scene:35 樹妖族とコボルト
感想をいくつか頂きました。ありがとうございます。
最近になってアクセス数が急激に増えているようです。
作者としては嬉しいです。頑張って更新を続けたいと思っています。
魔法使いの杖を使い始めてからの薫は凄かった。
「前方から、ゴブリン二匹」
俺の声に弾むような声で薫が応える。右手に持つ杖を振り回しながら。
「任して!……<風刃>」
ヒュンと空気の刃がゴブリン目指して飛び、右側に居る子鬼の首を刎ねた。
「もう一丁、<風刃>」
その掛け声とほとんど同時に、もう一匹のゴブリンが胸から血を吹き出し倒れる。それ以降、目にしたゴブリンは薫の魔法によって、次々と倒された。これほど魔法を連発すれば通常なら魔力が尽きるはずだが、魔物を倒す度に魔粒子を吸収する事により補充されているようだ。元々<風刃>の魔力消費量が少ない故に可能な状況だった。
第一階層の終点まで来た時、薫は風刃乱舞のレベルが上がったのを感じた。今までよりスムーズに魔法を放てるようになり、魔力制御も精密さを増した。
「これで<豪風刃>と<三連風刃>が使えるのね」
まだまだやる気でいる薫に、俺が待ったを掛けた。
「ちょっと待って、杖を休ませなきゃ駄目だよ。魔晶玉が熱を持ってるんじゃないか」
薫は杖に付いている魔晶玉に指を近づける。熱い……魔晶玉から熱が放射されているのを感じた。
「水で冷やすとかしちゃ駄目なの?」
「駄目、急に冷やすと魔晶玉が割れるよ」
杖の魔晶玉は、魔力の波長を揃える働きが有る。そうする事により魔力制御が容易になるのだ。だが、波長を揃える時に魔力の一部が熱となってロスし、魔晶玉を加熱させる。魔晶玉が加熱した状態のまま使い続けると、魔力制御が出来なくなり思わぬ大事故へと繋がる。これは魔法使いの杖ばかりではなく、魔道具全般に言える事で、神紋術式の誤動作が起こる一番の理由が熱に因るものなのだ。
第二階層へ降りる。この階層ではスケルトンとしか出逢っていないが、血吸蝙蝠も居る。隙有れば背中に貼り付き血を吸おうとする蝙蝠の牙には毒が有り、近寄らせるのは危険である。効率よく始末するには、魔法が最適であり、薫の<風刃>に期待したい所だが、杖は冷却中で小休止状態にある。
「血吸蝙蝠が出たら、俺の<風の盾>で叩き落とすか」
それを聞いた薫が慌てたように。
「待ってよ。杖がなくても魔法は使えるわ」
「もう少し練習してから、本番で試すべきだよ」
「そうでござる。出番の無かった我らにも戦わせてくだされ」
伊丹が使う武士言葉は、王国の近衛騎士が使っていた古い言葉に翻訳されるようで、伊丹がミトア語を話す時も、ミリアが変な顔をする時がある。しかし、年配の騎士の中には未だに古い言葉を使う者も居るのでギリギリセーフなようだ。
今回の第二階層は、スケルトンより血吸蝙蝠が多いようだ。五、六匹の集団で現れては、我々を襲って来る。
「オッと、後方から蝙蝠の集団が接近中」
俺の言葉に振り返った薫と伊丹が、体長三〇センチほどの蝙蝠を確認する。バサッバサッと言う羽ばたき音が聞こえて来る。精神を集中し頭の中に有る<風の盾>のトリガーを引く。左の拳から魔力が放出され、周囲の空気を包み込み渦を巻き始めた。魔力が渦に浸透し淡い緑色に輝く円盾を形成し始める。遠目から見れば左手に円盾を持っているかのように見える。
俺は左の拳を引き付ける事で魔法の盾を手前に寄せてから左拳を突き出した。淡い緑色に輝く盾は前方に飛び出し、蝙蝠の身体に叩き付けられる。その衝撃で蝙蝠は地面に落下する。
「よし、シールドバッシュ成功だ!」
驚いた事に、落ちた蝙蝠に止めを刺したのは、ミリアだった。ミリアの手にはミコトのホーングレイブが握られており、蝙蝠に対して突きを放つように命じられていたのだ。
「ヤッター! お姉ちゃんしゅごい!」
「この調子でドンドン行くぞ!」
「了解でしゅ」
ミコトはミリアを鍛える為に、ホーングレイブを持たせたようだ。
伊丹の剣も鋭さを増していた。蝙蝠とすれ違い様に虹色の剣が抜かれ、その胸を撫で切る。空中を移動する蝙蝠を倒すには、剣は短過ぎる。敵が近寄って来るのを待って攻撃するしか無い伊丹は、投擲用のナイフでも用意すれば良かったと後悔する。
