表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第9章 月下の光芒編
210/240

scene:207 虎人族

 東條管理官から連絡用にと言われて預かった携帯が鳴った。

「十兵衛さんですか。昨日お会いした自衛官の木内です」

 どうやら電話の相手は病院で待っていた自衛官らしい。

「何か有ったのでござるか?」

「地獄トカゲが隣の県にあるヒルズ公園に出現し、負傷者が出たと連絡がありました」

「なるほど。拙者がそのヒルズ公園へ行けばよいのでござるな」

「いえ、ヒルズ公園の近くに在る病院へお願いします。自分が車の用意をしますので、ホテルの玄関においで下さい」

「承知した」

 レストランを出て、一旦部屋に戻って付け髭とサングラスをしてから玄関へ行くと木内三等陸尉が完全武装で待っていた。チェックアウトの手続きをしている間、伊丹の傍に居る木内三等陸尉を見て、ホテルの客がひそひそと不安そうに話している。


 完全武装した自衛官が来たからなのか、ホテル全体が少し騒がしい。

 外に出た伊丹が自衛隊の車に乗ると、すぐに走り出した。

「負傷者はどれくらい出たのでござる?」

「ヒルズ公園では、イベントが行われる予定になっていて、その関係者三〇人ほどが襲われ、九人が死亡、五人が毒で危篤状態にあると連絡がありました」

 犠牲者の数を聞いて、伊丹の顔に怒りの表情が浮かぶ。

「オークどもめ、許せんな」


 車が病院に到着し、伊丹と木内三等陸尉が中に駆け込んだ。

 治療室へ行く。その前には、イベントの関係者らしい数人の男女が暗い顔で長椅子に座っている。

 彼らの前を通り過ぎようとした時、一人の女性の項垂れている姿が目に入った。

「クロエではござらぬか」

 名前を呼ばれたクロエがゆっくりと顔を上げた。その顔は青褪めており、普段の彼女とは別人のようだ。

「その言葉遣い、もしかして……」

 伊丹は唇に指を当て、名前を呼ばないように合図した。

「顔色が悪い、どうしたのでござる」

「ヒルズ公園で魔物に襲われて……マネージャーと青木さんが」

 地獄トカゲに襲われた青木というのは、所属事務所の先輩らしい。マネージャーは彼女を庇って、地獄トカゲの毒爪を受け命を落としていた。

 クロエはマネージャーの死と先輩の大怪我に大変なショックを受けたようだ。


「十兵衛さん、早く」

 木内三等陸尉が呼ぶ声が聞こえた。

「十兵衛さん?」

 クロエが不審げな顔をした。

「ここでのコードネームみたいなものでござる。それより、元気を出すのだ。先輩の青木殿は拙者が何とかいたす」

 伊丹はクロエを元気付けてから、治療室に入った。


 治療室には毒に苦しんでいる患者が五人、医師は最も容体が悪い二十歳くらいの青年の前に伊丹を案内した。

「この患者から、試してみてくれ」

 医師は伊丹を見て、期待はずれというような顔をした。魔法で毒の治療をする人物と聞いて、もっと神秘的な人物を想像していたようだ。

 伊丹は頷いて、<対毒治癒>の魔法を使った。

 その青年はすぐに呼吸が楽になり、容体が改善した。

 周りの看護師や医師が驚き、目を丸くする。

 二人目は、三〇歳くらいの女性である。彼女が青木らしい。右肩から胸にかけて大きな傷跡がある。

 伊丹は<対毒治癒>を掛けた後、<治癒>を発動した。ここのままでは大きな傷跡が残ると思ったからだ。

 膨大な魔力に裏打ちされた<治癒>の魔法は、青木の肉体に眠る自己治癒力を最大限にまで高めた。その結果、医師や看護師たちが見ている前で、傷口が塞がり治り始める。

「そ、そんな……」

 医師の一人が常識を覆す現象に思わず声を上げた。

 すべての患者に魔法を掛け終えた頃には、周りの者の見る目が変わっていた。最初は付け髭の事もあり、若干胡散臭い者を見るような視線が有ったのだが、尊敬を通り越し崇拝するような視線に変わっていた。


