scene:198 修行とハグレ
魔導練館に戻ると仙崎が出迎えてくれた。
その仙崎の様子が少しおかしかった。いつもは威勢の良い仙崎が憔悴した顔をしている。
「どうかしたの?」
アカネさんが尋ねた。
「第十四階層で地獄トカゲの群れに遭遇した。パーティの一人が逃げ遅れて……」
どうやらパーティの一人が地獄トカゲに殺られたらしい。
部屋に戻って着替えてから、仙崎の話を聞いた。
地獄トカゲの群れと遭遇した仙崎たちは、撃退しようと戦ったらしい。だが、力及ばず逃げ帰る事になったようだ。
「畜生、新しい神紋を手に入れておけば」
仙崎は迷宮都市から戻った後、現地の知り合いであるハンターたちとパーティを組み、修行の成果を確かめる為に迷宮に潜った。
パーティは順調に第十四階層まで到達し、仙崎も修行の成果に満足していた。以前は第十四階層に到達する頃には魔力を消耗し、先へ進むのを断念する状況になっていたが、今回は魔力をほとんど使わず、そこまで辿り着けたと自信を持ったそうだ。
目標としていた第十五階層にもう少しで到達すると喜んでいた時、地獄トカゲの群れに遭遇したのだと言う。
「迷宮に潜る前に、魔導寺院へ行って新しい神紋を授かっていれば、撃退出来たかもしれないのに」
トラウガス市の魔導寺院にある第三階梯神紋は『天雷嵐渦の神紋』『崩岩神威の神紋』『天霊聖印の神紋』『煉獄紫炎の神紋』の四つである。
『天霊聖印の神紋』は伊丹さんが持つ『聖光滅邪の神紋』の上位神紋であり、『煉獄紫炎の神紋』は仙崎が持つ『紅炎爆火の神紋』の上位神紋である。
『天霊聖印の神紋』を除く三つの神紋から、どれかを選ぶつもりだったようだ。
意気消沈している仙崎を慰め、彼が落ち着いた後、ライマルについて尋ねた。
「よく分からない。奴は秘密主義なんだ。ただ数か月前に、奴のパーティがオーガの群れに遭遇した事がある。その時、奴一人だけが生きて帰って来た。奴なら仲間を守りながらオーガの群れから脱出出来たはずなんだ」
仲間より自分の命を優先したという事だろうか。それが本当なら非情な男だ。
ライマルの事は気になったが、アマンダたちを鍛える事を優先した。
次の日から迷宮の第三階層辺りに潜り、アマンダたちに実戦をさせる予定だった。だが、アカネさんに指摘されアマンダたちの装備を思い出すと確かに心許無い。なので、本格的に鍛える前に、武器だけでもグレードアップさせる事にした。
俺たちは迷宮の第三階層を通り過ぎ、第九階層に向った。途中に遭遇した魔物は、俺とアカネさんが問答無用で切り捨てて進む。
昼頃に第九階層に到着。アマンダたちには、きつい行軍だったらしく息を荒げている。
この階層は森が広がっており、住み着いている魔物は昆虫系の魔物が多い。仙崎の情報によると大剣甲虫などの大型昆虫系魔物と一緒に虫を捕食する大角蟷螂が居るらしい。
第九階層に来た目的は、大角蟷螂の角を手に入れる為である。大角蟷螂の天頂にある角はミスリル合金並みに硬く、『刺突』の源紋を秘めていた。『刺突』の源紋には貫通力増大の効果が有る。
俺は大角蟷螂の角を使ってアマンダたちの武器を作ろうと思っているのだ。
大角蟷螂は足軽蟷螂より一回り大きいルーク級中位の魔物である。
遭遇した大角蟷螂を邪爪鉈の一振りで首を刎ね飛ばした。
「やるわね。私も」
そう言ったアカネさんが、もう一匹の大角蟷螂を邪爪グレイブで薙ぎ払う。
アマンダたちにとって、大角蟷螂は強敵である。そんな魔物を軽々と仕留めてしまう二人を唖然とした表情で見ていた。
「凄いとしか言いようが無いわね」
アマンダが呟くように言うと、スヴェンとイルゼが頷いた。
間もなく三本の大角蟷螂の角を手に入れた。
「この後、どうする?」
思った以上に早く目的を達成したので、アカネさんが戻るか探索を続けるか尋ねた。
「大剣甲虫を狩ろう。アマンダたちに少しでも多くの魔粒子を吸収させてやりたい」
「そうね。そうしましょう」
それを聞いた三人が礼を言う。
「こんなによくして貰っていいんでしょうか?」
イルゼが恐縮しながら確認した。
「ハンターになれるように協力する……と約束したからには、中途半端にはしないさ。ハンターとして生きていく為の基礎は教える。頑張って覚えろ」
「「頑張ります」」
スヴェンとイルゼは嬉しそうに返事をした。
<魔力感知>を使って樹々の上にいる大剣甲虫を探し出し、一番密集している場所で<閃光弾>を投げ上げた。強烈な光に驚いた大剣甲虫たちが樹からポトポトと落ちて来る。
