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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第3章 セカンド転移門編
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scene:58 黄金吸血蛾と雷蜂

 翌日、俺と伊丹さんは装備を整え勇者の迷宮へと向かった。

 迷宮前では子供たちが集まって来たが、今日は駄目だと荷物運びを断って迷宮に入る。


 第二ゲートの階段で第六階層へと降りた。第六階層は何度来ても違和感を覚える。太陽もないのに植物が生い茂り樹木さえ存在するのだから。

 階段を降りた入口付近でコボルトと投げ槍猿に遭遇した。二匹のブルドック顔のコボルトが槍を持って投げ槍猿を追い掛けていた。


 追われる投げ槍猿は騒々しい悲鳴を上げながら必死で走る。しかし、地上ではコボルトの方が一枚上手のようで何回かコボルトの槍に突かれて傷を負う。

 前方に樫に似た木がある。そこまで逃げ切れば投げ槍猿は生き延びられるだろう。

 ようやくのことで投げ槍猿が木に近付いた時、その木の上から雄叫びが上がった。投げ槍猿の仲間である。


 二匹の投げ槍猿が空中に身を躍らせ、回転しながらコボルト目掛けて奇襲を仕掛けた。回転するドリル刃がコボルトの身体に減り込み穴を穿つ。

 盛大な悲鳴が上がる。だが、すぐにその声も途切れる。

 投げ槍猿を狩っていたはずのコボルトが血の海に倒れる。魔物同士でも何が起こるか分からないのが迷宮だった。


 その後、一〇匹ほどの猿の群れが現れ、仲間の手柄を喜ぶように騒ぎ始める。そして、投げ槍猿たちは協力してコボルトの死骸を木の上に引っ張り上げた。

 興奮した猿の声が聞こえ、樹上から血が落ちて来たのを確認する。猿は雑食だ。コボルトを食べているのだろう。


「ウワッ……何か嫌なものを見ましたね」

「魔物たちの間でも生存競争が激しいようでござるな」

「ハンターに狩られ、魔物同士でも殺し合いをしているのに、迷宮の魔物の数が減らないのは理不尽としか言いようがないな」

「迷宮とはそういう場所だと認めるしかないですぞ。……考えるだけ無駄でござる」

 時間さえ有れば、迷宮という特殊な場所を研究したいが、そんな時間が取れるのは何時になるやら。


 目前の森の奥へと進み始めた俺たちに、ゴブリン、化け茸、陰狼などが襲って来た。

 それらの魔物を鎧袖一触と言う言葉通りに一瞬で倒した俺たちは、ホブゴブリンが巣食っている場所へと到着した。

 前回は『釣り野伏せ』でホブゴブリンを誘い出し<缶爆>を使った罠で混乱させた処を倒した。しかし、今回は、正面から挑むつもりだ。

 問題はメイジだ。ホブゴブリンのメイジが放つ攻撃魔法はゴブリンのメイジのものより三倍威力が有ると言われている。俺の魔法防御の基本である<風の盾(ゲールシールド)>では力負けする可能性がある。