 御陰で居心地が悪くなった伊丹は、治療室を出た。外ではクロエがファンに取り囲まれていた。

「そこまでにしろ。彼女はショックを受けているのだ」

 静かな声だったが、従わなければならないと思うような力が篭っていた。

 伊丹はファンの隙間を縫ってクロエに近付き、その手を取って治療室前から離れた。

 ファンたちは追って来なかった。

「ありがとうございます」

「いや、これくらいは何でもござらん」

「青木さんは助かったんですか?」

「もちろんでござる」

 クロエがホッとしたように大きく息を吐いた。


 病院の食堂でお茶を飲んでいると木内三等陸尉が伊丹を見付けて近寄って来た。

「探しましたよ。十兵衛さん」

「済まん、また被害者が出たのでござるか?」

「いえ、そうでは有りません。地獄トカゲの群れがデパートに逃げ込んで、大変な事態になっているのです」

「怪我人は?」

「転んでちょっとした怪我をした者がいたくらいで、大丈夫だったようです」

「しかし、何故デパートなどに入り込んだのでござろうか?」

「食料品売場でブランド牛の特売をしていたようです」

 伊丹は木内三等陸尉の顔をジッと見た。今のは冗談なのかどうか判断しようとしたのだが……真剣な顔をしている。

「そんな馬鹿な」

 クロエがツッコミを入れた。

 木内三等陸尉がニヤリと笑う。

「良かった。スルーされたら、どうしょうかと思いました」

 結局、地獄トカゲがデパートに入った理由は判らないらしい。だが、障害物の多い場所であり、素早い動きをする地獄トカゲを仕留めるのに自衛隊は苦労しているようだ。


「専門家である拙者が行こう」

「しかし……」

「これ以上の犠牲者を出さない為でござる」

 伊丹は木内三等陸尉の躊躇いを押し切り、デパートへ行く事に決めた。

「クロエ、青木さんが病室に移されている頃でござろう。そちらで待っていた方がいいだろう」

 クロエは心配そうな顔で。

「十兵衛さんも気を付けて下さい」

「拙者は大丈夫でござる」

 伊丹は木内三等陸尉と一緒に病院を出るとデパートへ向った。

 途中、包丁などを売っている店で、刃渡り三〇センチの牛刀を買う。武器にしようと考えたのだ。


 デパートは警察により封鎖されていた。

 完全武装の木内三等陸尉を見て、警官は通してくれた。

 最初、食料品売場が戦いの場所となったが、地獄トカゲは逃げ出し、上の階の婦人服売り場が戦場となっていた。自衛官の数は、それほど多くないようだ。大勢を投入すると同士討ちの危険が高くなると判断したのかもしれない。

 銃声が聞こえた。戦いが続いているようだ。


「クソッ。奴ら、素早過ぎる」

「小隊長、笹井が負傷しました」

 地獄トカゲは、小銃の弾が一発命中したくらいでは死なず、毒爪で攻撃して来る。厄介な相手だった。

 自衛官の一人が地獄トカゲの毒爪に引っ掻かれた。パニックに陥った自衛官は地獄トカゲに向け、小銃を連射した。銃弾がデパートの壁に穴を穿つ。

 だが、肝心の地獄トカゲは、銃口が向けられると素早く逃げた。

 どうやら、銃という武器を学習したようだ。


 伊丹は木内三等陸尉にお願いして、自衛官を階段やエスカレーター付近に移動して貰う。

 負傷した自衛官に<対毒治癒>の魔法を掛け、病院へ搬送するよう指示を出した。

 伊丹は牛刀を出すと、地獄トカゲの気配を探りながら歩き出す。

 左前方の衣装が揺れた。

 同時に二匹の地獄トカゲが飛び掛かって来た。伊丹は毒爪の攻撃を掻い潜り地獄トカゲの首筋に牛刀の刃を走らせた。その速度は尋常なものではなく、一振りで地獄トカゲの首を切り落とす。

 もう一匹が、伊丹の顔に毒爪を突き刺すように飛び込んで来た。

「ふん」

 伊丹は前蹴りで地獄トカゲを弾き飛ばし、怯んだ地獄トカゲの眼に牛刀を投げ付けた。牛刀の切っ先は地獄トカゲの脳にまで届き、息の根を止める。


 伊丹は地獄トカゲの気配がなくなるまで戦い続け、合計五匹を仕留めた。

 最後の一匹を仕留めた時、牛刀がポキリと折れた。血糊や油で汚れた牛刀をタオルで綺麗にしながら使い続けたのだが、地獄トカゲの皮や筋肉は思っていた以上に硬く、少しずつ刃毀れして、最後には限界が来たようだ。

「包丁は駄目でござるな。鉈を選ぶべきでござった」


 この街に侵入した地獄トカゲは全部仕留められたようだ。

 残りの数匹は自衛隊に任せるしかないだろう。

 病院に戻った伊丹はクロエに会い、無事に地獄トカゲを退治した事を伝えた。

 安堵したクロエは。

「私も異世界に行けば、伊丹さんのように強くなれますか?」

「拙者は案内人をしておるので、魔物より強くなる必要があったが、歌い手であるそなたには、そこまでの強さは必要ないのではござらぬか」

「そうですね。でも、目の前でマネージャーが死ぬのを見て、どうしようもなく不安に……」

 本気で怯えているようだ。伊丹は『PTSD:心的外傷後ストレス障害』という言葉を思い出した。

 その後、クロエは全国ツアーを中止し休養するとマスコミに報告した。マネージャーを亡くした彼女に対して、世間は好意的で復帰を待つというファンが多かった。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 地獄トカゲが日本へ送り込まれた頃、犬人族の住むエヴァソン遺跡で、一つの騒動が持ち上がっていた。