「急いで止めを刺すんだ」
アカネさんと一緒に大剣甲虫に止めを刺すと、その死骸から濃密な魔粒子が溢れ出した。スヴェンたちに吸収するように指示を出す。
大剣甲虫から剥ぎ取りを行い、魔晶管とアマンダたち三人の防具を作る為に外殻を少し手に入れた。
目的を達成した俺たちは、迷宮から戻り武器工房へ行って、持ち帰った大角蟷螂の角をホーンスピアにして貰うよう依頼した。
明日の昼には出来上がるというので、魔導練館に戻って休んだ。
翌日の午前中は、皆で魔導寺院へ行き、三人に新しい神紋を手に入れさせる事にした。
「アマンダは『凍牙氷陣の神紋』を選ぶと言っていたが、適性はどうだった?」
俺が尋ねると、アマンダは躊躇いながら答えた。
「『凍牙氷陣の神紋』の適性は有りました。でも、アカネ師匠と話し合って『魔力変現の神紋』を授かる事にしました」
「俺たちの真似をする事はないんだぞ」
もう一度確認すると、アマンダは『魔力変現の神紋』でいいと言い切った。
「何故『凍牙氷陣の神紋』より『魔力変現の神紋』の方がいいんです。私が聞いた情報だと『凍牙氷陣の神紋』の方がずっと強力な魔法が使えるそうですけど」
イルゼがアマンダに尋ねた。
「一般的にはそうだけど、ミコト様たちは『魔力変現の神紋』の応用魔法を幾つか開発していて、それが凄いらしいの」
それを聞いたスヴェンが。
「そうなんだ。おいらたちも『魔力変現の神紋』にしようか」
「ちょっと待て、『魔力変現の神紋』の応用魔法を全部習得しようとすると時間が掛かるんだ。俺たちは、そんなに長く、ここには居られないぞ」
「そんなー」
俺は少し考えてから。
「『魔力発移の神紋』を選ばないか。そうすれば基本魔法の使い方と役に立つ応用魔法を二つ教えてやるぞ」
スヴェンとイルゼは頷いた。
アマンダが『魔力変現の神紋』、スヴェンとイルゼが『魔力発移の神紋』を授かった後、休憩と昼食を挟んで、応用魔法の伝授を行った。
アマンダはアカネさんに任せ、俺はスヴェンとイルゼに『魔力発移の神紋』の基本魔法である<魔力導出>の説明をした後、この魔法が源紋を秘めている武器には役に立つと教えた。
次にパチンコを見せ、使い方を教えた。
「こいつを二人にあげよう。パチンコに使われている魔導ゴムは槍トカゲの舌の皮を鞣したものだから、自分たちで狩って作ったらいい」
二人には『魔力発移の神紋』の応用魔法である<魔纏>と<爆炎魔導印>を伝授した。
イルゼは割りと簡単に覚えたが、スヴェンは苦労している。
夕方近くになって、やっとスヴェンが<魔纏>と<爆炎魔導印>を覚えた。
覚えたと言っても、まだまだ発動が可能になったというだけで、使い熟すには練習が必要だった。
翌日から、また迷宮に潜り実戦で三人を鍛えた。若い三人はどんどん技術を習得し、新しく手に入れた神紋も使い熟せるようになる。
そういう日が三日ほど続いた頃、ハンターギルドに思い掛けない知らせが届いた。
ハグレを討伐に向ったライマルたちパーティが、討伐に失敗したという知らせだ。ライマルは死に、生き残ったパーティの一人が逃げ帰ってハンターギルドに知らせたとギルドは発表した。
迷宮に行く前にハンターギルドへ行くと、ハンターたちが騒いでいた。槍のライマルが死んだという衝撃的なニュースに驚いているようだ。
カウンターへ行き、迷宮に潜る事を報告すると、受付嬢が待つように告げた。
しばらく待っていると二階から山崎さんが下りて来た。
「ミコト君、済まないが、上に来てくれ」
俺は山崎さんを見た。何やら嫌な予感を覚える。
「時間が掛かりそうなんですか?」
「そうだな」
俺はアカネさんに顔を向け。
「アマンダたちを連れて迷宮に行ってくれ」
「ミコト様は一緒に行かないの?」
アマンダが心細そうに声を上げた。
「第五階層以下なら、アカネさん一人でも大丈夫だろう。よろしく」
アカネさんは頷き胸を叩いた。
「任しといて、ミコトさんも気を付けてね」
アカネさんたちがハンターギルドを出て行った後、俺は二階に上がった。
案内されたのはギルドの支部長室だった。
中に入ると髪が真っ白な爺さんと細マッチョのイケメン男がソファーに座っていた。
「その若いのが、頼りになるハンターかね?」
爺さんが山崎さんに尋ねた。
「ああ、名前はミコト。マウセリア王国の一流ハンターだ」
山崎さんが紹介してくれたが、爺さんとイケメンは疑わしそうに見ている。本当にこんな若造が役に立つのかと疑っている目だ。