 二人共、一対一の戦いでなら、攻撃魔法を見極め躱せると思うのだが、乱戦時に襲ってくる魔法を全て躱す自信はない。


「どうしたものかな」

「奇襲は<魔力感知>を使うメイジが居れば無理でござるし」

 伊丹さんと一緒に考えているが、良い作戦が浮かばない。

「身を守るだけなら、『時空結界術の神紋』の<遮蔽しゃへい結界>を展開すれば大丈夫なんだが、結界の中に入るとこちらも攻撃出来なくなるからな」

 その時、伊丹さんが何か思い付いたように鋭い視線を俺に送った。

「ミコト殿、<魔力感知>を発動したまま戦えるものでござるか?」

「エッ、………そうだな、出来なくはないか。でも、高度な集中力が必要だから長続きはしないよ」

「<魔力感知>なら、メイジの位置と攻撃魔法が放たれるタイミングも判るのでござろう」

「……なるほど、攻撃魔法が放たれるタイミングが判れば、躱すのは難しい事じゃない」


 作戦は決まり、俺と伊丹さんがホブゴブリンの出現ポイントに進み出た。

 <魔力感知>を発動するとホブゴブリンらしい魔力反応を十二個感知する。その中に二つだけ大きめの反応がある。こいつらがメイジだろう。

 俺たちの魔力を感知したのだろう。メイジが警告の叫びを上げた。一斉にホブゴブリンたちが移動を開始する。

 木々の間から、自分たちと同じ背丈をした緑色の醜悪な魔物が飛び出して来た。奴らの手には剣や槍が握られている。


 頭の中に流れ込んで来る魔力反応の動きと眼前で展開される敵の動きを同時に処理しながら、戦いを始めた。

 剣を持った奴が襲い掛かる。邪爪鉈で受け流し、体勢を崩した敵の懐に鋭く踏み込み胸に左の肘を捻り込む。肋骨の折れた感触が伝わり、ホブゴブリンがダウンする。


 ……オッ、メイジの魔力が大きくなった魔法を放つ気だ。


「左奥のメイジが魔法を放つぞ」

 伊丹さんに声を掛けたと同時に、火の玉が生まれ俺目掛けて飛んで来る。

 ヒョイと火の玉を躱し移動する。

『ボォン』

 地面に火の玉が激突し炎を周囲に撒き散らす。移動した俺には怪我はない。だが、地面に倒れたホブゴブリンが炎を浴び断末魔の絶叫を放った。

 そこに槍を持った別の敵が突貫して来た。槍のけら首を邪爪鉈で切り落とし、驚くホブゴブリンの頭に邪爪鉈を振り落とす。確かな手応えを感じた俺は周囲を見回す。


 ……また、魔力増大か、今度は別のメイジだな。


「右奥のメイジに注意」

 空気が唸り声を上げ、空気の刃が伊丹さんに向けて宙を疾駆する。伊丹さんは一匹のホブゴブリンを袈裟斬りにしたところだった。瞬時に唸り声を上げる攻撃魔法を察知し、躯豪術を使って大きく横に飛び退く。


 攻撃魔法を回避した伊丹さんに声を掛ける。

「まずは、メイジを仕留めよう」

「承知!」

 俺たちは自分を攻撃したメイジに向かって突撃を開始した。途中何匹かのホブゴブリンが邪魔を入れるが、その攻撃を躱し、最短距離でメイジの下まで駆け寄る。


 途中、もう一回ずつ攻撃魔法を受けたが、二人共上手く避けた。背後で俺たちを追って来たホブゴブリンに被害が出たようだが確かめる余裕はない。

 メイジが慌てたように逃げようとしていた。俺は<魔力感知>を解除し躯豪術で強化した脚力で数メートルの距離を一歩で消し去った。

 邪爪鉈に魔力が流れ込み赤光が溢れ出す。邪爪鉈の刃がメイジの首をスーッと通り抜ける。手応えは無し、けれどメイジの足がもつれ地面に倒れた瞬間、頭がポロリと転げる。『断裂斬』の源紋を使うほどの相手では無かったようだ。


 伊丹さんもメイジを仕留め、追って来るホブゴブリンたちを睨んでいる。

 その後の戦いは危なげなく終わり、ホブゴブリンのすべてを討ち果たした。メイジの魔晶管から魔晶玉が採取されたので、俺と伊丹さんは満足そうに顔を綻ばせる。


 下へ降りる階段に到着し、あの軽薄そうな男ロレンの情報に有った灌木の茂みを発見した。確かに黄色の葉を茂らせた灌木が多数存在している。


 黄色く色付いた銀杏のような色合いの丸い葉っぱを着けた灌木が、生け垣のように並んでいる。

 その生け垣を掻き分けて奥に進入する。


 意外な事に中は花園だった。黄色い葉の樹木が生い茂り、それがオレンジ色の花を咲かせていた。後にこの木がクボアと言う名であるのを知るが、それはかなり後の事だった。

「綺麗な場所だな。ここが黄金吸血蛾の産卵場なのか?」

 伊丹さんも首を傾げている。黄金吸血蛾と言う禍々しい名前の魔物が居るとは思えない風景だったからだ。


「アッ、あそこにデカい蝶……いや、蛾?」

 黄色い葉に隠れるように大きな蛾が羽を休めていた。黄金色の羽に黒い筋が入った羽は本当に美しい。


 蝶と蛾の区別する方法に明確なものはないらしい。夜に飛ぶのが蛾で昼間飛ぶのが蝶、触覚が櫛状になっているのが蛾、先が膨らんだ棒状が蝶、羽を広げて止まるのが蛾で閉じるのが蝶、胴体が太いのが蛾で細いのが蝶など幾つか有るが、どれにも例外が有る。


