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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第9章 月下の光芒編
214/240

scene:211 政府との交渉

 JTG本部には神代理事長を始めとする理事たちが全員集まっていた。

「ミコト君、本当なのかね?」

 理事の一人が、興奮した様子で確かめる。R再生薬の件だろう。

「若返りの効果付き再生薬の件でしたら、本当です」

「それが本当なら大変な事だよ」

 その理事は、イタリアで起きた若返りの秘薬が作れる薬草アルラウネの事件を引き合いに出して説明した。


 神代理事長が一つの提案をする。

「そのR再生薬をJTG、いや国が買い上げる事は可能かね?」

 俺は、その提案を考え。

「金額次第ですね」

 理事の一人が憮然とした顔をした。JTGの社員なら、無条件で承諾すると思っていたようだ。

「その再生薬は、どうするつもりだったのだ?」

 神代理事長の質問に。

「オークションで売るつもりでした」

 イタリアの案内人が発見したアルラウネから作った若返りの秘薬は、誰でも二〇代に若返らせる効果が有ったそうだ。その秘薬はオークションで競売に掛けられ、とんでもない高値で落札された。

 R再生薬の若返り効果は、若返りの秘薬より限定的なので幾分安くなるだろうが、かなりの高額で売れるだろう。


 神代理事長はJTGまたは国が買い取る事は無理だろうと思った。JTGには買い取るだけの資金が無い。国は予算が下りるまで時間が掛り過ぎる。

「JTGと国が協力してくれるなら、売上の幾らかを双方に提供する事を考えています」

「協力とは何だね?」

「R再生薬が何処で作られたのかを秘密にする事と、R再生薬による治療と言っていいのか……その実施を自衛隊が管理する転移門近くの施設で行って欲しいんです」

 神代理事長が苦笑した。

「面倒な事を国に押し付けるつもりだな」

「国もR再生薬の効果について研究したいのではありませんか。その代わり二人分のR再生薬を国に進呈します」


 理事たちが沈黙した。どう判断したらいいのか迷っているのだろう。

 それからガヤガヤと話し始め、一時間ほど話し合っいていた。それでも結論が出ず、国にも関係有るので厚生労働大臣の真壁に連絡したようだ。

 その後、国の役人と理事たちを交えて話し合い、R再生薬の効果が本物なのかどうかを確かめたいと役人が言い出した。

 被験者は国が用意すると言う。

 俺は二人の医師に一〇人分を譲ったので、残り一九〇人分の一つを使うのは惜しかったが、必要経費だと諦め承諾した。


 被験者と厚生労働省の役人、それに高名な医学者が趙悠館を訪れ、R再生薬の効果を確認した。

 七二歳の被験者は、俺にも身元を教えてくれなかった。役人たちが被験者に接する態度が丁重だ。たぶん政界に影響力の有る人物なのだろう。

 被験者がR再生薬を服用した。被験者は趙悠館の一室で静かに座って効果が現れるのを待っている。

 医学者と役人が見ている前で、シミやシワが浮かんだ被験者の顔からシミとシワが消えていく。少し曲がっていた背中も真っ直ぐになる。

 役人から驚きの声が上がった。

「どうなんだ、異常は無いのか?」

 被験者がれたように声を上げた。

 医学者の先生が、被験者の健康状態を調べ始めた。

「ここで調べられる限りでは、健康体のようです。後は日本に戻って細かい調査を」

 日本に戻った被験者は国立大学附属病院で検査を受け、その身体が五〇歳ほどの健康体だと判明した。


 若返り効果が本物だと証明されたのだ。俺は国と本格的に交渉し一〇人分のR再生薬と引き換えに協力を取り付けた。この結果については、ヒュドラモドキを一緒に倒した薫にも連絡し了解を取る。

 現金ではなく、R再生薬を要求した所を考えると、政治家の中にR再生薬を欲しがる者が大勢居たのだろう。

 世界的に有名なオークション会社に日本政府経由で連絡し、R再生薬をオークションに掛ける準備を行った。R再生薬の効果は日本政府が保証したので、オークション会社も信用したようだ。

