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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第2章 勇者の迷宮編
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scene:41 宝珠の間

 魔粒子を吸収する時に起こる発熱が収まるのを感じた。完全に魔粒子が拡散してしまったようだ。周りを見渡すとホブゴブリンの死骸が散乱している。結構グロい光景なのだが、見慣れてしまった自分を自覚する。それは伊丹も同じようで平気な顔をしている。薫とミリア、ルキは少しだけ顔を顰めているが、リアルワールドの普通の女性なら悲鳴を上げるような光景なので慣れてきているのだろう。

「あの罠……ちょっと危なかったんじゃない?」

 薫が爆風で傷を負った俺に問い掛ける。……確かに危険な罠だったが、効果は期待以上だった。薫が心配そうな顔をしているので申し訳なく思う。

「そうだな。もう少し岩を多くして頑丈に作るべきだったかも……」

「伊丹さんに治癒魔法を掛けて貰ったら」

 その言葉を聞いた伊丹が、俺に魔法を掛ける。すぐに傷が塞がり完治する。


「さて、剥ぎ取りましょう」

 倒したホブゴブリンから剥ぎ取りを行う。体の部位で換金出来るのは魔晶管と角だけである。角は解毒剤の原料になるらしい。今回期待出来るのはメイジの二匹、こいつらの魔晶管を確認すると魔晶玉が見つかった。

 装備品も回収しチェックする。革鎧、剣、ナイフ、槍が集まり、その中で回収する価値の有るものは、鎧豚革鎧と鋼鉄製のロングソード一本、それに銀製らしいナイフである。


 剥ぎ取りが終わった後、階段に向かう。途中、鎧豚に遭遇した。体長二メートル、推定体重一三〇キロ、背中から側面にかけての皮膚が硬質化し鱗のようになっている。腹側の皮膚はピンクで白い短毛が生えている。鎧部分の色は黒く光沢が有った。大まかな外見は豚なのだが、鎧の所為で猛々しく見える。

 鎧豚の森へも行ったというのに、この魔物とは初めて遭遇した。これまで縁が無かったのだろう。この魔物は非常に美味しいと言う話なので、俺としては興味が有った。


「ふん!」気合一閃、伊丹の剣が鎧豚の首を下から薙ぎ払う。鎧豚は悲鳴を発することも出来ずに倒れた。ポーン級上位の魔物が、一太刀と言うのは凄まじい。倒れた魔物の剥ぎ取りはミリアとルキに任す。悪戦苦闘しながら皮を剥ぎ、魔晶管を取り出し、ロース・ヒレ・バラ肉を切り分ける。本当は一匹全部を持ち帰りたいが、体力的に無理なので、美味しそうな部位だけを回収する。

「にゃへー、豚さんは美味しそうだけど大変でしゅ」



 階段に到着し降りる。第七階層は寒々とした荒野だった。天井まで五〇メートル以上有る空間に小さな岩山が無数に連なっていた。進む道は岩山の間に出来上がった谷底で、これが迷路のように入り組んでいる。

 そして、現れる魔物はアンデッド限定だった。スケルトン、食屍鬼グール、デュラハンは、剣や槍で対処出来るが、レイスなどの霊体は逃げ出すしか無い。


「ウワッ! 左からスケルトン二体」

 この階層でのエンカウント率は高過ぎる。一時間しか経過していないのに五度目の敵襲である。俺と伊丹さんが駆け寄り、スケルトンと斬り結ぶ。俺はスケルトンの首を刎ね、落ちた頭蓋骨を踏み砕く。

「また、光の玉が来ましゅ」

 ミリアの叫びで、皆の視線は上を向く。右上方にバレーボールほどの光の玉が浮いていた。ゆらゆらと揺れる怪しい光が、俺たちの頭上から襲い掛かる。薫が<風刃ブリーズブレード>を光目掛けて放つ。空気の刃と接触した光の玉が弾かれて後方に移動する。しかし、倒せた訳ではない。レイスを倒すには、もう少し強い魔法攻撃が必要なようだ。


「ハアハア……走るぞ!」

 倒したスケルトンをそのままにして、俺たちは逃げ出す。薫とミリアがルキの手を引き走りだす。伊丹さんが後方に目を配りながら殿しんがりを守っている。レイスの攻撃は憑依である。憑かれると動けなくなり、他のアンデッドに殺される。魔法攻撃は有効なようだが、倒す為には威力の大きい応用魔法での攻撃が必要なようだ。近寄ろうとするレイスを<風の盾(ゲールシールド)>で弾き飛ばす。

