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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第8章 多忙を極める案内人編
192/240

scene:189 鉄頭鼠の特異体

感想を頂きました。ありがとうございます。


 異世界生物研究所は、この不始末を研究所だけで解決しようとした。警察や政府には知らせず警備員や職員を使って逃げた三匹の異世界生物を探したのだ。

 だが、逃げ出した異世界生物は奥多摩の山岳地帯に逃げ込んだらしく簡単には見付からなかった。

 研究所は仕方なく警察と政府に連絡した。連絡が遅いと研究所のトップは文句を言われたらしいが、事態の深刻さを理解した政府は、自衛隊の出動を要請した。

 アメリカのフロリダ州にゴブリンが住み着き繁殖を始めた事実を知る日本政府は、逃げた鉄頭鼠がオスとメスだと聞くと自衛隊の出動を決めたのだ。


 出目兎は一旦鉄頭鼠たちと別れて逃げたが、臭いを頼りに鉄頭鼠たちを追い始めた。鉄頭鼠たちと一緒に居た方が面白そうだと思ったようだ。

 鉄頭鼠たちに追い付き、奴らから身を隠して追跡する。ネズミは山岳地帯を目指し移動を始めた。

 山に入った鉄頭鼠は旺盛な食欲を示し、同族の野ネズミやタヌキを捕まえると貪るように食べ始めた。鉄頭鼠は山の中をさまよいながら急速に成長する。

 それは鉄頭鼠という種の限界を超えた。体長が一メートルを超えた頃から鹿などの大型動物も狙い始め、逃亡して一〇日目で二メートルに達した。

 鉄頭鼠の特徴である黒光りする禿頭も瘤のように盛り上がり凶悪な面相になっていた。

 この変異をミコトが見たら、鉄頭鼠が特異体となって急成長していると見抜いた事だろう。


 自衛隊と地元の警察は研究所付近の山林を捜索したが、鉄頭鼠と出目兎を発見出来なかった。そこで捜索範囲を広げ探し続けた。

 漸く自衛隊の部隊が逃げ出した魔物を発見した時、小さな魔物だったはずの鉄頭鼠が別の魔物へ変異していた。

 捕獲する為にタモ網を持った自衛官は巨大化した鉄頭鼠と手に持つタモ網を見比べ。

「分隊長、この網じゃ入らないと思います」

 そう言った自衛官の一人鈴木一等陸士は天然が入っていると言われる人物だった。

「阿呆か、網なんか使えるか」

 青島分隊長が叱るように言い返すと銃を構えろと命令した。近くに居る自衛官は素早い動作で全員が小銃を構える。

 鉄頭鼠が背中の毛を逆立て威嚇の声を上げる。

 その迫力は凄まじく自衛官たちが思わず後退った。

「こ、こいつに小銃の弾が効きますか?」

 部下の一人が分隊長に尋ねた。分隊長は自分だって知りたいと思いながら命令を出す。

「こいつらに背中を見せるな。ゆっくりと下がるんだ」

「分隊長、死んだふりとか駄目ですか?」

 鈴木一等陸士が提案した。分隊長はアホの子を見るような目でチラッと見てから。

「お前は黙ってろ。兎に角後退するんだ」


 自衛官たちは必死の表情で鉄頭鼠と睨み合い少しずつ後退していく。

 その時、横の藪からフキノトウがコロコロと転がり出て来た。

 それに気付いた自衛官の何人かが、こんな所に何故と思っていると、その後を追って、出目兎がトコトコと歩いて現れ、地面に落ちているフキノトウを拾い上げた。

 出目兎はフキノトウを口に放り込みモシャモシャと食べながら周りを見回した。自衛官の姿を見て、フンと鼻を鳴らし、鉄頭鼠の姿を見てギクッとする。

 素早い動きで自衛官たちの後ろに回り込んだ出目兎は、安心したかのように鳴き声を上げた。

「ブモッ」

 それだけなら良かったのだが、小石を拾うと鉄頭鼠の方へ投げた。

「この馬鹿ウサギが」

 分隊長が文句を言った時には、鉄頭鼠が襲い掛かっていた。自衛官たちは小銃を連射し銃弾の雨を鉄頭鼠に浴びせる。

 銃弾は鉄頭鼠の皮を突き破る事は出来なかったが、痛みを与えたようで鉄頭鼠が後退する。


 チャンスだと思った分隊長は全速で逃げるよう命じた。

 幸運にも鉄頭鼠は追って来なかった。銃弾の痛みが気に食わなかったようだ。

 五〇メートルほど離れた地点で足を止めた自衛官たちは、肩で息をしながら後方を確認する。

「どうやら追って来ないようだな」

