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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第8章 多忙を極める案内人編
202/240

scene:199 抓裂竜とライマル

 俺は絶烈鉈を取り出し構えた。

 最初の攻撃はコンラートの<雷槍>だった。第三階梯である『天雷嵐渦の神紋』を元に発動した攻撃魔法は、抓裂竜の腹に突き刺さった。

 だが、それは巨大な抓裂竜にとって大したダメージにはならなかった。

 痛みに怒りを覚えた抓裂竜が攻撃を加えようと近付いて来た。二足歩行する抓裂竜は、高い位置からコンラートを一呑にしようと大きな顎門を開け襲い掛かる。

「避けろ!」

 山崎さんが叫び、それに応えるように必死で逃げるコンラートの姿が目に入る。


 この峡谷という地形は巨大な魔物と戦うには不利な地形だった。自由に動き回れる範囲が狭いので、抓裂竜の攻撃を躱すのにも苦労する。

 抓裂竜が大きな尻尾を振り回した。俺と山崎さん目掛けて丸太のような尻尾が飛んで来る。俺たちは崖目掛けて走り、勢いを殺さずに崖を駆け上る。

 抓裂竜の尻尾が、俺たちの真下を通過し崖に減り込み、岩の欠片を撒き散らした。次の瞬間、爆発音に似た轟音が耳に届く。

 丁度真下にある巨大な尻尾に飛び乗った。俺は絶妙なバランス感覚により、尻尾を駆け上がりゴツゴツした背中まで到達した。そこで絶烈鉈に魔力を込め赤紫に輝く絶烈刃を生み出すと、ゴツゴツした背中に突き刺した。

 抓裂竜が痛みで体を震わせた。俺は弾き飛ばされ地面を転がって起き上がった。


 抓裂竜の敵意が俺に向いた。凶悪な牙を見せながら大きく開いた口が迫って来る。

 躯豪術を使って身体能力を嵩上げし凶悪な牙を躱す。奴の黒々とした眼が、俺を睨んだ。

 その眼に向って絶烈刃を振るう。

 抓裂竜が初めて悲鳴のような叫び声を上げた。

 至近距離で強烈な叫び声を聞いた俺は目眩を起こした。拙いと感じ抓裂竜から必死で離れる。


 その時、山崎さんの攻撃魔法が抓裂竜を襲った。

 抓裂竜の周りに紫色の炎で作られた竜巻が現れ、抓裂竜を巻き込みながら焼こうとする。抓裂竜は炎の竜巻から離れようと死に物狂いで暴れた。

 しばらく暴れた抓裂竜は、炎の竜巻から脱出する事に成功した。これが通常の抓裂竜なら大ダメージを与えていただろうが、特異体のこいつにはちょっとしたダメージを与えただけで終わったようだ。

