scene:208 虎人族の族長サーディン
犬人族から知らせを受けた俺は、すぐにエヴァソン遺跡へ向かう事にした。
薫も気になったようで一緒に付いて行くと言い、支度を始める。
「真希姉さんとオリガちゃんが、塩田を見たいと言っていたから、一緒に行こうか」
「わーい。ありがとう、薫お姉ちゃん」
オリガは喜んだ。それを見たルキも。
「オリガちゃんが行くにゃら、ルキも行く」
「いいけど、ルキは何度も塩田を見てるじゃない」
「オリガちゃんと一緒がいい」
ルキはオリガと一緒に居られるのが、ほんの短い間だと分かっているので、ちょっとでも長く一緒に過ごしたいようだ。それに遊び友達だったサラティア王女が、王都に帰ってしまったので寂しかったのだろう。
俺は幼い二人を連れて行くのは危険じゃないかと心配になり。
「虎人族と揉め事が起きているんだから、危険かもしれないんだぞ」
「私とミコトが一緒に行くのよ。犬人族に叩きのめされるような相手の何を恐れるの」
そうかもしれないと思い直し、真希さん、オリガ、ルキを連れてエヴァソン遺跡へ向った。
途中、常世の森で赤目熊と遭遇した。
「この森で赤目熊とは珍しいな」
俺が独り言を言っている間に、オリガが雷鳩のキングを召喚する。何故かオリガとルキが張り切っている。
「キング、雷撃でやっつけて」
普通のハトより二回りほど大きなキングは、力強く羽ばたくと赤目熊の頭上を飛び越え、背中に爪を食い込ませてから雷撃を放った。
高威力の雷撃が赤目熊を襲い、その巨体にダメージを与えると同時に、神経を麻痺させ動けなくする。
「ルキ、行きましゅ」
槍を構えたルキは、子供とは思えない素早さで突撃し槍の穂先を熊の胸に突き刺す。
この時、ルキは躯豪術を使っていた。躯豪術で得た魔力を剛爪槍に流し込み、増大させた貫通力で熊の胸を抉ったのだ。
ルキは仕留めたと思ったが、魔物である赤目熊の生命力は凄まじく、ぶるんと体を揺さぶりキングの爪と槍を外す。
キングは上空に飛び上がり、ルキは槍を握ったまま飛び退き、油断なく赤目熊を睨む。
「キング、烈風撃」
オリガの指示で、赤目熊の頭上を旋回していたキングが急降下し、圧縮された空気の球を熊の頭に命中させる。
その衝撃で赤目熊の体がぐらりと揺れる。チャンスだと思ったルキの槍が、もう一度突き出された。
俺は慣れた様子で戦っているルキとオリガに驚いていた。
「後は俺が」
俺は危険だと判断し、赤目熊を仕留めようと前に出ようとした。
「大丈夫、ルキたちに任しぇて」
ルキが最後まで戦うと言い張った。
俺が迷っていると、薫がルキとオリガに任せようと言う。
薫が小声で。
「危ない時は、私の魔法で仕留めるから」
ルキとオリガは交互に赤目熊を攻撃し、最後にはルキの槍が仕留めた。
赤目熊が地面に倒れると、ルキとオリガが歓声を上げる。
「やったー」「おー」
二人は倒れた赤目熊に近寄る。
「真希お姉ちゃんも来て」
赤目熊の死骸から魔粒子が放出され始めたので、オリガが真希を呼ぶ。放出される魔粒子を吸収する為である。
「二人とも、凄いぞ」
俺が褒めるとルキとオリガが嬉しそうに笑った。
「こんな戦い方を誰に教わったの?」
薫が尋ねると、ルキが。
「お姉ちゃんたちだよ」
ルキの姉であるミリアたちが教えたようだが、教えた時は跳兎を相手に戦う方法として教えたらしい。
俺は溜息を吐き、魔物の危険性をもう一度教えないと駄目だと思った。
昼少し前にエヴァソン遺跡に到着。俺たちの姿を見付けた犬人族の長であるムジェックが走って来る。
「ミコト様、お待ちしておりました」
「虎人族が来たらしいな」
「ええ、追い返しはしたのですが、このまま諦める奴らとは思えないのです」
「虎人族の様子を探らせよう」
俺は犬人族の戦士を数人ずつのチームに分け、探索に出した。
犬人族と一緒に昼食を食べ、樹海で取れた香草を使ったハーブティを飲む。
「いい香りでしゅ」