「ちくしょう! 『光明術の神紋』も用意すべきだった」

 俺は後悔の叫びを上げる。光明術はレイスなどの邪悪な霊に有効な魔法が使える神紋なのだ。


 レイスから逃げ惑っている間に、俺たちは谷間のどん詰まりまで到達したようだ。前方には比較的高い岩山が聳えていた。周りを見渡すが逃げ道がない。

「はあふゃふへっ……アッ! あちょこに扉が有るでしゅ」

 荒い息をしながらルキが甲高い声を上げた。岩山の麓に不自然な扉が有った。石の扉で表面に複雑な神紋が刻まれていた。

「フウフウ……滅茶苦茶…怪しい扉じゃない」

「ハアハア……怪しいでござる」

 薫と伊丹も怪しさに気付いている。もちろん、俺も不審に思う。だが、俺たちの背後にはレイスとスケルトンが迫っていた。……皆、体力的に限界が近い、一時的にでも休める場所が欲しい。


 俺たちはかなり疲労していた。このままでは誰かが死ぬ危険もある。ここは一か八か運を試すべきだろう。

「扉を試すぞ」

 俺は扉に手を掛けた。その瞬間、扉が光輝き横にスーッと開く。同じタイミングでレイスが三匹現れ襲い掛かる。俺たちは扉の中に飛び込んだ。全員が中に入ると扉が自動的に閉まった。逸早く気付いた薫が扉を開けようとしたが無駄だった。

「閉じ込められたみたい」

「ここは、どういう場所なのでござろう?」

 扉の内側は、縦横三〇メートルの大きな部屋だった。全面がゴツゴツした岩壁で、中央には石造りの台、その上には石碑が立てられていた。台の高さは二メートルほどで階段が付属している。


「もしかして祭壇かな」

 俺がポツリと言う。次の瞬間、その言葉に苦いものが混じっていたかのように顔を顰める。

「祭壇……エッ、宝珠の間なの?」

 部屋を見回すと朽ち果てたむくろが幾つか転がっていた。宝珠の間で魔物に挑戦し敗れた者たちなのだろう。普通なら迷宮に食われるはずなのだが、この部屋は特別なようだ。


 扉の向こうのレイスもこちらには来れないようだ。他に出口がないか全員で探す。隅々を調べたが、どこにも出口は無かった。俺と伊丹さんで、もう一度扉を開こうと試すが無駄だった。

「駄目だ、外へ出られない」

 俺の言葉で、皆が力が抜けたように、その場に座り込む。自分自身と仲間たちの息遣い、そして迷宮特有の低い雑音だけが空間を支配する。


「……チリン…チリン…」

 鈴の音に似た音が聞こえた。俺は祭壇に目を向ける。祭壇の方から聞こえた気がしたのだ。


 ―――突然、俺の周囲から完全に音が消えた。誘われるようにゆっくり立ち上がり祭壇に向かう。階段の前まで来て少し躊躇う。自意識が薄れ、夢遊病者のように頼りない足取りで階段を登り石碑の前に立つ。身体がふわふわして酩酊感を覚える。目線は石碑に向けたまま、リュックからホブゴブリンメイジの魔晶玉を取り出した。後ろの方で何か声がしたような気がするが、精神が霧に包まれているようで意味を読み取れない。無視して魔晶玉二個を石碑の上に置く。


『勇気ある強者つわものよ。試練に打ち勝ち未来をつかめ』


 俺の頭の中に重々しい声が響く。

 石碑の神紋から濃厚な魔粒子が噴出され、俺を祭壇から弾き飛ばす。人を跳ね除けるほど濃密な魔粒子など前代未聞だ。地面をゴロゴロと転がる途中で霧に覆われていた精神がスッキリと晴れ正常な状態を取り戻す。

「な…何だ? 何が起こった!」

 駆け寄る薫が、心配しているような怒っているような顔をしている。

「やっと正気に戻ったのね。一体どうしたのよ?」

「その疑問は後でござる。今は戦闘準備を!」


 石碑から吹き出た魔粒子が変化を始め、渦巻き一つの形を成そうとしていた。漆黒の骨が出現する。それが幾つも組み合わされ巨大な馬の骨格が形成される。次に人型の上半身が形成される。最終的に生成されたのはケンタウロスの黒骨兵だった。その両手には一本ずつ巨大な柳刃刀が握られていた。


