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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第9章 月下の光芒編
207/240

scene:204 転移門初期化装置

 厚生労働省の真壁大臣は、マナ研開発から渡された資料を手に三田総理の下へ向った。

 総理執務室に入った真壁大臣は、三田総理に人払いを頼んだ。

 秘書達が部屋を出ると。

「真壁さん、いきなりどうしたんです?」

「マナ研開発から、ある装置を開発したと報告がありました。向こうは日本政府、または他国の政府に売りたいと言っています」

「また、あの会社ですか。どんな装置を開発したと言うのです」

 真壁大臣は資料を三田総理に渡した。


「それを読んで下さい」

 三田総理は資料を読んで、顔色を変えた。

「馬鹿な。これが本当なら、各国の政府が目の色を変えて交渉に来るぞ」

 その資料に書かれていたのは、オークたちが開発した転移門初期化装置の概要を記述したものだった。

 転移門初期化装置とは、半年以上転移機能が稼働しなかった転移門を初期化し、登録されているゲートマスターを削除する装置である。

 稼働している転移門は対象外となるが、各国は数多くの使用不能転移門を抱えており、それが使えるようになる事は物凄い朗報だった。


「このタイミングで、こんな装置を売りに出すとは、マナ研開発は何を考えている?」

 三田総理の質問に真壁大臣が答える。

「マナ研開発は、資金が欲しいだけのようです」

「……あの会社は、かなり業績を伸ばしていると聞いたが、その資金を何に使うつもりなのだ?」

 真壁大臣が複雑な顔をする。

「何か聞いているのかね?」

「噂話として聞いたのですが、どうやら宇宙開発に乗り出すつもりだと……」

「馬鹿な……小型ロケットでも開発しようというのかね」

 三田総理は、一度マナ研開発の代表と話す必要が有ると思った。

「それより、その装置が本物だった場合、他国も欲しがると思いますが、対応をどうします」

 真壁大臣が総理に尋ねた。


 三田総理は防衛大臣と外務大臣を呼び、この件について話し合った。

 決論は、その装置が本当に機能するか、実際に確かめる事を条件に購入するというものだ。三田総理は、テストする為に派遣する部隊を準備するように、防衛大臣に命じる。

 マナ研開発が開発した転移門初期化装置は、リアルワールド側に現れる転移門に設置すれば機能するように、薫が改良したものである。そうしなければ、異世界側で時間を掛け転移門を探し出さねばならなかっただろう。

「アメリカを始めとする諸国に、装置の存在を伝えますか?」

 外務大臣は三田総理に確認した。

「まだ早い。装置が本物か確認してからだ」


 防衛大臣の命令により、五名の精鋭自衛官が選び出された。

 装置の確認に選ばれた転移門は、マウセリア王国とミズール大真国の国境付近に転移するだろうと予測されている使用不能転移門である。

 この転移門が選ばれたのは、オークが占拠している火山地帯の転移門から近いという点が考慮されたからだ。成功した場合、偵察する為の基地にしようと考えたのである。


 数日後の夜明け頃、使用不能転移門が現れるポイントに自衛官五人とマナ研開発の柄本技師が集まった。

 周りは広葉樹の林で、小山が連なっている地形である。

 今回のミッシングタイムに、転移門初期化装置を試す事になったのは、ミッシングタイムの間隔が三日と短かったからだ。三日なら周りに食料や水がなくとも生き残れると判断されたのだ。

 時間が来て、林の中がざわめき始めた。近くの木が振動し、枝葉がカサカサと音を響かせる。

 こういう状態になった転移門からは、強い電磁波が放たれている。その電磁波により転移門が発見される事が多い。

 但し、この転移門にはゲートマスターが存在しないので、転移は起きないはずだった。


 柄本技師が転移門の中心辺りに、転移門初期化装置を設置する。

「用意が出来ました。装置の周りに集まって下さい」

 五人の自衛官が装置の周りに集まる。

 柄本技師は、彼らから離れリモコンを取り出した。

「いいですか。3・2・1、ポチッとな」

 この技師はひょうきんな性格らしい。


 転移門の中心から強い光が放たれ、自衛官たちを呑み込んだ。

 数秒後、その光が消えると、自衛官たちの姿も消えていた。残っているのは着衣と靴だけである。

 少し離れた所で見守っていた背広姿の役人たちが、転移門に近付いて来た。

「消えましたね。本当に機能したようだ」

「外務省に戻って、交渉能力の優れた人員の増員を要求しなくては」

「アメリカなどは、すぐに嗅ぎ付けるに違いないですからな。対応をどうするか検討しておかなければ、主導権を取られてしまいますよ」

 役人たちはがやがやと話しながら去って行く。


 三日後、自衛官二人が無事に戻った。異世界側の転移門は、樹海の中で朽ち果てた遺跡の中に在ったらしい。周りが樹海なので正確な位置は判らなかったが、遠くに火山を視認したので、オークが占拠している転移門近くなのは間違いないようだ。