 目の前の魔物は太い胴体をしているので蛾なのだろう。<鑑定眼>を発動してみると、こいつが『黄金吸血蛾』だと分かった。

「よし、卵を探しましょう」

 注意深く探し始めると、黄色の葉に白い卵が張り付いているのを発見した。長さ八センチ、直径一センチほどの細長い卵だ。

「手早く採取して戻ろう。何か嫌な予感がする」

 卵を集め始めると黄金吸血蛾が近寄って来た。俺たちの頭上で何匹かの蛾が飛び回るが襲っては来ない。その代わり羽撃はばたく度に鱗粉が降り掛かる。


「この鱗粉、毒では?」

 伊丹さんの問いに、俺は首を振った。

「調べた限りじゃ、毒ではないはずです」

 卵の採取が終わり戻ろうとした時、『ブーン』と言う音が聞こえて来た。

「この音、もしかして」

 嫌な予感を覚え頭上を見上げた。十数匹の雷蜂がこちらに向かって飛んで来る音だった。雷蜂一匹ならポーン級上位の魔物だが、集団になるとナイト級にも相当する。


 二人は戦うよりも逃走を選択し、下へ向かう階段の方へ向かって走り出した。

 通常の場合なら、巣の近くでない限り逃げるだけの者を雷蜂は追わない。だが、今回は違った。

 雷蜂が執拗しつように追い掛けて来る。

「どうなってるんだ?」

「虫の居所が悪かったのでござろうか」

 伊丹さんのオヤジギャグに、俺は足をもつれさせ転ぶ所だった。……恐るべしオヤジギャグ。


「伊丹さん……」

 俺の非難の声に、伊丹さんが照れたように苦笑いする。

 そんな事をしている間に、状況は悪化した。俺たちは四方から雷蜂に囲まれていた。

「非常に拙いな、これ」

 囲んでいる雷蜂が興奮しているのを感じた。今にも雷撃を放ちそうだ。


「伊丹さん、攻撃はなしだ。攻撃した途端、雷撃が来るぞ」

「了解した」


 その時、階段の方から火の玉が飛んで来た。


 火の玉が地面に着弾し炎を撒き散らした。次の瞬間、十数匹の雷蜂が一斉に雷撃を放つ。


『ドーン』『ドゥーン』『ドォーン』……

 続けざまに雷の音が響き渡り、周囲が稲光で真っ白になった。


 …………………………


 ………………


 …………


 ……


 雷撃の一斉攻撃が収まった時、その場に倒れた二人の姿とその上で飛び回る十数匹の雷蜂が有った。

 暫くして雷蜂の姿も消えた後、

 そこに三人の男が歩み寄る。一人はミコトたちに、今回の依頼を持って来たロレンと言う軽薄そうな男と黒尽くめの装備を身に着けた大男、もう一人は剣呑な眼で油断なく周囲を見ている小柄な男だった。

「上手くいったな」

 ロレンが悪戯いたずらが成功した子供のように笑いながら言う。

「馬鹿な奴らだ。雷蜂の巣が近いのに黄金吸血蛾の産卵場に手を出すなんて」

「雷蜂を惹き付ける鱗粉を体中に浴びて、奴らから必死に逃げる姿には笑ったぜ」

 大男と小柄な男が嫌な笑いを浮かべ、目の前で起きた惨劇には相応しくない言葉を吐く。


 黄金吸血蛾の鱗粉は、生物の汗と混ざると雷蜂を惹き付け興奮させるフェロモンに変わる。それを利用して黄金吸血蛾は自分たちの産卵場を守っているのだ。

 だが、この情報を知る者は多くない。この異世界に昆虫学者のような専門家が居ない事と黄金吸血蛾と雷蜂の関係に気付いた者のほとんどが雷蜂に殺されたからだ。


「そろそろ止めを刺すぞ」

 黒尽くめの大男と小柄な男がミコトたちに近付いた。

 それぞれが剣とナイフで止めを刺そうとした瞬間、ミコトの邪爪鉈が小柄な男の腹を断ち割り、伊丹の豪竜刀が大男の腰から胸へと鞘走る。

 斬られた二人の体から血が吹き出しドサリと倒れた。


「な、何でだ!」

 ロレンが後退あとずさりながら、驚きで目を見開いていた。

 先程まで倒れていたミコトと伊丹が起き上がり、邪爪鉈と豪竜刀を構えている。

「驚いているようだな。種明かしは簡単さ、雷撃を防御する魔法を習得していただけさ。後は<洗浄ウォッシュ>で身体に付着していた鱗粉を洗い流し倒れた振りをしていただけ」


