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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第9章 月下の光芒編
215/240

scene:212 海上の王子たち

 その夜の襲撃は、奇襲が失敗した事により襲撃者側の敗北が決まった。

 連続で放ったモルガート王子の烈風刃が、襲撃者のリーダーの首を刈り取り襲撃者たちの混乱を招いたのだ。

 混乱する襲撃者たちに、魔導師のニムリスが<暴風氷>を放つ。その攻撃魔法で襲撃者のほとんどが倒れ、残った者も兵士たちにより倒された。

 モルガート王子が倒した襲撃者たちの持ち物を調べるよう命じる。

「殿下、この者たちは身元を示すような物を一切持っていません」

 ニムリスの報告にモルガート王子が頷く。

「そこまで馬鹿ではなかったか」


「ですが、この顔付きは魔導先進国の国民だと思われます」

 それを聞いて、モルガート王子は顔を顰める。

「レースを中止し、この事件を主催国に報告しますか?」

「それは駄目だ。もしもオラツェルの奴が優勝してみろ。我が陣営の旗色が悪くなる」

 モルガート王子とオラツェル王子は、魔導飛行船レースをしていると同時に、次期国王を決めるレースも行っているのだ。

 この島で待っていれば、襲撃の結果を確かめる為に黒幕が出て来るかもしれない。だが、それでは魔導飛行船レースを棄権する事になる。

「しかし、御身おんみにもしもの事が有れば、財務卿たちの───」

 ニムリスの言葉をモルガート王子が遮り。

「これは次期国王を決めるレースでもあるのだ。続けるしかない。襲撃の黒幕を探すのは、レースが終わってからだ」

 その言葉には、モルガート王子の決意が篭っていた。ニムリスたちは従うしかない。


 日の出とともに島を出発。その日の風は微風である。先行した帆船型飛行船に追い付けそうだ。

 しばらく順調に飛んだ時、帆船型飛行船の一隻に追い付き追い越した。

「あれはジェルズ神国の飛行船か。いい調子だ」

 その日の夕方、空巡艇二号はレースの先頭付近を飛んでいた。モルガート王子たちより前にいるのは、オラツェル王子だけだろう。


 静かな海に夕陽が落ちそうになった頃、空巡艇二号が停泊する島に辿り着いた。予定よりもう一つ先の小島である。

 野営場所の周囲を探索し、昨日のような襲撃者がいない事を確かめた。

 ニムリスが王子と肩を並べて歩きながら。

「この空巡艇は凄いものだったのですな」

 魔導先進国の帆船型飛行船を次々に追い越していくのを見て、そう感じたらしい。

「陛下は、無事に戻って来るだけで十分だと仰られていたが、このままだとオラツェルの奴と一騎打ちになるかもしれんな」

 モルガート王子は空巡艇の性能に満足していた。魔導先進国のものに比べても負けなかった実績は賞賛すべきだと正直思う。

「国に帰ったら、この空巡艇を作った者たちに褒美を出すのが、良いのではございませんか」

「そうだな」

 一日目とは違い静かな夜が過ぎ、朝となった。

 空巡艇の個室で寝ていたモルガート王子は、雨粒が船体を叩く音で目を覚ました。


 操縦席の方へ行くと、外で寝ていたニムリスたちが戻っていた。

「殿下、おはようございます」

「ああ、おはよう。外は雨なのか?」

「ええ、先程から降り出しました。風も進行方向に向って横から吹き付ける風に変わっております」

「今日の飛行は、順調にはいかんようだな。地図を出せ」

 広げられた地図を睨んだモルガート王子が。

「風に流される事を考慮して、このルートで行こう」

 今日、折り返し地点である島に到着する予定なので、あまり流されないように注意しなければならない。


 空巡艇が飛び立つと風雨の影響が操縦桿の手応えで判るようで、操縦している兵士の顔が強張った。

「殿下、出力を上げても構いませんか?」

 許可を求める操縦者に、モルガート王子は苦い顔で許可を与える。

「視界が悪くなっている。目印の島を見落とすな」

 今日は困難な飛行になるようだ。


 昼過ぎに漸く折り返し地点の島に到着した。空巡艇を降りたモルガート王子は、雨の中を小さな小屋に向かって歩く。

 小屋に入った王子を、カザイル王国の役人が出迎えた。

「おや、またマウセリア王国の王子様ですか」

 その言葉を聞き、モルガート王子の頬がピクリと反応する。またという事は、オラツェル王子が先に来たという事だ。

 モルガート王子はチェックカードを役人に差し出す。

「急いでくれ」

 役人はカードに自分の名前をサインした。このチェックカードが折り返し地点に来たと証明するものとなる。