 戻って来たのが二人だけなのは、当初からの予定である。食料や水が近くで調達出来、一〇日以上滞在可能なら、三人は残って周囲の調査を続行し、二人だけが報告に戻るという事になっていたのだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 小学校が春休みになった日に、オリガと薫、それに三条真希は異世界に転移した。

 転移した場所は、エヴァソン遺跡の転移門である。

 薫がオリガを心配して声を掛ける。

「オリガちゃん、気分は大丈夫?」

 オリガは少し目眩がしたので、深呼吸をした。そうすると頭の中がはっきりとして来て目眩が治まった。

「大丈夫、頭の中がチカチカしたけど治ったよ」

「そう、良かった。真希姉さんはどう?」

「ちょっとふらふらするけど、問題ない」

 薫の従姉妹で女子大生である真希が同行しているのは、真希がマナ研開発へ就職する事を決めたからだ。

 マナ研開発の研究所へ度々訪れた真希は、会社の研究者や従業員と話をするうちに、どうしても入社したくなった。マナ研開発は世界の有名企業にも匹敵する将来性が有ると感じたのだ。

 それに薫が経営する会社なので、コネで入れるのは間違いない。コネを使うのは後ろめたい感じもするが、ゼミの先輩からコネが有るのに使わないのは馬鹿だと聞いていた。


 真希からマナ研開発に入社したいと聞いた時、薫は喜んだ。

 自分の周りに信用出来る人間を増やしたいと思っていたからだ。そして、信用出来る人間が手に入ったら、鍛えて使える部下にしようと決めていた。

 この時、薫の心の中を覗けたら、真希はマナ研開発に入ろうと思わなかったかもしれない。


 三人は転移室に置いてあるクローゼットの中からサイズに合う服を選ぶと身に着けた。薫とオリガの防具も有ったので装備した。ただ以前と比べ成長したようで、鎧などはサイズが合わなくなっている。

 それでも何とか身に着けると、武器を手に取る。

 薫は竜爪グレイブ、オリガは短槍、真希は竜爪鉈を選んだ。

 この転移室に置いてある武器は、ワイバーンの爪を使った武器が最高ランクで、薫本来の武器である神紋杖と絶牙グレイブは、趙悠館に保管してある。


 オリガは自分用のヘアバンドを身に着けると、<蜂鳥召喚サイトバード>で眼の代わりとなるサイトバードを召喚し、ヘアバンドに留まらせた。

「カオルお姉ちゃん、ミコトお兄ちゃんは?」

「ミコトは趙悠館よ。迎えに来ると言っていたけど断ったの」

 それを聞いた真希が不安な表情を見せる。

「私たちだけで大丈夫なの?」

「大丈夫よ」

 薫は力強く返事をする。その顔には崩風竜を倒した者の自信が有った。


 薫たちは夜が明けるのを待って、犬人族の居住区である四階テラス区に移動した。

「これは、カオル様。お久しぶりでございます」

 犬人族の長であるムジェックが薫を見付け近寄って来た。

「ムジェック、朝食をお願い出来る?」

「はい、すぐに用意させます」

 ムジェックは薫たちを自分の住居に案内した。

 四階テラス区の耕作地で収穫された穀物の粉を使ってナンのようなものを焼き上げたものが、犬人族の主食のようだ。

 鎧豚のハムとナンモドキの組み合わせは美味しかった。


 食後にオリガと真希を連れて、エヴァソン遺跡を見物した。

「変な豚さんの牧場だー」

 元々存在した高さ八メートルほどの防壁の外側に、犬人族は高さ四メートルほどの第二防壁を築き上げていた。その第二防壁の内側には鎧豚が放し飼いにされているエリアがあり、それを見たオリガが声を上げたのだ。

