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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第8章 多忙を極める案内人編
205/240

scene:202 カウフェンの刺客

 トラウガス市の南部にある魔導練館は、高い塀に囲まれた建物である。

 この館の主である山崎の部屋は二階の東端にあり、伊丹の部屋は二階の西端にあった。

 人々が寝静まり、街中が静寂の闇に覆われた頃、一つの黒い影が魔導練館の塀に近寄り鞭のようなものを取り出した。

 無言で鞭を振り、その先端を中の木の枝に絡み付かせた。影は鞭を使って塀を乗り越え魔導練館の庭に降り立つ。

 影は闇を気にする事なく庭を進み、一階の食堂辺りにある鎧窓をこじ開け中に入った。

 夜中の食堂に人影はなく、物音一つしない。移動する影も微かな足音さえ立てなかった。


 その時、伊丹は部屋で寝ていた。

 影は下調べをし山崎の部屋を知っていた。階段を登り廊下を東へと移動する。

 山崎の部屋の前まで来た影は、ドアの鍵穴に金具を差入れ操作すると鍵を開けた。

 ドアを開ける時、微かに蝶番が鳴る。その音で山崎は目覚めた。だが、何が起きているのか把握出来ずにいた。夢を見ているような状態で、何かを感じ寝返りを打つ。

 影が振り下ろしたナイフが山崎の肩に突き刺さった。

 痛みで完全に覚醒した山崎が、敵の脇腹を蹴った。

「だ、誰だ!」

 山崎は肩にナイフを突き刺したまま、起き上がる。


 影が腰に差していたククリナイフを抜き、山崎の首を薙ぐようにして振った。

 山崎は反射的に後ろへ飛び、壁に背中を打ち付け停止した。目の前をククリナイフが通り過ぎる風を感じ、山崎は恐怖する。

「曲者だ!」

 山崎が大声を上げると、影が飛び込んで来た。山崎は、その気配だけで躱し、床に落ちていた毛布を刺客目掛けて投げる。

 毛布が刺客に覆い被さり隙が出来た。山崎はドアの方へ逃げようとした。左足に何かが突き刺さる。刺客が鋭利な刃物を投げたのだ。

 山崎の口から呻き声が漏れ、床に転ぶ。近付いた刺客が、山崎の脇腹を蹴った。その蹴りにより、脇腹の骨が数本折れるのを山崎は感じた。


 その時、ドアから光が差し込んだ。光が山崎の部屋を照らし出す。

 血塗れの山崎と黒い装束に身を包んだ男が、光で浮かび上がった。刺客は顔も黒い布で隠していた。まるで忍者のようである。

「大丈夫でござるか?」

 伊丹が剥ぎ取り用のナイフを持って、ドアの所に立っていた。

 刺客が伊丹に向ってペーパーナイフのような暗器を投擲した。伊丹はナイフで暗器を弾く。


 伊丹は刺客に向って飛び、ナイフを突き出す。刺客は体捌きで突きを躱し、ククリナイフを振るう。伊丹は剥ぎ取りナイフで受け止めたが、ナイフにヒビが入り折れた。

「チッ」

 伊丹は舌打ちし、柄だけとなったナイフを刺客に投げる。ナイフは軽々と躱された。だが、その瞬間伊丹が刺客の懐に飛び込んでいた。刺客の肝臓辺りに拳が叩き込まれた。刺客が苦痛で体を震わせるのを、伊丹は目にした。

