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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第1章 異世界漂着編
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scene:19 卑怯な罠

 ドルジ親方に九本のドリル刃を加工して貰った俺たちは、トルタス河の岩場に向かう。カルバートは小、中のドリル刃は不要だと主張したが、キセラが中は予備として、小は練習用に必要だと言い、九本全てをドリルスピアに付けられるようにした。

 獲物を運ぶ荷車を引いて、俺たちは岩場に到着する。思っていた通り槍トカゲの特異体が、近くの砂場に横たわっている。


「何度見ても大きい……」

 キセラは全長五メートルある化け物に恐怖を抱いているようだ。

「怖いのかい……無理ないよ。だが、作戦通りに戦えば勝てるさ」

 俺たちは岩場を調査し、特異体を迎え撃つのに絶好の場所を探しだしていた。一メートルほどの段差が有る箱状の大岩だ。二〇メートル四方の岩舞台は、まるでボクシングのリングのような絶好の決闘場所。ここへあの化け物を誘い出せば、周りの槍トカゲが手を出せない。


 俺たち三人はパチンコを手に、日光浴をしている槍トカゲの集団に鉛玉をバラ撒いた。

『グギェーッ!』『ギャッ!』『ガフッ!』

 急襲された槍トカゲの集団は大騒ぎを始め、原因である敵を探す。そして、俺たちを見つけた槍トカゲたちが突撃を開始する。特異体が駆け出したのを確認すると、怒りの叫びを上げ迫る槍トカゲから逃げ出す。

 ジグザグに走りながら岩舞台へと誘導し、その上に飛び上がる。追って来た槍トカゲは、岩舞台に登ろうとするが、短い足が原因で這い上がる事が出来ない。但し例外はある。特異体だけは、その巨体を利用して岩舞台に上がる。

 

「作戦の第一段階は成功だ。次行くぞ」

 俺が声を張り上げる。カルバートたちが頷く。

 間近で見る特異体は、迫力が違う。ボウリングのボールほどの大きさがある眼、鈍い金属ような光沢がある皮、頭を丸かじりしそうな口、動く度に振動が伝わる巨体、どれもこれも尋常な魔物ではない。


 カルバートたちが正面で威嚇を開始する。パチンコで特異体の顔面を狙い鉛玉を叩き込む。もちろん、そんな攻撃が通じるとは考えていない。特異体が槍舌を放つ、狙いはキセラだ。キセラが悲鳴を上げて身体を横に投げ出す。拳二つ分のやじりのような塊が、キセラが直前まで居た空間を突き抜ける。


 それを見たカルバートが鉛玉を放つ。『ガスッ!』特異体の顔面に辺り少しだけ減り込むが、硬い皮に阻まれポトリと落ちる。目を怒らせた化け物が、槍舌を放つ。このやり取りが数回繰り返された。その間、俺は竜爪鉈を手にジッと特異体の動きを見ている。化け物は動かない俺を無視している。


「見切った!」

 化け物が槍舌を放とうとし頬を少し歪めた瞬間、躯豪術を使い脚力を強化する。一瞬で化け物の傍まで移動、次の瞬間放たれた槍舌の根本に竜爪鉈を叩き込む。槍舌が両断され、物凄い量の血液が吹き出す。

『グギァーツ!』

 その叫びを聞き、カルバートとキセラが武器をドリルスピアに持ち替える。カルバートの突きが化け物の首に穴を開ける。キセラも肩口にドリルスピアを突き刺す。化け物が狂ったように体を揺すり身悶えするが、容赦はしない。


 竜爪鉈が煌き、首に深い傷を作る。俺たちは暴れる化け物に冷静な攻撃を加え続ける。だらだらと血を流し、暴れていた化け物が急に静かになった。

「ヤッター! 倒したぞ」

 カルバートが構えを解き、不用意に化け物に近付いた時、突然、化け物が口を開けカルバートに噛み付いた。とっさに避けようと身体を捻ったカルバートは尻を噛まれる。

「ギャーッ!」

「往生しろ!」

 竜爪鉈が血塗れの首に深く食い込む。化け物はカルバートの尻を離し、もう一度静かになった。俺とキセラはカルバートを引きずり化け物から遠ざかる。


「こいつを使え!」

 革鎧のポケットから魔法薬を取り出し、キセラに渡す。キセラは、カルバートのズボンとパンツを引きずり下ろす。

「や、止めろ……」

 カルバートが弱々しい声を上げる。だが、キセラは止めない。傷口を水筒の水で洗い、魔法薬を半分ほど振り掛け、残りをカルバートに飲ませる。出血は止まり傷口は塞がったが、化け物の馬鹿力で噛まれた故に骨盤に亀裂が走り魔法薬だけでは完治不能であった。