「分隊長、あの化け物は何だったんです?」

「俺にも分からんよ。研究所からの情報では体長七〇センチほどの黒いネズミだったはずだ」

「しかし、どう見ても二メートルを超えていました」

「確かに……アッ、報告せねば」

 青島分隊長は無線機で捜索本部に連絡し、魔物が聞いた情報より遥かに大きくなっており、小銃では仕留められなかったと報告する。

 捜索本部は捜索している全員に引き返すよう命じた。現在の装備で鉄頭鼠と遭遇すれば死傷者が出ると判断したからだ。


 研究所の一角を借りて設立された捜索本部では栗栖教授を招き、どうして魔物が巨大化しているのか問い質した。

「それってきっと活性化魔粒子の所為ですよ」

 教授と一緒に来た研究員の宮本が発言した。栗栖教授が黙っていろというように睨む。

 捜索本部の桃井二等陸佐が厳しい目を栗栖教授に向け。

「どういう事ですかな、栗栖教授」

 教授は仕方なく活性化魔粒子を魔物に投与していた事を伝えた。

「実験では体重が二倍になった程度で、話に聞くほど変異していると予想もしていなかった」

「なるほど……しかし、短期間に体重が二倍になったのは事実なのですな」

 渋い顔になった教授が認めた。

「魔物が逃げた時の様子を詳しく教えて貰えませんか」

「よく分からんのだ。ちょっと部屋を空けた隙に逃げてしまったのだ」

 宮本が何か思い付いたような顔をして口を挟んだ。

「教授、研究室の監視カメラを見れば何か判るかもしれません」

 宮本の言う監視カメラとは、警備用のカメラではなく魔物を監視する為に宮本が独自に設置したものだった。

「そんなものが有るなら、何故早く出さなかったのだ」

 教授はカメラの存在を知らなかったようだ。このカメラは鉄頭鼠の実験に不安を持った宮本が念の為に設置したもので、教授には言わなかったらしい。

「ほう、そんなものが有るのなら見せて欲しいですな」

 桃井二等陸佐が宮本に監視カメラを持って来るように促した。


 宮本は急いで研究室に戻り監視カメラの映像が保存されているノートパソコンを持って戻った。

「えーっとあの日の映像は」

 監視カメラの映像がノートパソコンのディスプレイに映し出された。宮本が魔物が逃げたと思われる時間まで映像を飛ばす。

「オッ、出目兎がケージの南京錠を外した。我々が思っていた以上に頭のいい奴ですよ」

 出目兎が金庫を開ける映像が映し出された。

「何でこいつが金庫を開けられるんだ!」

 教授が叫ぶように声を上げた。

「あなたたちは異世界の生物について何も判っていなかったようですな」

 桃井二等陸佐は皮肉るように声を上げた。

 そして、出目兎が活性化魔粒子溶液を取り出し鉄頭鼠に注射するのを見て、映像を見ていた全員が押し黙った。


 しばらくして鉄頭鼠が暴れだし逃げる映像を確認する。

「何ですか……この悪魔のようなウサギは」

 桃井二等陸佐が呟くように言った。

「あれは出目兎と呼ばれる異世界のウサギです。ちょっとイタズラ好きですが、危険な生物では有りません」

 教授が返答したが、その声は自信が無さそうだった。

「判った。出目兎が大量の活性化魔粒子を魔物に与えたんで、鉄頭鼠が特異体化したんですよ」

 宮本が髪の毛を掻きむしりながら大きな声を上げた。

「本当に出目兎は危険な生物ではないのですな?」

 桃井二等陸佐がもう一度確かめるように尋ねた。

「ええ、本当です。異世界ではペットとして飼っている人々も居るくらいです」

「こいつをペットにねぇ。異世界人は思っていた以上に勇気が有るようだな」

 二等陸佐の皮肉に教授は苦笑した。


 三人が別々の思いを抱き映像を見ていた頃、鉄頭鼠と出目兎は凄い速さで北に向かって移動していた。

 自衛隊が対物ライフルなどの装備を揃え再び捜索を開始した時、魔物は遠くへと逃げていた。

 しかも装備を待っている間に雨が降り、臭いが洗い流され犬を使って追う事も出来なくなっていた。ただ、わずかに残った足跡から北に逃げたと判明した。

 自衛隊は今までより慎重に捜索を行ったが、鉄頭鼠を見付けられなかった。


 政府としては密かに魔物を捕獲し国民には知られずに事態を収拾したかったのだが、大型化し危険な存在となった魔物が日本の山中を移動している以上、国民に警告しなくてはならなくなった。