 走って空巡艇に戻ったモルガート王子は、すぐさま出発するように命じる。

「オラツェルの奴が先に来たようだ。急ぐぞ」


 横風に抗いながら飛んだ空巡艇は、かなりの魔光石を消費していた。それでも予定消費量より少し多い程度だ。モルガート王子は魔光石消費量をチェックし安堵する。

 モルガート王子は何度も速度を上げろと命じたくなるのを堪えた。早くオラツェル王子に追い付きたいのだが、それをすると魔光石消費量が跳ね上がるのは確実だ。

 折り返し地点へ向かう帆船型飛行船と擦れ違う。レースは空巡艇同士の一騎打ちとなりそうだ。


 モルガート王子が気にしているオラツェル王子の空巡艇一号は、かなり無理をしていた。

 御陰で魔光石の消耗が激しく、残りが半分以下となっている。

「このままだとゴールに辿り着く前に魔光石が尽きます」

 部下の報告に唸り声で返事をした。オラツェル王子にも無理をしすぎたという自覚はある。だが、自分の責任だと認める王子ではなかった。

「何とかしろ!」

「では、コースを変更してもよろしいですか?」

 苦り切った顔のオラツェル王子が許可を出す。


 空巡艇一号は三日目に停泊する予定だった島から、かなり南側に位置する島に着陸。

 その夜の間、オラツェル王子は始終不機嫌で、部下たちは居心地の悪い夜を過ごした。

 翌日、オラツェル王子たちは何度も魔光石の残量を確認しながら飛んだ。向かい風だが、微風なので空巡艇にとって有利な状況である。

 とは言え、魔光石の量は刻々と減り続け、最後の宿泊地となる島に到着した時、後半日持つかどうかという残量になった。


 最終日、先頭にいると確信のあるオラツェル王子は賭けに出た。ゴール目掛けて一直線に飛ぼうと決めたのだ。

 横風に逆らい一直線に飛ぶ空巡艇一号の魔光石残量は目に見えて減り始める。

 無情にもゴール地点から島二つを残す地点で、魔光石が尽きた。

 空巡艇一号が海に不時着する。

「最後の手段だ。お前たちの魔力を使え」

 オラツェル王子は、もしもの時に備え、魔力量の多い者を乗組員として選んでいた。


 魔光石燃料バーを抜き取り、ミコトが用意した魔力注入装置をセットする。

 乗組員の一人が魔力注入装置の取っ手を握り、魔力を流し込む。

 一人の人間が保有する魔力で飛んでいられる時間は短かった。オラツェル王子以外の者が魔力を使い切り、ぐったりと床に座ってしまうまで、さほど時間は掛からなかった。

「貴様ら、不甲斐なさすぎるぞ」

 オラツェル王子が怒っても、返事をする元気は他の者になかった。


 空巡艇一号が波間を漂い始め、かなりの時間が経過した頃、上空に空巡艇二号が現れた。これは不運としかいいようのない偶然だった。

 海に不時着している空巡艇一号を発見したモルガート王子たちは近くに着水し、ゆっくりと接近を始める。

「オラツェル、生きているのか」

 モルガート王子が扉から半身を出し、声を掛ける。

 その声に気付いたオラツェル王子が、扉を開いて顔を見せ。

「五月蝿い、生きているに決まっているだろ」

 その様子で魔光石が尽きたのだとモルガート王子は判った。

「元気そうだな。何故、こんな場所で漂流している?」

 オラツェル王子が顔を歪め。

「気付いている癖に、白々しい」

「魔光石が尽きたか。考えも無しに無茶な飛行経路を選択するからだ」

 オラツェル王子が殺気の篭った眼でモルガート王子を睨む。

「怖い目だ。ゴールしたら助けを呼んでやる。それまで釣りでもして時間を潰していろ」


 中に身体を引っ込めたモルガート王子が飛び立つように命じた。

 空巡艇二号がふわりと浮き少しだけ移動した時、その推進装置に炎の塊が命中した。

 爆発音が響き渡り、空巡艇二号が煙を吐き出しながら海に墜落する。

 盛大に水飛沫が舞い上がり、挺内から悲鳴が上がる。

 空巡艇の扉が開かれ、頭から血を流したモルガート王子が鬼のような形相で顔を突き出し。

「き~さ~ま~」

 オラツェル王子は真っ青な顔で、魔導武器である竜炎撃を構えていた。空巡艇二号を撃墜したのは、オラツェル王子が放った竜炎撃の攻撃に間違いない。


 憎悪に歪めた顔で、<雷槍>の呪文が唱えられた。モルガート王子の得意魔法である。

 雷槍が空巡艇一号の操縦室に突き刺さり爆発した。この爆発でオラツェル王子以外の乗組員が命を落とす。

 壁に叩き付けられたオラツェル王子が起き上がり、恐怖に強張った手で竜炎撃を握ると発射ボタンを押した。


 この日、マウセリア王国にとって最悪の事件が起きた。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 趙悠館に迷宮都市の太守であるシュマルディン王子が駆け込んで来た。