 カルバートが苦しみながらも恥ずかしそうにしている様子を見た俺は、死ぬ危険はないと感じホッとする。化け物の方も本当にくたばったようだ。


 ……カルバートの奴、これでもうお婿にいけなくなったな。観念してキセラに責任を取って貰え、このリア充男。心の中で毒を吐く俺には気付かず、キセラが礼を言う。

「ミコトさん、ありがとう。魔法薬が無かったら、この馬鹿死んでる処よ」

「万一の用心に、安物だけど魔法薬を用意しとくように心掛けてるんだ。金が手に入ったら君らもそうした方がいい」


 魔法薬は使う原料によって効き目と値段が違う。俺が用意したのは、一番安いポーン級魔物の魔晶管から採れた体液と数種の薬草で作られたもので、安い割に効き目はそこそこある。


 特異体から魔粒子が放たれ始めた。俺たちは出来るだけ魔粒子を吸収し身体を強化する。


 死ぬ危険は無くなったが、重症のカルバートは休んでいて貰う。俺とキセラは岩舞台の周囲に居る槍トカゲに鉛玉をバラ撒く。十数匹居た槍トカゲの半分を仕留めた頃、一斉に逃げ出し始めた。俺は残った死骸を岩舞台の上に運び上げ、剥ぎ取りを開始する。


 キセラと二人で剥ぎ取りを行ったが、三時間以上も掛かってしまった。予想通り、特異体の魔晶管には魔晶玉が含まれており、キセラと顔を合わせて満足そうに笑う。剥ぎ取った全てとカルバートを荷車に乗せ街に向かう。ガタゴト揺れる荷車の上でカルバートが呻き声を上げるが、速度を緩めない。


 街に到着する。一番にカルバートを教会の治療院に運び修道司祭に診て貰う。

「ヒビが入っていますね。このまま入院して下さい。全治まで五日は必要でしょう」

 カルバートが頭を抱える。治療費を考えて悲観しているんだろう。


「おい、金の事は心配するな。ギルドで換金すれば報酬と合わせて金貨二十数枚ほどになるはずだ」

 カルバートが顔を上げる。報酬の事を忘れていたらしい。

「そうだった。三人で分けるんだよな」

「そうだ、一人金貨八枚にはなるだろう」

「ちょっと待って、皮も全部売ってしまうの?」

 横たわるカルバートを見て、キセラが何を言いたいか分かった。ちゃんとした防具を装備していれば、カルバートもここまで酷い怪我をせずに済んだかもしれない。俺が作った革鎧以上の防具を用意したいのだろう。


「皮は売るのを止めよう。先を考えれば、こいつで防具を作るのがいいだろう。俺も篭手こてが欲しかったんだ」

 もう一度カルバートを見る。……尻の防具も必要だろうか。腰の周りに防具を着けると動き難くなりそうだしな。そうだ、陣羽織みたいな衣装を作って、腰の周りだけ革製にするのもいいんじゃないか。


 取り敢えず、皮は売らない事にして他の換金部位をギルドで買い取って貰う。金額は前回の特異体より幾分か少なく金貨二十五枚程になった。その中から槍舌の皮を鞣す費用を差し引き、一人金貨八枚になる。

 治療院でカルバートとキセラに金貨を渡す。受け取ったキセラたちの手が震えている。

「こんな大金見た事もなかったのに」


 キセラは治療院に残るというので、一人ドルジ親方の工房へ行く。特異体の皮と槍舌の皮をクルツに預け、篭手と陣羽織、それに加えボロボロの背負い袋に替え、新しい革製の背負い袋を発注する。唯の袋ではなく小物いれのポケットが数ヶ所付いた大型のリュックサックである。素材は槍トカゲの腹部分の革だ。この革は撥水性があり、水に強い。側面には竜爪鉈を入れる細長い物入れを付けるよう注文する。

