scene:187 ミスリル鉱脈
「今回のミスリル鉱脈なのだが、ミリエス男爵が所有権を主張しているのだ」
オペロス支部長は顔を顰めながら告げた。
「エッ、採掘したら駄目だという事ですか?」
「いや、採掘の許可は下りているのだが、採掘した半分を男爵に納めねばならない」
「自分は城の中で待っているだけで半分は多過ぎじゃない。それに樹海の中にある鉱脈に所有権を主張出来るんですか?」
樹海の一部を自分のものだと主張しても、正式に認められるものではない。少なくとも国王の認可が必要である。ミリエス男爵が国王の認可を取っているとは思えなかった。
「国王の認可を得ているかどうかという意味なら分からん。だが、誰であろうと新しいミスリル鉱脈を採掘した者は半分を男爵に上納せよと命じている」
「強欲な奴だな……そんな鉱脈だと採掘に行く者は居ないんじゃないか」
「ああ、ハンターギルドの人間で採掘に行こうという奴は居なかった」
「だったら、今回採掘に行く奴は誰なんだ?」
「ミリエス男爵自身だ。ハンターギルドにはサイクロプスを倒せるハンターを用意しろと依頼があった」
俺は思いっきり不機嫌な顔になった。
「そんな顔するな。私だって困っているんだ。貴族の依頼を理由もなく断わる訳にもいかず、迷宮都市のハンターギルドにサイクロプスを倒せるハンターが何人ほど居るか調べて貰ったら、ミコトの名前が有ったんで、指名依頼を出させて貰った」
オペロス支部長の話では、ウェルデア市の財政は火の車らしい。まともな人間は逃げ出し、別の町で指名手配されているような奴が逃げ込んで来ているだから当然である。
そこで男爵は新しく発見されたミスリル鉱脈の所有権を主張したのだが、採掘する者が居なければ宝の持ち腐れである。業を煮やした男爵は自ら採掘すると言い出したらしい。
「状況は判ったけど、そのミスリル鉱脈はどうやって発見されたんです?」
「うちのハンターがサイクロプスに追われ逃げ込んだ洞窟が、ミスリル鉱脈の坑道だったようだ。そのハンターは坑道の中を探索しミスリル鉱脈を発見した」
「その坑道ですが、危険な場所なんですか?」
「鉱脈を発見したハンターは何かの気配を感じて逃げ帰って来た。魔物が居るのかもしれん」
「俺はサイクロプスを倒すだけでいいんですか?」
「ああ、サイクロプスだけでいい」
クラダダ要塞遺跡の時も崩風竜だけ撃退すればいいと言われ、今度はサイクロプス……欲深い人間が多いからなのか、それとも迷宮都市のハンターなど信用出来ないと思われているのだろうか。
男爵の採掘チームは掘り手一〇人、護衛五人の構成らしい。護衛の技量を訊くと傭兵崩れで対人戦は慣れているが、魔物は未知数のようだ。
オペロス支部長がサイクロプスを始末するハンターが来たとミリエス男爵へ報告に行ったので、適当に街の中で見物して回った。
だいぶ寂れてきているようだ。商店街の中にも閉店し他所へ移った者が居る。
ハンターギルドへ戻ってみるとオペロス支部長も帰って来ており、明日の早朝にミスリル鉱脈に向かうと知らされた。
報酬額の件は、サイクロプスを倒せば多額の報酬を支払うと男爵が約束したと聞かされた。
その日は、宿屋に一泊し翌朝ハンターギルドの前に集合した。
オペロス支部長にミリエス男爵を紹介された。四〇代後半の痩せた男で水牛の角のようなカイゼル髭を生やしているのが印象的である。
男爵は俺の事を値踏みするようにジロリと見て。
「ふむ、若いな。お前にサイクロプスを倒せるのか?」
「男爵様、ミコトは迷宮都市でもトップクラスのハンターです。彼の腕前は私が保証します」
オペロス支部長が断言したので、男爵は納得したようだ。
「まあいい、それで鉱脈まで案内するハンターは来ているのか?」
「はい、ここに」
俺より少し若いくらいのハンターがオペロス支部長の背後に立っていた。ウェルデア市に残る数少ないまともな若いハンターの一人らしい。
「これも若いな。ギルドにはベテランのハンターが居ないのか。私の護衛を見てみろ。ベテランの強者揃いだぞ」
男爵の背後で警護をしている護衛を観察した。確かに三〇代後半から四〇代のベテランだが、あまり強そうには感じられなかった。
