scene:205 ガルボ山賊団
時間を三日前に戻し、自衛官が転移した直後の頃。
自衛官五人が転移した場所は、建物の地下室のような場所だった。
階段を探し外に出る。何かにより破壊された建物の残骸が散らばる寒々とした場所だ。自衛官たちは周りを調査し、そこが樹海、もしくは森の中だと判断した。
幸運にも近くに湧き水を発見した。その御陰で水の心配をする必要はなくなり、自衛官たちは喜んだ。
食料は『凍牙氷陣の神紋』を授かった自衛官が、長爪狼を<氷弾>を使って仕留め確保する。
「長爪狼か。こんな奴しか居ないのかよ」
長爪狼の肉は不味いと評判なので、他に獲物が居ないか探し始める。しかし、見付からず、初日は独特の臭いがして不味い狼肉を食べ空腹を凌いだ。
「四宮隊長、何か武器がないと心細いですね」
川越一等陸曹が四宮二等陸尉に話し掛けた。
「そうだな。肉を切る為に作った石のナイフだけじゃ戦えないからな」
「そうだ。村木、その辺の枝を切ってくれ」
村木一等陸曹は『風刃乱舞の神紋』を授かっている。村木一等陸曹は<風刃>を使って木の枝を切った。
石のナイフで枝の形を整え、手製の槍とした。
「何もないよりはマシか」
四宮二等陸尉が呟いた。
異世界に転移してから三日が経過し、二人の自衛官が日本に戻った。自衛官五人はゲートマスターとして登録されたようなので問題なく、転移門を起動させた。
異世界に残ったのは、派遣部隊の隊長である四宮二等陸尉と川越一等陸曹、村木一等陸曹である。
三人だけになると遺跡を詳しく調べ始めた。遺跡の広さはサッカーコートほどで、四つの建物が建てっていたようだ。
転移門が存在する地下室は、東端にある建物の地下にある。建物自体は完全に崩壊しているので、利用出来ない。
「地震か何かで壊れたのか」
村木一等陸曹が首を傾げながら呟いた。
川越一等陸曹がニヤリと笑い。
「巨大な竜が暴れたのかもしれんぞ」
「そうかもしれないな」
村木一等陸曹が同意したので、川越一等陸曹が慌てた。
「おい、冗談で言ったんだぞ」
「ここが樹海だったら冗談にならない。本当に出るかもしれないぞ」
その時、四宮二等陸尉が二人の話を止める。
「静かに、何か居るぞ」
巨木の陰に何かが動くのを見て、警戒の声を発したのだ。
三人は槍を構えながら巨木に近付いた。巨木の裏側に回ると踏み荒らされた跡が残っている。
「この足跡は人間のようだ」
四宮二等陸尉が地面に残る痕跡を調べて告げた。
「近くに誰か居るんでしょうか?」
「まさか、オークじゃないだろうな」
村木一等陸曹と川越一等陸曹が真剣な顔で周囲を見回す。
自衛官たちに見付からないように巨木の陰から離れた片眉男と潰れ鼻男は、二キロほど離れた場所にある洞窟に戻った。
そこは港湾都市モントハルからミズール大真国へと続くボルオル街道から、北へ五キロほど樹海に入った場所にある洞窟である。
「頭、本当でした。遺跡に住み着いた奴らが居ましたぜ」
片眉男が山賊団の頭であるガルボに報告した。
「何者だ、そいつら?」
潰れ鼻男が口を挟んだ。
「素性までは判らねえです。ですが、変な格好をした奴らでした」
潰れ鼻男は下着みたいな服だけで遺跡を歩き回っていた自衛官たちについて説明した。
「ふむ、下着だけだと……そういう変態の集団なのか?」
「頭、そんな連中が居るんですか?」
「世の中は広い、変態は無限だ」
山賊団の頭は嫌な事を思い出したかのような顔をして告げた。
片眉男がハッとしたような顔をして、ガルボを見た。
「まさか、港湾都市の荷役組合に」
荷役とは船荷の積み下ろしをする事であり、荷役組合は荷役作業を行う者たちの組合である。
「言うな。その言葉は聞きたくない」
ガルボの顔に一瞬怯えが浮かんだ。港湾都市の荷役組合、そこは筋肉質の漢たちが支配する特殊な仕事場だった。
ミコトたちが知ったなら、港湾都市の荷役組合には絶対に近付かないだろう。
「お前ら、四、五人連れて行って、変態どもを殺して来い」
自衛官たちは変態だと思われ、消されようとしていた。
変態だと思われている自衛官たちは、全裸で下着を洗濯していた。
着る物が下着しかないのだから、偶には洗濯しないと臭くなる。
予定では、日本に戻った自衛官二人が転移が成功した事を報告すると、ここから一番近い転移門を管理している案内人ヘ依頼が出され、服や食料、武器などが届けられる計画になっている。
