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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第3章 セカンド転移門編
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scene:53 バジリスクの報酬

風邪で体調を崩し遅くなりました。申し訳ありません。

 ミリアたちは初等学院の仕事でゴブリンメイジの魔晶玉と杖を手に入れた。だが、ゴブリンメイジの持っていた杖は正式な魔法使いの杖では無かった。擬物まがいものと言うと語弊ごへいがあるが、魔力伝導率の高い素材で作られた単なる杖。正式な魔法使いの杖である神紋補助杖のように魔力の制御をアシストする魔晶玉が存在しないものだ。


 擬物まがいものの杖は正式名を『魔力補助杖』と言い、見習い魔導師が練習用として使用するものだ。少しだけ魔法の起動を助ける機能があるが、無くても威力は変わらない。

 練習用の魔力補助杖だとは言え、高級な部類に入る杖だった。武器屋で売ればそこそこの金額になる。


 魔晶玉は金貨一枚と銀貨五枚、魔力補助杖は金貨一枚と銀貨二枚で換金した。

「お姉ちゃん、お金いっぱいもらたでしゅね」

 初等学院からの報酬とゴブリンの素材換金分、そして杖の代金を合わせると金貨三枚近い金額を今回の依頼で手に入れた。

 これで、第一階梯神紋なら四人分は授かれるだけの金額が貯まった。ギルドに有った依頼をコツコツこなし、五人で貯めたものだった。幼いルキはもう少し成長してから買おうと話し合いで決まった。ただ、ルキは不満そうだった。


「偶には美味しいものでも食べるでしゅ」

 ミリアが提案すると、ルキが、

「みんにゃで食べるにょ? おばちゃんも」

 ルキがおばちゃんというのは、マポスの母親の事だ。マポスもオンボロ荘に住んで居る。

 ミリアたちが住んでいる建物には『猫人互助2番館』という名前が付けられているが、住人はオンボロ荘と呼んでいる。そのオンボロ荘には十二部屋有り、五十人ほどの住人が居る。


「そうだ、オンボロ荘の皆も集めて食事をしよう」

 オンボロ荘でひもじい思いをしている住民たちを思い出し、リカヤが提案する。もちろん、ミリアたちは賛成した。この処、順調に稼げるようになったミリアたちは贅沢とは言わないが、普通の市民並みに食べられるようになった。その所為も有って痩せていた身体に肉が付き全体的に逞しくなっている。

 だが、周りの猫人たちは今まで通り赤貧の暮らしをしている。別にミリアたちが悪い事をした訳ではないが、申し訳なく思う時がある。


 五十人分の食糧となると大変な量になる。それを一度に料理するとなると家庭用の調理道具では間に合わない。大きな寸胴鍋を買い、その中に大量に買い入れた野菜と鶏肉を入れ、オンボロ荘に戻った。

「アッ、リカヤ姉ちゃんだ」

 オンボロ荘の前で、遊んでいる子供たちと出会った。栄養状態は良いとは言えないが、健康そうな子供たちだ。子供たちに手伝って貰い、オンボロ荘に居る住人を集める。

 今の時刻にオンボロ荘に残っているのは、子供と母親だ。父親や若者は働きに出ている。


「リカヤちゃん。何か有ったのかい?」

 マポスの母親が訊いてきた。リカヤが事情を話し、おばさんたちに手伝ってくれるように頼んだ。

「助かるよ、リカヤちゃん。あんたたち、立派になったわね」

「本当よ、家の息子も仲間に入れて欲しいわ」

 おばちゃんたちが口々にリカヤたちを褒める。彼女たちの夫や息子が力仕事で稼ぐ日当は、銅貨十数枚。仕事にあぶれるとすぐに食費が無くなる。

 それに比べ、リカヤたちは一度狩りに出ると銀貨二枚程度は稼ぎ出す。特にぶちボアとかは、肉が高価なので二重に美味しい獲物だ。


 その日の夕食は、買って来た寸胴鍋で栄養満点の鍋料理を作り、オンボロ荘の全員に振る舞った。

「こんにゃ美味しいの食べたことがにゃいよ、リカヤ姉ちゃん」

「あたちも!」

 子供たちは久しぶりの御馳走にはしゃぎ、大人たちも明るい笑顔で感謝してくれた。

 だが、明るい笑顔がこの時だけだという事を、ミリアたちも理解していた。猫人族の生活基盤は最下層に位置し、碌に教育も受けていない猫人族は、都市の底辺で生きていくしかないのだ。


   ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 翌朝、ギルドに向かったミリアたちは、ギルド内の様子が少しおかしいのに気付いた。ザワザワとしており、ハンターたちがチラチラと待合所の奥の方を見ている。

