目を覚まさなかった。


 聞きなれない音で目を覚ましたズリュバは、仲間たちを起こす。腹が減っていた。

 空腹感で辛抱出来なくなり、階段を下に降りる。最上階である五階の部屋の前で、人間と出会でくわした。子供のようで大きく目を見開き、オークたちの方を見ている。


 子供はドアを開け、部屋の中に逃げ込んだ。

 中では、一人の塾講師と中学生らしい十四人の塾生たちが勉強をしていた。

「中村、遅刻だぞ」

 塾講師が声を上げる。だが、中村と呼ばれた中学生の様子がただ事でないのに気付いた。

「どうかしのか?」

「……そ、外に変な奴らが」

 その時、ドアがバンと開けられ、大柄な体格の不審者が中に入って来た。


 オークたちが部屋に入った瞬間、中に居た全員が凍りついたように動きを止め乱入者を見詰めた。最初に声を上げたのは若い塾講師だった。

「変な格好をして、どういうつもりだ?……授業中だぞ」

 その声に答えるように大柄なオークが吠えるように声を上げる。

「グラジェニ ウェバジュゥゥ デザク ガズリュ(五月蠅い、人間どもの言葉など分かるか)」

 オークたちが全身を隠していた布を剥ぎ取り姿を現した。


「きゃあああーーー」「な、なんだ」「ば、化けもんだ」


 中学生たちが悲鳴を上げ逃げようとしたが、出入口にオークが立ち塞がり逃さなかった。一匹のオークが塾講師に近付き、その手に持つ指し棒払い落とす。

『ドガッ!』

 次の瞬間、オークの拳が塾講師の顔面にめり込み吹き飛んだ。鼻から大量の血が吹き出し、身体は黒板へ激突して跳ね返される。


「いやああああーーーっ」「わっ」

 悲鳴を上げた中学生たちがオークから少しでも離れようと部屋の奥へと逃げて行く。男子中学生の一人が窓から逃げようとブラインドが閉まっている窓に飛び付きブラインドの内側に身体を入れる。そこに走り寄ったオークがブラインド越しに体当たりして、その中学生を窓の外に弾き飛ばす。

