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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第9章 月下の光芒編
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scene:228 フラッシュモブ

 R再生薬が同僚の大臣たちとの間で話題となった時、偽物だろうと貴岬大臣は思ったと話す。

「その後、厚生労働省が本物だと確認した時は、世界中が凄い騒ぎになると思ったものだ」

 夫の話に貴岬夫人が頷き。

「実際にそうなりましたよ。テレビで『R再生薬は本物か』とかいう番組まで放送されていました」

「それ、私も見ました。何とかという教授が絶対に偽物だと主張していた番組ですよね」

 クロエも番組を見たらしい。貴岬大臣は伊丹を見て。

「そうすると、君たちは相当な利益を手に入れた事になる」

「それは、拙者たちがR再生薬をマナ研開発に売った後の話。利益を上げたのはマナ研開発でござる」

 貴岬夫人が思わず声を上げる。

「まあ、もったいない」

 貴岬大臣は首を傾げ。

「何故、そんな事をしたのかね。自分たちでオークションに出したら、相当な利益が手に入れられるのは判っていただろうに」


「マナ研開発の黒翼衛星プロジェクトに、多額の資金が必要だったからでござる」

「君とマナ研開発はどんな関係にあるのかね?」

「拙者はマナ研開発の大株主の一人でござる」

「そうだったのか。マナ研開発は閣議でも話題になったよ。とんでもないものを開発しているようだね」

「マナ研開発は魔粒子を生産し販売している会社。黒翼衛星プロジェクトは魔粒子を生産する工場を建設しているだけでござる」

「その工場が実証テストをして、世界中を驚かしたようじゃないか?」

 伊丹は苦笑した。その件はミコトから聞いている。黒翼衛星装置の不具合から発生した現象が各国の監視者に見られ大変な騒ぎとなったと聞いた。


「あれを兵器だと言い出す者まで現れたそうでござるが、間違いなく魔粒子を生産する装置でござる」

 貴岬大臣は承知していると答え。

「だがね。他国政府の中には、未だに兵器だと疑っている所もある」

「困ったものだ。本番機が完成したら、そんな疑いを払拭する為に、公開テストを行うとミコト殿と相談していた所でござる」


 貴岬夫人はクロエの方に視線を向け。

「ねえ、R再生薬やマナ研開発の事は聞いていたの?」

「おおよその事なら聞いてました。でも、あんまり興味なかったから」

 貴岬夫人は溜息を吐く。

「若いっていいわね。R再生薬は年配の友人たちの間で、凄く話題になっていたのに。伊丹さん、R再生薬はもう作らないのですか?」

「あれは希少な原料がないと作れないのでござる。偶然手に入れる機会が有れば、また作る事もあるかも知れませぬが、今のところは作る予定はござらぬ」

「残念ね」

「おばさん、R再生薬が欲しかったの?」

「当たり前でしょ。二〇歳も若返るのよ」


 R再生薬とマナ研開発の話が終わり、話題がクロエの事に移った。

「クロエ、夢だった歌手の道は諦めたのか?」

 貴岬大臣が幾分心配そうな顔で尋ねた。

「諦めていません。今もボイストレーニングや修行をしています」

 クロエが人前で歌えなくなった事を知っている貴岬大臣と夫人はホッとした。

「ボイストレーニングは判るが、修行とは何だ?」

 クロエは武術関連の修行や声に魔力を乗せる修行を話す。貴岬大臣は伊丹の方を睨み。

「……異世界で生活する為に、武術関連の修行をしているというのは理解する。だが、声に魔力を乗せる……クロエをセイレーンにでもするつもりなのかね」

 セイレーンとは、船で航海中の人々を美しい歌声で惑わし遭難させるギリシャ神話の怪物である。

 クロエは誤解しているらしい伯父に説明する。

「違う、声に魔力を乗せる事が目的じゃないの。声に魔力を乗せた時に出る特別な声を出す修行なのよ」


 クロエは日本に居る時も声に魔力を乗せる修行をしている。日本において、活性化魔粒子を吸収すると同時に、薫から習った<魔粒子活性循環マナアクティブ>を行う事で魔法が使えるようになっていたのだ。

 最初に日本で魔法が使えるように訓練した時、薫から言われ<魔粒子活性循環>を使わずに魔法を使えるようにならないか色々試してみた。だが、上手くいかなかった。<魔粒子活性循環>なしで魔粒子と魔力を制御するには、相当高度な魔力制御の技術が必要で、そこまでの技術があるのはミコトと薫、それに伊丹の三人だけのようだ。