 ミリアが視線を奥に向けると。

「わーい、ミコトしゃまだ」

 ミリアとほとんど同時にミコトの姿を見付けたルキが、トコトコと駆け出し俺に抱き付いた。

「ルキ、久し振りだね。元気にしてた?」

 俺はルキを抱き上げ、膝の上に置いた。

「うん、お姉ちゃんも元気」

 ミリアたちも近付き、俺と伊丹さんに挨拶をする。リカヤたちはミコトとは顔見知りだったが、伊丹とは初めてだった。リカヤたちは、ミリアの槍術が伊丹の指導だと知り尊敬の眼差しを送る。


 他のハンターたちの視線が、ミリアたちにまで向けられるようなった。

「ミコト様、皆がこっちを見てましゅが、にゃにか有ったのでしゅか?」

 俺は苦笑いして、逆に質問した。

「ミリアたちは、王からの命令を知っているか?」

「知ってましゅ。ビショップ級以上の魔物の魔晶管を求めて三組のパーティが狩りに出たと聞いてましゅ」

 俺はビショップ級であるバジリスクを倒した事と解体したバジリスクをギルドに運び込み査定中であるのを伝えた。


「ウソッ」「エエーッ」「バカにゃ」

 リカヤとネリ、マポスはひどく驚いた。だが、ミリアとルキはそれほど驚いていないようだ。

「ミコト様と伊丹様がバジリスクを倒したのでしゅか。凄いでしゅ」

「バジリスク?……しゅごいの?」

 ルキは理解していないようだが、俺と伊丹さんに再会して御機嫌である。

「私たちより一つ上でしかない三段目ランクのミコト様が……信じられにゃい」

 ネリが呟くように言う。

「そのランクでござるが、支部長殿が申されるに、特別なはからいとして2ランク上げて下さるそうでござる」

 ハンターギルドのランクは『三段目』の次は『幕下』で中堅ハンターのランクになる。そして、次の『十両』はベテランハンターに相当するもので、最上位の『横綱』から数えて六番目に当たる。


「エエッ! 『十両』ですか。ミコト様たちはハンターににゃって一年も経っていませんよね」

 リカヤが驚いている。ミコトとリカヤたちがハンターとなった時期は、それほど違わないのだから、驚くのも無理は無い。

 ミリアたちと話している間に、バジリスクの査定が終わったようだ。俺と伊丹さんの名前が呼ばれ、俺たち二人とミリアたちは受付の方に向かった。


「ミコト様、イタミ様、遅くなり申し訳ありません。バジリスクの素材でございますが、通常の個体よりも年を経た大物でしたのでかなりの高額となりました」

 受付で対応したのは、赤毛の受付嬢であるカレラだった。彼女の『高額』と言う言葉がギルド内に響くとざわめきが消えシーンと静かになった。ハンター全員が聞き耳を立てているようだ。

 視線が痛いくらいに集まっている。

「詳細を教えて下さい」

 俺が促すと、カレラさんが説明を始めた。

「まず、魔晶管でございますが、金貨三二〇枚となりました」

 『オオーッ』と言うザワメキがギルド内に広がる。バジリスクは別名『邪眼竜』とも呼ばれる竜種である。その魔晶管から採取される体液は万能薬の素材となる。


「次に魔晶玉でございますが、ギルドでは金貨四二〇枚の値段を付けました。ですが、五日後に開かれる王都のオークションに出品された方が高値となると思われますが、どうされますか」

 バジリスクの魔晶玉は、テニスボール程の大きさが有り、これ程大きなものは特殊な魔道具の心臓部となるらしい。……えーっと金貨四二〇枚だろ。オークションに出せば、それ以上に。でも、五日後に王都と言うのは無理だ。

「ギルドで買い取って下さい。王都へは行けません」

「承知いたしました。次にバジリスクの皮でございますが、五人分の鎧一式に相当する皮を除き売却されるとの事でしたので、それで計算して金貨三八〇枚となります」

 また、ギルド内がざわめく。

「おいおい、合計で金貨一〇〇〇枚を超えたぞ。それにまだ、肉や骨が有るだろ」

 竜種の肉は滋養強壮の食材として珍重され、骨も防具用の素材となる。


 カレラは、他に爪、肉、内蔵、骨なども査定し金額を出した。総合すると金貨一五二二枚という大金となった。一生遊んで暮らせる大金だ。

「伊丹さん、この金を拠点を手に入れる為に使ってもいいかな」

「東條殿が進言された宿泊施設でござるか?」

「風呂とかシャワーも欲しいし、ふかふかの布団も揃えたいと思うんだ」

「拙者は賛成でござるが、醤油や味噌、日本酒の開発もお願いしたい」

 異世界の武士を目指す伊丹としては、味噌と醤油、日本酒は欠かせないものなのだろう。

「了解した」


 案内人の規則で、科学知識や文化を異世界に広めないというようなものがあるが、それが決まった時点で広まってしまっていた知識が存在する。食文化に関する知識だ。リアルワールド各地の料理や調味料が、異世界で再現されたようだ。広まったものは仕方ないので、文化面の知識に関しては、黙認すると言うのが世界的な傾向である。


