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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第9章 月下の光芒編
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224/240

scene:221 中国案内人の実力

 クワン会長は余興だと言ったが、各国案内人の実力を知りたいのではないかと俺は思った。クワン会長がチェンと呼んでいた案内人は中国の代表という割には、感情の制御も出来ない半端な感じがする。なのに代表に選ばれているのは、何か取り柄が有るからだろう。

 余興は会議が終わり、夕方からの親睦会の席でという事になった。


 昼からの会議では、魔導細胞を手に入れた犯罪者の急増が議題となった。

 異世界への旅行者の中には、『魔力袋の神紋』を手に入れスポーツ選手を超える運動能力を持つに至った者が大勢居る。

 その中にはリアルワールドに戻って犯罪を犯す者も出て来た。

 神紋を手に入れ常人以上の力を身に備えた者が、魔物や野生動物を狩る体験をし、自分が特別な存在になったと勘違いを起こすようになったのだ。


 しかも、マフィアなどの暗黒街の住人が、身元を偽り異世界で神紋を手に入れるようになり、各国でも問題になっていた。

 JTGでも身元調査に力を入れるようになったが、完全な調査を行うには人員が足りず、提出された身分証明書を元に警察のシステムに身元照会をして犯罪歴でなければ、承認されるようになっている。

 そうなると偽造の身分証明書を作って行こうとする者も現れ、JTGの中でも問題になっていた。


 韓国の転移門関連の組織を代表するダルソン総長が、その問題について話し始める。

 そういう犯罪者と犯罪者予備軍を、韓国では『紋強黒』と呼んでいるそうだ。

 先日、その紋強黒の一人が事件を起こした。

 麻薬取引があるという情報を掴んだソウル警察が取引現場に乗り込み麻薬の売人たちを逮捕しようとした時、一人だけずば抜けた身体能力を持つ者が居て、アッという間に警官たちを倒し逃げ出したらしい。


「この事件により三人の警官が重傷を負い四人が死んだ。強い危機感を感じた政府の中には、転移門の使用を政府が許可した者だけに制限しようと主張する政治家も出ています」

 ダルソン総長の言葉に、クワン会長が反論する。

「無駄な事だ。発展途上国の中には、金さえ出せば転移門を使えるようにしている国もある」

 それは事実だった。麻薬と同じで、外貨を稼ぐ為に転移門を利用するのは、貧しい国では当たり前の事なのだ。


「そんな国には、経済制裁を加えるべきだ」

 ダルソン総長は吠えるように声を上げた。

 韓国以外のアジア諸国の代表は難しい顔をする。経済制裁を加えられた国は抗議の声を上げ、中にはテロを考える国もあるだろう。

 ダルソン総長の強硬な意見は、他国には受けいられなかった。


 会議が終わる頃には、俺は疲れを感じ始めていた。

 国際会議には独特の緊張感があり、精神的に疲れるのだ。こんな事なら魔物がうようよ居るような樹海を歩いている方が楽だと感じる。

「ふうっ、やっと終わった」

 神代理事長が苦笑して。

「大丈夫なのかね。この後の親睦会で、何か披露しなければならんのだろう?」

 俺は思いっきり顔を顰めた。

「忘れてた。何を披露すればいいんだ」


 親睦会が始まる前に韓国の案内人ビョンハと一緒になった。

「君とチェンが親睦会で何かやると聞いたんだが、どういう事なんだ?」

 俺はビョンハに事情を話す。

「それは災難だったね。ところで、何を見せてくれるんだい。出来れば魔法を見せてくれると嬉しいんだけど」

 ビョンハは、俺がリアルワールドで魔法を使えると知っているようだ。何故……?