「なんてクソ頑丈な奴なんだ」

 山崎さんが悪態を吐く。


 抓裂竜がドスドスと走り回りながら、俺たち三人を追い掛け始めた。俺たちは必死で逃げ回った。

 前方を確認したコンラートが声を上げた。

「おい、分かれ道だ。別々の方向へ逃げるぞ」

 丁度三方向へ分かれる分岐点に到達したので、俺たちは別々に別れて逃げた。俺は右、山崎さんは真ん中、コンラートは左を選んだ。

 後ろでドスドスと地響きを立てながら迫って来る抓裂竜の気配を感じ、スピードを上げる。

 しばらく走った時、背後に迫っているはずの抓裂竜が消えたのに気付いた。

「抓裂竜の奴、山崎さんかコンラートを追って行ったな」

 俺は分岐点に戻り、耳を澄ませた。抓裂竜の足音が真ん中の方から聞こえた。

「奴め、山崎さんを追って行ったのか」

 俺は絶烈鉈を仕舞い、マナ杖を取り出す。

 抓裂竜を追って走り出した。


 間もなく抓裂竜に追い付いた。

 真ん中の道は袋小路だったらしく、山崎さんは追い詰められていた。

 俺は<魔粒子凝集砲>の呪文を唱え始めた。周りの大気から空気が集まり始め一点に圧縮されて丸い玉になっていく。そこにマナ杖から魔粒子を注入する。

 たっぷりと魔粒子を吸い込んだ魔粒子凝集弾は、抓裂竜の首に命中し、首の半分を吹き飛ばした。

 抓裂竜は大量の血を吹き出しながら倒れた。


 山崎さんが青褪めた顔をして、こちらを見て深く息を吐いた。

「助かったよ」

 抓裂竜に止めを刺そうとした時、<雷槍>が俺と山崎さんを襲った。

 俺は咄嗟に<遮蔽結界>を張り<雷槍>を弾いたが、山崎さんは直撃を躱すだけで精一杯だったらしく<雷槍>が肩を掠め雷撃が身体に流れ込んだ。

 山崎さんが倒れるのが目に入った。

「誰だ!」

 俺は怒鳴り声を上げた。


 背後から現れたのは、槍のライマルとその仲間だった。

「死んだんじゃなかったのか?」

 ライマルがニヤリと笑った。

「キロルが上手くハンターギルドの奴らを騙してくれたようだな」

 ライマルの仲間の一人が倒れている山崎さんに走り寄り、紐で両手を縛った。最初は奇襲で俺と山崎さんを同時に仕留める作戦だったようだが、俺が無傷で生き残ったので、山崎さんを人質にする作戦に変更したようだ。