 窓ガラスが粉々に砕け辺りに飛び散った。そして、体当りされた少年の身体は地上へと落下し鈍い音を響かせ鮮血を撒き散らした。

 下の方から幾人もの悲鳴が聞こえた。


 下に居た誰かが通報し、すぐさま近くに在る警察署から大勢の警察官が駆け付け学習塾を包囲した。

 オークたちは期せずして学習塾に立て籠もることになった。


 オークたちも混乱していた。

『分隊長、騒ぎが大きくなっちまいましたよ。どうするんです』

 古株のオーク兵士ゾウルがズリュバ分隊長に尋ねた。

『ああ、まったく付いてないぜ。食料を探していただけなのによ』

 オークたちにとって、この世界は樹海以上に奇妙な世界だった。道路を行き交う巨大な乗り物や夜だというのに明るい町、そして、魔力を感じられなくなった世界。


 ドアの外で人間どもが大声を出している。俺たちには理解出来ないと知らないようだ。

『外にいる奴らを始末しましょう』

 ゾウルが分隊長に進言する。オークたちは人間を恐れていなかった。この世界の人間は基本的に脆弱で自分たちの姿を見ただけで恐怖し逃げたからだ。


 窓の下から拡声器を使ってオークたちに呼び掛ける者が居た。

「君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗は止め投降しなさい」

 近くの警察署から駆け付けて来た刑事課長の堤崎警部が、状況を把握しないまま犯人たちに呼び掛けていた。この時点では犯人が人間ではなくオークだとは信じていなかった。

 壊れた窓から少しだけ中の様子が覗け、オークの姿を警察も確認していたのだが、指揮を採っていた堤崎警部はモンスターマスクを被った人間だと考えていた。


 同じ頃、殺人現場の別荘では、オークたちにより荒らされた別荘内部を調べていた。

「東條さん、立て籠りの現場に行かなくてもいいんですか?」

 ベテランの絹田刑事が面白く無さそうに別荘内部を調べようと主張する東條管理官に尋ねた。

「ああ、犯人が立て籠もっている以上、特殊部隊が出てくるはずだ。部外者の口出しなど許すはずがない。それよりオークの狙いが何なのか知りたい」

 内部は酷く荒らされており何かを探していたような様子があった。


「どう思う、ミコト」

 東條管理官が俺に尋ねた。……どう思うかと訊かれても困るのだが、一つだけオークについての情報を思い出す。

「たぶん、食料を探しているんだと思います。オークは大食漢ですから」

「食料か……考えるだけで気分が悪くなるが、奴らは人間を食べるのか?」

 俺は顔を顰めた。その可能性も考えていたのだ。

「オークは魔物の肉を好みます。ですが、他に食い物がないと人間でも食べます」

「……人間も食べるのか。拙いな。お前はオークの言葉を喋れたよな」

「理解は出来ます。ですが、喋る練習はしてないので片言かたことになります」

「それでも交渉は可能か……だが、警察が未成年のお前に交渉を任せるとは思えない」

 

「取り敢えず、通訳が出来る人材として警察に協力を申し出ては如何です?」

 石井刑事が助言する。その時、俺は居間に有る写真に気付いた。写真の中で別荘の持ち主が弓を構えている。趣味でアーチェリーを楽しんでいたようだ。周囲を見回し弓が入れられていたと思われるケースを発見した。

 中は空で、矢も見当たらない。

「東條管理官、オークたちは弓を持ち出したようです」


「何……危険だな。絹田刑事、立て籠りの現場に居る担当者に知らせた方がいい」

 絹田刑事は頷き、携帯で上司に連絡する。

「係長ですか。絹田です。そちらの様子はどうですか……エッ、課長が呼び掛けているって、あの人自己顕示欲が強いから……無駄なのに、奴らは日本語なんか分からんでしょ。興奮させない方がいいですよ。それより、奴らは弓を所持している可能性が有ります……そうです、弓矢の弓です……ん……係長、どうしたんです……」

 絹田刑事が顔色を変え只ならぬ様子を見せた。

「絹田さん、どうかしたんですか?」

 石井刑事が尋ねた。

「課長が弓で射られた。矢が胸に当たったそうだ……石井、車を用意しろ!」

 絹田刑事の大声に、ビクリとした石井刑事は車の方に飛んで行った。


 絹田刑事が立て籠り事件状況を大声で仲間に伝えると、多くの警察官が大急ぎで帰り支度を始めた。どうやら少数の鑑識を残し、立て籠り現場へ向かうようだ。

「ミコト、私たちも行くぞ」

 俺と東條管理官も車に乗り込んで、学習塾へと向かった。


 俺たちが現場に到着した時、そこには大勢の警察官と報道陣が押し寄せお祭り騒ぎとなっていた。

「もう少し離れて下さい。危険です」

「おい、あの化け物の写真を撮りまくれ、他社に遅れを取るな」

「ミナトちゃん、刑事がやられた瞬間は撮れたのか……エッ、駄目、何やってるんだ!」

 マスコミや野次馬やじうまも酷く興奮していた。


 オークに矢を射られて課長さんは、救急車で運ばれた後のようだ。周りに居る警察官の興奮した様子で、生死に関わる状態だったのが分かる。

 見回すと周りのビルに何人か狙撃手が潜んでいた。チャンスが有ればオークを射殺するよう命じられているのかもしれない。だが、学習塾の窓はブラインドで中が見えない。一箇所だけ窓が壊れ、中が見える場所が有るが、そこから狙えるオークは一匹だけのようだ。


 課長さんが矢に射られた時、興奮した警察のお偉いさんが矢を射たオークを射殺するように命じたらしい。だが、冷静な部下から止められた。報復に人質を殺される危険が在ったからだ。