 そのニュースは大々的に報道され、研究所の在る奥多摩や逃げたと思われる北に在る地域の住民には目撃したら即座に逃げ、警察に通報するようにとマスコミに報道させた。

 それを聞いた奥多摩付近の住民などから避難する必要があるのかと問い合わせが殺到したらしい。だが、大多数の国民は他人事として聞き、危機感はほとんど無かった。


 同じ頃、薫は進学する高校が決まり、のんびりと中学最後の時間を過ごしていた。

 その中学校では、巨大なネズミ型の魔物が逃げた事件が話題になっていた。

「聞いたか。例のネズミの化け物が群馬の山の中に出たんだとよ」

「エッ、誰か見たのか?」

「いや、獣に食い荒らされた鹿の死骸が発見されたんだ」

「へえ、怖いね。土日に群馬の温泉へ家族で行く予定だったんだけど、止めるように言おうかな」

「山の中に入る訳じゃないんだろ。だったら大丈夫さ」

「まあ、そうか。魔物だって街には来ないか」


 そんな話を何気なく聞いていた薫に、親友の三浦由香里みうらゆかりが話し掛けた。

「ねえ、カオルは今度の日曜日は暇?」

「ん、予定はないけど、何?」

「クラブの皆でゴルフコースに行く予定なんだけど、一人行けなくなった人が出ちゃったのよ。代わりに行かない」

 由香里はゴルフ部に所属している生徒で、中学最後の思い出にゴルフコースでプレイする予定のようだ。

「でも、私はコースに出た事ないけど」

 薫の父親がゴルフ好きで、一緒にゴルフ練習場へ行き父親に教えて貰っていた。無心にボールを打つのはストレス解消になるので、割りと好きなのだ。

 但しコースに出た事はなく、自分のクラブも持っていなかった。

「お父さんのを借りればいいじゃない」

 ゴルフ練習場でも父親のクラブを振っているので不可能ではないが、パターやアプローチの練習はあまりやっていないので、コースでは足手まといになりそうだった。


「問題ないよ。大会じゃなく遊びなんだから」

 薫は迷ったが、行く事にした。中学生最後の思い出にゴルフコースに友達と行くのも悪くないと思ったのだ。

 次の日曜に、薫はゴルフバッグを担いで山梨のゴルフ場へ来た。

「何だか空気が美味しい」

 薫は背伸びして深呼吸をする。

 目に入る草木は、樹海のような大自然とは違う管理された緑だったが、何だか気持ちがいい。

「初めてコースに来た感想は?」

 由香里が薫に問い掛けた。

「広々としていて気持ちがいいのね。お父さんに頼んで連れて来て貰えば良かった」

「そうでしょ」

 由香里がドヤ顔をして胸を張る。


 薫と一緒にコースを回るメンバーは、親友の由香里と背の高い西田佳苗にしだかなえ、背が低く小学生のような桃井照美ももいてるみだった。

「三条さんはゴルフやっていたんだね。知らなかった」

 小学生のような照美が声を上げた。

「打ちっ放しで練習していただけよ。コースは初めてだから、いろいろと教えてね」

 薫がそう返すと照美はニコっと笑って任してというように胸を叩いた。


 時間が来たので一番ホールに行くと何故か大勢の見物人が居た。どうやら薫たちの後に女子プロゴルファーが回るようだった。

「何かやり難いね」

 背の高い佳苗が声を上げる。それを聞いて由香里がいつも通りにやろうと返事をした。

 最初に佳苗がボールを打つと見物人がガヤガヤといい加減な批評を始めた。

 小声で言っているが、薫には聞こえた。悪口ではないのだが、プロに比べると飛ばないと言っているようだ。そんな事は当たり前なのに、何だか悔しくなった。

 照美と由香里が打ち終わり薫の番になると見物人も興味を失ったようだ。

 見物人の一人が小さな声だったが、薫に告げた。

「さっさと打てよ。こっちは宮間プロを見たいんだから」


 薫はマナーのなっていない見物人を睨んだ。

「カオル、気にしないで」

 由香里が不機嫌な顔をしている薫に声を掛けた。

「分かってるけど、何だかムカつく」

 薫はボールをバックティに置き、ドライバーを一回だけ素振りしてから、ボールを力を込めて打った。

 ボールがひしゃげながら空中に飛び出し、空高く舞い上がると小さくなって消えた。

「オオッ」「馬鹿な」「プロより飛んでるぞ」

 見物人の中から声が上がった。

 薫が打ったボールは四〇〇ヤードほど飛んで林の中に飛び込んだ。

「風に押されたのかな。信じられないほど飛んだね……でも、OBだから打ち直してね」

 由香里の言葉に、薫はガックリと肩を落とした。


 その頃、北へ向かったはずの鉄頭鼠が、何故か奥多摩より西の山中で獲物を探していた。その時、鉄頭鼠たちは魔力を発している存在に気付く。

 鉄頭鼠は特別な能力をほとんど持っていなかったが、ただ一つ<魔力感知>に似た能力を持っていた。これは近くに強力な魔力を発する敵が現れた時に逸早く気付き逃げる為のものだった。

 特異体となり巨大化した鉄頭鼠たちは逃げなかった。特異体となった事で恐怖心が消え、自分たちに恐れるものはないと思うようになっていたのだ。

 鉄頭鼠たちは藪を掻き分けゴルフ場の方へと進んだ。途中で見付けたイノシシを鋭い前歯で噛み殺して食べた時を除けば、休む事なく移動しゴルフ場近くの山に辿り着いた。


 鉄頭鼠たちは敵の臭いをとらえた。

 自分たちを檻に閉じ込め痛みを与えた奴らの臭いだ。


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