紹介が終わり、俺と若いハンターをオペロス支部長が呼び寄せた。
「ミコト、済まんがフェランの面倒を見てくれんか」
若いハンターはフェランという名の序二段ランクの剣士らしい。
「いいですよ」
「ちょっと待ってくれよ。俺は一人前だ」
「やっと正式なハンターになったばかりの若造が粋がるな」
オペロス支部長に叱られ、フェランはシュンとなった。
「よし、出発だ」
ミリエス男爵の命令で、ウェルデア市を出発した。先頭はフェラン、その後ろに俺が続く。
男爵は護衛に囲まれながら樹海を恐れるように歩いている。ハンターでもない男爵が樹海を旅する事に慣れていないのは当たり前だが、思っていた以上に歩みが遅い。
樹海が怖いのなら、ウェルデア市で待っていればいいのにと思ったが、男爵は他人を信用出来ない性格らしく、誰かが採掘したミスリル鉱石を誤魔化すのじゃないかと心配しているようだ。
樹海の中を半日ほど進んだ場所で休憩する。
「おい、まだ着かないのか?」
ミリエス男爵がフェランに強い口調で尋ねた。少し苛立っているようだ。
「もう少しです」
「ふん、という事はサイクロプスのテリトリーが近いのだな」
フェランが頷くと男爵は俺の方に顔を向け。
「サイクロプスは貴様に任せていいのだな」
俺自身も男爵に陞爵しているので身分的には同等なのだが、この男爵には言わなかった。下手に伝えると人間関係がややこしくなるような気がしたからだ。
「もちろんだ。サイクロプスは俺に任せてくれ」
「ふん、その自信が嘘でなければいいのだがな」
男爵はオペロス支部長から俺の実力を聞いているはずなのだが、信用していないようだ。
簡単な食事を済ませると出発した。二時間ほど歩いた地点でフェランが立ち止まり、ここから先にサイクロプスが居る可能性が高いと告げた。
「ミコトとか言ったな。一人で行って化け物を倒して来い」
ミリエス男爵が無機質な口調で命じた。俺の事を猟犬か何かとでも思っているようだ。腹の底ではムッとしたが、無表情のまま承諾する。
「判った」
いつも思うのだが、貴族の中には平民を人間だと思っていない奴らが居る。貴族の為に平民が命を投げ出すのは当たり前だと思っているのだ。
また、その平民がどんなに強くとも貴族に従うのは当然だと思っている。王国という社会の中でしか通用しない考えなのに、絶対的真理であるかのように信じているようだ。
俺は<魔力感知>でサイクロプスの魔力を探した。
サイクロプスは五〇〇メートルほど先に居るようだった。邪爪鉈を抜き油断なく近付く。
独眼の巨人は大きな岩に座り、捕らえた大王兎を食べている処だった。大王兎はポニーほど大きさがある大きな黒ウサギである。サイクロプスは大王兎を片手で掴んで口に運び、強力な乱杭歯で骨ごと噛み砕く。
ポトポトと血が落ちるのを見て顔を顰めた。
その時、サイクロプスの独眼が俺の方に向いた。俺は背負っている魔導バッグを放り出し厳しい顔になった。
「気配を消していたのに気付かれた」
サイクロプスが立ち上がった。その体長は五メートルほど有り、逞しい片手には大王兎の死骸が握られていた。赤銅色の身体は腰の部分だけ何かの皮らしいもので覆い隠している。
大きな足が大地を踏み締めるたびに大きな足音を響かせた。近付いたサイクロプスは右手を振り下ろす。
俺は全力で飛び下がった。目の前を大きな手が通り過ぎ、地面を掻きむしる。ショベルカーで地面を掘ったような跡が地面に残った。
「ヤバイ」
サイクロプスが地面を掘った手を掲げ持っている土石を投げようとしている。俺は急いで<遮蔽結界>を張り身構えた。大量の土石が俺に向かって投げられ結界で弾かれると細かい土の粒子が煙幕のように空気中に広がった。
土石の中には直径二〇センチほどの石も混じっており、当たれば大怪我をしただろう。危険な攻撃だ。
土の煙幕を利用し移動しようと右の大木が在る方へ駆ける。だが、大きな独眼が俺の動きを正確に追っている。どうやら普通の光だけではなく、熱源か魔力を感知する機能が独眼には備わっているらしい。
サイクロプスが地面から大きな岩を持ち上げ、俺目掛けて投げ付ける。
