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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第8章 多忙を極める案内人編
203/240

scene:200 竜殺しの魔法

 クノーバル王国の整備された道を国境へ向って進み、無事に国境を越え、マウセリア王国のヴァスケス砦に到着した。

 預けてあった改造型飛行バギーを格納庫から引き出し、チェックする。問題ないようだ。

 ヴァスケス砦から交易都市ミュムルへ飛んでいる途中、サーベルバードに遭遇した。サーベルバードは風の刃を飛ばす能力を持つ鳥型魔物である。

 空中戦は不利だと判断した俺は、急いで着地した。

 改造型飛行バギーから降り、マナ杖を取り出そうとして、新しい武器を試す絶好のチャンスじゃないかと思い付いた。槍のライマルが使っていた槍である。山崎さんが気絶している間に拾って魔導ポーチに収納しておいたものだった。

 俺はライマルの槍を取り出し、上空を旋回しているサーベルバードを見詰めながら魔力を流し込んだ。

 その時、サーベルバードが俺たち目掛けて急降下を始めた。

 俺は槍の穂先を急降下するサーベルバード向け、ライマルを真似て軽く槍を突き出す。

 魔力で作られた小さな針のようなものが数十本も槍の先に現れ、渦を巻きながら前方へ弾け飛んだ。

 サーベルバードは魔力針の渦に呑み込まれ穴だらけとなって死んだ。


 サーベルバードだったものが、血を吹き出しながら落下した。

 アカネさんがジッと俺の方を見て。

「ここまで来る途中、その槍を調べていたみたいだったけど、魔導武器だったの?」

「そうだ。中々いい武器だろ」

 アカネさんが肩を竦める。

「でも、サーベルバードの骨が穴だらけよ。こうなると素材として使えないじゃない」

「実際に使ってみるまで、威力は判らなかったんだ」

 その件については失敗だったと素直に認めた。


 サーベルバードの魔晶管にも穴が開いていたので、剥ぎ取りは諦めた。

 俺たちは改造型飛行バギーに乗り飛び立った。

 その後は何事もなく迷宮都市に到着した。

 趙悠館に戻った俺たちは、アマンダを趙悠館の皆に紹介した。

 紹介された伊丹さんがニコニコして声を上げる。

「ほほう、アカネ殿の弟子でござるか」

「よ、よろしくお願いします」

 アマンダがぴょこりと頭を下げる。

 ルキも同じようにぴょこりと頭を下げ、アマンダの手を握った。

「ルキが、お部屋に案内ちてあげりゅ」

 アマンダの手を引いたルキは、趙悠館の従業員宿舎へ連れて行った。アマンダは従業員宿舎で生活しながら、アカネさんの弟子として修行する事になったのだ。


 翌日、クノーバル王国での出来事を伊丹さんに話すと、伊丹さんは『神行操地の神紋』に興味を持ったようだ。

「その神紋、拙者も手に入れたいのでござるが」

「伊丹さんだったら、大丈夫じゃないか」

 その言葉を聞くと、伊丹さんはクノーバル王国へ行き、悪意の迷宮で適性が有るか試すと言い出した。

「でも、行く前に、山崎さんに連絡した方がいいかも」

 次のミッシングタイムで日本に戻ると山崎さんは言っていたので、俺と伊丹さんも日本に戻る事にした。


 俺は伊丹さんの神紋記憶域について確認した。伊丹さんも神紋記憶域が拡大したらしい。

「それなら問題ないです」

「そう言えば、抓裂竜の特異体を倒し、山崎殿は『竜の洗礼』を受けたのでござろう。ミコト殿に何か変化は?」

 俺は何か変化が有ったか考えてみたが、思い当たらなかった。

「特にないようです。崩風竜が放った魔粒子以上に濃密なものでないと変化は起きないんじゃないかな」

「ふむ、そうでござるか」