 現場の指揮権は、所轄警察署から中央から派遣された管理官に移っていた。

 東條管理官が刑事らしい人物と話をしていた。こちらを見て俺を呼ぶ。

「ミコト、内部の音を録音したものが有るそうだ。聞いて情報を伝えてくれ」

 俺たちはマイクロバスのような警察の指揮車に案内され中に乗り込む。東條管理官が顔見知りらしい人物に挨拶をする。

「金井君、君が管理官として来てたのか」

 どうやら東條管理官の警察時代の知り合いらしい。眼鏡を掛けた蟷螂のような中年男性が不機嫌な顔をして応えた。

「東條さん、断っておきますが、今、あなたはJTGの人間だ。余計な口出しは遠慮してくれ」

 東條管理官は肩を竦め、俺の方を指さす。

「JTGの案内人をしているミコトだ。オークの言葉が分かる」

「ふん、JTGは人材不足なのか。こんな子供を寄越すなんて」

 ムッとするが、東條管理官が睨んでいるので我慢する。

 金井管理官の部下らしい刑事が、ヘッドフォンを差し出した。すぐにオークの会話を分析してくれと言うのだ。集音器を使って録音した音をオークの会話だけ抜き出して編集したものらしい。


 俺はヘッドフォンを耳に当てオークの会話を聴き始めた。

「ん……やっぱり、オークたちは食料を探しに来たらしいですね」

「ズリュバと呼ばれているのがリーダーらしいです…………アッ、ドアの外に居る警官を殺す相談をしています……だいぶ苛立いらだっています。拡声器の声が耳障りらしい……ズリュバが部下に弓を射るように命じました」


 不意に、金井管理官がドンと小さなテーブルを叩く。


 ヘッドフォンを渡してくれた刑事が、続きを頼むというように小さく頷く。

「怪我をしている人間が死にそうだと言っています。どうやら塾の講師らしいです」

 東條管理官が視線を俺に向け難しい顔をしている。何か提案したいのだが、先ほど釘を差されたので躊躇ためらっているようだ。


「……ゲッ、ズリュバの部下が負傷者を食っていいか尋ねています……ズリュバが我慢するように言っています。オークたちがますます苛立っています。原因は空腹が大きいようです。……ん、ここで終了です」

 金井管理官が顔を青褪めさせ驚いている。

「奴ら、人間を食うのか……」

「金井君、口出しはせんつもりだったが、緊急事態だ。食糧と引き換えに負傷者を運び出す許可を交渉すべきだろう。グズグズしていると負傷者が死ぬぞ」

 東條管理官の提案に、金井管理官が不機嫌となる。だが、その提案は至極当然な案だった。


 金井管理官は迷った末、俺にオークとの交渉を依頼した。オークの言葉が喋れるのは俺しか居ないのだから仕方ない。

 食糧としてローストチキンなどの肉をメインに用意して貰った。ざっと十数人分ほどの分量だ。

 食糧の入った大きな紙袋を抱え、エレベーターで五階に上がる。エレベーター前には特殊部隊の隊員が緊張した顔をして教室に入るドアを睨んでいた。


 俺は挨拶代わりにぴょこんと頭を下げ、ドアに近付き声を上げた。

『中いるオーク……交渉しタイ……食糧アル……』

 少し間があってから。

『誰だ貴様、なぜ我々の言葉を喋れる?』

 野太いザラザラした感じの声が聞こえて来た。ズリュバと呼ばれるリーダーの声だ。

『俺、言語の学者ミナライ。言葉、異世界に行った人から学んタ』

 俺がゲートマスターだと悟られないようにしろと東條管理官から注意を受けていた。オークの狙いが分からない以上、ほんの少しの情報も渡すべきではないと言うのだ。

『ゲートマスターが居るのか。ここに連れて来い』

 案の定、そのオークはゲートマスターに興味が有るようだ。

『ダメ、その人、異世界…行ってル』

 舌打ちする音がした。……オークも舌打ちするのか。


『食料があると言ったな。早く寄越せ』

 ズリュバでないオークの声が聞こえた。かなり空腹のようだ。

『怪我人、居るダロ。食糧、その人と交換』

 数分間の交渉の末、食糧と負傷者の取引は成立した。

 オークの一人が血を流して倒れている塾講師をドアの近くまで引き摺って来た。


 ドアが開き、オークと対面した。全身を覆う剛毛と猪に似た顔、黄色く濁った眼は油断なく周囲を見回している。後ろの方で、初めてオークを見た特殊部隊の隊員が息を呑む気配がした。

 彼らは、俺に危害が及びそうならオークに発砲するよう命令されている。

 正直、邪爪鉈が欲しいと思った。だが、ここはリアルワールドだ。

 チラリと奥を見ると怯えた中学生たちがこっちを見ている。中には泣いている少女も居た。俺は床に食糧を置くと素早く負傷者を引っ張って廊下に出す。その途端、ドアが閉められる。