 ガチャッ…ガチャッ、巨大な蹄が迷宮の地面を引っ掻く度に耳障りな音を立てる。俺たちは武器を構え襲撃に備える。黒骨兵から巨大なプレッシャーが放たれた。ミリアとルキが怯えて下がる。

「お姉ちゃん、ちょわいよ~」

「だ…大丈夫よ、ミコトさんがにゃんとかしてくれましゅ」

 ミリアは俺を過大評価しているような気がする。

「伊丹さん、全力で倒すぞ!」

『心得た!』


 黒骨兵の馬体高は一五〇センチ、その上に人の上半身が乗っているので、二メートル半近い高さから見下されている。伊丹目掛け、巨大な柳刃刀が空気を引き裂く音と共に振り下ろされた。伊丹が躯豪術を使い辛うじて躱す。柳刃刀の斬撃が空気を切り裂いた衝撃で『ヴォン!』と言ううなりが生じた。一瞬の躊躇ためらいが死に繋がる斬撃だ。俺は躯豪術を駆使し一瞬で鉈の間合いまで飛び込む。すかさず馬体の肩口に竜爪鉈を叩き込む。当たったと思った瞬間、その軌道上にスッと柳刃刀が現れ、竜爪鉈が受け止められた。


 もの凄い力で竜爪鉈が弾かれる。竜爪鉈を飛ばされそうになり自分から後ろへ跳ぶ。もう一本の柳刃刀が俺を追撃して来る。「ヤバイ!」俺は瞬時に<風の盾(ゲールシールド)>を起動し防御する。柳刃刀が<風の盾(ゲールシールド)>にぶつかり斬撃の速さを鈍らせた。押し負けて<風の盾(ゲールシールド)>が消えるが、命拾いする。


 敵の意識が俺へ移ったのを感じた伊丹が、黒骨兵の胴に斬撃を放つ。伊丹の剣はオレンジ色に輝いていた。刃が黒骨兵の背骨に傷を負わせる。黒骨兵は怒り狂ったように馬体を竿立ちとさせ前足の蹄で伊丹を踏み潰そうとする。蹄は避けようとする伊丹の脇腹を掠める。伊丹は叫び声を上げ後ろへ飛ばされた。


 恐ろしいほど頑強な骨の身体を黒骨兵は持っていた。魔力を込めた武器でも浅い傷しか負わせられない。


 薫が詠唱を終え全力の<豪風刃ゲールブレード>を解き放つ。黒骨兵が二本の柳刃刀を交差して巨大な風刃を受け止める。ギシッギシッと黒骨兵の骨が鳴る。魔法を武器で防ぐなど非常識だ。奴の剣は特別製なのか?

 俺は躯豪術の連続攻撃を開始する。地面を踏み砕くような一歩で黒骨兵に跳び、オレンジ色に輝かせた竜爪鉈を馬体の背骨に叩き込む。続け様に馬体の上へと跳躍し、不気味な頭蓋骨の脳天へオレンジ色に輝く刃を振り下ろす。クルリと後ろを振り向いた頭蓋骨の歯が竜爪鉈の刃をくわえて止めた。


 黒骨兵の頭蓋骨に空いた眼窩の奥に闇が見えた。その闇を覗き込んだ俺は、ブルっと寒気が走る。竜爪鉈を引っ張るがビクともしない。俺の脳味噌は極度の集中力でキリキリと痛み始めた。それでも躯豪術を続け、魔力を右足へと導く。右足が跳ね上がり、足の甲を黒骨兵の首へと叩き込む。咥えていた竜爪鉈が離れ、バランスを崩した俺は馬体から振り落とされる。


 薫の<豪風刃ゲールブレード>は消滅していた。伊丹は自分に<治癒(キュア)>を掛け傷を癒やす。痛みを堪えて起き上がり、敵を見る。ミコトが馬体から振り落とされる瞬間だった。黒骨兵はチャンスとばかりに暴れ回る。柳刃刀を縦横無尽に振り回し俺たちを攻撃して来る。


 口惜しいが黒骨兵の方が強いようだ。俺たちは逃げ回りながらチャンスを伺う。薫の<豪風刃ゲールブレード>も何度か放たれたが、致命傷にはならない。

 振り落とされた時に傷を負った俺は、ポケットから治癒魔法薬を取り出し傷口に振り掛けようとした。その時、黒骨兵の斬撃が、俺に向かった放たれた。大慌てで横っ飛びに避ける。手に持っていたびんから魔法薬が溢れ、黒骨兵の右足を濡らした。『ジュッ』変な音がして魔法薬で濡れた部分の骨が灰色に変色する。


