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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第2章 勇者の迷宮編
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scene:30 鎧豚の森(3)

 伊丹が厳しい顔をして巨大な虫を見ている。

「何だこいつは……このド派手な虫も大剣甲虫なのか」

 光の具合で虹色に輝く虫は、大剣甲虫と同じ形状をしている。色や大きさが違うだけで、特徴的な顎や剣角も一緒だ。……今回の遠征は楽に終わりそうだと思っていたのに、最後にこんな奴が出て来るなんて……もしかして特異体なんだろうか?


「ミコトさん、どうするの?」

 全長四メートルの昆虫は、正真正銘の化け物に違いない。体重一トンを超える重量で突撃されれば、受け止めるのは不可能。ましてや、頭には虹色に輝く剣角がある。

「大剣甲虫は強い光が弱点らしいから、もう一度閃光弾を使う」

 取り敢えず、このド派手な魔昆虫を『虹色大剣甲虫』と呼ぶ事にした。

 ゆっくりと近付く虹色大剣甲虫は、警戒しているような素振りを見せている。俺は『魔力変現の神紋』の<変現域>を発動し、閃光弾のイメージを思い浮かべようとした。

 突然、虹色大剣甲虫が突撃を開始する。狙いは俺だ。ゴキブリ並みの素速さで走り寄り剣角を突き出す。危うい所で横っ飛びに躱す。<変現域>で集めた魔粒子が無駄に終わった。


 隙ありと思ったのか、伊丹がドリルスピアを虹色大剣甲虫の背中に突き入れる。

『ガッン!』

 ドリル刃が外殻に弾かれ体勢を崩した伊丹を、虹色大剣甲虫の足が薙ぎ払う。ギザギザの突起が付いた足が、伊丹の革鎧に大きな傷を付ける。伊丹の身体は弾き飛ばされ宙を舞う。三メートルほど飛んだ伊丹がガルガスの根が敷き詰められた地面を転がる。

「伊丹さん!」

 伊丹が歯を食いしばりながら起き上がった。

「大丈夫だ。それより、あの背中の装甲はドリルスピアじゃ破れそうにない」

 伊丹の様子からすると、肋骨にヒビくらい入っているだろう。俺はポケットから魔法薬を取り出し伊丹に投げる。伊丹はキャッチした魔法薬を飲み干し、顔を顰める。あの魔法薬は思いっきり不味いのだ。


 俺が魔法を使おうとした時、虹色大剣甲虫が突撃して来た。あれは偶然だったのだろうか。もし、偶然でないのなら、厄介な事になる。確認する為には、もう一度<変現域>を使うしか無い。

「もう一度、閃光弾を試す」

 俺が<変現域>を起動した直後、またも虹色大剣甲虫が突撃を開始する。もちろん、狙いは俺だ。ステップして突進を躱す。

「駄目だ、魔法に気付いて邪魔してくる」

 虹色大剣甲虫が威嚇するように顎を左右に動かす。


 <変現域>の魔法は、『魔力変現の神紋』に含まれる神紋術式のみで発動可能な魔法である。応用魔法とは異なり、呪文の詠唱は必要ないが、魔力の制御・イメージの確立などで時間と集中力が必要になる。

 虹色大剣甲虫は、魔法が発動する時に発する魔力を感知し、先手を打つだけの知能が有るようだ。


 もう一人魔法が使える人間が居れば、何とか成るのだが。だが、居ないものはしょうがない。薫とディンには離れているように指示を出す。薫やディンの技量では虹色大剣甲虫にダメージを与えられないからだ。

 虹色大剣甲虫の突進スピードは脅威だが、方向転換は苦手なようだ。ちょこまかと六本の足を使い方向転換している間に、俺は躯豪術を使って風のように踏み込み、頭に竜爪鉈を叩き込んだ。魔力を流し込まれた竜爪鉈はオレンジ色に輝きながら、虹色の頭に激突する。

『ギジッ!』

 竜爪鉈は虹色大剣甲虫の頭に食い込んだが、浅い。虹色の外殻は、俺の予想以上に強靭なようだ。食い込んだ鉈を引き抜いた時、虹色大剣甲虫が剣角を振り回し俺を切り刻もうとする。反射的に飛び退くが、一瞬遅れてしまう。剣角の刃が革鎧を切り裂き、俺の胸に一〇センチほどの傷を付ける。槍トカゲの特異体から剥ぎ取った革で作られた革鎧は、強靭であり、そこらの刃物では傷付かないほどだった。それを容易たやすく切り裂く剣角の切れ味は、只事ただごとではない。