 俺の顔を見て、ビョンハがニコリとする。

「会議に参加している案内人については、調べたんだよ。この中で『竜の洗礼』を受けているのは、君とチェンだけなんだ」

 チェンも『竜の洗礼』を受けていると聞いて違和感を覚えた。『竜の洗礼』を受けた者には何人か会っている。その全員が一癖も二癖もあるような人物だった。しかし、チェンはそこまでの人物だという印象を受けなかったからだ。


「チェンが竜殺しだって?」

「いや、彼が竜殺しだとは言っていないよ」

 ビョンハが矛盾するような事を言った。

 その言葉で、俺はピンと来た。

 チェンは、他の誰かが倒した竜から放出した魔粒子を吸収しただけなのだ。

 ビョンハの情報によると、中国では百数十人の集団で竜の狩りをしているそうなのだ。

「人数だけ増やしても、犠牲者が多くなるだけじゃないのか」

 ビョンハが頷く。

「そうなんだ。実際に竜を殺せるだけの魔法を所有しているのは数人で、他は竜の周りを逃げ回って、竜の攻撃を分散させる役目を果たしているんだ」

 俺は酷い話だと思った。それでは凄い数の犠牲者が出るはずだ。


「チェンは運良く生き残った一人だという訳か」

「ああ、チェンは生き残って『竜の洗礼』を受けたんだ。そういう幸運な連中はエリートとして、いい待遇を受けるそうだよ」

 竜の攻撃を躱し逃げ切るだけと言っても、それなりの実力がないと無理である。チェンは第二階梯神紋くらいは手に入れているはずだ。

 俺は親睦会で何を披露するか迷った。


 ホテルの二階宴会場で親睦会が始まり、酒の入った出席者からは陽気な声が上がるようになった。

 クワン会長がマイクを握り、親睦会の余興として中国と日本の案内人が実力を披露すると告げる。

 そうすると、少し酔った出席者の中で自国の案内人も何かしろと声を上げる者も出て来た。

 案内人たちは迷惑そうな顔をしたが、インドの案内人がナイフ投げの妙技を披露した。

 もちろん、ただのナイフ投げではなく、常人なら見えないような速さで五本のナイフを投げたのだ。

 ビョンハは剣舞を披露した。凄まじ速さで繰り出される剣の舞は、見ている者を圧倒する。


 そして、チェンの番となった。

 チェンが胸を張り壇上に上がる。宴会場の一部に一段高くなった場所があり、そこに立ったチェンは両手を前に突き出し精神を集中させているように見える。

 次の瞬間、空気が動くのを感じた。

 チェンの前方に空気が集まり渦を巻き始めた。その空気の動きはチェンの服が波打つ様子や床から吸い上げた砂埃が蛍光灯の光を反射して白い煙のように見える事で確認出来る。

 宴会場の人々の中から感嘆の声が上がる。

「魔法だ!」

「あの案内人は竜殺しなのか」

 ざわざわとする宴会場で小さな竜巻に成長した風の渦巻きが、チェンの周囲をぐるりと回った。


「やるじゃないか。中国の魔導研究があそこまで進んでいるとは知らなかった」

 俺が感心していると、横に座っている神代理事長が腑に落ちないという顔で。

「大した魔法ではないように思えるが」

「そうです。あれは攻撃魔法でも防御魔法でもありません。言うなれば宴会芸なんです」

「宴会芸だって?」

「そうです。誰かが宴会芸用に作った魔法。それだけ中国の魔導研究に余裕があると言う事です」

「なるほど、宴会芸か。君はどうするのかね?」

「向こうが宴会芸で来るのなら、こちらも宴会芸で迎え撃たねばならんでしょう」

 俺の返事を聞いた神代理事長が微妙な表情を浮かべた。


 盛大な拍手を浴びて壇上から降りるチェンが、こちらをドヤ顔で見た。

「次はお前の番だ。何を見せてくれるんだ?」

「宴会芸を見せるつもりだ」

「宴会芸だと……馬鹿にしているのか」