 但し確認の為に、オークション会社から調査員みたいな人が来て、この前の被験者にどういう効果を発揮したのか詳しく調査したようだ。

 R再生薬をオークションに掛ける準備が整った。後は世界中の金持ちに知らせるだけである。

 世界には資産何兆円という金持ちが大勢居るのだ。そんな金持ちが二〇年という時間に幾ら支払うか、楽しみである。

 この時点での俺は、R再生薬の販売は上手くいったと考えていた。なので、後に起こる騒動を予見出来ず苦労する事になる。



 一方、薫が考えた黒翼衛星プロジェクトの金策は成功した。

 売りに出した転移門初期化装置は、各国が購入しマナ研開発は数十億単位の資金を手に入れた。

 薫と俺は、近畿地方の太平洋に面した森林地帯を買い取り、造成を開始した。

 近くに海が有るが、他は何もない山の中である。造成する土地の広さは一二〇ヘクタール、土地の値段より造成に必要な経費の方が高かったくらいだ。

 海に面した場所には港を作る予定である。

 黒翼衛星プロジェクトには、広い土地が必要だった。大量の魔粒子を貯蔵するタンクや黒翼衛星を制御する装置はもちろんの事、研究施設などを建設する予定だからである。


 薫の試算では最終的な黒翼衛星の施設は三〇ヘクタールほどで大丈夫なようなのだが、敷地内に牧場や畑、田圃も作るつもりなので、この広さに決めた。

 もちろん、施設で働く従業員の為に住宅や公共施設も用意しなければならない。

 ゼネコンや政府、地方自治体との交渉は、マナ研開発の社員に任せた。大手ゼネコンも久しぶりに美味しい仕事だったようで、優先的に人材や建設機械を回してくれる手筈が整い作業が開始された。


 土地造成の手配が済んだ俺は、航空工学の御手洗教授の所へ行った。

「教授、高速空巡艇はどうです?」

「設計は進んでいるぞ。ただ薫君が設計した推進装置を実際に確かめないと進められない所も有るのだ」

 薫は高速空巡艇用推進装置に組み込む補助神紋の設計を終わらせていた。

 カリス親方の工房で部品の製作は終わり、後はヒュドラモドキから剥ぎ取った魔晶玉に補助神紋を刻み、部品を組み立てれば推進装置が完成する。

「教授も一度、現場に行ってみませんか?」

「現場と言うと、迷宮都市へかね」

「そうです。招待しますよ」

「行く、もちろん行く」


 教授を迷宮都市に招待したのには理由がある。カリス親方に空巡艇と同じタイプの実験機を注文していたのだが、思っていた以上に早く完成しそうなのだ。

 レース用空巡艇の予備部品として用意していたものを流用し機体が完成した。浮力発生装置はクラダダ要塞遺跡で発見した飛翔液精製装置を使って製造した飛翔液を充填し小型化に成功している。

 操縦装置や椅子などは新たに製作する必要が有り、少しだけ日数を要したようだ。

 出来上がっていないのは内装と推進装置だけなので、俺が迷宮都市に戻って推進装置を仕上げれば短期間で使えるようになるはずだ。

 教授に試運転の様子を見て貰って、正式な高速空巡艇の参考にして欲しい。


「教授には世話になっているから、サービスするよ」

 御手洗教授は、俺が若い事や学歴がない事に関係なく付き合ってくれる数少ない知人の一人である。

「本当か、そいつは嬉しいね。ドラゴンの肉でもご馳走になろうかな」

 教授は冗談で言ったのだろうが、竜肉ハムのステーキでも食べて貰おう。

 もう少し、高速空巡艇について話してから、迷宮都市に行く日程を決め別れた。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆ 


 マウセリア王国の第一王子であるモルガートは、部下に声を掛け空巡艇二号に乗り込んだ。

「よし、カザイル王国に向けて出発だ」

 モルガート王子の合図で、エクサバル城内にある人工池から空巡艇が翔び立った。

 ふわりと浮いた機体から外を見ると、小さくなっていくエクサバル城の姿が見える。

「今度こそ、オラツェルの奴に思い知らせてやる」

 レースの開催国はカザイル王国である。マウセリア王国とは同盟関係にあるので安心出来る国だった。

 モルガート王子も何度か行った事があり、カザイル王国の首都には大使館もある。

 レースの出発点は、その首都ベリオルになっている。海に面した都市で漁業が盛んだと言う。空巡艇は北を目指して飛び、昼頃に交易都市ミュムルに到着する。

 ミュムルで昼食を取り、少し休憩を挟んでからヴァスケス砦に向けて出発した。


 ヴァスケス砦で一泊したモルガート王子たちは、その翌朝ベリオルを目指して翔び立った。

 ベリオルには昼過ぎに到着。海岸にある停泊場所に空巡艇二号を着水させ、桟橋に寄せる。桟橋に待機していた一団が近付いて来た。

 予め警備用として送り込んでいた兵士たちだ。

「殿下、ご到着をお待ちしておりました」

「ご苦労、こいつの警備を頼む」

「お任せ下さい」

 その停泊場所には各国の小型飛行船が停泊していた。どれも帆船型で風を推進力として利用する飛行船である。但し一機だけモルガート王子のものと同型の機体が有った。だが、その機体は悪趣味な黄金色に塗装され異彩を放っていた。