 貴岬夫人がクロエの歌を聞きたがり、クロエは文部省唱歌の『朧月夜』を元に作られた曲を歌った。

 その歌の中で、ほんの一部分だけだが声に魔力が乗り、神秘的な響きを持つハスキーボイスが発せられた。その声を聞き心を揺すぶられた貴岬夫人は、目に涙を浮かべる。

 それに気付いた貴岬大臣が。

「おいおい、何泣いているんだ。クロエがまた歌えるようになったんだぞ。笑顔で『おめでとう』と言う所だろう」

「でも、本当に歌えるようになったんだと知って、嬉しくて」

 クロエは本気で喜んでくれる二人に深く感謝した。

 食事の後、少しだけ話しをしてクロエと伊丹は帰った。


 翌日、伊丹とクロエは黒翼衛星基地を訪れる。マナ研開発の専用ヘリで送って貰ったので昼頃には到着した。

 上空から黒翼衛星基地を見ると、山に囲まれた土地に道路が作られ、その道路沿いに大きな倉庫のような建物と高い煙突が完成している。

 中央にある小山を囲むようにドーナツ状の建物が建設中で、その山頂には巨大な塔が完成していた。

 伊丹は巨大な塔を指差し。

「あれが黒翼衛星装置の本番機でござる」

 クロエは感心したように頷き。

「大きなものなんですね」

「R再生薬で稼いだ利益のほとんどを注ぎ込んで、建設している施設でござるからな」

 税金で取られるくらいなら全部使っちゃえという勢いで、何社も土建会社と建設会社を入れ建設工事を行わせている。


 作られたばかりのヘリポートに着陸し、実証研究館の方へ歩く。

 伊丹が周りを見回すと、双眼鏡を手にした監視者たちがジッとこちらを見ていた。人数も多くなり、図々しくも山の中にテントを張って見張っている。

「あいつら隠れる気がないようでござるな」

 クロエも監視者たちを見て。

「芸能人の追っかけみたいな人たちですね」

「そう言えば、クロエと最初に会った時も、追っかけが居たでござるな」

「ファンの一人には違いないんですが、時々節度のない迷惑な人も居ます」


 実証研究館に入り、荒瀬主任の研究室のドアを叩いた。返事があり、二人は中に入る。

「おおっ、本物のクロエだ」

「荒瀬殿、呼び捨ては失礼でござるぞ」

「すいません。ファンだったもので」

 伊丹たちがここに来たのは、クロエのハスキーボイスの原因を調べる為である。ここの研究施設には人間の魔導細胞を調べられる装置があり、それでクロエの身体を調べようと思い付いて来たのだ。

 ハスキーボイスが急に出るようになった原因として考えられるのは、ポリープや結節などの身体異常がある。但し魔力に関連している事を考えると魔導細胞が関連していると思われるので、ここの装置で魔導細胞の分布を検査し医者に判断して貰おうと思ったのだ。


 大量の魔粒子を必要とする試作装置は、実証研究館へ移され研究が続けられている。魔力反応検出装置もその一つで、医療関連開発チームの眞鍋主任が担当している。

 荒瀬主任は医療関連開発チームの研究室へ伊丹とクロエを案内する。実証研究館の奥にある部屋で、厳重なセキュリティが設けられていた。

「眞鍋主任は居る?」

 荒瀬主任が声を掛けると、何人か作業をしている研究室のスタッフが、パソコンを睨んでいる四〇歳くらいの背の高い女性に視線を向けた。

「何?」

 眞鍋主任がパソコンから目を離さず声を上げる。

「連絡した魔力反応検出装置の件だけど、用意出来てる?」

 眞鍋主任がやっと顔を上げ、伊丹とクロエを見た。

「伊丹さんとクロエさんですね。お待ちしていました」

 そう言うと立ち上がり、実験室に案内した。そこにはMRIのような装置が有った。この魔力反応検出装置は磁気の代わりに魔力を使って検査する。この装置の特色は、少量の魔導細胞でも検出可能な事だ。

 他にも血管に活性化魔粒子溶液を注入し、血管の詳細な状態を調べる事も可能である。


 クロエは台の上に横たわり、魔力反応検出装置の検査を受けた。

「この装置に危険はないのでござるか?」

「有りません。MRIのように金属が駄目という事も有りません」

 検査の結果、クロエの声帯の一部が魔導細胞に変換している事が判明した。

「クロエさんのハスキーボイスの原因は、この魔導細胞が関連していると思われます。意識的に声帯の魔導細胞に魔力を流し込むようにするとハスキーボイスが出るかもしれません」