「ミコト、何処にいる」

 その声を聞いた俺は、趙悠館の外へ出た。

「どうした、ディン」

 ただならぬ事態が起きたらしく、ディンの顔色が変わっていた。

「兄上たちが行方不明となられたのだ」

 ディンの話によると、レースのトップグループにいたはずの二人の王子が、ゴールに戻って来ないらしい。主催国のカザイル王国が捜索中だという話だが、発見されていないようだ。

「一刻も早くカザイル王国へ行かねばならない。ミコトの魔導飛行バギーを貸してくれ」

 この国で最速の魔導飛行船は、改造型飛行バギーだと考え借りに来たのだ。ディンは少しでも早く、カザイル王国へ行かねばと焦っていた。


「工房で最新の空巡艇を作っている。それを使った方が早く着くと思う」

「本当か。なら、それを貸して」

「実験機なんで、操縦方法が少し違うんだ。練習しないと操縦は無理だ。俺も一緒に行くよ」

 高速空巡艇の実験機として製作したものが、運用テストの段階まで進んでいた。

 カザイル王国までだったら、十分飛行可能だと思う。但し、もしもの時の為にカリス親方かドルジ親方のどちらかに同乗して貰う方がいいだろう。

 俺は急いで手配した。ドルジ親方が同乗してくれる事になり、護衛役はキャッツハンドのミリアたちに頼んだ。ルキも行きたいとゴネるのでしょうがなく許可する。

「やっちゃー、初めての外国旅行だ~」

 ルキが嬉しそうに跳び上がった。

「さあ、手早く荷物を纏めるよ。ルキも手伝いにゃさい」

 リカヤが指示すると、キャッツハンドのメンバーは着替えなどの荷物を用意する為に戻っていった。


 実験機ではあるが、一応高速空巡艇と呼んでもいい性能を持つ機体は『グレーアウル』と命名されている。灰色のフクロウという意味だが、機体を灰色に塗装しているので、そう命名した。

 この機体は一〇人乗りで、トイレもあり長時間飛行も考慮して設計されている。

 俺は趙悠館の事を伊丹さんに頼み、魔導飛行船工場へ向った。

 ディンも旅の準備をして荷物を持っている。

「ダルバル爺さんは行かないのか?」

 俺の質問に、ディンが首を振る。

「迷宮都市の仕事が忙しくて、抜けられないんだよ」

「王都へ寄って、陛下に会う?」

「いや、直接カザイル王国へ飛ぶ。王妃様や貴族たちは国の魔導飛行船で行くそうだ」


 工場では灰色の機体が引き出され、飛行準備が終わっていた。

「準備は終わっているぞ。魔光石燃料バーも予備を含めて積んである」

 ドルジ親方が威勢のいい声で報告する。

「食料と水は?」

「水は十分な量を積んだ。だが、食料は一日分だけだ。急な話で用意出来んかった」

「それで十分だよ。食料はカザイル王国で買えばいい」

 全員がグレーアウルに乗り込み、迷宮都市から飛び立った。


 グレーアウルの最大速度は時速三五〇キロとなる。巡航速度は三〇〇キロなのでカザイル王国だと一日で到着する。

「もう三本足湾を横断したのでしゅか。速いにゃ」

 ミリアがグレーアウルの飛行速度に感心する。

 グレーアウルの座席はあまり座り心地が良くない。空巡艇と同じものを使っているのだが、これは後で変えるつもりだ。こんな椅子で長時間過ごせば、エコノミー症候群になりそうだからだ。

 座席は特注品となる予定だが、仮眠も出来る構造のリクライニングチェアにする予定である。


 予定通り一日でカザイル王国に到着し、ディンと二人でレース開催式典が行われた建物に向った。その建物に捜索本部が有ると聞いていたからだ。

「これはシュマルディン王子。迷宮都市から、もう到着されたのか」

 ムアトル公爵が驚いたような顔をしている。

「そんな事より、兄上たちは見付かったのですか?」

「いや、まだだ」

「我々も捜索します。海図の提供と捜索場所を教えて貰えますか」

「いいだろう。誰か用意しろ」

 公爵の部下が海図を持って来た。

 公爵たちの説明によると捜索はあまり進んでいないらしい。横風が強く捜索が難航しているそうなのだ。


 俺は海図を確かめてから、ゴール近辺の海を探す事にした。

 魔光石が尽きたのが原因だとすると、ゴール近くの海で遭難した可能性が高いからだ。

 遭難した空巡艇二隻の捜索を開始した。

 一日目は何も見付からず、二日目の昼頃。

「あそこに何か有りましゅ」

 目のいい猫人族のミリアが声を上げた。

 俺はミリアが指し示す方向に飛ばす。何かに掴まり波間を漂っている男の姿が目に入る。


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