 その後、俺はハンターギルドやカリス工房、太守館を回って、迷宮都市を離れていた間に何かなかったか情報を収集した。

 特別な情報はなかったが、ドルジ親方に捕まり精密部品の製造を手伝わされた。ミッシングタイムの日までの数日を工場で働き、疲れた身体で日本に戻った。

 日本に戻った俺と伊丹さんは東條管理官に報告し、最近の出来事を聞いた。


「各国政府の話し合いで、オークに占拠されている転移門を奪い取ろうという計画が提案された」

 オークにより魔物をリアルワールドに送り込む事件が世界各地で起きた事を憂慮した各国は、異世界側の転移門をオークから取り上げようと決意したらしい。

「しかし、オークの軍隊はあなどりがたい実力を持っていますけど」

「そうなんだ。そこで、アメリカは武器の開発を行う事にした」

「まさか、異世界で火器を開発するつもりなんですか」

「いや、それはない。協約違反となるからな」

「と言う事は、魔導武器か?」

「そのようだな」

 俺は嫌な予感を覚えて確かめた。

「もしかして、マナ研開発に協力要請でも来たんですか?」

「いや、そんな要請はなかった。どうやらアメリカがクラダダ要塞遺跡で発見した遺物を元に開発するらしい」

 今回の開発プロジェクトでは、アメリカの軍需産業が中心になって進められるようだ。

「日本は参加しないのでござるか?」

 伊丹さんの質問に、東條管理官が首を振って否定した。


「遺物自体の調査研究には、日本も参加しているが、兵器開発プロジェクトの方はどうかな。アメリカの軍需産業は、自分たちだけで開発する気でいるようだぞ」

 それを聞いて、俺はホッとした。下手に兵器開発などに関わると厄介だからだ。

「そう言えば、高速空巡艇の開発は何処まで話が進みました?」

「空巡艇を設計した御手洗教授が中心になって進めている。これにはマナ研開発も協力していて、大出力の推進装置を開発中らしい」

 巡航速度が時速三〇〇キロになるような航空機を目指す計画なので、御手洗教授は苦労しているだろうと思った。


 事務処理を終えた俺は、空腹を覚えたので食事に外へ出た。

 JTG支部の近くにラーメン屋があり、そこで久しぶりのラーメンを食べてから、日が落ちて暗くなった街をアパートのある方角へ歩いている途中、立ち止まった。

「しまった。スマホを忘れた」

 仕方なく、支部ビルの方へ戻った。

 街灯の明かりに照らされながら歩いていると、前から大きな声が聞こえた。

 何事かと見ると、歩道を歩いていた数人が上を見て何か叫んでいた。俺も上を見る。支部ビルの隣りに在る雑居ビルの屋上に人影が有った。

「おい、あれって自殺しようとしてるんじゃないか」

 上を見上げている通行人の一人が声を上げた。

 周りに居た通行人が立ち止まり、段々と野次馬集団が出来上がってきた。

 近くの交番から警官も来て、無線で警察署に連絡した。その後、警官は雑居ビルに入り、屋上に向ったようだ。


 その時、東條管理官の声が聞こえた。

「まだ帰らなかったのか?」

 鞄を持った東條管理官が側に立っていた。

「スマホを忘れたのに気付いて、支部ビルに戻る途中だったんです」

「自殺志願者か……警察は呼んだのか?」

「交番のお巡りさんが、屋上に向かいましたよ」

 警察署から駆け付けた数人の警官が、雑居ビルに入っていく。


 屋上で警官と自殺志願者が争う様子が見えた。

 しばらくして、入り口から自殺志願者に付き添った警官たちが出て来た。

 自殺志願者の顔を見て驚いた。

「あれは東埜じゃないか」

「東埜……誰だ?」

 東條管理官は忘れたようだったが、俺は覚えていた。

 オークが初めて日本に転移した時、入れ違いに薫たちと一緒に異世界に転移した高校生だった。あの時は途中で逃亡したり、ウェルデア市のエンバタシュト子爵に捕まるなどして迷惑を掛けられた事を東條管理官に話した。