薫は空中を飛び回る蝙蝠にホーングレイブで攻撃しているようだ。だが、成果は少ない。
「ああっ、ちょっと、何で避けるのぉ~」
魔法無しの薫は期待しないでおこう。
『流体統御の神紋』の<風の盾>を何度か使う内に、この魔法への理解度が深まった。それがどのようなものかと言うと。
『一度<風の盾>が完成すると魔力を切らない限り消滅はしない。盾の維持に必要な魔力消費量は、それほど多くはないにしても、現在の魔力保持量から計算すると一時間が限界である。但し、同時に二つの魔法は使えないので、戦いで躯豪術を使いたい場面では<風の盾>を解除するしかない』等である。
蝙蝠と戦いながら、俺は重要な事を何か忘れているような気がして仕方がなかった。それが何なのか気付いたのは、第二階層から下へ降りる階段に到着した後だった。
それはパチンコの存在だ。蝙蝠相手には最も有効な武器を失念していたのだ。
「こ、これはいい修行になったから、良かったのだ……そ、そういう事にしておこう」
この事は企業秘密として、外部には絶対漏らさないと決めた。
今回はスケルトンがほとんど現れなかった。二体だけ遭遇したのだが、伊丹が瞬殺してしまった。とは言え、楽な階層ではなかった。スケルトンの代わりに、嫌と言うほど血吸蝙蝠が現れたのだから。
俺たちは階段近くに在った安全な小部屋で休息する。腹具合から推察すると遅めの昼食を取り、迷宮の地面に座って体を休める。
「ここで少し休憩してから、下へ降りる」
薫は杖の魔晶玉をチェックし、十分に冷却したと報告する。
「第三階層で遭遇する魔物は何?」
「コボルトと樹妖族が出て来ましゅ」
俺に代わってミリアが答えた。ミリアは第四階層まで行った経験が有るらしい。
「犬と樹でござるか。どちらが強いのでござろう?」
「戦う者の武器や使う魔法に依るようでしゅ。コボルトは集団戦に強いので範囲魔法が使えるパーティにゃら容易に倒せましゅ。樹妖族は火を嫌うと聞きましゅ」
……範囲魔法か、最悪<缶爆>を使えばなんとかなる。火は<炎杖>があるし大丈夫だろう。
リアルワールドではコボルトは有名な魔物である。初めて捕獲された魔物がコボルトだからだ。アメリカ人に捕獲されたコボルトは、ブルドッグが人型の魔物に進化したような奴だった。前に秋田犬が人型に進化したような犬人族を見てコボルトと勘違いしたのは痛恨の出来事だが、紛らわしいのだから無理もない。……と思って欲しい。
階段を降りる前に、ミリアとルキに躯豪術の初歩である調息を教えようと思い立つ。
その前に二人には一つの約束をして貰う。
「この技は特別なものだから、他の人達に教えては駄目だ。それだけは約束してくれ」
「創世神ゴゼバルメス様に誓い、お約束しましゅ」
「ルキも約束らぁ」
調息に依る魔力の蓄積と魔物の魔粒子を吸収する事の違いは何か、調査した事がある。魔物の魔粒子を吸収する場合、身体の表面から魔粒子を吸収する。その魔粒子は体表に近い筋肉【アウターマッスル】を変異させ魔導細胞化する。それと較べ、調息は大気中の魔粒子を吸い込み身体内部の筋肉【インナーマッスル】と一部の内蔵を変異させ魔導細胞化する。
基礎能力における筋力の増加は、アウターマッスルの魔導細胞化が大きく関係し、調息は心臓などの筋肉も魔導細胞化するので持久力の向上に関連するようだ。そして、重要な発見が有った。インナーマッスルや内臓に蓄積された魔粒子は容易に魔力に変換されると言う事実だ。
躯豪術は主にインナーマッスルの魔粒子を魔力に変換し使用するので、『躯力強化の神紋』による強化よりも即時性が高い。また、躯豪術が神紋の助けを借りずに発動出来るのも、魔粒子を魔力に変換する際に意志力だけで行えるからだ。
躯豪術は猫人族(獣人族?)と相性がいいようだ。少しの訓練でミリアとルキは腹部に魔力を感じられるようになった。
「ああ、感じましゅ。身体の真ん中が温まっていましゅ」
「ルキも、ポンポンが熱い」
薫が喜び、ミリアとルキの頭を撫ぜている。撫ぜられた二人は、尻尾をピンと立て嬉しそうに笑っている。
「よし、第三階層へ行こう」