ルキはハーブティが気に入ったようだ。
一休みすると、薫は修復したい神紋が有ると言って、神紋付与陣のある部屋に行ってしまった。
残った俺は、真希さんとオリガ、ルキを連れて遺跡を案内する。
犬人族の居住区となっている四階テラス区と五階テラス区を見て回る。五階テラス区の地下空間は、小さく区切られた小空間がたくさん有り、そこに犬人族の家族が住んでいた。
「ルキちゃんだ」
ルキを見付けた犬人族の子供たちが集まって来た。
「可愛い、可愛過ぎる」
犬好きらしい真希さんが、思わず声を上げるのが聞える。
真希さんが薫の従姉妹だと知ると、犬人族の子供たちも真希さんに話し掛けるようになった。
その後、塩田を見学し遺跡に戻ろうとした時、犬人族の一人が走り込んで来た。
「大変です。虎人族が来ました」
「よし、戻るぞ」
俺はオリガたちと一緒に遺跡に戻り、虎人族と交渉しているムジェックの所へ行った。
虎人族を初めて見た感想は、虎のきぐるみを着たプロレスラーじゃないのかというものだ。
「このままリングに上がって、一流レスラーと戦えそうだな」
虎人族と犬人族が並んでいる姿を見ると、これでよく虎人族を追い返せたなと感心する。
エヴァソン遺跡の門から五〇メートルほど離れた場所に、五〇人ほどの虎人族が戦う準備をして待機していた。魔物の皮を鞣した革鎧と槍を持っている者が多い。
門の前にはムジェックと三人の犬人族。そして、虎人族四人が立っていた。
ムジェックと交渉しているのが、虎人族の族長なのだろう。
族長は二メートルを超える大男で、背中に巨大な剣を背負っていた。その族長サーディンは、鋭い牙を剥き出しにして、ムジェックに大声を上げる。
「いつまで待たせる気だ!」
ムジェックが近付く俺の姿を見て。
「お待たせしました。ミコト様が来られたようです」
サーディンがジロリと俺を睨み。
「ふん、ここの主は人族だというのは本当らしいな」
俺は虎人族の実力を値踏みするように見てから。
「どういう用件で、このエヴァソンに来たんだ?」
虎人族の戦士が、ムッとした顔をして。
「年長者に対して、礼儀も知らんのか」
そう言った虎人族の戦士に鋭い視線を向け。
「ここで一番の年長者は、犬人族の長だ。お前たちは礼儀正しくしていたのか」
「犬人族に礼儀など必要ない」
その態度に、ムッとする。
「だったら、虎人族にも礼儀など必要ないな」
「何だと!」
虎人族の戦士が飛び掛かろうとするのを、族長が止めた。
「やめろ、ギルダ。まずは儂が話す」
族長に止められた虎人族の戦士が下がった。
俺とサーディンは話し合いを始めた。
虎人族との話を総合すると、『儂ら虎人族は新しい住処として、ここが気に入った。ここを賭けて勝負をしようではないか』という事だ。
あまりにも脳筋な考え方だが、それが虎人族の流儀らしい。
勝負の方法は、魔道具や魔法無しの真剣勝負だと言う。虎人族は犬人族の戦士に負けたのは、何らかの魔法または魔道具を使ったのではないかと考えたようだ。
魔道具が駄目だという事は、源紋を秘めている絶烈鉈や邪爪鉈も駄目だ気付き、俺は眉間にシワを作る。とは言え、負けるとは思わない。
「では、虎人族が負けた時は、何を差し出すんだ?」
俺が確かめると。
「そんな事になるとは思わんが、万が一負けた場合、族長の地位をお前に譲る」
そんなものは欲しくない。だが、勝負を拒んだ場合、虎人族全員でここを攻めると言う。
撃退する自信は有る。俺が返事をする前に、ムジェックが。
「何と愚かな。ミコト様の実力も知らずに勝負を挑むとは」
「ほう、その人族はそんなに強いのか。面白い」
いつの間にか傍に来ていた薫が、虎人族を見ながら告げる。
「虎人族って脳筋ばかりなのかな。ミコトも大変ね」
虎人族の戦士が薫を睨み。
「脳筋とは何だ?」
「筋肉が凄い人の事よ」
「ふん、そうか」
虎人族の連中が得意そうに胸を反らす。