「ああ、思い出した。あの時の高校生か。ちょっと待ってろ。事情を聞いて来る」

 東條管理官は警官に近付くと、少し話してから戻って来た。


「判ったぞ。何で東埜が自殺騒ぎなんか起こしたか」

「もしかして、大学入試に失敗したとかですか?」

「まあ、似てはいるが違う」

「だったら、何だったんです?」

「案内人助手の採用試験に落ちたそうだ」

「当然ですね。あんなのが案内人助手になったら、案内人が苦労するだけだ」

 東條管理官が苦笑した。

「そうなんだが、本人は絶対に受かると思っていたらしい」

 それでショックを受けて自殺騒ぎか、相変わらず傍迷惑な奴だ。

「でも、何でこんな雑居ビルを選んだんだ?」

「初めは支部ビルの屋上から飛び降りるつもりだったらしい。セキュリティが厳しくなっていて、入れなかったんで、近くのビルにしたそうだ」

「あいつ、本気で飛び降りる気はなかったんじゃないか」

「私もそう思う」

 俺と東條管理官の意見が一致した。


「ところで、ミコトが帰った後、JTGの神代理事長から連絡が有った。明日の午後、JTG中央研修センターに来て欲しいそうだ」

「俺だけですか?」

「いや、伊丹も一緒だ」

「何の用なんでしょう?」

「確認したい事が有ると言っていた」

 東條管理官も詳しい事は知らされていないようだ。

 騒ぎも収まったので、東條管理官と別れアパートに帰って寝た。


 翌日、支部ビルに出勤した俺は、伊丹さんと一緒にJTG中央研修センターへ向った。

 この研修センターは特異体化した鉄頭鼠が逃げた研究所の近くに在った。二人は電車とバスでJTG中央研修センター近くまで行き、歩いて研修センターの玄関から入った。

 そこのロビーで意外な人物を見付けた。

「山崎さんも呼ばれたんですか?」

 クノーバル王国で世話になった山崎さんだった。

「ああ、君らもか。神代理事長は何の用があって、私たちを呼んだのだろう?」

 山崎さんも具体的な事を聞いていないようだ。


 山崎さんと話しながら、ロビーで待つ事になった。

「例の神紋なんだけど、伊丹さんも手に入れたいと言うんだ。案内して貰えないかな」

「JTGにも報告しようとしなかった神紋を、伊丹さんには話したんだね」

「俺にとって伊丹さんは、信頼出来る相棒なんです」

「なるほど。私ももう一度挑戦しようと思っていたんだ。一緒に行きましょう」

 伊丹さんが嬉しそうに頷き。

「よろしく頼む」

 伊丹さんと山崎さんの間で打ち合わせを行い、次のミッシングタイムで一緒にクノーバル王国へ行く事にしたようだ。

「伊丹さん、装備はどうするの?」

「第一〇階層までなら、普通の武器で十分でござる」

「ミノタウロスのようなハグレが出て来たら、危険だ」

「山崎殿も一緒に居るので、心配無用でござる」

 伊丹さんなら、普通の武器でミノタウロスを倒せそうな気がして来たので心配は止めた。


 俺は気になっていたボラン家の事を尋ねた。

「ライマルたちが戻って来ないので、返り討ちに遭ったと悟ったようだ」

「仇討ちをしようと動き出したんじゃないですか?」

「ボラン家の当主は慎重な男なんだ。最大戦力のライマルが倒されたんで、首都から援軍を呼ぼうとしている。後一〇日ほどは動かないだろう」

 山崎さんは一〇日の間に、『神行操地の神紋』を手に入れたいと思っているようだ。


 三人が話している間に、神代理事長と二人の人物が研修センターに到着した。

 俺たちは応接室のような部屋に案内され、そこで話を聞く事になった。

「さて、まずは紹介しよう。法務省の殿部課長と丸菱係長だ」

 神代理事長に紹介され、用件を切り出された。

「竜殺しは、リアルワールドでも魔法が使えるという噂話が流れた。君たちも知っていると思う」

 神代理事長が確認するように、俺たちを見たので頷いた。


 殿部課長が真面目な顔で話し始めた。

「法務省では、リアルワールドで魔法が使える者がいるという情報を手に入れ、それが現行法にどう影響するか検討しています。今日はJTGの神代理事長にお願いし、事実確認に来ました」

 山崎さんが神代理事長を見て尋ねた。

「どういう事です?」

「『竜の洗礼』を受けた君たちに、リアルワールドで魔法が使える者が居るという事実を証明して欲しい」

「ちょっと待って下さい。私はリアルワールドで魔法が使えるようになったとは報告していません」

 山崎さんが神代理事長の話を止めた。

「まだ、試してみていないだけではないのか?」

 神代理事長が試してみるべきだと促した。

「ミコト君と伊丹さんは、魔法を使えるのかい?」

 山崎さんが俺たちに尋ねるので、使えると答えた。


「それでは、二人から先に魔法を使って見せてくれ。場所は訓練場を予約してある」

 俺たちは訓練場に移動した。

「神代理事長、俺たちが魔法を使えるという事実は個人情報にあたると思うんですが」

「判っている。法務省の二人には君たちの名前を公表しないように約束してある」

 俺と伊丹さんは案内人Aと案内人Bとして、法務省には報告される事になった。


「まずは、ミコト君から披露してくれ」

 俺はどんな魔法を見せるか考えた末、<変現域>を発動し身体に蓄積されている魔粒子を流し込んだ。

 その魔粒子は、俺の意思に従い綺麗な結晶を形成した。

 神代理事長と法務省の役人二人は、目の前行われている魔法に注目していた。何もなかった空間にぼんやりしたものが浮かび上がり、拳ほどの大きさがあるダイヤモンドが現れた時、三人が目を見開いて驚いているのが判った。


 出来上がったダイヤモンドを殿部課長の目の前に突き出した。

「幻じゃないですよ。持ってみて下さい」

 殿部課長がダイヤモンドを掴み、目の前に近付け何か仕掛けがあるのではないかと確認した。

「本物みたいだ」

 そして、ダイヤモンドはゆっくりと存在感を消し、最後には完全に消えた。

「今の魔法は?」

 丸菱係長が尋ねた。

「魔粒子を炭素原子のように結晶化させ、ダイヤモンドみたいなものを形成したんです」

「今のダイヤモンドは消えたが、残るようにも出来るのかね?」

 神代理事長が尋ねた。

「魔粒子で出来ているので、魔力が尽きたら消えます」

「そうか。次は伊丹君、頼む」


 伊丹さんは<炎杖>を披露した。伊丹さんの手から、青白い炎が吹き出すと殿部課長と丸菱係長がビクッと反応し顔を青褪めさせていた。

 そして、最後に山崎さんが<爆炎弾>を試し、発動するのに成功した。

 火の玉が飛び、着弾して爆発した。

「本当に発動した」

 魔法を使った張本人である山崎さんが、一番驚いたようだ。


2017/11/8 修正

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