 そこは、エヴァソン遺跡の四階テラス区の東屋である。

 犬人族の長であるムジェックは、眼の前に居る連中に困惑していた。

「おい、返答はどうした」

 虎の顔を持つ亜人族である虎人族の若者が大きな声で叫んだ。

「意味が判りません。何故、我々がここを虎人族に明け渡さねばならんのです?」

 虎人族の若者ボルゴは、馬鹿にしたように笑い。

「臆病者の犬人族が、抵抗するつもりか」

 エヴァソン遺跡を探し当てた虎人族は五人、それに比べ犬人族は三〇〇人以上が住んでいる。何故、虎人族は自信満々に犬人族に喧嘩を売るのだろう。

 ムジェックは疑問に思った。だが、考えている暇はない。


「もちろん、抵抗します。ここはミコト様からお許しを頂き住んでいる我々の町です」

「生意気な!」

 ボルゴが剣を抜いて立ち上がった。

 ムジェックの後ろには、ムルカ戦士長を始めとする犬人族の戦士が五人ほど控えていた。

 ムルカが剛雷槌槍を構えて、ムジェックの前に出る。

「止めろ。戦いを挑むつもりなら、容赦せんぞ」


 ボルゴは制止を無視しムルカに剣を向け、戦いが始まった。

 体格はボルゴの方が大きい、ムルカの身長一六〇センチほどだが、ボルゴは一八〇センチを超えている。

 剣の斬撃がムルカを襲った。ムルカは斬撃を槍で弾く。

「何でだよ!」

 ボルゴは自分の斬撃を軽々と弾かれたと知って、ムルカの力に驚いたようだ。

 悔しそうな顔をしたボルゴは、連続して斬撃を放つ。そのことごとくをムルカの槍が受け流すか弾いた。

 ボルゴの仲間もムルカの部下たちに襲い掛かる。


 ムジェックは後ろに下がり戦いを見守った。虎人族たちは簡単に勝てると思っていたのに手強い抵抗に遭い、困惑し焦った。

 そして、ボルゴがムルカの反撃で地面に叩き伏せられると、次々に倒れた。その多くが剛雷槌槍の槌部分で殴られ気を失ったようである。

 但し犬人族の戦士は『雷発の槌』の能力を使わず、単なる鈍器として叩き気を失わせた。

「ムジェック様、こいつら『魔力袋の神紋』を持っていないようです」

 ムルカたちが勝てたのは、ミコトと伊丹から教えられた武術の技と『魔力袋の神紋』による筋力アップが原因だとムジェックは判断した。


 素の状態で虎人族と犬人族の身体能力を比べると圧倒的に虎人族の方が上である。

 それなのに犬人族の戦士は一対一で虎人族を圧倒した。

「ミコト様たちに感謝せねばならんな」

 ムルカが近寄って来て。

「こいつらはどういたしますか?」

「殺す訳にもいくまい。帰って貰おう」

「しかし、仲間を連れて仕返しに来るかもしれません」

「殺せと言っておるのか」

「この虎人族たちは、若輩で思慮が足りないと感じました。殺すのは……」

 ムルカも殺すのには躊躇いがあるようだ。

「殺さないなら、開放するしかあるまい」

「でしたら、ミコト様に知らせましょう」

 犬人族は虎人族を開放した後、迷宮都市に使いを送った。

 犬人族の中にはミコトの紹介で、ハンターギルドに登録した者が何名かおり、迷宮都市だけなら中に入れる者がいた。

 他の街なら、犬人族を中に入れなかっただろうが、太守であるシュマルディン王子が許可したのである。


 犬人族がミコトを呼びに行った頃、ボルゴたちは虎人族が野営している場所に戻り、父親であり族長のサーディンにエヴァソン遺跡の事を報告した。

「ほう、犬人族の住処か。それで見付けただけで戻って来たのか?」

「犬人族の奴らに、明け渡せと言い渡した」

「それで?」

 ボルゴたちが苦々しげに顔を歪め、犬人族に敗北した事を告げる。

「ただの犬人族ではないのか。だが、我々には住む場所が必要だ」

 サーディンは腕組みをして考え始めた。


正月休みの為、次週の投稿はお休みです。

今年一年ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