 切られた瞬間はそれほどでもなかった。だが、数秒後、猛烈に痛み出す。俺の顔は苦痛に歪み、脂汗が流れる。……竜爪鉈を過信し過ぎた。この世界には無敵に思えた攻撃を撥ね返す化け物がいくらでも居るらしい。


「ミコトさん!」

 駆け寄ろうとする薫を、俺は片手を突き出し止める。ちょっと動いただけでも気が遠くなるほど痛い。

「心配ない。かすり傷だ」

 革鎧の胸ポケットから、小瓶に入った魔法薬を取り出し半分ほどを胸に振り掛け、残りを飲み干す。青臭い薬草のエキスと正体不明の薬剤が混じった罰ゲーム的な味がする。これで出血は止まるはずだ。

 実際に溢れだしていた血が止まり、痛みが軽減される。


 ……竜爪鉈は俺の切り札だ。こいつが通用しないとは、どんだけ硬い外殻なんだ。


 負傷にもかかわらず俺の闘志は衰えていない。竜爪鉈の一撃は外殻に阻まれたが、勝機も発見したからだ。虹色大剣甲虫が剣角を振り回した時、首の関節部分に装甲のない隙間が広がるのを見た。そこに竜爪鉈を叩き込めば仕留められる。

 だが、問題が有る。首を攻撃するには、奴の前足が邪魔なのだ。


「伊丹さん、あいつの前足の関節を攻撃して下さい」

「おう、承知した」

 俺と伊丹さんは、左右から虹色大剣甲虫を挟み込むように間合いを詰め、前足の関節目掛けそれぞれの武器を振るい始めた。動き回る足の関節に刃を叩き込むのは難しい。俺は何度も竜爪鉈を振り下ろし、あいつの前足を攻撃した。だが、なかなか関節には命中しない。

『ガツッ!』竜爪鉈の刃が二センチほど関節からズレた。

「クソッ! もう少しだっ……ウオッ!」

 虹色の顎が広がり、俺の足を薙ぐ。それほど強い一撃ではなかったが、俺はバランスを崩し慌てた。その時、伊丹のドリルスピアが、虹色の足関節に突き入れられた。人間の膝に相当する関節が抉られ、大量の体液が溢れ出す。

「ヨッシャー!」伊丹の大声が響く。


 虹色大剣甲虫が関節への攻撃を嫌がるようになり、激しく前足や顎、剣角を振り回し俺たちを攻撃するようになった。それでも伊丹が抉った関節が動かないようで、動きが単調になっている。動きを見切り、竜爪鉈を足の関節に滑り込ませる。

 竜爪鉈は虹色の足を切り飛ばし、虹色大剣甲虫の首付近に隙を作る。伊丹がもう一度関節を攻撃しようとすると、剣角を振り回し牽制する。俺は滑り込むように首に近づき、首に生じた隙間に躯豪術で強化した竜爪鉈を叩き込む。オレンジ色に輝いた竜爪鉈が首の筋肉を断ち切った手応えが有った。


 弱々しく藻掻く虹色大剣甲虫。首からは体液が吹き出しガルガスの根を濡らす。俺たちが見守っている中で、虹色大剣甲虫は死に、大量の魔粒子を放出し始める。

「カオルン、ディン」

 薫とディンを近くに呼び寄せ、魔粒子を吸収させる。虹色大剣甲虫の魔粒子は、俺たちの体細胞すべてを刺すような刺激を与えるほど濃厚だった。



「ミコトたちは凄い。これほどの魔物を倒せるハンターだったとは」

 ディンが興奮している。それが伝染したかのように薫もはしゃいでいる。

「ミコトさん偉い、やったわぁー」

 

 怪我をした俺と伊丹は出来る限りの治療をした。出来る事は、傷薬を塗り、魔法薬をもう一本飲むくらいしか出来なかった。それでも魔法薬の効果は素晴らしく動いても支障ないほど回復した。


 少し休憩してから、剥ぎ取りを始める。まずは魔晶管から剥ぎ取る。十二匹分の魔晶管を回収すると、その中の三つから魔晶玉が見つかった。虹色大剣甲虫から魔晶玉が見つかるのではと期待していた。それ以外の二匹からも魔晶玉が回収されたのは嬉しい誤算だ。


 虹色大剣甲虫からは、魔晶管の他に外殻、剣角など換金出来るすべてを剥ぎ取る。他の大剣甲虫は、剣角は全部回収したが、外殻は大きな個体三匹のみ剥ぎ取った。すべてを剥ぎ取らなかったのは、運ぶ方法がなかったからだ。今回は荷車も何も持って来ていない。