「へえ、鎧豚の飼育を始めたのね」

 ムジェックは頷き。

「はい、狩りに出ても獲物がない時も有りますので、鎧豚を飼う事にしたのです」

「鎧豚を狙って、魔物が入り込まないの?」

「初めは大鬼蜘蛛が侵入して来たのですが、見張りが仕留めますので、最近は来なくなりました」

 犬人族は大鬼蜘蛛を確実に仕留められるほど強くなっているようだ。


 遺跡を一周りしてから、薫たちは迷宮都市に向った。

 途中、陰狼に遭遇するも、薫が瞬殺した。無詠唱で放たれた崩岩弾が陰狼の胴体に穴を開けたのだ。

「カオルお姉ちゃん」

 オリガが薫にしがみついた。少し怖かったようである。

 薫たちはゆっくりとした歩調で迷宮都市に向かい、昼頃に到着した。


「オリガちゃん」「ルキちゃん」

 趙悠館に到着すると、オリガとルキが再会を喜んで手を繋いだままぴょんぴょんと跳ね回る。

 薫は食堂でアカネさんを見付け、ミコトと伊丹の居場所を尋ねた。

「伊丹さんは日本。ミコトは、ダルバル様に会いに太守館に行っている。人工池にある魔導飛行船の件で相談があるそうなの」

「あの魔導飛行船は、研究材料として調べた後、修理して利用するつもりだと聞いていたけど」

「修理しても、思ったほど速度が出ないようなので、我々としては処分する気になっていたの」

 魔導飛行船を修理するより、高速空巡艇を開発して利用した方がいいと方針を変更していた。


 アカネと薫が話していると、ルキとオリガが手を繋いで食堂に入って来た。

「アカネお姉ちゃん、ルキが狩った双剣鹿の肉で作っちゃサンドイッチは残ってにゃい?」

 鹿肉のローストを薄切りにしたものと野菜を挟んだサンドイッチが、ルキのお気に入りメニューとなっており、オリガに食べさせたかったようだ。

「鹿肉のローストは残っているから、作ってあげようか?」

「お願いでしゅ。オリガちゃんにも食べて欲しいにょ」

「ありがとう」

 オリガはルキとアカネに礼を言った。


 アカネが二人に声を掛ける。

「カオルと真希も食べるでしょ」

 昼飯を食べていなかった二人は頷いた。

 薫たちは、アカネが作ったサンドイッチを食べ満足した。


 お腹が一杯になったオリガは、朝早くから活動していたので、疲れていたらしくゆらゆらと船を漕ぎ始めた。それにつられたのか、ルキも眠そうにしている。

 薫は二人を部屋に連れて行き、寝台の上に寝かせた。

 この部屋は薫の部屋として用意されたもので、新しいシーツや布団が用意されていた。

 真希も疲れたようで、ソファーに座ってぐったりしている。

「真希姉さんは、ここでゆっくりしていて」

 薫が出掛けようとしているのを見て、真希が。

「何処かに行くの?」

「防具の手直しをして貰って来る」


 薫は灼炎竜革鎧を背負い袋に入れ、趙悠館を出た。

 カリス工房へ行くと、革細工職人のメルスにサイズが合わなくなっている灼炎竜革鎧の直しを頼んだ。

「おやっ、珍しいな」

 工房の奥から出て来たカリス親方が、薫の顔を見て驚いた。

「親方、お久しぶりです」

「ああ、久しぶり。今回はどんな大物を狩りに来たんだ?」

 カリス親方は、来る度にワイバーンや崩風竜などの大物の素材を持って来る薫を、大物狩り専門のハンターだと思っているようだ。

「今回は従姉妹の修行に付き合って来ただけです」

「修行だって……何をするんだ?」

「少し狩りの仕方を教えてから、魔導寺院で神紋を授かって貰うつもりなの」

 薫は親方と話をしていて、王子たちが参加するというレースの事が気になって尋ねた。


「あのレースは一ヶ月ほど延期になったようだ。レースを行う海域の天候が、穏やかになる時期に行われるんだが、今年は嵐が二度も立て続けに来て、海の荒れる日が続いているらしい」

「王国としては良かったんじゃないの。その分、時間を掛けて練習を出来るんだから」

「そうかもしれん。ところで、ミコトから空巡艇の注文が有ったんだが、完成する頃にはレースは終わっているはずだ。何に使うつもりか聞いていないか?」

 薫の脳裏に高速空巡艇の開発プロジェクトが浮かんだ。

「ミコトは大勢を乗せて他国へ一日で行けるような高速空巡艇を、作りたいと言っていたから、その実験機として必要なんじゃないかな」

「ほう、他国へ一日で行くだと。改造型飛行バギーなら……いや、あれは三人しか乗れんか」

 少しの間、薫とカリス親方は雑談して別れた。



 その頃、転移門初期化装置を使用した転移門の近くに二人の男が現れた。

 二人共、薄汚れた服を着てすさんだ顔付きをしていた。武器は腰に山刀を差し、手に短槍を持っている。

「ここか。最近人が住み着いたと言っていた遺跡は?」

 片方の眉毛がない男が、潰れた鼻を持つ男に確認した。

「ああ、変な格好をした男たちが居るのをこの目で見た」

 片眉男は自衛官三人が、手製の槍のようなものを手に持ち、下着姿で歩き回っているのを確認した。

「何だ。あれは」

 潰れ鼻男は、自分が言った事を確かめられたので、ドヤ顔となり。

「な、本当に居ただろ」

「チッ、奴らが何者かは知らんが、俺たちのアジト近くでうろうろされるのは目障りだ。頭に報告して始末するしかないな」

 二人の男は、自衛官たちに見付からないように静かに消えた。


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