 もう一撃加えようとした時、廊下を誰かが走って来る音が聞こえる。

 伊丹の意識が一瞬だけ廊下へ向けられる。その一瞬に刺客が行動を起こした。窓に向かって走り体当りして外に飛び出したのだ。


 ドアから仙崎が入って来た。

「師匠!」

 血塗れになっている山崎の姿を見て、仙崎は動揺する。

 伊丹は壊された窓に近付き外を見る。人影はなかった。

「逃げられたか」

 山崎は血を流し過ぎたのかぐったりしている。

 伊丹は仙崎に魔法薬を持って来るように命じた。仙崎が自分の部屋に戻り魔法薬を持って来た。

 魔法薬を山崎に飲ませてから、暗器と肩のナイフを抜く。吹き出る血を手で押さえながら、<治癒>の魔法を使う。魔法薬と魔法の効果で血が止まり、傷口が塞がり始めた。


 その頃になって、山崎の他の弟子や使用人が集まって来た。

「どうした?」

「何があったんだ?」

 仙崎は使用人に部屋を片付けさせ、血で汚れた布団やシーツを交換させた。

 包帯を巻いた山崎を寝台に寝かせた。寝台に横たわる山崎の様子がおかしい。凄い汗をかき呼吸が苦しそうである。意識を失っているようだ。

「まさか」

 伊丹は先程抜いたナイフを調べた。刀身に黒いものが付着していた。

「毒でござる」

 仙崎が顔を青褪めさせた。

「そんなぁ……解毒薬を取って来ます」

 一般的に売られている解毒薬は、魔物の毒に解毒作用を持つものである。仙崎が持って来た解毒薬は、山崎には効果がなかった。

 伊丹は山崎に<対毒治癒>の魔法を掛けた。山崎の容体が少しだけ改善し呼吸が楽になったように見える。だが、解毒に成功した訳ではなく、意識は戻らない。


「特殊な毒が使われているようでござる」

「畜生!」

 仙崎が怖い顔をして、部屋を出ようとした。

「何処へ行くつもりでござる?」

 怒りで煮え立っているような心を抱えた仙崎は、刺々しい声で告げる。

「決まっている。刺客を追い駆けて捕まえる。あいつが解毒剤を持っているに違いないんだ」

「無謀でござる。敵は相当な手練れ、不用意に追い掛ければ返り討ちに合うぞ」

 暗闇でも正確に山崎を襲った事実と実際に刺客と戦った経験から、敵がかなりに実力者だと伊丹は判断した。そんな奴を夜中に追跡するのは危険である。


「じゃあ、どうするんです。解毒剤を持っていそうなのは奴しかいないんですよ」

「日本に戻って、治療するという手も有るでござろう」

「しかし、次のミッシングタイムは三日後ですよ」

 具合の悪そうな山崎を見ると三日後では遅いかもしれない。刺客を捕まえ解毒剤を手に入れる必要が有りそうだ。

「敵はプロでござろう。山崎殿が死んでおらぬと知れば、もう一度仕留めに来るはず」

「本当に来るでしょうか?」

「プロなら必ず来る」


 翌日、山崎が暗殺されかかったが、助かったという噂が街に流れた。

 噂を聞いた街の人々が山崎を見舞いに魔導練館を訪れた。

 見舞いに来た者は遠くから山崎が寝ている姿しか見る事は叶わなかった。だが、確かに生きているのを確認した人々は、山崎は生きているという情報を広めた。


 その日の夜、山崎の看護をしている者以外が寝静まった頃、魔導練館の物置小屋に潜んでいたカウフェンの刺客が動き始めた。

 見舞客に紛れ魔導練館に入り、物置小屋に潜んでいたのである。

 カウフェンの刺客は、敵が警戒しているに違いない早期に仕掛けたくはなかった。だが、ボラン家の連絡係となったガリオスが、早く依頼を果たせと急がせた。

 刺客が魔導練館に近付いた時、その足元に何かが投げ込まれた。刺客は反射的に飛び下がる。

 次の瞬間、投げ込まれた閃光弾が強烈な光を解き放った。この一撃で、刺客は視力を失う。

 伊丹と仙崎が魔導練館から飛び出し、刺客に襲い掛かった。

 勝負は一瞬で決まった。刺客は捕縛され魔導練館の中に運び込まれた。


 伊丹たちは『念話術の神紋』を持つ魔導師を雇っていた。念話術は一種のテレパシーであるが、思い通りに他人の知識を盗める訳ではない。

 意識の表面に浮かんだ言葉を読み取れるだけなので、その人物が言葉として意識しない情報は読み取れない。

 また、強固な精神力を持つ人物は読み取り難いらしい。

 刺客は強固な精神力の持ち主のように見える。そこで脳の機能を低下させる薬を刺客に投与した。


 刺客は暴れたが、きつく縛られているので無駄だった。

「効いてきたようでござるな」

 薬の効果が現れ、刺客の眼が虚ろになったのを確認した伊丹が告げた。

 まず、解毒剤の在り処を訊いた。薬は脳の機能を低下させるのと同時に、喋る機能にも影響するので、『念話術の神紋』を持つ魔導師が意識から読み取った。


「ククリナイフの柄の中です」

 仙崎がククリナイフを調べ解毒剤を発見した。仙崎は解毒剤を持って山崎の所へ走った。

 残った伊丹は、誰に依頼されたのかを訊く。やはりボラン家からの依頼だった。

 仙崎が戻って来て、解毒剤が効いた事を知らせた。

「これで一安心でござるな」

「何もかも伊丹さんの御蔭です」

 仙崎が感謝の言葉を口にした時、外から攻撃魔法が撃ち込まれた。<爆炎弾>や<雷槍>が魔導練館の建物に命中し破壊する。

