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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第8章 多忙を極める案内人編
194/240

scene:191 仙崎の修行と旅

 鉄頭鼠と戦った翌々日、薫は学校からの帰りにマナ研開発の本社へ向かった。

 五時から会議があり、その会議に出席する為である。

 マナ研開発のオフィスに入ると社員たちが薫に挨拶をする。

 薫は几帳面に挨拶を返しながら会議室へ行き中に入った。

「薫、こっちへ」

 三条吾郎さんじょうごろうが娘を呼び寄せ、隣に座らせた。

 薫の父親である吾郎は、堅実な経営を心掛ける経営者なのだが、最近娘に振り回され忙しくしていた。

 会議が始まると部長たちが報告を始める。

「エッ、注文がそんなに増えてるの?」

 営業部長からの報告に薫が驚いた。

「はい、奥多摩の研究所から魔物が逃げたという事件が起きた後、活性化魔粒子を求める顧客が増えております」

 薫が危惧の念を抱き溜息を吐く。

「危険な兆候ね」

 注文が増え喜んでいた営業部長が怪訝な顔をして。

「どういう事でしょうか?」

「各国からの注文が増えたのは、奥多摩の研究所で魔物に活性化魔粒子を与える実験をして、特異体化したのを知ってからでしょ。各国の研究者は再現実験をするつもりじゃないかな」

「エッ、あんな化け物をまた作ろうとしていると言われるのですか」

「たぶんね」

「信じられません。何故そんな実験を?」

「各国の思惑は判らないけど、生物兵器でも作るつもりなのかしら」

 吾郎が否定する。

「まさか、制御出来ない生物兵器など危険物でしかないだろ」

 会議は紛糾し、結局活性化魔粒子の供給量は増やさず、医療関係の製品開発に力を注ぐ事になった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 伊丹の指導下で修行中の仙崎は、迷宮の第十六階層に到達した。