それらの品物が届くのが五日後なので、それまでは下着姿で過ごさなければならない。
湧き水を使って洗濯した下着をよく絞ってから着る。
「冷たい」
「早く案内人が来てくれないかな」
村木一等陸曹と川越一等陸曹が声を上げた。
二人は急いで四宮二等陸尉の下に戻った。そこには焚き火が有り、近付いて身体を温める。
「四宮隊長は、このままずっと自衛官を続けるつもりなんですか?」
川越一等陸曹が尋ねた。
「いきなり何だ?」
「初めて異世界に来た時から、考えているんですが、自衛官ていうのは、危険の割に給料が安いじゃないですか」
四宮二等陸尉が苦い顔をした。
「まあな」
「そこで考えたんですよ。どうせ危険な目に合うなら、案内人か案内人助手になるのがいいんじゃないかと」
「ほう、案内人の給料はいいのか?」
「案内人は歩合制みたいなものじゃないですか。依頼人が多ければ、一流のプロ野球選手並みに稼せげると、聞きましたよ」
「ほう、羨ましい」
「そうでしょ。自衛官を辞めて、一緒に案内人助手になりませんか」
村木一等陸曹が身を乗り出し。
「自分も辞めようかな」
四宮二等陸尉が真剣な顔になり告げた。
「自衛隊が、かなりの経費を掛け訓練した俺たちを、簡単に手放すと思うか?」
「……そうですね。魔法とか使えるようになったのは、自衛隊の御蔭ですから」
「それに、今後の作戦計画を知っているだろ。オークが占領した転移門を奪わなきゃならんのだ。もし、もう一度多数の魔物が、日本へ送り込まれるような事態になったら、どれだけの犠牲者が出るか」
「判りました。転職の話は作戦が成功した後に考えます」
川越一等陸曹もオークの脅威を知っているので思い直した。
その時、数本の矢が飛んで来た。
「敵だ!」
四宮二等陸尉が叫んで、瓦礫の陰に隠れた。村木一等陸曹と川越一等陸曹の二人も矢を避ける。
二人は四宮二等陸尉が隠れている瓦礫の陰に移動した。
「敵は何者です?」
「判らん」
四宮二等陸尉は瓦礫の陰から頭だけ出し、矢が放たれた方向を確かめる。
また、矢が飛んで来た。
「二時の方向に敵がいる」
「反撃の許可を」
川越一等陸曹が弓を射ている敵を睨みながら、反撃の許可を求めた。
「よし、反撃だ」
四宮二等陸尉が『魔力発移の神紋』の応用魔法である<魔力弾>を放つ。
<魔力弾>はミコトたちが自衛隊に教えた攻撃魔法だった。
伸ばした人差し指から魔力の弾丸が放たれ、弓を射ている敵の肩に命中して爆ぜた。
敵が慌てて木の陰に隠れるのが見える。
川越一等陸曹が敵に向って<暴風氷>を放った。極寒の風に混じる鋭い刃を持つ氷の粒が山賊たちに襲い掛かる。山賊たちは木の陰で縮こまって何とか凌ぐが、身体のあちこちに切り傷が刻まれた。
「クソッ、こっちも魔法で攻撃しろ」
片眉男が喚いた。
山賊団の一人が『灯火術の神紋』の応用魔法である<火矢>を放った。
「しょぼい魔法だ」
村木一等陸曹が『流体統御の神紋』の<風の盾>を発動させ、火矢を弾く。
しばらくの間、戦いが続いた。時間が経つにつれ、攻撃魔法の技量は自衛官たちの方が上なのがはっきりする。劣勢となった山賊たちは、一人の山賊が逃げ出すと全員が逃走した。
最後まで残った片眉男が、自衛官たちを憎々しげに睨みながら何か叫んだ。
あっさりと逃げ出した山賊たちに自衛官たちは拍子抜けした。
「あいつら何者だ?」
村木一等陸曹が誰も居なくなった樹海を見ながら声を上げた。四宮二等陸尉が難しい顔をしながら答える。
「山賊か追い剥ぎの類か、まずいな。あの様子だと、また襲って来る可能性がある」
「どうします?」
「まずは、転移門への入り口を瓦礫で隠す」
三人は協力して地下に通じる入り口を瓦礫で塞いだ。
その後の三日間は何事もなく過ぎた。そして、四日目。
山賊団が総勢三〇人ほどを引き連れ遺跡に現れた。
気配を隠し気付かれないように現れた山賊たちは、自衛官たちが気付かぬ間に遺跡を取り囲んだ。
囲まれた頃になって、やっと四宮二等陸尉たちは山賊の姿に気付いた。
「もう一日待ってくれれば、武器が手に入ったのに」
川越一等陸曹が愚痴を零した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
山賊団が自衛官たちを取り囲んでいる頃、伊丹さんが日本から戻って来た。
趙悠館の風呂でさっぱりした伊丹さんから、自衛隊から受けた依頼の内容を聞く。