 ドア越しに気配を探りながら、血だらけの負傷者を抱え上げ、エレベーターまで運んだ。

 負傷者の顔が陥没し、危険な状態だ。

 二人の特殊部隊の隊員と一緒にエレベーターに乗り一階に降りた。俺が抱きかかえていた負傷者を、隊員が受け取り正面玄関から外へと運び出した。


 このまま一緒に外へ出ると、マスコミに顔を知られるので裏から外へ出て、東條管理官が待つ指揮車へ乗り込む。案内人はマスコミに身元を知られないように注意しろと言われているが、罰則が有る訳じゃない。

 『豪剣士』とか『魔導マスター』とか一部の案内人は、二つ名だけは知られているようだ。マスコミも異世界まで来れないので、仕事に支障はないらしいが、俺は御免だ。

 ……ドロ羊の任務くらいしか知られていない俺に、マスコミが集まるかどうかは分からん。薫からは自意識過剰だと言われたが……ほっとけ。


「ミコト、ご苦労だった」

 東條管理官が声を掛けると、周りの刑事たちが口々にねぎらいの言葉を口にする。こういう時は、嬉しいね。危険を犯した甲斐がある。


「静かにしろ!」

 金井管理官がディスプレイに注目している。俺が持って行った食糧の紙袋に仕掛けられた超小型カメラとマイクがオークが居る部屋の様子を知らせていた。

 人質となっている子供たちの限界が近いと画面を見ながら説明している刑事が居た。心理分析とかしている人なのだろうか。

 確かに子供たちは疲れた顔をしており、眼がキョロキョロと落ち着きない動きをしている。


「中の様子は分かった。特殊部隊による強襲を実行する」

 金井管理官が強い決意を込め宣言した。



    ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 一方、樹海に居る薫たちは。


 木樹の間から零れ落ちる陽光は頼りなく、今にも闇が樹海を支配しそうな気配がする。虫の声や獣の吠える声が時折り聞こえる。雑草が生い茂る中を先頭で進む薫の背後から声が上がった。

「いつまで歩けばいいんだ?」

 東埜の愚痴に近い質問に、薫は面倒くさそうに応えた。

「さあ、鉄頭鼠てつとうねずみは樹海の第一層に住むから、東に歩けば樹海を抜けられると思うけど、距離までは分からない。兎に角、歩くしかないのよ」

「このままだと日が暮れるぞ。どうするんだよ」

 だから、異世界に行った経験が有ると知られたくなかったのだ。けれど、一番年下の薫が皆の行動を指示するには知らせるしかなかった。


「夕食の獲物を狩って、野営に適した場所を探します」

 薫の答えを聞いて、美鈴は不安そうな顔をする。

「魔物とか襲って来たら危険よ。夜通し歩いて、少しでも早く樹海から抜けだした方が良くない?」

「夜、活動的になる魔物も存在するから、真っ暗な樹海を移動するのは駄目ね」

 小瀬が薫を睨むように見て、苛立っているように声を上げた。

「それより、獲物というのはどんな奴だ。さっきのネズミみたいな奴なら食べないからな」

「ネズミは私も嫌よ。この辺にはでかいうさぎが居るはずよ。これから探すから静かにしていて」


 薫が開発した応用魔法の中に<集音分析サウンドアナライズ>と言うものがある。周囲の音を収集し、その中から生き物が発する音を拾い出す魔法だ。まだまだ研究中の応用魔法だが、実戦で使えるか試そうと思う。

 皆とは少し離れ、小声で呪文を唱える。


「チェザラス・ジュムカ・リリキオム……<集音分析サウンドアナライズ>」


 南東の方角から、生き物が草を咀嚼する独特の音が聞こえた。薫は真希たちに少し離れて付いて来るように指示し、獲物の方に慎重に近付く。

 そこに居たのは兎ではなく一匹の双剣鹿だった。はぐれの雄鹿なのだろうか。

 薫が魔法を放とうとした時、背後から叫び声が上がった。


「ウオーッ、俺が仕留めてやる」

 薫が後ろを振り向くと、東埜が双剣鹿に向かって走り出す姿が目に入った。


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