 目の前の草原にはスライムが溢れかえっている。

「なんじゃこりゃ!」

 仙崎が叫んだ。その気持は分かると伊丹は思ったが、仙崎がどう対処するか興味を持った。

 疲れて気が短くなっていた仙崎は剛雷槌槍を振り上げスライムに斬り付けようとした。

「待て待て、いくらミスリル合金製の剛雷槌槍でもスライムの酸に触れるのは駄目でござる。これを」

 伊丹は持って来たホーンスピアを渡し、剛雷槌槍を受け取った。双剣鹿の角を使ったホーンスピアは脆く切れ味も良くなかったが、スライムを相手するにはピッタリのものだ。


 仙崎がホーンスピアを振るい始めた。

 スライムの核を目掛け斬り付けると簡単に不定形の魔物は死ぬ。五メートルほど進んだ所で仙崎の足が止まった。敵が居ると知ったスライムが集まり始めたのだ。

「オリャ……トウ……ウワッ」

 スライムから酸の集中攻撃を受けた仙崎が逃げ戻って来た。

「はあはあ……や、槍じゃ無理です」

「予想通りでござる」

「知っていたなら、先に教えて下さい」

「いや、こういう経験をするのも修行でござる」


 仙崎はどうやってスライムの群れを通り抜けるか悩んでいるようだ。

「伊丹さんなら、どうしますか?」

「拙者はスライムを遠ざける手段を持っているのでござる」

「どんな手段です?」

「仙崎殿には無理でござるので、参考にはならぬと思うぞ」

 伊丹が抑えている覇気や殺気を全開にすると弱い魔物は近寄らなくなる。


 仙崎は悩んだ末、魔法を使う事にしたようだ。

 使う魔法は『紅炎爆火の神紋』の<炎池フレームパーンド>だ。スライムがもぞもぞと動いている草原を睨み、仙崎は呪文を唱え始める。

 呪文が終わった瞬間、目の前の草原に火の海が出現した。直径一〇メートルほどの範囲でスライムと雑草を焼いていく。

 しばらくして火が消えると、スライムの残骸が残った。だが、一回の魔法で進めるのは一〇メートルである。それではスライムの草原を縦断し次の階層へ行く事は出来ない。


「こうなったら」

 仙崎は別の魔法を試す事にしたようだ。今度の魔法は『凍牙氷陣の神紋』の<暴風氷ブリザード>である。

 呪文を唱え<暴風氷>が発動した。上空の空気が魔力により冷やされ氷点下となる。その冷たい空気が地面すれすれまで下降し、仙崎の目前で前方へと風向きを変える。

 空気中の水分が凍り、その結晶を舞い上げながら前方の草原を凍り付かせていく。

 仙崎は<暴風氷>を発動したまま、凍った草原を渡り始めた。

 草原を三分の二ほど縦断した所で、仙崎の顔から大粒の汗を吹き出すのを伊丹は見た。どうやら仙崎の魔力が限界に来ているようだ。

「ウウッ、限界……です」

 <暴風氷>の魔法が途切れた。伊丹は残念という顔になり。

「もう少し頑張って欲しかったでござる」

「そ、そう言われても……」

 凍っていた草原が元に戻り始めた。迷宮の復元力が働き、凍ったものが溶けるまでの時間が地上より早いようだ。

「ほう、迷宮では凍ったものが溶けるのも早いのでござるな」

「落ち着いて観察している場合じゃない。このままじゃスライムに囲まれてしまう」

 伊丹は落ち着いて周りを見回してから、抑えていた覇気を解き放った。

 その瞬間、仙崎は伊丹の身体から何かが放射され始めたのを感じた。気が付くと身体中の体毛が逆立ち、本能が危険だと警笛を鳴らしている。

 そして、伊丹が何か恐ろしい存在に変身したかのように感じ始めた。声を出そうとして、喉がカラカラに乾いているのに気付く。


「さあ、先に進もうではござらぬか」

 モーゼの奇跡のように、伊丹が進むとスライムが逃げ出し前方に道が出来た。

 仙崎は伊丹から発せられる覇気に耐えながら追い掛けスライムの草原から脱出した。

 第十七階層へ下りる階段に到着し、漸く伊丹が覇気を抑えたので、仙崎はぐったりして座り込んだ。

 仙崎は師匠である山崎の覇気を受けた経験がある。だが、伊丹のものは桁違いだと感じ、何でこんな凄い人が評判になっていないんだと不思議に思う。


 その後、将校蟻と戦って死にそうになったり、ファイアードレイクが吹き出した炎で丸焼けになりそうになったりしながらも何とか第二〇階層のゴールまで辿り着いた。

 仙崎はゴールした途端、不覚にも両目から涙が零れ落ちるのを抑えられなかった。

「修行は、これで終わりではござらんぞ。山崎殿の課題はナイト級下位の魔物を狩る事でござる」

「少しくらい休ませて下さい」

「しょうがないでござるな。明日一日だけ休みに」

「助かった。このままナイト級の魔物と戦わされたら死ぬ所だ」

 休みという言葉を聞いた仙崎は、声を張り上げ喜んだ。

 趙悠館に戻った伊丹たちは、アカネたちが用意した豪華な料理で迷宮制覇を祝った。

 仙崎も伊丹のサポートがなければ達成出来なかったと分かっているが、攻略した事は間違いないと喜び、大いに飲んで酔っ払った。


 一方、ウェルデア市から戻った俺は、依頼人を死なせてしまうという失敗をしてしまい落ち込んでいた。

 丁度気分転換に良さそうな魔法薬の材料を集めるという簡単な仕事をしようと決めた。本来ならハンターギルドに依頼し若いハンターに頼むような仕事である。

 この魔法薬は白血病の治療に来ている依頼人に使われるもので、今日中に素材を集める必要があるそうだ。

「アッ、ミコト兄ちゃんだ。何処に行くの?」

 貧民街が災難に遭った時に引き取ったモルディとファバルの兄弟だ。確か一〇歳と七歳になったはずである。

 現在、この二人は趙悠館の道を挟んだ隣にある従業員宿舎で生活していた。趙悠館でちょっとした雑用をこなす他に、伊丹さんから戦闘技術、俺から魔法について学びながらハンターを目指している。

「南門の雑木林だ。月花桃仁草を探しに行く」


 月花桃仁草は中級再生系魔法薬の材料である。

 白血病の患者であるエリカさんには、浄化系魔法薬を服用させる治療を行っていた。その効果は現れ回復に向かっていたが、問題が起きた。

 白血病は血液の癌である。骨髄で血液が作られる際に血液細胞が癌になるのだが、その原因は遺伝子や染色体に異常が起きた為だと考えられている。

 遺伝子や染色体に異常が起きた原因は放射線、化学物質、ウイルスなどが有るそうで、その原因を取り除く為に最初に浄化系魔法薬を処方した。放射線の場合は仕方ないが、化学物質やウイルスだった場合、それを取り除こうと処方したものだった。

 しかし、浄化系魔法薬は染色体異常を起こしている骨髄の細胞まで浄化してしまい、貧血を起こしてしまう。

 その為に再生系魔法薬が必要になったそうだ。


 俺は一人で雑木林へ行き二匹の足軽蟷螂を倒して月花桃仁草の球根を持ち帰った。

 それを使って二人の医師が再生系魔法薬を調合し、エリカさんに投与すると目に見えて状態が良くなり、間もなく宮坂エリカの白血病は完治した。

 その知らせを聞いて、俺は喜んだ。落ち込んでいた気分が、少しプラスに転じた。


 翌々日、伊丹さんと一緒に樹海へ向かった仙崎は、ナイト級下位の帝王猿を仕留めて帰った。

 これで依頼を達成したと俺はホッとした。後は仙崎の為に用意した装備を、彼のホームグラウンドであるクノーバル王国へ届ける必要があるが、ちょっとした旅行だと思えばいいだろう。


