scene:192 旅の仲間
俺たちはエクサバル城でモルガート王子たちに空巡艇の操縦法を教えた。空巡艇の操縦法はリアルワールドの飛行機の操縦より簡単でシンプルなものだったので、短時間で終わる。
ただ操縦法はシンプルなのだが、海上を長距離飛行するのには、別の問題がある。陸上のように目印になるものが存在しないので、天測航法を覚えねばならなかった。
天測航法については、魔導飛行船を運用していたモルガート王子たちは大丈夫なようだが、オラツェル王子たちは勉強中らしい。
レースが行われる海上には無数の小島が広がっており、そこには魔導先進諸国が築いた魔導飛行船の寄港地があった。
レースの参加者はどの寄港地を経由して目的地に行くのか任されており、そのコース選びも勝敗を分ける一つとなっている。
取り敢えず、王都での用を終えた俺とアカネさんはカリス親方たちと別れ、交易都市ミュムルへ飛んだ。交易都市で一泊した後、フロリス砦へ向かう。
気持ちのいい晴天である。空から見る王国東部は乾燥した荒れ地が多く、耕作地には適していない。
その所為か人が住む町や村は少なく、交易商人が利用する宿場町が幾つかある程度だ。
上空を飛行していた改造型飛行バギーが、突風に遭遇し揺れた。その拍子に荷台の荷物を縛っていたロープが緩み、着替えを入れていたリュックが零れ落ちた。
「アッ、大変」
それに気付いたアカネさんが大きな声を上げた。
「どうした?」
「リュックが荷台から落ちたの」
俺は改造型飛行バギーを静止させるとUターンし、落ちたリュックを探し始める。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
改造型飛行バギーが飛んでいる近くに宿場町リンブルがあった。
小さな町だがハンターギルドが存在し、若いハンターたちを中心に活動している。
十三歳のアマンダもハンターの一人で、町の近くを流れる小川の周囲に居る槍トカゲや尾長兎を狩って生活していた。
アマンダの両親は町の宿屋で働いている。彼女の兄弟も商店などで働いているので、家の中では変わり者扱いされていた。
「アマンダ、そろそろハンターを辞めて地道な働き口を探した方がいいんじゃないか」
長兄が忠告するように言う。
「嫌よ。私はハンターとして一流になるつもりなんだから」
「おいおい、こんな小さな町で一流のハンターになれるはずないだろ。毎日槍トカゲや尾長兎を狩るだけじゃ一流にはなれないぞ」
「判ってる。三段目ランクになったら交易都市に行って迷宮に挑戦する」
「迷宮……ふん、一日に尾長兎一匹しか狩れない奴に迷宮は無理だろ」
肉が美味しい尾長兎はハンターに人気の獲物だが、動きが素早いので中々仕留められない。一日狩りをして一匹仕留められれば上出来の方なのだ。
「自分の事は自分でするから、放っといてよ」
兄と言い争いをして、ちょっと不機嫌となったアマンダは、小川に向かった。小川の近くを住処としている尾長兎を狩る為である。
「おい、アマンダじゃねえか」
嫌な奴と遭ってしまった。彼女と同じハンターであるニクラスだ。父親から剣術を習い、ハンターギルドでは期待の新人だと言われていた若者である。
アマンダは返事をせずに行こうとすると強引に腕を取られ止められた。
「まだ一人でやっているのか。俺のパーティに入れよ」
「嫌だって言ったでしょ」
ニクラスは男だけの三人パーティを組んでいて、アマンダをパーティに引き入れたいようだ。
だが、ニクラスと仲間たちには、良くない噂があった。獲物の多い場所を独占し、自分たちより若いハンターが近付くと追い返すというものだ。
「チッ、折角誘ってやっているのに」
ニクラスたちはアマンダを睨んでから去って行った。
アマンダは一人になると、いつもの狩場へ向かった。多くの尾長兎が住み着いている川岸近くの草原である。
到着すると周りを見回す。左手の方に尾長兎の頭が見えた。アマンダは腰のポーチから、丈夫な紐の両端にオモリを取り付けたボーラと呼ばれる狩り用の武器を取り出し、忍び足で尾長兎に近付いた。
もう少しで間合いに入るという所で、尾長兎が気付き逃げ出した。アマンダは追い駆けたが、魔物である尾長兎の足は速く逃げられた。