 医学に詳しい眞鍋主任による説明を聞いて、クロエが頷く。


 ついでに伊丹も魔力反応検出装置の検査を受けた。その結果を眞鍋主任は見て。

「何ですかこれは。ほとんどの筋肉が魔導細胞に変換されているじゃないですか。本当に人間なの!」

「失礼でござるな。ちゃんとした人間でござる」

 伊丹の事はさて置き、クロエの声帯の一部が魔導細胞になっているという発見で、クロエは声に魔力を乗せるやり方のコツを掴んだ。

 数ヶ月の修行は必要だったが、自由自在にハスキーボイスを発せられるようになる。


 修行期間が終わり、クロエは再び歌手として活動を開始する事になった。とは言え、案内人助手の仕事を辞める訳ではない。

 伊丹と相談し、半々くらいの割合で両方の仕事を続ける事にした。

 最初の歌手としての仕事は、某音楽大学の学生と組んでフラッシュモブを仕掛ける事である。フラッシュモブというのは、雑踏の中の歩行者を装って通りすがり、人が集まる場所で突然パフォーマンスを披露し立ち去る事である。

 クロエがフラッシュモブを行う事にしたのは、話題作りの一つとしてである。世間ではクロエが芸能界を引退した事になっており、復活したと知らせたいのだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ある日の午後、繁華街の駅前にある広場に大勢の大学生らしい姿があった。買い物に来た主婦たちが多く行き来しており、学校帰りの小学生や中学生の姿も有る。

 広場のベンチに座っていた女子大生がケースからヴァイオリンを取り出し、情緒溢れる音色を響かせ始める。道行く人々や広場に居る人たちは、路上ライブでも始まるのかと思い視線を向ける。

 だが、立ち止まるような人は少なかった。

「ママ、あれ何?」

「ヴァイオリンよ。路上ライブでもやるのかしら」


 ヴァイオリン奏者の横に、チェロを抱えた男子学生が現れ弾き始める。他にヴィオラなどの弦楽器、フルート・オーボエなどの木管楽器、金管楽器、打楽器が持ち込まれる。

 彼らが奏でている曲はパッヘルベルのカノンだと、道行く人々の何人が気付いただろうか。

 この頃になると広場に居た人々が、演奏している学生たちの周りに集まって来て見物を始めた。中にはスマホで動画を撮り始める者も現れる。


「本格的じゃない」

「あの人、カッコいい」

 集まった女子中学生が、小さな声を上げた。

 楽器奏者のすべてが出揃い準備が整った所で、ちょっと商店街に買い物に来たというような地味な格好をしたクロエが登場した。サングラスを掛けている以外は普通の若い女性である。

 周りの人々はクロエだと最初分からなかったようだ。


 『アメイジング・グレイス』の曲が奏でられ始め、クロエが歌い出した。

 その歌声を聞いた周囲の人々は、ゾクッとするような感覚を味わう。その声には何らかの人を惹き付ける響きがあり、耳にした人々は聞き入ってしまう。

 クロエの歌声に惹かれて人々は集まり、広場を埋め尽くすほどとなる。そして、クロエが歌い終わった時、大きな拍手が沸き起こった。

「あの人、クロエじゃない」

「まさか」

 クロエに気付いた者が現れ始める。


 次の曲が始まった。『ユー・レイズ・ミー・アップ』という曲である。この曲は有名で今までに様々なアーティストがカバーしていた。

 女性が歌う場合、澄んだ高い声で歌う事が多いのだが、クロエはわざと低い声で歌い始める。だが、その声には独特の艶があり、クロエの持ち味を出していた。

 しかも、例のハスキーボイスが混じり始めると、聞いている人々の身体の中に声が染み込むように響き渡る。

「ステキ……」

 誰かが呟いた。

 クロエが歌い終わった直後、少しの間余韻に浸った観衆が大きな拍手の音で広場を満たした。


 フラッシュモブは大成功を収め、参加した音大生とクロエは蜘蛛の子を散らすように退散した。

 後日、そのフラッシュモブを記録した映像が、ネットにアップロードされ大評判となる。クロエは歌手活動を再開出来るという手応えを感じた。



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