 チェンにとって、あれは宴会芸ではなかったようだ。


 俺の番になったので壇上に向かう。

 披露する宴会芸は決めていた。前に炎の宴会芸1号を伊丹さんと一緒にやった事がある。

 趙悠館の皆には受けたのだが、周りの住民を驚かしたようだ。

 俺は宴会芸2号を開発していた。

「日本の案内人は何を見せてくれるんだ?」

 クワン会長が声を上げた。


「宴会用に開発した魔法を披露したいと思います」

 俺は『錬法変現の神紋』の<精密形成>を発動した。右手で食事に使うスプーン三本を持って差し出す。

「おいおい、まさかスプーン曲げじゃないだろうな」

 チェンが揶揄するように声を上げる。

 俺は答えず集中する。

 三本のスプーンの内の一本が変形を始めた。スプーンの先端から蜘蛛の糸のような細い金属の糸が伸び始めたのだ。

「何だ?」

 その変化に気付いた者が声を上げる。

 銀色に輝く金属の糸は綿飴のように複雑に絡み合い、銀色の雲を作り上げた。次に残りの二本が形をなくして溶け一つの小さな玉となる。

 銀色の雲に乗った玉から、双葉のようなものが出て成長を始めた。双葉は伸びて茎になり二枚の薄い葉が形成され、次に蕾が茎の先端に現れた。


 宴会場がざわっとした騒ぎが起きる。

「魔法か、どうなっているんだ?」

「日本の案内人も竜殺しなのか?」

 蕾が開き花へと変化する。薄い花びらの一枚一枚が形成され銀色の薔薇となった。

 銀色の雲から生える薔薇の花が完成する。

「素晴らしい!」

 神代理事長が一番に歓声を上げた。

 次の瞬間、宴会場に拍手が巻き起こる。

 俺の宴会芸は成功したようだ。

 その後、アジア各国の代表が俺の前に現れ、宴会芸を褒め称えた。神代理事長は自分の事のように喜ぶ。


 俺が褒め称えられている間、チェンが忌々しそうな顔でこちらを見ているのが気に掛かった。

 翌日、俺はソウルを観光して回ろうと決め、神代理事長の了解を取る。

「韓国語は大丈夫なのかね?」

「少しだけなら話せるようになりました。それにビョンハが案内してくれるそうです」

「それじゃあ安心だ」


 俺とビョンハはソウル観光へ出発した。

 まずは朝鮮王朝の正宮として約六〇〇年の歴史がある景福宮キョンボックンへ行き見物。次は明洞ミョンドンへ行き食事を楽しんだ。

 昼食を終え買い物でもしようかとぶらぶらしている時、偶然にもチェンとクワン会長に遭遇した。

「クワン会長、買い物ですか?」

 ビョンハが声を掛けると、クワン会長が答える前にチェンが。

「どうでもいいだろ。そこの日本人、いい気になるなよ。案内人に必要なのは余興の技量じゃなく、戦闘の技量なんだからな」

 チェンの言っている事は間違いではないが、戦闘でも負けるとは思えなかった。

 クワン会長は顔を顰め。

「済まんね、ミコト君。チェンが納得していないようなんだ」

 謝りながらも目が笑っている。


 それを聞いたビョンハがニヤリと笑い。

「それなら試合をしてみればいい」

 楽しく観光しているのに、余計な事を言うなよと思ったが、チェンがその気になってしまった。

「この辺には詳しいんだろ。試合が出来る場所を教えろ」

「それなら、我々の本部が近くに在る。そこの道場を使えばいい」

「よし、行くぞ」

 勝手に話が進んでいるので、ちょっとむかつく。

「ちょっと待て、俺は試合をするとは言っていないぞ」

「怖気付いたのか?」

 チェンの言葉に腹が立った。安っぽい挑発だと判っているが、今回は乗る事にした。


 ビョンハが案内した韓国転移門管理組織の本部は、JTG本部よりも大きなビルだった。

 入り口で手続きをして中に入ると道場へ向かう。

 道場では数人の男たちが格闘技の訓練をしていた。