 額に汗を浮かべた薫が、もう一度<豪風刃ゲールブレード>を放つ。偶然、黒骨兵の防御をすり抜け右前足の付け根に命中する。灰色に変色した部分である。『ビキッ』足の骨にひびが入る。

「あの足を集中攻撃だ!」

 頭痛のする頭を酷使し躯豪術でオレンジ色に輝く竜爪鉈を足に振り下ろす。『ビキッ』ひびが大きくなった。伊丹が敵の胴へ斬撃を送り注意を逸らす。


 俺は残った力を振り絞り、もう一度躯豪術を駆使する。魔力を送り込まれた竜爪鉈が、内蔵する源紋を励起され切れ味を増す。黒骨兵が柳刃刀の突きを放つ。紙一重で躱し鉈を振り下ろす。黒骨兵のひび割れた右足に、刃が吸い込まれ、漆黒の骨を粉砕しながら切断した。


 黒骨兵の巨体が地響きを立て倒れる。素早くポケットから魔法薬を取り出し、黒骨兵の頭に投げつける。魔法薬のびんが頭蓋骨に命中し割れ、漆黒の髑髏しゃれこうべに魔法薬が染み込んだ。漆黒だった頭蓋骨が灰色に変わった。そこに薫の<豪風刃ゲールブレード>が叩き込まれた。空気の刃は灰色の頭蓋骨に食い込み、半ば両断し止めを刺す。巨大な骨の塊が震え、ガチャガチャと五月蠅い音を立てた。だが、数秒後、静かになった戦場に俺たちの荒い息遣いだけが響く。


 濃厚な魔粒子が放出され始めた。俺たちが吸収した魔粒子は僅かなものだ。ほとんどはどこかに拡散し、残りは祭壇の上に凝縮する。よく見ると石碑が怪しい光を放っている。魔粒子の放出が終わった時、黒骨兵の遺骸は完全に消えていた。


 俺たちはぐったりと地面に座り込んだ。体力が回復した後、皆で祭壇に登る。報酬を回収する為だ。予想通り祭壇に『知識の宝珠』が有った。しかも二つ。ミトア語の宝珠でない事を祈りながら、魔導眼で確かめる。『神意文字の知識』と『時空結界術の神紋』だった。

 俺たちは運が良いらしい。俺自身は運が良いとは思えないので、幸運の女神は薫かも知れない。


 俺が宝珠の中身について皆に知らせると、薫が興味を持った。依頼人との契約により、異世界で共同して手に入れた金銭や宝物は、案内人が六割、依頼人が四割の所有権を持つと決められている。案内人が一人、依頼人が一〇人でもその比率は変わらない契約だ。従って宝珠の一つは俺のものだ。

 依頼人の中には不平等な契約に不満を訴える者も居た。だが、未知の異世界で案内人なしの行動は危険過ぎる。ほとんどの依頼人は、最終的にこの契約を結ぶ。

「ミコトさんは、どっちを選ぶ?」

「俺は『時空結界術の神紋』だな。仕事に役立ちそうだ」

「良かった。私は神意文字に興味が有るの」


 結局、『時空結界術の神紋』は俺が使い、『神意文字の知識』は薫が使った。俺の精神内に<遮蔽しゃへい結界>と<圧縮結界>と言う魔法のトリガーが生まれた。この神紋は二つの魔法が加護神紋だけで使えるようだ。<圧縮結界>と言うのはよく分からないが、<遮蔽しゃへい結界>は防御用結界らしい。レイス対策として使える。


 休憩し完全に疲れが取れてから扉を試す。予想通り簡単に開いた。外に出るとすぐに<遮蔽しゃへい結界>を張る。俺を中心に半径三メートルの結界が生じた。この結界は、レイスを寄せ付けずスケルトン一体くらいなら攻撃を撥ね返す力を持っていた。


 第七階層を出発点へと戻り、そのまま第六階層へ登る。そして、迷宮を脱出した。薫たちの最後の迷宮探査は危険も多かったが、得るものも多かった。『時空結界術の神紋』『神意文字の知識』は魔導寺院では買えないもの。その価値は計り知れない。



2017/10/13 修正

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