「こんな贅沢で変わった背負い袋の依頼は初めてだよ。この小物入れは何に使うんだ?」

 注文を聞いた革職人のクルツが尋ねる。

「両脇の物入れは、一方に竜爪鉈を入れ、もう一方に水筒を入れる。真ん中の小物入れには、手拭いや歯磨き、紐の束なんかを入れておく」

「そいつはいいな。流行るかもしれんぞ」

 数年後、クルツはリュック型背負い袋で一財産を築く。その切っ掛けをくれたハンターを終生忘れなかった。


   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 翌日、一日休みの日としてのんびりする。

 翌々日。

 カルバートが入院しているので、再びソロで活動しようと思う。ギルドへ行き依頼票を確認する。一つ珍しい依頼が有った。『歩兵蟻五匹の討伐』という依頼だ。歩兵蟻はルーク級下位の魔物だが、群れをなして樹海を徘徊している魔物なのでパーティのみ引き受け可能な場合が多い。

 だが、この依頼は三段目ランク以上ならソロでも引き受けられるらしい。俺は特異体の依頼で三段目昇格条件を満たしているので引き受けられる。


 まずは、ランクアップ手続きと登録証の更新を行った。


【ハンターギルド登録証】

 ミコト・キジマ ハンターギルド・ウェルデア支部所属

 採取・討伐要員 ランク:三段目

 <基本評価>筋力:14 持久力:11 魔力:21 俊敏性:12

 <武技>鉈術:2 槍術:1

 <魔法>魔力袋:2 魔力変現:2

 <特記事項>特に無し


 前回と比べ、基本評価の数値は伸びているが、武技、魔法は変わらない。南の平原で狩れる魔物では、これ以上のアップは厳しいのかもしれない。……そろそろ樹海に挑戦を始めてもいいかも。


 俺が探している洞窟がある場所は、『跳兎の巣』と呼ばれる広葉樹エリアらしい。魔物はポーン級が多く呼び名通りに多数の跳兎が棲息している。ただ、跳兎を狙ってゴブリンやオークの集団が彷徨いているのでソロでの狩りは推奨されていない。


 一対一ならオークでも勝てる自信がある。しかし、三匹以上なら、俺が死ぬだろう。オークの戦士には手練れも多く剣術や槍術を身に着けている個体も居るという。……本当に魔物なのだろうか。猫人族のような亜人種なのではないかと思うのだが、魔晶管を持っているので魔物なのだそうだ。


 オークは魔法に弱いという情報も有るが、下層階級に属するオークだけの特徴らしい。中層以上のオークは魔法を使えるから魔法で反撃して来るという情報があった。『跳兎の巣』で安全に活動するには、何らかの索敵能力とオークの剣士や槍使いを倒すだけの技量、それに攻撃魔法が必要だ。


 改めて依頼票を確認する。歩兵蟻はオークの棲み家である『瘴霧の森』の手前に広がる蟻塚山脈を中心に活動している。その行動範囲は樹海の南部全域に渡るが、一番近い出現場所はマドジェス草の密林地帯である。マドジェス草から甘い蜜を集めるムイムイ虫が好みらしい。

 依頼の標的は、ウェルデア市の北に位置するクエル村に現れた歩兵蟻であった。村近くの森に迷い込んだと思われる五匹のはぐれ歩兵蟻が村人の安全を脅かしているらしい。

 

 報酬は金貨三枚、そこそこの値段である。ルーク級下位の魔物が五匹だから妥当な報酬額だと思う。依頼票を手に取って受付に持って行く。セリアさんが笑顔で迎えてくれる。

「ミコトさん、決まりました?」

「ええ、この依頼にしようと思います」

 手に持つ依頼票を渡す。セリアさんの表情が僅かに暗くなる。

「どうかしましたか?」

「この依頼を選ばれたのですか。これ、ギルドでも問題になっているのですよ」

「何故です?」

「ミコトさんの前に、二組のパーティが受けたのですが、帰って来ないんです」

「エッ、歩兵蟻五匹ですよね」

「そうなんですが……序二段のパーティだったので、何か失敗したのかもしれません」

 序二段でもソロでは難しいがパーティなら、倒す方法は幾らでもある。

「受けない方がいいんでしょうか?」

「ギルドとしては、十分な技量を持つハンターに受けて欲しいです。ミコトさんなら大丈夫だと思いますよ」

「分かりました。受けます」


 歩兵蟻は頑強な外殻を持つので、武器で倒すのは苦労する。だが、火に弱く火系の魔法なら確実に倒せると聞いた。俺は火系の魔法を持っていないが、魔力変現を工夫すれば火炎放射器みたいな魔法を使えるだろう。この依頼を受けたのも、その実験台にちょうどいいと考えたからだ。