 ビョンハが声を掛けると練習が中止され、男たちが道場の隅に寄る。

「ビョンハ、何だか嬉しそうだけど」

「ミコトの実力が見れると思うとワクワクするんだ」

 野次馬根性全開のビョンハは本当に楽しそうだ。


「さて、どういうルールにする?」

 ビョンハが俺とチェンに聞いた。ルールは急所攻撃と攻撃魔法が無しとなる。攻撃魔法以外と言うと<躯力増強>などの身体能力を上げる魔法は使っても良いという事だ。

 チェンの身長は一八〇を少し超えたくらいで、体格はガッシリとしている。体格だけで言えばチェンが圧倒的に有利だろう。

 だが、チェンから漏れ出る魔力の感じからすると、それほど脅威とは思えない。漏れ出る魔力を抑えている可能性も有るが、存在感が軽い感じがする。


 クワン会長の合図で試合が始まった。

 チェンは<躯力増強>の魔法を発動。同時に俺も躯豪術を使う。

 お互いが時計回りに回りながら相手の隙を伺う。チェンの動きからすると中国武術を習得しているようだ。

 俺は中国武術には詳しくないが、本当の達人は凄いと伊丹さんから聞いている。

 チェンが常人離れした脚力で床を蹴り、俺に向かって来た。確かに速いが、伊丹さんに比べると動きに鋭さがない。

 チェンの中段突きを右手で払う。ヘビー級ボクサー並みの力強い突きである。

 中段突きを払われたチェンは、そのまま肩で体当りして来た。俺も左肩を出して受け止める。だが、体重の軽い俺の方が弾き飛ばされた。


 中国代表に選ばれただけあり、チェンの戦闘センスは一流のようだ。但し一流止まりで達人の域には達していない。

 俺は着地と同時に、魔力を両足に流し込み高速移動する。チェンの右脇に踏み込みミドルーキックを放った。ミドルーキックを受けたチェンは顔を歪め、呻き声を上げる。

 チェンがダメージを受けていない足で後ろに飛び退く。追撃する俺に、チェンが回転しながらバックハンドブローを放った。

 一旦引いた俺を、今度はチェンが追撃する。中国武術独特の切れ目のない連続攻撃が俺に襲い掛かった。一発一発はそれほど威力がないのだが、反撃する暇を与えない攻撃だ。


 その連続攻撃を見て、クワン会長が応援の声を張り上げる。

「ミコト、どうした。反撃しろ」

 ビョンハの声が聞こえた。

 俺は冷静に連続攻撃を捌き、ほとんどダメージを負っていない。それが判っているチェンの顔色は冴えない。

 チェンの攻撃はヘビー級ボクサー並みに強烈だが、耐えられないほどじゃない。

「ふん」

 俺は気合を発し、相打ち覚悟でカウンターの掌底を繰り出す。足が床を蹴り、その反動を腰・胸・肩・腕の順番で増幅しながら伝え、掌を相手の胸に減り込ませた。

 チェンの拳も俺の頬に命中したが、首をくるりと回し衝撃を逃がす。俺の手に骨が砕ける感触があり、チェンが吹き飛んだ。

 チェンの身体が道場の壁まで飛び、凄まじい音を立てる。


 興奮している俺は追撃を開始する。壁に叩き付けられたチェンの身体が、床に落ちない間に飛び込んで止めを刺そうとする。

 ビョンハが間に飛び込んで来た。

「ストップ、止めろ!」

 俺は不機嫌な顔になり。

「何故、止めるんだ?」

「勝負は着いた。君の勝ちだ」

 ビョンハとクワン会長は、戦慄を覚え顔を青褪めさせていた。

 クワン会長が独り言のように告げる。

「日本人は温厚な民族に変わったと思っていたが、身体の底には侍だった頃の血が残っているのだな」

 それを聞いた俺は首を傾げた。俺の先祖は百姓である。戦国時代には足軽として駆り出された者も居たかも知れないが、武士の先祖は存在しない。


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