「新しく使用可能になった転移門に、物資を届ければいいんですね」
俺が確認すると、伊丹さんが頷いた。
「一〇人分の物資を届けよとの依頼でござる」
アカネさんは首を傾げた。
「そこに居るのは、三人じゃないの?」
「次のミッシングタイムで、五人が転移して来る予定だそうでござる」
「それで合計八人。二人分は予備なのかな」
俺は物資の内訳を聞いて、趙悠館の倉庫に備蓄されているものだけで事足りると判った。
「自衛隊から一刻も早く届けて欲しいとの伝言でござる」
「そうだろうな。この時期に下着姿で生活するのは辛いからな」
マウセリア王国では夏が過ぎ涼しくなっていた。
「昼を食べた後に出発したいのでござるが」
伊丹さんが予定より一日早く届けようと言い出した。
「いいけど、疲れていないんですか?」
「これくらいは何ともござらん」
俺と伊丹さんは必要な物資を急いで掻き集めると、改造型飛行バギーの荷台に乗せ迷宮都市を出発した。
オリガはルキたちと一緒に南の雑木林で跳兎を狩る予定らしい。アカネさんと弟子のアマンダも一緒に行くと聞いているので、問題はないだろう。
迷宮都市を出た俺と伊丹さんは、時速一五〇キロほどで港湾都市近くまで飛び、そこから西へと向った。
左手の方角にボルオル街道が見え、それに並行するように飛ぶ。
一時間ほど進んだ地点で空き地が見えたので、そこに着陸する。
「火山が二時の方角に見える場所でござると、自衛官殿の報告に。なので、この辺から北へ向かうべきだと推測するのでござるが」
俺は迷宮都市で買った地図をチラリと見てから、遠くに見える火山へと視線を向けた。
「そうですね。樹海の上を飛んで探しましょうか」
樹海の探索を始めて一時間後、右手の方角に爆発音がして火の手が上がった。
「伊丹さん、何だと思います?」
「自衛官が魔物と戦っているのでござろうか」
「兎に角、行きます」
改造型飛行バギーのハンドルを右に切ると、速度を落として進み始めた。
「人間同士が戦っているようでござる」
「だったら、近くに着陸して様子を確かめましょう」
俺は樹海の隙間に改造型飛行バギーを着陸させ、伊丹さんと一緒に戦っている音のする方へ向った。
木の陰に隠れ、俺と伊丹さんは様子を探る。
「ふむ、大勢で遺跡を取り囲んでいる方が劣勢のようでござる」
「遺跡に居るのは自衛官か」
戦いの決着はほとんど着いていた。
自衛官たちの周囲に二〇人以上の死体が有った。人相の悪い男たちは七人しか残っていない。だが、自衛官たちの容赦のない攻撃魔法もここまでのようで、魔法による攻撃が止まる。
「どうやら、魔力が尽きたようだな」
襲撃した側のボスらしい奴が、攻撃魔法が止んだのに気付き姿を現した。
「お前が山賊の頭か」
自衛官の一人が、その男に呼び掛けた。
「殺してやる。よくも手下を殺してくれたな」
山賊の頭は戦斧を握り締め走り出した。それにつられるように手下たちも喚きながら突貫する。
自衛官たちは瓦礫を利用して作った防壁を乗り越え、手製の槍で戦う事にしたようだ。
山賊の頭は戦斧を振り回し、自衛官のリーダーらしい男を攻撃した。奴は山賊団の頭を張るだけの力量が有るようだ。戦斧の攻撃は鋭く自衛官が必死で躱している。
戦斧が自衛官の持つ槍を真っ二つにした。
俺は自衛官に日本語で叫んだ。
「こいつを使え」
邪爪鉈を自衛官に向って投げた。山賊の頭が俺の方を見る。その間に、自衛官が邪爪鉈をキャッチした。
伊丹さんが走り出し、山賊たちに襲い掛かった。伊丹さんは次々に山賊を斬り倒し、戦いを終わらせた。
邪爪鉈を持った自衛官も、山賊の頭を邪爪鉈で切り裂き仕留める。
「ありがとう。案内人だな」
「ええ、案内人のミコトと言います。物資を届けに来ました」
自己紹介をした俺たちは、自衛官たちが山賊の死体を片付けている間に改造型飛行バギーへ戻り、飛んで戻って来た。
四宮二等陸尉たちは、改造型飛行バギーを目にして驚いているようだ。
「案内人が開発した空飛ぶ乗り物が有るとは聞いていたが、こいつか」
俺と伊丹さんは改造型飛行バギーから荷物を下ろした。
自衛隊は新しい転移門を手に入れ、オーク対策の為の拠点を増やした。
だが、この時、オークの部隊がリアルワールドへの軍事作戦を開始しようとしていた。
自衛隊の対応は遅かったのだ。
オークたちは樹海で捕らえた魔物の群れを転移門に送り、リアルワールドへ転移させる準備を開始していた。