第三階層の構造は、第一階層と似ていた。違うのは全体に灌木が生い茂っていると言う点だ。もしかしたら樹妖族かもしれないと<魔力感知>を行ってみた。結果は違った。迷宮に生えている時点で普通の樹木とは異なるのだろうが、魔物の反応とは明らかに違う。
階層全体がピンク色の光で覆われていた。迷宮の地面がピンク色に輝いているのが原因だろう。
「何か馴染めそうにない階層だな」
俺の感想に伊丹と薫が頷いた。
「ミリア、どっちに進んだらいいんだ?」
「この通りを直進して突き当りを左に行きましゅ」
俺たちは歩き始めた。俺はここと第四階層の地図は購入していない。ミリアから道筋を知っていると聞いたからだ。そして、第五階層以降はギルドでも地図を販売していない。理由は色々有るが、地図が役に立たないから販売していないと聞く。
暫く進んだ所で、通路をフラフラと歩く樹を見付けた。体長は二五〇センチほど、蛸のような足に樹の幹のような胴体、腕は針葉樹の枝、胴体の上には椰子の実のような物が載っていた。
「あの椰子の実のようなのが頭でござるか」
「あれが頭かどうかは分からないけど、中に魔晶管が有るようだ」
俺は頭の部分に魔晶管が存在するのを感じていた。
「だったら、椰子の実を切り落せば倒せるのね」
「一体のみでござれば、試してみては」
伊丹の武士言葉による提案に俺と薫は賛成した。……伊丹さんが本格的に武士化している。リアルワールドに戻った後が心配でござる。
正面に伊丹、その後ろに薫、俺は樹妖族の後ろに回り込もうとしていた。伊丹が樹妖族の間合いまで近付くと枝のような手を振り回して攻撃して来る。伊丹の頭を狙って振るわれた枝を滑るようなステップで伊丹が躱す。虹色の剣は抜かれ下段に構えられている。
樹妖族の連続攻撃が伊丹を襲う。左右交代で振るわれる枝を躱し続けるのは至難の業で、伊丹ほどの達人であっても顔や腕に掠り傷を負う。その時、薫の<風刃>が樹妖族の胴体に打ち込まれる。ミシッと言う音と共に樹妖族の幹に傷が刻まれた。
だが、見た目も樹木と同じなら硬さも同じようで、浅手の傷だけが樹妖族の胴に残った。
俺は伊丹さんと薫が注意を惹いてくれている間に、奴の後ろに回り込んだ。近くで見ると、足は樹木の根が歩けるように進化したようだ。また、頭の天辺から花の蕾のようなものが伸びている。俺の目ではどちらが正面なのか判別出来ないが、俺の回り込んだ方には眼のような器官は無いようで気付かれていない。
俺は躯豪術を発動しホーングレイブに魔力を流し込む。一瞬、その魔力に気付いたのか、樹妖族が俺の方へ振り向こうとする。その動きが終わる前にホーングレイブを頭と胴の間に滑り込ませ振り切る。椰子の実がポーンと跳ね跳んだ。
樹妖族がビクリと体を震わせ、ドサリと倒れる。
「やはり、頭を切り離すと死ぬようでござるな」
伊丹の言葉を聞きながら、薫は地面に落ちた頭を見ている。
「その椰子の実の中にはジュースが有るのかな」
薫の一言で頭を割ってジュースを飲む自分を想像する。……いやいやいや、椰子の実じゃないから。
「ジューシュは無いでしゅ。樹妖族の頭には白い実と魔晶管が入っていましゅ」
ミリアが教えてくれた。頭を鉈で割って魔晶管を取り出す。ミリアの話に拠れば、白い実は薬の原料になるそうなので、ミリアの持つ採取袋に入れる。
次も樹妖族が一体現れた。今度は『魔力変現の神紋』の<炎杖>を使い樹妖族に炎を浴びせた。胴体部分は少し焦げただけだった。しかし、頭は炎に包まれ燃え上がった。猛烈に暴れだした樹妖族が、迷宮の壁や灌木に枝を打ちつけながら藻掻き苦しんだ末にバタリと倒れた。
辺りには焦げ臭い匂いが充満し、ミリアとルキが鼻を押さえている。
もちろん、魔晶管も白い実も焼けたので回収出来ない。
「樹妖族が火に弱いのは分かったけど、<炎杖>はなるべく使わないで倒そう」
薫と伊丹、それにミリアとルキも頷いた。
第三階層の迷路を半分ほど進んだ頃、犬の遠吠えが聞こえて来た。一匹や二匹ではない。少なくとも十匹以上は吠えている。幅四メートルほどの入り組んだ通りを進んでいると、前方が騒がしくなる。
「コボルトの登場だ。ミリアとルキは後ろへ。カオルンは二人の警護を頼む」
六匹のコボルトが目を輝かせ近付いて来る。