 それらの回収品を蔦で縛り地面を引き摺るようにして運ぶ。俺、伊丹、ディンの三人が協力しても、魔粒子により強化された筋力が無ければ絶対に不可能な重量だ。


 樹海の出口まで、一日半掛かってしまった。ココス街道に出てからは、運よく馬車を捕まえる事に成功し、馬車に揺られながら迷宮都市に向かう。


 迷宮都市を出発してから四日目に予定通り戻って来た。

「何故か、久しぶりに迷宮都市に戻った気がする」

 大量の魔粒子を吸収し、以前とは比べ物にならないほど耐久力を増した薫は、長時間の馬車の旅にも関わらず普通に元気だった。

「旅は人を成長させると言うが、異世界の旅は薫会長に良い影響を与えたようだ」

 伊丹が明るい笑顔を浮かべている薫を見ながら、みと言う。

馬車でハンターギルドまで剥ぎ取り部位を運び、裏にある買取カウンターまで運び入れる。


 運び込んだ大剣甲虫の素材については、四人で話し合った。剣角は質の良いもの四本を選び武器として加工すると決める。剣角の良し悪しは、何を持って見分けるのか。ハンターギルドの査定職員は、大きさや重さ、形状で判断するらしい。だが、もう一つの判断基準が存在する。魔物の素材に源紋が宿っているかどうかだ。

 魔導眼を持つ俺は、素材に宿る源紋を感じ取れるようになっていた。虹色の剣角には『斬撃』の源紋が宿っているのを感じた。それだけではなく他の剣角三本にも『斬撃』の源紋が見つかった。武器に加工する剣角は三本有れば足りるのだが、運ぶのを手伝ってくれたディンの分も取り置く事にする。


 外殻は通常大剣甲虫一体分を鎧の強化用に別にする。虹色大剣甲虫の外殻を鎧の素材にしようと言う意見も有ったが、俺も伊丹も虹色に輝く鎧を着た自分を想像し拒否権を発動した。


 買取カウンターで買取を依頼したのは、剣角八本・外殻三匹分(虹色を含む)・魔晶管十二匹分・魔晶玉三個になる。査定には時間が掛るようなので、ハンターギルドの待合所で待つ事にする。

 待つ間に、ツレツレ草の依頼を完了させる。依頼票ボードを見ると、他にもツレツレ草の依頼が出されていた。後受けになるが、その依頼も受け完了させる。薫と伊丹の通常依頼達成回数はそれぞれ九回となった。


「ミコト様、買取の計算が終わりました。カウンターまでお越し下さい」

 若い栗毛の受付嬢が、俺の名前を呼んでいる。素材の査定が終わったようだ。カウンターに行き買取額を聞く。

「総額で金貨七十四枚と銀貨十枚です。剣角が金貨八枚、外殻が金貨十四枚、魔晶管が金貨十五枚と銀貨十枚、魔晶玉が金貨三十七枚となります」

 俺が思っていた以上に高額だ。その事を受付嬢に訊くと。

「大剣甲虫の上位種である虹色大剣甲虫の素材が高額査定になりました」

 虹色大剣甲虫は、特異体ではなく上位種だったらしい。


 受付嬢から金貨と銀貨の入った布袋を渡された。確認の為に、一応数える。薫がキラキラした目で、金貨の山を見詰めている。この金貨を日本円に両替すると、二二二〇万円になる。これくらいの金額なら会社の会長である薫なら驚くほどではないはずだが……札束の山より金貨の山の方が、人を惹き付ける力が有るようだ。


 取り置いた素材は、ハンターギルドの貸し倉庫を借りて仕舞う。貸し倉庫は年間契約で金貨二枚だった。小さな物置ほどの広さで、最新式の鍵も付いており、ギルド内に有るので比較的安全だ。


 受け取った金貨から、五枚を取り出しディンに渡す。

「ディンの取り分だ」

「僕は一匹も仕留めとらんのだから、貰えないよ」

 ディンが遠慮している。

「今回はチームの一員として参加したんだから、受け取ってくれ」

 俺はディンを説得し金貨を受け取らせた。

「済まぬ……ミコトたちは、これからどうするのだ?」

 予定としては、魔法を使いたいと言っていた薫の願いを叶える為に魔導寺院で新たな神紋を授かるつもりだった。今回の旅で魔粒子をある程度蓄積するに成功した。魔導寺院では必ず反応する神紋が存在するはずだ。

「今日は、宿屋で休んで、明日、魔導寺院へ行くつもりだ」

 それを聞いた薫は、嬉しそうに声を上げる。

「ついに、私が魔法使いとなる日が来たのね。どんな魔法が良いかな」

 ディンが遠慮がちに口を挟む。

「僕も一緒に行って良いだろうか?」

「構わないよ。二人もいいだろ」

 俺は薫と伊丹にも同意をとった。



2014/10/14 誤字修正

2015/3/5 誤字・脱字修正

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