別の尾長兎を探している時、草叢に変な形の背負い袋が落ちているのに気付いた。拾い上げ中を確かめてみると女物の服が入っている。
「こんな所に落とし物……ハンターのものかな」
アマンダはハンターギルドに届ける事にした。
その後も狩りを続けた。次に見付けた尾長兎も逃げられ、ガックリと肩を落としている時、背後でガサッと音がした。
急いで振り向くとクレイジーボアが立っていた。体長三メートルほどの巨大な猪は、アマンダにとって絶対に敵わない相手である。
「な、何で……こんな所に居るはずないのに」
アマンダは気圧されるように後退った。クレイジーボアは地面を掘り返すように引っ掻き、アマンダを睨む。
「キャアア、誰か助けて!」
悲鳴を上げながら全速力で逃げ出した。
川岸を全速力で逃げたアマンダは小川の下流で追い付かれ、クレイジーボアに跳ね飛ばされた。草地をゴロゴロと転がり、呻き声を上げる。
死ぬ瞬間、今までの人生が走馬灯のように頭に浮かぶとか言われるが、アマンダの頭には何も浮かばず真っ白になった。
上半身を起こし立ち上がろうとした。だが、腰を打ったのか立ち上がれない。
顔に恐怖を浮かべ、ただクレイジーボアが迫って来るのを見ているしか出来なかった。
その時、アマンダの前に見知らぬ女性が立ち塞がった。その手には奇妙なグレイブが握られている。
「駄目、逃げて」
アマンダが叫ぶと同時に、女性は飛び出しグレイブをクレイジーボアの頭に振り下ろす。
巨大な猪の頭が真っ二つとなった。クレイジーボアは足をもつれさせ転がる。
「エッ、そんな。一撃で……」
アマンダは女性が放った一撃の威力に目を丸くした。
「怪我をしているの?」
振り向いた女性から声を掛けられた。
「ちょっと腰を打ったみたいです」
「ミコトさん、薬をお願いします」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺は胸のポケットから魔法薬を取り出し、アカネさんに渡した。
アカネさんは少女に魔法薬を飲ませた。
魔法薬の効き目は高く、アマンダは間もなく回復した。
「ありがとうございます」
「ハンターとして、当然の事をしただけよ」
「でも、飲ませて貰った薬は高いものじゃないんですか?」
「気にしなくていいわよ。自分たちで材料を集めて自作したものだから」
趙悠館の二人の医師が作ったもので、売ればかなりの高値になるが、材料は引き取った孤児たちが集めて来たものなので原価は安かった。
アマンダは礼を言った後、自己紹介した。
アカネさんがリュックを知らないかと尋ねてみるとアマンダが知っていると答えた。
クレイジーボアと遭遇した場所に落として来たそうだ。
「良かった。探していたのよ」
アカネさんは喜び、アマンダにリュックのある場所まで案内して貰う。
「アカネさんたちはハンターなんですよね?」
「一応、ハンターだけど……迷宮都市では料理をしている方が多いわね」
「料理……でも、迷宮都市のハンターというのは凄いです」
アマンダは迷宮都市とアカネの事を知りたがった。どうやら憧れを抱いているようだ。
アカネさんたちがリュックを取りに行っている間、俺はクレイジーボアをどうするか考えていた。
「ハンターギルドから助けを呼ばないと運べないな」
アカネさんたちがリュックを持って戻って来たので、アマンダと相談しハンターギルドから助っ人を呼んで貰う事にした。
一度は魔晶管と毛皮だけ剥ぎ取り、肉は捨てようかと考えた。だが、人里に近い場所で、これだけの肉を放っておけば魔物が集まって来るかもしれない。
人里近くに魔物が集まるのは好ましくないので、どう処分するにしても捨て置く訳にはいかない。
アマンダが居なかったら<圧縮結界>を使って運ぶのだが、彼女が見ているので、その方法は取れない。
ハンターギルドから助っ人と荷車二台が来て、解体したクレイジーボアを運んで行った。
「さて、俺はバギーを取りに行って来る」
改造型飛行バギーは少し離れた位置に着陸していた。
「一緒に行くわ。アマンダも一緒に行きましょ」
アマンダは訳も分からず承知した。
少し歩き、改造型飛行バギーが見えるとアマンダが驚きの声を上げた。
