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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第9章 月下の光芒編
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scene:210 再生薬

 俺は何度もヒュドラモドキに斬撃を放った。

 その度に醜い首が刎ね飛び、凄惨な叫び声が上がる。そして、頭と首が再生を始めた。

 突然、ヒュドラモドキが奇妙な行動を取る。落ちた頭を自分で食べ始めたのだ。

「こいつ、どういうつもりなんだ?」

 一旦、距離を取った俺は、薫に問い掛けた。

「神様じゃないんだから、無から有は生み出せないのよ」

「そうか。再生にも何らかの元が必要なのか」

 そう言えば、ヒュドラモドキが少しスリムになったように見える。

「待って……魔物は魔晶管から発生する魔力も使っていると言われているのよね。だとしたら、これだけ魔力を使うと魔晶管の質も落ちるんじゃないの」

 人間は筋肉の魔導細胞に蓄えられている魔粒子を使って魔力を発生させていると言われているが、魔物は筋肉以外に魔晶管の中にある魔粒子も使用している。

 ヒュドラモドキが再生などで魔力を使う度に、魔晶管の魔粒子が消費されていると……まずい、こいつの魔晶管は再生薬の材料として使うつもりなんだ。


「俺に時間をくれ」

「分かった。何か考えが有るのね」

 薫は<崩岩弾>を連射し、ヒュドラモドキを近付けないように弾幕を張る。その間に、俺は<大地操作>の準備を始めた。

 魔粒子の流れを探りながら地中深くに有る地脈を探し、そこから大量の魔力を変換し地上へと導く。

 ヒュドラモドキの足元の地面が波打ち、その巨体が地面に沈み始めた。四本の足が地面に沈み、その土が圧縮され石のようなものに変わった。

 足を固定されたヒュドラモドキは、何とか抜け出そうと暴れる。そこに地面から、四本の石槍が突き出され四つの頭を貫いた。

 ヒュドラモドキを身動き出来ない状態にした俺は、奴の背中に飛び乗った。背中に乗った状態で、絶烈刃をヒュドラモドキの背中に突き刺し、切り裂き始める。

 骨を断ち内臓が見えるほどの裂け目を作ると、そこに手を入れ大きな魔晶管を引き摺り出した。ヒュドラモドキがガタガタと震え始める。

「こいつが留めだ」

 俺は魔晶管を切り外し体外へと持ち出した。背中から飛び降り、魔晶管を持って薫の下に駆け戻る。

「持っていてくれ」

 魔晶管を渡し、ヒュドラモドキの様子を見る。弱っているが、息絶える様子はない。魔晶管が弱点という訳ではないようだ。


 俺はもう一度ヒュドラモドキの背中に飛び乗る。奴は串刺しにされた頭を強引に引き抜こうとしている。頭が裂けるのも構わず引っ張り自由になると、血塗れの頭で攻撃して来た。