 大量の金貨が入った革袋を受け取った俺は、一〇〇枚ほどを手元に残しギルドの貸金庫に仕舞った。俺たちの様子を伺っていたハンターの中には、貸し金庫室に向かった俺を見て不機嫌になるものも居た。

 どうせ、俺たちを襲って金を奪おうとでも企んでいる腐ったハンターだ。残念ながら、金は金庫の中に有り、俺たちを襲っても金は手に入らない。


 ギルドでの用事も終わった俺は、見窄みすぼらしい身なりが気になり始めた。

「伊丹さん、服を買いに行こうか」

「ふむ、いつまでも盗賊から奪った服というのも嫌でござるな」

 ついでにカリス工房へも寄る事にした。解体職人から受け取ったバジリスクの皮と鉈を持ち、ミリアたちも一緒にギルドの外へ出た。


「アレッ、奇妙な馬車だな」

 ギルドの外に、一台の見たこともない馬車が停まっていた。時代劇に出て来るような屋形船を小型化しそりの足を付け足したようなものだった。乗り物の種類としてはそりになると思うのだが、馬が曳くようになっている。

「こんなものを馬が曳いたら、震動で壊れるんじゃないか?」

 俺が思ったことを口にすると。

「ふん、下賎なハンター風情では浮遊ふゆう馬車も知らんか」

 会いたくもなかったエルバ子爵である。国王の使者としての役目も終わり王都へ帰るらしい。子爵の背後を見るとアルフォス支部長が見送りに来ていた。


 子爵と俺たちの間に流れた不穏な空気を感じて、アルフォス支部長が割って入る。

「ミコトたちか、浮遊ふゆう馬車を見た事がなかったのか」

 今回の件で苦労した支部長は、胃痛を覚えるようになったようだ。時々胃の辺りを手で押さえる仕草をする。気の毒な支部長に迷惑は掛けられない。

「ええ、初めて見ました」

 穏やかな調子で応える。だが、子爵の憎々しげな視線にはムッとしていた。

浮遊ふゆう馬車は魔道具なのだ。中に備えられた制御装置を起動すると、馬車が浮き上がる仕掛けになっている」

 異世界の文明は遅れていると思っていたが、こいつは空中飛行車スカイカーらしい。……異世界文明(あなど)がたし。確かに空中に浮いている馬車を馬が曳くなら震動もなく快適な旅が可能だろう。


「子爵様、出発の準備が整いました。お乗り下さい」

 浮遊馬車の御者らしい男が子爵に声を掛ける。子爵は、もう一度俺を睨んでから側面の階段を登り馬車に乗り込んだ。俺は意識を集中し魔導眼に魔力を送り込む。これで魔力の流れが見えるはずだ。

 馬車の中に膨大な魔力の蓄積を感じた。そこから馬車の下部(屋形船の舷側)に魔力が流れだし、舷側部分に仕込まれた飛竜種の骨材に注がれた。骨材に秘められた源紋が浮かび上がり特殊な力が発動された。

 ゆっくりと馬車が浮かび上がり地上五〇センチほどで停まる。御者が馬に合図を送ると滑らかに馬車が動き出した。


「この物凄い違和感は何だろう……」

 リアルワールドの先端科学でも完成していない空中飛行車スカイカーを馬で曳く様子は、俺にとって印象深いものだった。

「あの馬車、へんにゃの」

 ルキが初めて目にする浮遊ふゆう馬車の様子を首を傾げながら眺めている。

「スッゲーかっこいいよ。俺も乗ってみたいな」

 マポスが眼をキラキラさせながら浮遊ふゆう馬車を見送っている。

「ルキも乗りちゃい。ミコトしゃま、お願い」

 ルキにお願いされてしまった。俺自身も乗ってみたいが、レンタルとかしてるんだろうか。

浮遊ふゆう馬車か、高いんだろうな」

 アルフォス支部長が苦笑いし。

「買うのなら、バジリスクを後三匹倒さなくちゃ無理だぞ」

 支部長の言葉から高額なのは分かった。……バジリスク四匹分という事か。プライベートジェット機を買うような感じだな。


「ルキ、ごめんよ。すぐには無理そうだ」

「そうにゃの」

 ルキが残念そうな顔をする。

「代わりに何か買ってあげるよ。何がいい?」

「ん……と、……まほう」

「魔法……ああ、新しい神紋を授かりたいのか。いいよ」

 それを聞いたミリアが慌てて。

「ミコト様、ルキを甘やかせては駄目でしゅ」

「故郷に帰っている薫から、開発した魔法をミリアたちに教えてくれと頼まれているんだ。ルキだけ除け者にするのは可哀想だろ。もちろん、ルキには危ない魔法は教えないよ」

 どうしてもルキに甘くなってしまう自分を反省するが、あの瞳で見詰められて頼まれてしまうと喜んで承諾してしまう。……ルキ、将来魔性の女になるかもしれないな。


 喜ぶルキと手を繋いで、今度こそ本当にカリス工房へ向かった。


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