「拙者たちとは面識のないお主らが、何故殺そうとした」

 伊丹さんが剣呑な眼をしてロレンを睨み付けている。

「チッ」

 ロレンが舌打ちをし、隠し持っていた投げナイフを伊丹さんに投げ付けた。その飛び道具を豪竜刀が弾き飛ばし、逃げようとするロレンの足に刃を送り込む。

 その刃を飛び上がって躱し、もう一本の投げナイフを、回り込もうとしていた俺に投擲する。俺は立ち止まってナイフを躱す。

 俺は軽薄そうだったロレンの素早い動きに目を見張る。敵を過小評価していたのは、ロレンたちだけでなく自分たちも同じだったと反省する。


 巧みに逃げ回るロレンを追って階段付近まで来た俺たちは、ロレンがブツブツ呟いているのに気付いた。

「……豪炎弾ヘルファイアボム

 ロレンの頭上に西瓜ほどの炎の塊が生まれ、俺たちに向かって宙を走る。

「伊丹さん!」

 伊丹さんが俺の意図に気付き、傍に走り寄る。雷蜂の雷撃を防いだ<遮蔽しゃへい結界>を展開し自分と伊丹さんを守る。結界と接触した炎の塊は大爆発を巻き起こす。

 爆風と炎の渦に押された結界がミシミシと音を立てるように震動する。慌てた俺は結界を維持する為の魔力を放出する。……あ、あぶねえー、もう少しで結界が崩壊するとこだった。

 この時、俺の顔面は真っ青になっていた。だが、しのぎ切った。


 爆風と炎が収まった直後、結界を解除した。目前には地面に身体を投げ出し爆風に耐えていたロレンの姿があった。

 伊丹さんが走り、豪竜刀を閃かせる。慌てて立ち上がろうとしたロレンの左太腿から血が吹き出しバタリと倒れた。

「ウグッ」

 呻き声を上げるロレン。その姿を見下ろす俺たちの目には一片の慈悲もなかった。


 俺たちは拷問に近い形でロレンから情報を引き出した。残念なことに途中で失血多量でロレンが息を引き取ったので詳しい事情は手に入らなかったが、依頼元がエルバ子爵の手下である傭兵ニジェスだと知った。


 平和な国日本では考えられない非道な行いだと非難されるかもしれない。しかし、俺たちにはあらゆる外敵を排除出来るような無敵の強さもなければ、余裕もなかった。

 確実に敵を排除する機会を逃し再び攻撃されるなどと言うある意味傲慢な態度は許されない。

 だから……

「王都に居るエルバ子爵には手を出せないが、ニジェスと言う傭兵は始末せねば」

 伊丹さんの言葉に俺は頷いた。確実に殺しに来ている敵を放って置くのは、下策でしかない。


 黄金吸血蛾の卵は手に入れている。依頼は完了だ。

 三人の襲撃者から値打ちが有りそうな物を剥ぎ取った。値打ち物と言えるのは小柄な男が持っていた三等級のミスリル製ナイフぐらいで後は鋼鉄製の剣二本と防具などの平凡な物だった。


 地上へ戻った俺たちは、迷宮ギルドで魔物の素材を換金し、ハンターギルドで依頼完了の手続きを行った。

 それらの手続きを行っている時、殺意を含んだ視線を感じていた。相手に気付かれないように視線の持ち主を確認すると、待合所の奥に三十代前半のガッシリとした体格を持つ男が酒を手にこちらを見ていた。

 エルバ子爵の背後に居た男だ。傭兵ニジェスに間違いない。


「のんびりと酒を飲んでやがる」

「奴の眼には危険な光がござる。エルバ子爵はよっぽど拙者たちに死んで欲しいのでござるな」

「俺たちは第一王子の命を救った功労者じゃなかったのか」

「酒場の噂で、エルバ子爵は第二王子の派閥に属していると聞いてござる」


「チッ、俺たち王家の後継者争いに巻き込まれてるのか。面倒な」


 リアルワールドに帰還する前に決着を着ける決心を固めた。


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