 俺は山崎さんを助けに行こうとしたが、ライマルの鋭い視線で迂闊に動けなかった。山崎さんを助けに行こうとすると奴に背中を見せる事になる位置に居たからだ。

「どういう事だ?」

「一芝居打ったのさ。ヤマザーキとコンラートをおびき寄せる為にな」

「何故、そんな事を?」

「五月蝿えな。邪魔だからに決まっているだろ」

 ライマルがハグレに返り討ちにあったという知らせがハンターギルドに届けば、コンラートと山崎さんが討伐に来ると予測していたようだ。


「私をここにおびき出して始末するつもりだったのか」

 目を覚ました山崎さんがライマルを睨みながら声を上げた。

「あの抓裂竜が始末してくれると思ったのに、倒すとは思わなかった」

「思い通りにならなくて生憎あいにくだったな」

 山崎さんを縛った奴が、ナイフを突き出した。

「何勝手に喋ってんだ。そこの若造、杖を捨てろ。でないと、こいつを殺すぞ」

 ライマルの仲間は街のチンピラ並みに程度が低いと思った。


 俺がマナ杖を使って<魔粒子凝集砲>を撃ったのを見ていたようだ。

 ライマルと仲間が山崎さんの周りに集まる。

「どうした。杖を捨てろと言っただろ」

 俺が黙って睨んでいると、れたチンピラが声を大きくして脅しながら、ナイフを山崎さんの肩に突き刺した。

 山崎さんの肩から血が流れ出し、その口から呻き声が漏れた。

「……ミコト君、私に構わず先程の魔法を使ってくれ」


「黙っていろ」

 ライマルが山崎さんを殴った。

「止めろ!」

 俺が叫ぶのを聞いたライマルが、こちらを見てニヤリと笑った。

「仲が良さそうじゃないか。お前にこいつを見捨てられるのか?」

 どうすれば山崎さんを助けられるのか、俺の脳は高速回転を始めた。


 しばらく沈黙が続いた後。

「そろそろ、決めて貰おうか」

 ライマルが俺の眼を見詰め返事を催促した。

 俺は山崎さんに深々と頭を下げ。

「山崎さんの言葉に従います」

 マナ杖を構えた俺は、<魔粒子凝集砲>の呪文を唱え始めた。

 ライマルたちが顔色を変えた。


「ジレセリアス・ゴザラレム・イジェクテムジン……キメクリジェス……<魔粒子凝集砲>」


 周りの大気がマナ杖の先端に向かって集まり光り始めた。抓裂竜に使ったものより小さな魔粒子凝集弾が山崎さんに向って飛んだ。

「クソったれ。仲間を見捨てやがった」

 ライマルと仲間は山崎さんを離し、慌てて逃げ出した。

 だが、数歩も逃げないうちに魔粒子凝集弾が山崎さんの近くの地面に着弾し爆散した。

 圧縮されていた空気が弾けるように拡散し、周囲の人間を吹き飛ばす。


 今回の<魔粒子凝集砲>は魔粒子を注入しなかった。御陰で威力は最小限度になり、山崎さんとライマルたちは死ななかった。

 俺は吹き飛ばされた山崎さんに駆け寄り、担ぎ上げるとライマルたちから離れた。

 地面に山崎さんを下ろし、手を縛っている紐を切る。

「山崎さん、しっかりしてくれ」

 身体を揺すると山崎さんが目を覚ました。

「あれっ、ミコト君も死んだのかい」

「死んでませんよ。正気に戻って下さい」

「でも、君の魔法で……」

「あれは空砲みたいなものです。威力はほとんど無かったはずです」

 山崎さんのどんよりしていた目が普段のものに戻った。

「……痛っ、身体中が痛い。人を吹き飛ばすような魔法が空砲だって……無茶するなよ」

 魔粒子の注入無しで<魔粒子凝集砲>を撃ったのは、一年ほど前に東條管理官と一緒に異世界を旅した時以来だったので、どれほどの威力か忘れていたのである。


「このガキ、騙しやがったな」

 ライマルの仲間の一人が起き上がって怒鳴った。

 山崎さんが魔法薬を取り出して飲み、起き上がった。

「騙したのは、お前たちだろ。……絶対に許さん」

 山崎さんは無詠唱で紫色の炎の玉を放った。どうやら『煉獄紫炎の神紋』の基本魔法らしい。

 着弾した紫の炎は爆発し、ライマルの仲間を吹き飛ばした。眼を吊り上げた山崎さんは次々に紫の炎を放ち、ライマルの仲間を吹き飛ばしていく。


 仲間が吹き飛ばされるのを見て、ライマルが怒った。槍を構え山崎さんの方へ駆け寄る。

 俺は山崎さんの前に立ち塞がり、邪爪鉈を取り出してライマルを迎え討った。邪爪鉈を選んだのは、人間相手に絶烈鉈は過剰だと思ったからだ。

 ライマルが舌打ちした後、素早い動作で突きを放った。

 俺は邪爪鉈で槍の穂先を跳ね上げ、踏み込んで右のローキックを放つ。ライマルは飛び下がって蹴りを躱し、槍を薙ぎ払った。

 後ろに飛んで槍を避ける。

 その瞬間、ライマルの身体から魔力が溢れ出した。身体能力を上げる為に<躯力増強>の魔法を使ったようだ。

 俺も躯豪術を使い始める。

 爆発するような勢いでライマルが飛び掛かり、俺に槍の突きを放った。常人には見えないほど高速な突きの軌道を邪爪鉈で逸らす。


 ライマルは自慢の突きを防がれたのが意外だったようだ。奴の顔に剣呑な表情が浮かび、槍を握もつ腕の筋肉が盛り上がる。

 これまでにない速度の突きが俺を襲った。必死で上半身を反らし槍の穂先を躱す。

 躱せたと思った瞬間、槍の穂先がクルリと回転し、俺の胸を叩いた。

「グフッ」

 胸に痛みが走り、地面を転がる。

 ライマルは容赦なく追撃し、槍の穂先を何度となく突き出す。

 それを転げ回りながら躱し、攻撃の手が止んだ瞬間、飛び起きた。

「しぶとい奴だな。だったら……」

 ライマルが槍の穂先をこちらに向け、魔力を槍に込め始めた。次の瞬間、槍がゆらりと揺れ小さく突き出された。もちろん、こちらに届くような突きではなかったが、嫌な予感を覚えた俺は慌てて横に飛んだ。

 何かが脇を掠め飛び去り、崖に命中し抉った。その後、轟音が鳴り響く。


「チッ、神槍撃も躱したか」

 ライマルが悔しげに呟いた。俺は頭から血の気が引くのが判った。

「魔導武器じゃないかとは思っていたが、そんな機能が有ったのか」

 邪爪鉈を選んだ事を後悔した。ライマルの魔導武器は絶烈鉈にも匹敵する武器だ。

 躯豪術を五芒星躯豪術に変え、体内を循環する魔力量を増やした。

 再び、ライマルが槍に魔力を込め始めたので、五芒星躯豪術で集めた魔力を両足に集中し、爆発的な力で地面を蹴る。瞬時にライマルに肉薄した俺は、邪爪鉈を奴の肩に向かって振り下ろした。