「王国の恥さらしが」

 モルガート王子が忌々しそうに呟く。


「オラツェルは何処に居る?」

 警備兵の一人が。

「オラツェル殿下でしたら、式典会場へお入りになられました」

「ふん」

 モルガート王子は鼻を鳴らしただけで、式典会場へと向った。

 広い会場の中に数々の料理が並んだテーブルがあり、思い思いの席に座った各国の人々が歓談している。

 その中に顔見知りが居た。太った巨体の持ち主ムアトル公爵である。

「ようこそ、カザイル王国へ」

「お久しぶりです、ムアトル公爵」

「ハハハッ、元気なようだな」

 ムアトル公爵はすでに酒が入っているようで機嫌がいい。


 式典が始まり、退屈な挨拶と各国重鎮の愛想笑いを繰り返し目にした。

 些かうんざりした頃、オラツェル王子が近寄って来た。

「兄上、飛行経路は決めましたか」

「当たり前だ。お前はどうなんだ?」

「幾つかに絞ったのですが、まだ迷っている所です」

「優柔不断な奴だ。言っておくが、こちらを真似ようなどとは思うなよ」

「当然です。二番煎じでは優勝出来ませんからね」

「ふん、優勝するつもりでいるのか?」

 モルガート王子が嘲笑あざわらうような声を上げた。そして、弟から離れて行く。


 残されたオラツェル王子が顔を歪め。

「いつもいつも馬鹿にしやがって。見ているがいい。王座に相応しいのがどちらか思い知らせてやる」

 オラツェル王子が配下の一人を呼び寄せ。

「どうだ、飛行経路が分かったか?」

「警備兵の一人を買収し、空巡艇二号の飛行経路が書かれた地図を確かめさせています。夜中にはモルガート殿下たちの飛行経路が判明するでしょう」

「そいつをムアトル公爵へ渡せ、始末は奴らがやってくれる」

 オラツェル王子がニヤリと笑う。


 翌朝、モルガート王子が空巡艇に乗り込み、スタートの合図を待った。

 空巡艇二号の乗組員は、モルガート王子を除くと四人、魔導師ニムリスとその弟子、それと兵士二人である。

 兵士二人には、空巡艇が故障した場合の応急処置と操縦方法を習わせている。

 上空に向って<爆炎弾>が撃ち上げられ、爆音が響き渡った。

「翔べ!」

 モルガート王子が操縦桿を握っている兵士に命じた。空巡艇がふわりと浮き上がり南に向かって飛び始める。

 カザイル王国の南に広がる海には、多くの小島が散らばっていた。

「風向きは南東か、予定通り東十五号島へ向かえ」

 この時期の風向きは南東が多いと知っているので、予め風向きが南東だった場合の飛行経路を第一候補として検討していた。


 オラツェル王子が乗っている空巡艇一号が最短経路である真南に向かうのを見て、モルガート王子は奴らしいと薄く笑う。

 燃料消費を考えずに最短で飛ぶ作戦は、ある意味理に適っている。成功すれば、一番で戻って来れるからだ。但し、燃料消費を計算するとギリギリとなる。何かアクシデントが有った場合、危険なのだ。

 モルガート王子に、一か八かの賭けをする気はない。

 折り返し地点からの戻りを考慮し、燃料消費を最低限に抑える経路を選択した。

 風力はそれほどでもないので、帆船型飛行船を抜き先頭を飛んでいる。カザイル王国の帆船型飛行船は、空巡艇二号と同じ方向を目指し飛んでいるようだ。


 昼を過ぎた頃に、風が強まり魔導先進国の帆船型飛行船が速度を上げる。

「殿下、このままだと抜かれてしまいます」

 操縦している兵士の報告。

「……速度を上げるか」

 迷っているモルガート王子に、魔導師ニムリスが忠告する。

「まだ序盤です。焦る必要はありません」

 モルガート王子が肩の力をふっと抜き。

「そうだな。速度はそのままだ」


 帆船型飛行船は先に行き、空巡艇二号は予定通り東十五号島に着水した。今夜はここで一泊し、早朝飛び立つ事になる。

 このレースでは夜間に飛行する者は居ない。昼間は島の位置などを見ながら飛行するので大丈夫なのだが、夜間飛行技術が発達していない関係で、風向きなどが変わった場合、何処まで流されるのか分からないからだ。

 海岸に着水した空巡艇二号を砂浜にまで進ませ、夜食の準備をさせる。


 簡単なスープとパンで夜食を済ませると、焚き火の傍で寛ぎ始めた。

 そろそろ寝ようかという時。

 ザグッと音がした。音に気付いて見ると兵士の傍に矢が突き立っている。

「敵だ!」

 魔導師ニムリスが叫び、モルガート王子を避難させようとする。またも暗闇から矢が降って来た。

 モルガート王子が烈風剣を抜いて、烈風刃を矢が射られたと思われる方向に飛ばす。

 甲高い悲鳴。

 その悲鳴を目掛けて、何度も烈風刃が飛ばされた。


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