 背中から飛び降りて避けた。追撃しようとする巨大な口に<崩岩弾>が命中し、頭が砕け散る。薫の援護だった。

「サンキュー、助かった」

 薫がヒュドラモドキを見詰めながら首を傾げる。

「どうした?」

「砕いた頭が再生しないようなの」

 俺も確かめると、本当に再生しないようだ。


 それからの戦いは楽になった。一つずつ首を刎ね、体内に四つ存在した心臓を切り裂くと息の根が止まった。

 足が固定されているので立ったまま息絶えているヒュドラモドキから、濃密な魔粒子が放出される。

 その魔粒子を俺と薫、それにポカーンと見物していたサーディンが吸収した。

「何もしていない儂が、こいつの魔粒子を頂いても良かったのか」

「構わない。その代わり、エヴァソン遺跡で働いて貰うからな」

「もちろん働く。いや、働かせて下さい」

 サーディンは実力差を感じ取り、俺を上位者として扱うと決めたようだ。


 毒を持つヒュドラモドキの肉は諦め、皮を剥ぎ取り持って帰る事にした。

 エヴァソン遺跡に戻った俺たちは、虎人族に村はヒュドラモドキの毒で住めない土地となり、廃棄するしかないと告げた。

 虎人族はショックを受けているようだ。俺は犬人族と話し合い、虎人族がここで暮らせるように手配した。

 俺は一人だけヒュドラモドキの魔晶管を持って趙悠館に戻り、二人の医師に再生薬の作成を頼んだ。作製に三日が必要だというので、一旦エヴァソン遺跡に戻る。

 二日ほど遺跡に泊まり、虎人族と犬人族の代表を集め、どういう風に協力して生活するのか相談した。

 ルキとオリガは虎人族の子供たちとも親しくなり、一緒に地下空間の掃除とかを手伝い始めた。一生懸命に掃除をしているオリガは楽しそうだ。


 オリガは身体に比べて大きすぎる箒を頑張って動かしていた。ルキと並んで掃除している姿を見ると何だかほっこりする。

「真希さんが、新しい神紋を授かるそうだけど見に行くか」

「「は~い」」

 俺はオリガとルキを連れて神紋付与区画まで行く。薫と真希さんがある神紋の扉の前に立っていた。

「真希姉さん、扉に触れてみて」

 真希さんが躊躇いながらも手を伸ばすのが見えた。その手が扉に触れると大気の中級神の名前が書かれた扉が光った。

「良かった。反応しなかったら、どうしようかと思った」

 真希さんがホッとしたように声を上げた。

 それを聞いた薫が。

「大丈夫よ。そんな時は一緒に大鬼蜘蛛でも狩りに行けばいいんだから」

 真希さんが嫌そうな顔をする。


「ねえ、本当にこの神紋付与陣は大丈夫なの? 元の神紋をカオルが改造したんでしょ」

「大丈夫よ。神紋術式解析システムでちゃーんと確認してあるから」

 薫が改造した神紋付与陣は、『魔導眼の神紋』である。この神紋に『数理の神紋』の演算機能を付け足したものが、扉の奥に有るのだ。

 神紋の名前も『魔導数理眼の神紋』と変わっており、この神紋を授かった者は頭の中に演算装置を持ったかのような働きをする。

 元々の『魔導眼の神紋』には応用魔法で<記憶眼>が有った。<記憶眼>は頭の中に高密度記憶領域を作り、様々な情報を溜め込む事を可能とする。

 溜め込んだ情報と演算機能を使い、一種のコンピュータのような機能を構築出来るのだ。但し演算機能を動かすにはオペレーティング・システムの代わりとなる応用魔法が必要で、その開発も終わっていた。


 因みに、薫は自分の持つ『魔導眼の神紋』を『魔導数理眼の神紋』に魔改造していた。しかも、今回の神紋付与陣で改造したものとは比べ物にならないほどの高性能な演算機能を追加している。

 神紋付与陣の『魔導眼の神紋』は、適性を判定する扉の機能との関連で、大幅な改造は無理だったのだ。薫の魔改造した『魔導数理眼の神紋』がスーパーコンピュータなら、改造した神紋付与陣のものはノートパソコン程度の性能しかなかった。