 仙崎とエリカが日本に戻った後、俺は魔導飛行バギーの工場へと向かった。

 ドルジ親方とカリス親方の様子を見に行ったのだ。

「オッ、やっと来やがったな」

 聞き慣れた大きな声が聞こえ、ドルジ親方が迎えてくれた。

「二台目の空巡艇は完成したの?」

「おう、きっちりと完成した。後はモルガート王子に届けるだけだ」

「良かった。問題なく完成したんだ」

「当たり前だ。……そこで相談なんだが、届ける時に一緒に来てくれ」

「エッ、王都へ行くんですか」

「いいだろ。職人の俺たちだけじゃ心細いんだよ」

「判った。行くよ」

 クノーバル王国へ行く途中に、王都へ寄ればいいかと考えた。


 空巡艇を届けに行くのは、カリス親方と弟子一人、それに俺とアカネさんという事になった。

 アカネさんは案内人として有名な山崎と一度話をしてみたいそうだ。それにクノーバル王国の食べ物にも興味が有るという事で一緒に行くと言い出した。

 俺は改造型飛行バギーで王都まで飛び、アカネさんは空巡艇で飛ぶ事を選んだ。当然だろう。空巡艇の方が乗り心地がいいのだから。

「クノーバル王国に、どんな食べ物が有るか楽しみです」

 アカネさんはマウセリア王国に存在しない調味料を探したいようだ。

 工場の試験場に引き出された空巡艇にアカネさんたちが乗り込み出発した。

 俺だけは改造型飛行バギーで後を追う。

 空の旅は順調で何事もなく王都に到着した。エクサバル城には大きな人工池が有り、空巡艇はそこに着水する。一方改造型飛行バギーは人工池の傍に着陸した。

 着陸すると同時に城の近衛兵が駆け寄って来る。俺たちが乗り物から降りると近衛兵により取り囲まれた。


 近衛兵の隊長が空巡艇をチラリと見てから、カリス親方に声を掛けた。

「迷宮都市から空巡艇を届けに来られた方ですね」

「そうだ。モルガート王子の空巡艇を運んで来た」

 それを聞いた隊長さんがホッとしたような表情を浮かべる。

「良かった。モルガート王子がお待ちです」

 近衛兵は俺たちの身元を確認してから、城へと案内した。

 エクサバル城は石造りの堅牢な建物で、入るのを躊躇わせるような威圧感が有る。

 城に入った俺たちは、何故か豪華な応接室に案内され国王と会う事になった。

「久しぶりであるな」

「陛下におかれましては御健勝な御様子……」

「ミコトよ、無駄な挨拶はよい」

 迷宮都市から帰る時は元気だった国王が疲れているように見えた。

「王都で何か問題が起こったのでしょうか?」

「モルガートとオラツェルが魔導飛行船レースの勝敗に次期王座を賭けると言い出しおったのだ」

 王座をレースの賞品にするなど以ての外だが、第一王子派と第二王子派の貴族は規定の事実であるかのように吹聴し、王都の人々はレースの予想で盛り上がっているそうだ。


 そこにバタバタと大きな音がしてモルガート王子が姿を現した。

「陛下、私の空巡艇が運ばれて来たそうですね」

 国王がうんざりした顔をして我が子に視線を向ける。

「騒がしいぞ、モルガート」

「申し訳ありません。やっと空巡艇が届いたと聞いたものですから」

 モルガート王子は弟のオラツェル王子が空巡艇の飛行訓練を続けているのを知り、空巡艇が届くのを待ちわびていたようだ。

 それが漸く届き、操縦法を一時でも早く伝授して欲しくて来たらしい。

 王子はカリス親方と弟子を連れ出し、空巡艇へ行ってしまった。

 残った俺は迷宮都市の近況とミスリル坑道で起きた出来事を話した。

「話を聞く限り、ミコトに落ち度はないようであるな」

「そう言って頂けるのは嬉しいのですが、依頼人を死なせたのは失敗でした」

 それから少し雑談し、王の下を離れると人工池の方へ向かった。

 空巡艇に入るとモルガート王子が護衛のヤロシュとニムリスと一緒に操縦法を聞いていた。


 モルガート王子が離水と着水の練習を何度か行っている時、オラツェル王子の空巡艇が戻って来た。

 その空巡艇を見て、カリス親方が複雑な表情を浮かべた。

 オラツェル王子の空巡艇は、全体が黄金色に塗られ、両翼に王家の紋章が描かれていた。

 カリス親方が吐き捨てるように。

「なんて悪趣味な色に」

 モルガート王子も忌々しそうに黄金の空巡艇を見て呟く。

「オラツェルの奴め、いい気になりおって」


2017/9/5 誤字修正

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