 駄目だった時は、竜爪鉈で頭をかち割ればいいだけだ。


 ココス街道を北上し、クエル村へ向かう。およそ歩いて三時間の距離だ。道中、ゴブリンや小刀甲虫に襲われたが難なく返り討ちにした。小刀甲虫は直径三十センチほどのてんとう虫に似た魔昆虫で、頭に小刀のような角を生やしている。高速で飛んで来る小刀甲虫は、その羽音で気付いた。ドリルスピアではたき落とし、その背中にドリル刃を突き立てる。


 小刀甲虫の魔晶管は小さ過ぎて売り物にならないが、小刀状の角は売れるので剥ぎ取る。小刀甲虫には三つの種類があり、てんとう虫種、タマムシ種、大カブトムシ種の順で小刀角の硬度が上がるのでそれに従い値段が上がるらしい。……ん……クワガタは居ないのか。個人的には好きなんだが。


 クエル村に到着した。住人が一〇〇人も居ない小さな村で、みすぼらしい家々、貧弱な畑、例外なのは広い果樹園だけだった。リコの実の果樹園、白い葡萄に似た果実でリコ酒の元になる。この村はリコ酒という特産物で成り立つ村であるらしい。

 この村はノスバック村より低い壁で囲まれている。近くに魔物が住み着けば安心して暮らしていけないだろう。依頼人である村長の家に行く。


 村長の家はすぐに分かった。門から声を掛けると五〇代後半小太りのオッさんが現れた。何故か俺の顔を見るとビクッとする。老け顔だと言われるが、厳しい顔だとは言えない俺。もしかすると修行や魔物との戦いで戦士の威厳みたいなものが身に付いたのだろうか。


「ハンターギルドの方ですかな?」

「ええ、村長さんが出された依頼を見て来ました」

「それは有難い。あの蟻どもには困っとるんです」

「詳しい話を伺えますか」

 村長の話に拠ると、歩兵蟻は村の南にある窪地くぼちを中心にうろうろしているらしい。あまり村には近寄らないらしいが、時に果樹園近くの林に出て来るので果樹園で働く村民は安心して仕事が出来ないと言う。

「窪地まで案内する奴を一人付けるから、あの蟻どもを何とかしてくれ」

「任せて下さい」

「本当に一人で大丈夫なのか?」

 村長が小柄な俺を見て、心配そうに言う。

「ハハ……これでも三段目のハンターですから」

「それならいいが……ザンヴァス!」

 村長は、一人の村人を呼んだ。俺より一〇以上歳上だろうか、逞しい身体、日焼けした肌、赤髪の農民にしては鋭い目を持った青年だった。


「この人を、南の崖に案内して下さい」

「分かったぜ。村長」

 ザンヴァスと呼ばれた青年は、俺を値踏みするような視線を向けてから。

「案内してやる。こっちだ」

 歩き出したザンヴァスを追って歩き出す。村を出て南の荒れ地を突っ切り、深さと直径が一〇メートルほどあるお椀のような窪地が見える場所に到着した。どんな自然現象がこのような地形を創り出したのか分からないが、時折自然は不思議な事をする。

「ここだ。下に穴があるのが見えるか?」

 窪地の縁から下を見る。窪地の底から三メートルの地層に大きな穴が開いていた。

「あの穴に歩兵蟻が居るのか?」

 ザンヴァスが穴を指差した。

「よく見てみろ」

 俺が身を乗り出してよく見ようとした時、背中を押された。呆気無く穴を転がり落ちた。

「ウワッ!」


 お椀のような形状であったのが幸いし、大した怪我もなく底まで落ちた。俺は素早く起き上がり、上を見上げる。俺の背中を押したザンヴァスが、ニヤけた顔でこちらを見下ろしている。

「何しやがる!」

 俺の怒鳴り声が窪地に響いた。



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