 神槍撃を撃とうとしていたライマルは、慌てて槍で防いだ。


 俺はライマルに神槍撃を撃たせたくなかった。一撃目は勘だけで避けたが、次も避けられるとは限らないからだ。

 五芒星躯豪術を駆使し、超高速の攻撃を休みなく繰り出した。二撃目、三撃目は槍で防がれたが、四撃目に奴の胸を邪爪鉈の刃が切り裂いた。

 胸から血を吹き出しライマルが倒れた。かなりの重傷である。

 地面に横たわったライマルは、憎悪の念が篭った眼で俺を見て血を吐いた。

「ガハッ……貴様は後悔する事になるぞ。必ずボラン家の仲間がかたきを討ちに行くからな」

 俺の中で怒りと苦い感情が混ざり合い、ライマルに冷たい視線を向けた。

「仇だって、槍のライマルは抓裂竜に殺されたんだろ」

 ライマルが大きく目を見開き、次の瞬間息を引き取った。

 冷静にライマルの死を確認した俺は、山崎さんの方を見た。ライマルの仲間たちが血塗れで倒れており、山崎さんは肩で息をしながら、倒した奴らを確認している。

 ライマルと仲間は全員死んだようだ。山崎さんが暗い顔をしている。


 その時、抓裂竜が動いた。よろよろと立ち上がる。止めを刺していなかったのを思い出す。

 邪爪鉈をマナ杖に取り替えた俺は、もう一度<魔粒子凝集砲>を放った。魔粒子凝集弾が抓裂竜の頭に命中し、頭の一部を吹き飛ばした。

 今度こそ仕留めた手応えがあった。抓裂竜は巨体を地面に投げ出すように倒れた。地面が揺れ、山崎さんが顔を顰めた。震動が傷ついた身体にはきつかったのだろう。

「なあ、抓裂竜の特異体は『竜の洗礼』を起こせるほど魔粒子が濃密だと思うか?」

 俺は判らないと首を振った。


 抓裂竜の死骸から濃密な魔粒子が放出され始めた。通常の抓裂竜なら『竜の洗礼』は無理なのだが、特異体だった抓裂竜から辛うじて『竜の洗礼』を起こせるほどの魔粒子が放出された。

 その魔粒子を吸収した山崎さんは気を失った。

 俺は少しきつかったが耐え切った。

 抓裂竜の死骸から魔晶管と魔晶玉、それに皮と少量の肉を剥ぎ取った。


 山崎さんが目覚めるまで待ってからコンラートを探したが、見付からなかった。先に地上に戻ったのかもと思い、俺たちも戻る事にした。

 その途中、山崎さんからライマルの件は黙っていてくれるように頼まれた。

「何故です」

「俺たちがライマルを返り討ちにしたと知られると、ボラン家の連中が黙っていないだろう。街の顔役である奴らと争うには、時期が早過ぎるんだ」

「でも、ライマルたちが、俺たちを罠に嵌めようとしていたのは知られているはずです。俺たちが無事で、ライマルたちが帰らなければ絶対に何か有ったと思われますよ」

「それは全部抓裂竜に殺られたという事にしてしまうつもりだ。目撃者は私たちしかいないんだから」


 地上に戻り、ハンターギルドへ行くと予想通りコンラートが居た。

 山崎さんが抓裂竜の特異体を倒したと話すと、コンラートやハンターギルドに居た者たちが驚いた。

 ライマルたちの件については山崎さんに任せる事にした。何か深い考えが有るのだと思ったからだ。

 抓裂竜を倒した証拠として、魔晶管や魔晶玉、皮と出すとハンターギルド内にどよめきが走った。これだけの大物を仕留めたのは久しぶりだったらしい。

 山崎さんはハンターギルドの知り合いに捕まり、酒を飲みに行った。大金を手にした山崎さんに奢らせる気なのだろう。


 魔導練館に戻った俺は、アカネさんたちの様子を聞いた。スヴェンとイルゼが第五階層で安定して狩りが出来るようになったそうだ。

 ただ、第五階層に出る歩兵蟻には苦労しているようだ。

「スヴェンとイルゼは十分ハンターとしてやっていけそうだな」

 二人は俺とアカネさんに感謝した。

 これからどうするのか尋ねると、小さな貸家を借りてハンターとして生活を始める計画だという答えが返って来た。

「ミコト様たちは、王国へ帰るんですか?」

「ええ、明日は休養を取って、明後日には出発しようと思っているの」

 アカネさんが答えると、スヴェンとイルゼが寂しそうな顔をした。

 俺とアカネさん、アマンダの三人は、予定通り翌々日にマウセリア王国に向って出発した。


2017/10/31 修正

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