 刺客が失敗したと判った時、夜襲をするよう計画していたらしい。


 伊丹たちの周囲で轟音と炎が湧き起こる。その炎の中には魔導練館の使用人が倒れている姿もあった。

「外に逃げろ!」

 仙崎が叫び声を上げた。

 伊丹は短槍を持つと外に素早く出た。その時、門が爆発したように破壊された。敵が魔法を撃ち込んだのだ。

 破壊された門から、ボラン家のハンターたちが雪崩込んで来た。

 伊丹は躯豪術を使い脚力を上げると敵に向って飛び掛かった。先頭の男の首に狙い澄ました槍の穂先を突き入れ瞬殺する。

 二人目は<躯力増強>を使い筋力をアップさせているようで、人間離れした速さで伊丹目掛けて剣を振るった。伊丹は剣を槍で弾き、懐に飛び込むと敵の顔面に拳を叩き込む。

 グシャリと潰れた感触を残し、敵の体が吹き飛んだ。


「あいつら正気じゃない」

 山崎に肩を貸しながら外に出て来た仙崎が呟く。

 この国では戦争時を除き、街中で攻撃魔法を使用する事は重大な犯罪となる。使用した者はもちろん、その家族も処罰されるほどの大罪なのだ。

 山崎の弟子であるハンターたちも戦闘に参加した。魔導練館に住み込んでいるハンターは六人で、全てが山崎の弟子である。

「私は大丈夫だ。お前も戦いに行け」

 山崎は仙崎に指示した。


 仙崎は使用人の一人に山崎を預けると駆け出す。

 門近くの場所では、伊丹が阿修羅のように戦っていた。敵の一人を短槍で薙ぎ払った時、その力に耐え切れず短槍の柄がボキリと折れた。

 チャンスだと思ったガリオスが伊丹に駆け寄ると剣を振り下ろす。伊丹はステップして剣を避け、ガリオスの背後に回り込むと股間に蹴りを放つ。

「ヘゲッ」

 変な声を上げたガリオスが痛みで身体をブルブルと震わせ、顔を苦痛に歪める。伊丹が近付くとガリオスが内股でちょこちょこと小走りに逃げようとした。

 その滑稽な姿に伊丹が眉をひそめ、敵が落とした剣を拾い上げ追い駆けた。瞬く間に追い付き、その首を剣で刎ねる。


 伊丹と仙崎の活躍により戦いは有利に進み、程なく決着した。

 その頃になって、街の警邏隊が駆け付けて来た。どちらが勝つのか見極めようとしていた節が有るが、今回は魔導練館側に付こうと決めたようだ。

 消火活動や怪我人の手当てを終えると日が昇り始めていた。

 伊丹は警邏隊の一人と話している山崎に近付いた。

「そうか。ボラン家のバルシコフは逃げたのか」

 山崎は警邏隊の隊長に確認した。

「どうやら、ガリオスと数人のハンターが暴走したようです。あそこに残っていた使用人に聞いたのですが、当主であるバルシコフの許可がないまま襲撃が実施されたと証言しました」

「慎重なバルシコフにしては無謀なやり方だと思ったが、ガリオスたちの仕業か」

 魔導練館で戦いが始まった後、ガリオスたちが居ないのに気付いたバルシコフは戦いの趨勢を見守り、決着した頃には屋敷に戻って荷物を纏めて逃げ出したようだ。


「敵の当主があっさりと逃げたのでござるか?」

 伊丹が山崎に話し掛けた。

「そうらしい。しかし、油断は出来ません。バルシコフという男は執念深い奴ですから」

 魔導練館とボラン家のいさかいは一応決着である。

 新しい神紋を手に入れた伊丹と山崎は日本に戻る事にした。

 山崎は、このタイミングで戻りたくなかった。しかし、日本の病院で精密検査して貰うよう仙崎に勧められ、そうする事に決めた。


 日本に戻った伊丹は、魔導練館で起きた戦いについて分厚い報告書を書く羽目になった。

「本来なら山崎殿が書くはずなのでござるが、入院中では仕方ない」

 山崎は病院に検査入院していた。

 案内人はリアルワールドに戻っても忙しい。報告書を書くだけでも多大な労力と時間が必要だった。

 やっと書き上げた報告書を東條管理官に提出する。

 受け取った東條管理官は斜め読みしてから溜息を吐いた。

「山崎の所も大変だな。破壊された屋敷を修理し、死亡した使用人や弟子の後始末をせねばならん」

「検査が終わり次第、魔導練館に戻り対応する事になるでござろう」

「あそこは、案内人助手が二人抜けたからな」

 山崎には助手が二人付いていたのだが、労働が過酷過ぎると辞めてしまったのだ。

「山崎殿の所に助手が居ないのは何故だろうと思っていたのでござるが、そうでござったか」

「募集はしているのだが、中々良い人材が現れないのだ」

 案内人に憧れて相当な人数が試験を受けるそうである。しかし、採用基準に達する人材は少なく、JTGでも困っているそうだ。


「案内人助手の養成学校でも作ろうかという話が出ているくらいなのだ」

「いいアイデアではござらぬか」

「どれほどの予算と教師陣となる人材を集めなければならないかを考えると、すぐにゴーサインを出せるものじゃない」

 案内人の人手不足は当分解消されそうになかった。


今回で、第8章 多忙を極める案内人編は終わりとします。

次回から新章となります。

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