「若いな……大丈夫なのか?」
イケメンハンターが山崎さんの方を向いて尋ねた。
「私とミコト君で、ミノタウロスを倒した実績がある。彼が止めを刺したんだ。それで十分だろう」
爺さんが値踏みするように俺を見て頷いた。
「いいじゃろう。その若いのを含めた三人に頼む」
「ちょっと待ってくれ。俺に依頼のようだが、内容を聞いていないぞ」
爺さんが初めて気付いたというような顔をして。
「そうじゃった。この三人で第十九階層に現れたハグレを討伐して欲しいんじゃ」
「討伐相手は抓裂竜か」
俺が確認すると、イケメンハンターが冷たい視線を俺に向けた。
「抓裂竜が怖いのか。だったら、はっきりと断れ」
「おい、コンラート。ミコトに失礼だろ」
「相手はライマルが破れた相手なんだぞ。足手まといになるような奴は必要ない」
何だか逃げ道を塞がれたような気がする。ここで依頼を受けないと言えば、自信がなくて逃げたと思われるだろう。それに加え、世話になっている山崎さんの顔を潰す事になる。
断わるには正当な理由が必要だ。
爺さんが支部長のようだ。報酬は奮発すると約束した。
「その依頼、受けよう。抓裂竜を倒すだけでいいのか?」
「それでいい。報酬は出来る範囲で奮発する。何か必要なものが有れば言ってくれ」
俺は抓裂竜を討伐に行く事をアカネさんに伝えてくれるよう頼んだ。
食料などはギルドが用意したものをリュックに積め、迷宮に出発した。
迷宮へ向って歩いている途中、思い出したように山崎さんが声を上げた。
「そうだ。正式に紹介していなかったな。彼はコンラート、『剣のコンラート』と呼ばれるほどの剣士だ。魔法の腕も確かなんで、こういう場合は心強い」
山崎さんがコンラートを紹介してくれた。
コンラートは身長一八〇センチほどの美男子で、背中に背負っている長い剣を操る剣士のようだ。動きに隙がないので、剣の技量は相当なものなのだろう。
ただコンラートというハンターは、抜き身の刀のような雰囲気があり、ピリピリとした緊張感を周りに振り撒いている。
少し伊丹さんに似ているが、伊丹さんの持つ懐の深さや余裕が感じられない。
迷宮に入った俺たちは、浅い階層を駆け抜け第十五階層に到着した。
この階層は山と谷が連なるエリアで、オーガやゴブリン、コボルトなどの人型魔物がうろついていた。
遭遇したコボルトの群れに、コンラートが剣を振るう。一騎当千という言葉が思い浮かぶほどの無双ぶりである。御陰で俺たちの方へ来るコボルトは少なく、楽をさせて貰えた。
コボルトが全滅すると山崎さんが提案した。
「この先に洞窟がある。そこで野営しよう」
「もう少し進んだ方がいいのではないか」
コンラートが異を唱えたが、さすがに三人共疲労を覚えていた。
結局、山崎さんの提案通りに洞窟で野営する事になる。
「ゴブリンの巣になっていないか心配だったが、大丈夫なようだ」
洞窟は深さ一〇メートルほどの浅い洞窟で、中は乾燥しているので過ごしやすそうだった。
「ふう、凄い強行軍だったな」
山崎さんが声を上げた。通常三日掛け到達する階層まで一日で来たのだ。疲れないはずがなかった。
この迷宮は第一〇階層までは割りと短時間で横断出来る地形なのだが、第十一階層は沼地、第十二階層は砂漠となっており、横断するだけでも時間が掛かるのだ。
保存食で食事を済ませた後、コンラートが山崎さんに尋ねた。
「ライマルの死をどう思う?」
「奴の実力とパーティの仲間を考慮すると……討伐に失敗するとは思えん」
「同意見だ。そうすると誰かがミスをしたか、抓裂竜が普通の奴ではなかったか」
「誰かがミスをしたという方が、可能性は高い」
俺はパーティの生き残りがどう言っていたのか疑問に思った。二人に確かめると、ミスについても、抓裂竜についても何も言っていなかったらしい。
結局、疑問だけが残った。抓裂竜と戦ってみなければ判らないようだ。
翌日の昼頃、第十九階層に到着した。
この階層はグランドキャニオンのような峡谷エリアだった。
俺たちは一時間ほど抓裂竜を探して谷間を彷徨い、峡谷エリアの中央辺りへ来た時、抓裂竜と遭遇した。
その姿を見たコンラートが驚きの声を上げる。
「どういう事だ。抓裂竜はこれほど大きくないはずだ」
遭遇した抓裂竜は通常のものより二回りほど大きかった。
「まずいな。こいつは特異体かもしれない」
山崎さんが推測を口にすると、コンラートが顔を青褪めさせた。