真剣に悩む事が馬鹿らしくなった俺は、勝負を受ける事にした。
「決着の判定は?」
「相手が死ぬか、降参するかだ」
使い慣れた武器で戦えないのは、かなり不利になる。その事に薫も気付いたようで。
「ちょっと、不利なルールだけど大丈夫なの?」
「心配ない。族長だけは『魔力袋の神紋』を持っているようだが、神紋レベルは4ほどだ。身体能力だけで言えば、俺の方が上だと思う」
俺は族長が無意識に放つ魔力から、族長の神紋レベルを推定した。確かに油断出来ない相手だが、『竜の洗礼』を受けた俺や薫に比べるとまだまだという感じがする。
俺は武器として、犬人族が使っていた普通の槍を選んだ。
門の前に、犬人族や虎人族の者たちが集まり、大きな輪を描くように並んだ。
その中心に俺と虎人族の族長が進み出る。
サーディンは自信有り気に大剣を抜いて素振りをしている。
「見てみろ。あの力強い剣捌きを」
「あの重い剣を軽々と振れるのは、サーディン様しかおらんからな」
虎人族は族長の勝利を疑っていないようだ。
見守っている者たちの中に、オリガの顔が有った。心配そうな顔をして。
「ミコトお兄ちゃん、怪我をしないでね」
「怪我なんかしないさ」
ムジェックの合図で戦いが始まった。
サーディンが大剣を掲げ飛び掛かって来た。鋭い斬撃が俺に向って放たれる。
上から迫る斬撃を槍の柄で弾き、軌道を逸らす。そして、素早く引いた槍をサーディンの胸目掛けて突き出した。サーディンが飛び退き槍を躱す。
「ガッハハハ……」
突然、サーディンが笑いながら大剣を振り回し始める。
どうやら虎人族の族長は戦闘狂らしい。
縦横無尽に閃く斬撃が、俺に襲い掛かった。俺はギリギリで躱しながら敵の隙を窺う。
それから一分ほど何度も何度も襲い掛かる斬撃を紙一重で躱した。
その様子を見ていた虎人族が、その調子でやっつけろと声援を上げる。
少し息が荒くなったサーディンが。
「ハアハア……どうした。避けてばかりで攻撃しないのか?」
「息が荒いな。もうへたばったのか」
「チッ、減らず口を」
サーディンが気合を発し大剣を振りかざして踏み込んだ時、俺も同時に踏み込み、奴の足を槍の石突きで払った。
サーディンは面白いほど簡単に転んだ。虎人族の巨体が勢い良く宙に舞い、顔面から地面に落ちた。名古屋城の金のしゃちほこのようになったサーディンの身体がゆっくりと地面に倒れる。
そこに槍が突き出され、その切っ先がサーディンの喉元でピタリと止まる。
見守っていた虎人族が、この急展開を理解出来ないという顔で黙り込んだ。
「勝負ありだな」
地面から顔を上げたサーディンは、鼻血を出しながら唖然とした顔になり俺を見ている。
「そんな馬鹿な。今のは油断しただけだ」
俺は本気で虎人族の族長に威圧を放った。それを感じたサーディンの顔から血の気が引く。
「真剣勝負に待ったは無しだ。そうだろ」
見ていた虎人族の一人が、剣を抜いて走り出る。俺は族長に槍を突き付けたまま<地槍陣>の魔法を放った。
剣を抜いた虎人族の前に、地面から石の槍が突き出た。石の槍はその戦士の腕を掠め、握っていた剣を手放させた。
「貴様ら、皆殺しにされたいのか!」
俺の声には虎人族を金縛りにする力が込められていた。この時になって初めて、虎人族は俺の実力に気付いたようだ。
「クッ、殺せ!」
サーディンが大声を上げた。その言葉を聞いた俺はサーディンを見て。
「毛むくじゃらのオッさんが言うと、本気で息の根を止めたくなる」
その時、虎人族の中から声が上がる。
「お待ち下さい」
声を上げたのは、虎人族の老婆だった。
「息子の負けです。どうか命だけは奪わないで下さい」
族長の母親らしい。その老婆は疲れているようで、足元がおぼつかない。
「ミコト、ちょっと待って。虎人族にも事情が有りそうだから、聞いてみましょう」
薫が声を上げた。
俺は何だか面倒事に巻き込まれそうな予感がした。