 薫は自宅にある高性能パソコンに構築されている神紋術式解析システムを、頭の中で再構築しパソコンの中のシステムは廃棄した。

 自宅に神紋術式解析システムを置いておくのはセキュリティ上危ないと考えていたからだ。


 真希さんは神紋を授かる為に部屋に入る。

 数分後にふらふらして出て来た時には、薫も心配した。

「私は大丈夫。ちょっと頭が痛いだけだから」

 二時間ほど休むと回復したようだ。

 数ヶ月後、真希さんは薫にしごかれながら『魔導数理眼の神紋』を使いこなすようになり、マナ研開発の貴重な人材となる。


 趙悠館では、二人の医師が再生薬を作っていた。

「これで完成か」

 マッチョ宮田が呟くように言う。最近は魔物狩りにも行くようになり、自慢の筋肉が一層盛り上がっている。

「上級再生薬だと思うか?」

 ヒュドラの魔晶管内容液でない事を除けば、他は上級再生系魔法薬の材料を使っていた。鼻デカ神田は最後の反応が終わった液薬を見て尋ねた。

「ヒュドラではなく、ヒュドラモドキの魔晶管内容液ですからね」

「だが、上級再生薬なら、今まで不可能だった治療も可能になる」

 上級再生薬が本物なら、これを欲しがる者は世界中に大勢居るだろう。もしかすると社会的問題を引き起こすかもしれない。


 遺跡から戻った俺たちは、調薬工房兼研究所へ行き再生薬が完成したか確かめた。

「ああ、完成している。だけど、これが上級再生薬かどうかは判っていない」

 動物実験を行い再生薬だというのは判明しているが、上級かどうかは判らないとマッチョ宮田が説明する。

「ねえ、ミコトお兄ちゃん。上級再生薬って、飲めば眼も治るんだよね」

 俺が上級再生薬さえ有ればなと何度も言っていたので、オリガも覚えていたようだ。

「そうだけど、これはまだ上級再生薬かどうか分からないんだよ」

「飲んじゃ駄目なの?」


「試してみてもいいんじゃないか」

 鼻デカ神田が言い出した。

「待って頂戴。副作用とか調べないでいいんですか?」

 薫が副作用を心配して止めた。

「魔法薬に副作用というものは、ほとんどないという事が判っている。問題は薬効が効くかどうかというだけだ」

「心配なら、最初の被験者には、僕がなります」

 マッチョ宮田が提案し、試験管に小分けされた再生薬を飲んだ。

「チッ、もったいない事を……健康体のお前が飲んでも薬効を確かめられんではないか」

 鼻デカ神田が文句を言う。

「そんな事はありませんよ」

 マッチョ宮田は袖をまくり、腕に有った古傷を見せた。その古傷がゆっくりと消えていった。


「どうです。今までの再生薬では消えなかった古傷が消えましたよ」

 それから一時間ほど様子をみたが、被験者は元気である。

「何か、宮田先生が若返ったように見えるんだけど、目の錯覚?」

 薫が首を傾げながら言い出した。

「きっと肌の張りとかが、改善して若く見えるんじゃないか」

 俺が適当に言うと薫は納得したようだ。


 大丈夫そうなので、オリガに飲ませる事にした。

 まず、サイトバードの召喚を解除してから、試験管に入っている再生薬を渡した。

 オリガが目を瞑って、再生薬を飲む。

「どうだ、目を開けてみろ」

 ゆっくりと目蓋が上がり、青い瞳が見えた。周りを確認するようにキョロキョロと動いた瞳が、窓から差し込む陽光を見詰めて止まる。

 その眼から涙が零れ出た。

 その涙を見て、俺は慌てた。

「駄目だったのか。心配するな。次は本物のヒュドラを仕留めて、本物の上級再生薬を作ってやる」

「違うの、ミコトお兄ちゃん。完全じゃないけど、ちょっとだけ見えるようになったの」

 オリガの話を聞くと、月明かりの中で見ているように薄ぼんやりと見えるようになったらしい。

 その結果に、俺は正直がっかりしていた。もしかすると完全に治るんじゃないかという期待が大きかったからだ。


 オリガにとって、自分の眼で少しでも見えるようになったという事は、泣くほど嬉しい事だったようだ。

 だが、俺は満足していない。次こそは本物の上級再生薬を手に入れてやる。

 薄ぼんやりと見えるようになった眼では役に立たないようで、オリガはサイトバードを再召喚した。

 オリガの眼の件は一件落着したが、ヒュドラモドキの再生薬にはもう一つの効果が有る事が判明した。


 ─── 若返りの効果である。


 オリガが飲んだ時には判らなかったが、年老いたネズミに試した所、ネズミが若返ったのだ。

 黒い毛の中に白い毛が混じり始めた年老いたネズミに、再生薬を飲ませて様子を観察した所、毛並みが若い頃のように戻り、素早い動きも出来るようになっていた。

 マッチョ宮田が若返ったように見えたのは、本当に若返ったからなのだ。若返ると言っても時間が戻る訳ではないので、オリガが赤ん坊に戻るような効果はない。

 老化により劣化した細胞が、再生薬の効果で一定の割合で修復されたようである。二人の医師は近所に住む老人にお願いし人体実験を行った。

 その結果、最大二〇歳ほど若返る事が証明された。


 俺は調薬工房兼研究所に残っている若返り効果付き再生薬の数を数えた。二〇〇人分と少し有る。

「この結果を日本に戻って、報告せねばならん」

 鼻デカ神田が言い出し、次のミッシングタイムで日本に戻る事にしたようだ。

 再生薬の所有権は俺に有る。調薬に必要な材料を調達したのは俺であり、再生薬を作るように依頼したのも俺だからだ。しかし、実際に作った二人の医師とも話し合い一〇人分だけ譲る事にした。


 次のミッシングタイムまでの間に、オリガとルキと一緒に遊び楽しい時間を過ごした。

 一方、真希さんは薫から特訓を受け、『魔導数理眼の神紋』を少しだけ使えるようになったようだ。

「この神紋が高校生の時に有ったら、もっといい大学に入れたのになー」

 真希さんが呟くと薫がジト目で睨み。

「それはカンニングと同じよ」

「そうかな。でも、自分の頭の中のものしか使っていないんだから、違うような気もするけど」

 薫が溜息を吐くのが見た。


 ミッシングタイムが迫り、俺は鼻デカ神田を連れて旧エヴァソン遺跡の転移門へ向った。

 薫と真希さん、オリガの三人は、犬人族と虎人族が居るエヴァソン遺跡へ行き、あそこの転移門から日本に帰る予定になっている。

 その夜、俺たちは日本に戻った。

 検査や報告書の作成が終わり、東條管理官に提出する。座り心地の良さそうな椅子に座った東條管理官が、書き上げたばかりの報告書を取り上げ読む。

「何か特別な事が有ったか?」


「……若返りの薬を手に入れました」

 ガシャンと音がした。東條管理官が椅子から転げ落ちた音だ。

「な、何だと!」

 起き上がった東條管理官が俺に詰め寄る。

「冗談じゃないんだろうな」

「神田先生たちも確認され、病院に報告すると言っていましたよ」

 それから、東條管理官は若返り効果付き再生薬、略して『R再生薬』について詳しく報告させ、それを纏めるとJTG本部へ出掛けた。


 俺はオリガたちがちゃんと日本に戻れたか確認する為に、薫に連絡した。

 近くの喫茶店で待ち合わせすると、眠そうなオリガを連れた薫と真希さんがやって来た。

「オリガは眠そうだね」

「ふにゅ、らいじょうぶ……」

 そう応えながらも船を漕ぎ始めたオリガを、優しい目で見詰める。

 薫が苦笑いをして。

「先にオリガちゃんを送ってから、来た方が良かったかな」

「俺が送っていくよ」


 オリガが本格的に眠ってしまったので、早々に喫茶店から退散し帰る事になった。

 タクシーでオリガを送った後、東條管理官から連絡が有った。

 JTG本部に来いという呼び出しである。


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