俺と伊丹さんが立ち塞がるように前へ出る。襲って来たコボルトは、やはりブルドッグ顔だった。身長一五〇センチほど、茶色と白の斑模様の有る毛並で、腰布と革鎧を装備し、手には短槍を持っていた。
『グルルルルゥ』『ウォッ!』『ガウッ!』
騒がしく吠えながら、三列に並んだコボルトが俺と伊丹を襲う。右端のコボルトが槍を突き出す。ホーングレイブで槍を払って、懐に飛び込み躯豪術で強化した足で奴の首に回し蹴りを叩き込む。小柄なコボルトは仲間を巻き添えにしながら吹き飛んだ。
混乱するコボルトたちに一瞬の隙を見出した伊丹が、左端のコボルトに下から擦り上げるような斬撃を放つ。虹色の剣は胸を引き裂き断末魔の悲鳴を上げさせた。後方に居たコボルトが前に出ようとする。俺はホーングレイブを槍投げのように持ち、躯豪術で強化した腕で投げつける。至近距離で投げられたホーングレイブが中央のコボルトの首に突き刺さる。
俺は竜爪鉈を抜き、残った三匹のコボルトを睨み付ける。蹴りを叩き込んだコボルトは首の骨が折れたようだ。コボルトの一匹が、槍に体重を乗せ伊丹に体当りするように攻撃する。伊丹は体を捻って槍の穂先を躱し、敵の足首を払うように右足を送り込む。コボルトが宙を舞い、顔面から地面に激突する。そこに駆け寄った薫が、ホーングレイブで止めの一撃を放つ。
残り二体となったコボルトは、慎重になったようだ。自分から攻撃に出ず、間合いを気にしながら俺たちを睨んでいる。それは最悪の戦術だった。
「ファルゲン・イゼリスタ・ヴァロス……<三連風刃>」
睨み合う俺たちの後方で、薫が呪文を詠唱し初めての<三連風刃>を放った。ヒュンという音が連続で三回響き、横並びに三つの刃が形成されコボルトを切り刻む。応用魔法は呪文の詠唱を必要とするので、コボルトに気付かれるかと心配したが、運良く気付かれなかった。
「カオルゥ、しゅごい!」
ルキが飛び跳ねながら喜んでいる。
「ウッ、最後の最後でカオルンにいい所を持って行かれた」
俺と伊丹さんは、ちょっと不完全燃焼な感じに陥る。
手早く剥ぎ取りを開始する。六匹分の魔晶管をゲット。短槍と革鎧を集めて調べる。槍二本が鋼鉄製と分かったのでお持ち帰りとする。革鎧はほとんどボロボロだったが、一つだけ比較的新しい黒大蜥蜴製の革鎧が有ったので、それだけは持ち帰る分として仕分けする。
その後、コボルトの集団に二度遭遇し、それを撃退した。コボルトの槍には持ち帰る価値の有るものはなかったが、革鎧は黒大蜥蜴製が三着、縞狼製が一着有った。ただ、薫の魔法により所々に傷が出来ている。
「これ持って帰る?」
薫が革鎧を持ち上げる。傷が有るので、防具屋で売っても二束三文で買い取られる品物だ。
「いや、止めておこう。荷物になる」
それを聞いたミリアが怖ず怖ずと申し出る。
「ミコト様、要らにゃいのにゃら私に下さい」
このお願いに、返答したのは薫だった。
「これを修理して自分用にするつもりなら必要ないのよ。ミリアたちには新しい防具を買うつもりだから」
薫はミリアたちに防具も買い与えるつもりだったようだ。
「いえ、そんな贅沢は駄目でしゅ」
俺は見習い時代にボロボロの革鎧を着て走り回っていたのを思い出した。あれに比べれば、目の前の革鎧は立派なものだ。黒大蜥蜴や縞狼の革は、それほど防御力は高くない。それでも手頃な値段なので、序二段辺りのハンターには人気のある防具なのだ。
俺はミリアに許可を与えた。ミリアは大事そうに革鎧を袋に仕舞う。それから一時間ほどで第三階層の終点に辿り着いた。下へ降りる階段の近くには、休憩出来る小部屋へ通じる通路が有った。幅一メートルの通路で、十五メートル奥へ行くと、石壁に囲まれた十二畳ほどの空間がぽっかりと広がっている。
「今日は、ここで野営する」
ルキが力尽きたように地面に座り込んだ。余程疲れていたのだろう。
「私たち、ルキちゃんに無理させちゃったかな」
薫が心配そうにルキを見守りながら呟く。
最後の方はフラフラしながら歩いていたので、俺がおんぶしてやると言っても首を横に振るだけだった。
「一時間ほど休憩してから、食事にしよう」
俺の言葉を聞くと、ミリアと薫がルキの傍に座り込む。ルキは横になって眠ってしまったようだ。俺は荷物から厚手のシャツを取り出しルキの身体にかけてやる。