「こ、これは新型の魔導飛行船じゃないですか?」
アマンダの住む町でも、その上空を魔導飛行バギーが飛ぶようになっていた。王都とヴァスケス砦を往復している機体で、偵察と連絡用として使われているらしい。
「アマンダも乗って……空の旅を経験させて上げる」
アカネさんはアマンダを中央の座席に座らせ、シートベルトを締めた。
改造型飛行バギーが上昇するとアマンダがはしゃいだ。
「凄い、ずっと遠くまで見える」
アマンダの案内で宿場町リンブルへ飛び、ハンターギルドの訓練場に着陸する。
着陸しようとしている改造型飛行バギーをハンターが見付け、ちょっとした騒ぎになった。ハンターや職員が驚きの声を上げ、着陸した改造型飛行バギー目掛けて集まって来る。
俺たちがバギーから降りると声が上がる。
「アマンダ。何でお前が乗ってるんだ?」
声の主はアマンダをパーティに入れたがっていたニクラスである。
「あら、アマンダのお友達?」
アカネさんが尋ねると、アマンダが強く首を振って否定する。
「ただの知り合いです」
ニクラスが不機嫌な顔になる。
「何だ、その言い方は。大して役に立たないけど、顔がそこそこだからパーティに入れてやろうとしたのに」
「大して役に立たないって、どういう意味よ」
「一日狩りをして、尾長兎が一匹とかじゃねえか」
「これから頑張って強くなるのよ」
雰囲気が悪くなったので、俺が止めに入った。
「アマンダ、買取カウンターに案内してくれ」
「はい、ミコト様」
アカネさんから、貴族だと聞いたからだろうか。アマンダは俺を様付けで呼ぶ。
買取カウンターに行ったが、まだクレイジーボアは届いていないという事だったので、ギルドで待つ事にした。
しばらくして、クレイジーボアが到着した。その大きな獲物を見て、ハンターたちが騒ぎ始める。
リンブルの近くで、クレイジーボアが仕留められたのは十数年ぶりらしい。普段リンブルの周辺には弱い魔物しか棲息しておらず、大物を見付けた時は、交易都市の腕利きハンターに討伐を頼むようだ。
職員の一人が独り言のように呟いた。
「戦争の影響だな。あの戦いで火事となった森もあったから、そこから流れて来たんだろう」
ギルドの職員に尋ねてみると、このクレイジーボアだけでなく、別の大型魔物も目撃されているらしい。
アカネさんはクレイジーボアの素材を精算した。ちょっとした金額となり、その金を受け取ったアカネさんをキラキラした目でアマンダが見ている。
「凄いですね。アカネさん」
アカネさんとアマンダは随分と親しくなったようだ。
その日は、この町に宿泊する事にした。
その夜、アマンダは遅くまでアカネさんの部屋で喋っていたようだ。
翌朝、アカネさんから意外な申し出を聞いた。
「アマンダなんだけど、私の弟子に成りたいそうなの」
「エッ」
「彼女、一流のハンターになりたくて頑張っているらしいんだけど、ハンターとしての技術や魔法を私に習いたいらしいの。どう思う?」
「アカネさんはどうしたいんです?」
「出来るなら、彼女の願いを叶えてやりたいんだけど」
「だったら、弟子にしたらいい」
「でも、躯豪術とかはどうしたらいい?」
「彼女がどういう人物か、まだ判らないので保留ですね」
躯豪術は教えず、何か神紋を選ばせ、その応用魔法とアカネさんから学ぶ武術を元に戦闘術を構築させようと話し合った。
俺はアマンダをクノーバル王国へ同行させる事にした。他にも理由が有るが、いろいろと経験を積ませ育てようと思ったのだ。
アマンダは、その提案を喜んで受けた。彼女の家族と話し合わなければならなかったが、何とか了承を取り付け、旅の仲間が一人増えた。
旅に出てから、アマンダに関する様々な事を聞き出す。
彼女は一ヶ月ほど前に『魔力袋の神紋』を授かったばかりで、次にどの神紋を授かるか考えていないそうだ。
「次に神紋を手に入れるとしたら、何がいい?」
アカネさんが尋ねると、アマンダは困ったような顔をして。
「私、魔法についてよく知らないんです」
「じゃあ、教えて上げる」
アカネさんは様々な神紋の種類と、その神紋を元にした魔法の数々を詳しく教えた。
その結果、アマンダが選んだ神紋は、『凍牙氷陣の神紋』だった。
2017/9/12 誤字修正