「オワッ!」
素早く横に跳んで避けた。大岩は背後に有った木の幹に命中しへし折った。サイクロプスの攻撃範囲内で戦うのは不利だと思い、距離を取ろうと後ろに下がる。
サイクロプスが追撃して来た。逃がさないつもりのようだ。仕方なく接近戦を試みる。五芒星躯豪術を使って脚力を強化し人間離れした素早い踏み込みで、サイクロプスの足元に飛び込み大きな足に邪爪鉈を叩き付けた。
邪爪鉈の刃がサイクロプスの足に喰い込み引き裂いた。
サイクロプスが思い掛けない痛みに悲鳴のような叫びを上げた。だが、サイクロプスの筋肉は強靭で、深い傷とは言えない。
サイクロプスは猛烈な勢いであらゆる物を投げ始めた。岩、土、木の枝など手当たり次第に投げ、俺を攻撃する。いつの間にか攻撃するタイミングを失い守りに徹するようになっていた。これでは駄目だと攻撃のきっかけを求め邪爪鉈を仕舞い、絶烈鉈を魔導ポーチから取り出す。
五芒星躯豪術で集めた魔力を絶烈鉈に流し込む。赤紫の光が溢れ出し長さ一メートル半の刃が形成された。凶悪と言えるほどの威力を秘めた絶烈刃である。
俺はもう一度サイクロプスに接近し、絶烈刃をその大きな足に叩き付けた。絶烈刃は巨人の足を切断し、その巨体を地面に転ばせた。
絶叫を上げるサイクロプスが地面を転げ回った。俺は巨人の頭の方へ移動し、その首に絶烈刃を滑り込ませる。邪爪鉈で斬り付けた時には大きな抵抗感が有ったが、絶烈刃は大した抵抗もなく首に喰い込み、それを切断する。
サイクロプスが静かになり、切り離された頭に付いている独眼から光が消えた。その死体から濃厚な魔粒子が放たれ、俺の身体に吸収される。
「ふう……戦術を誤った。遠くから<魔粒子凝集砲>を放ってダメージを与えてから仕留めるべきだった」
俺は反省しながら、サイクロプスから皮と魔晶管を剥ぎ取る。当然、魔晶管の中には魔晶玉が有り、バジリスクの魔晶玉並みに大きなものだった。
剥ぎ取ったものを魔導バッグに入れ背負うとサイクロプスの頭を<圧縮結界>を使って小さくし、鉱脈が在ると聞いている山の近くへ持って行き置いた。男爵が本当に倒したのか疑った時に見せようと思ったのだ。
頭を元の大きさに戻すと男爵たちが待っている場所へと引き返した。
ミリエス男爵がイライラしながら待っていた。
「チッ、時間が掛かったではないか」
咎めるような口調であった。いささかムッとする。
「相手はサイクロプスですよ。時間が掛かっても倒したのなら凄い事です」
サイクロプスを倒した事で、俺に尊敬の念を懐き始めたフェランが口を挟むと男爵にジロリと睨まれ身を縮めた。
「さっさと鉱脈まで案内しろ」
男爵に言われ、フェランが歩き出した。俺がサイクロプスと戦った近くを通る時、サイクロプスの頭が見えた。独眼の巨大な頭を見たミリエス男爵が、少し青い顔をして急ぎ足で進み始める。
鉱脈がある山に到着した。山の裾野に坑道の入り口があり、それがミスリル鉱脈まで続いているらしい。
「そこの二人、先に行け」
俺とフェランを指差し男爵が声を上げた。指示通り先に入る。坑道の中は高さ二メートルほどで幅も三人の人間が並んで歩けるほどであった。
中は暗く、フェランが用意して来たカンテラに火を灯す。
鉱脈は坑道の中を一〇分ほど歩いた場所にあり、かなり高品位のものらしく銀色に輝いていた。男爵の命令で一〇人の掘り手がツルハシを振るい始め、ミスリル鉱石が転がり落ちる。
男爵と護衛、俺とフェランは掘り手の後ろで周囲を警戒していた。
「フェラン、坑道の中で魔物の気配を感じたと聞いたが、正体が何か分かるか?」
「いえ、あの時は気配だけで逃げ出したから」
「そうか、魔物の正体は気になるが、分からないなら仕方ない。警戒しながら採掘が終わるのを待とう」
近くで聞いていたミリエス男爵が。
「サイクロプスを倒したハンターにしては臆病だな」
この男爵とは徹底的に馬が合わないようだ。何度もイラッとさせられ、一緒に居るだけで息苦しい感じがする。
「フェランは坑道で魔物の気配を感じたと言っているんだ。警戒するのは当たり前だろ」
「そんな若造の直感など信用出来るか。怯えた顔をして突っ立っているだけなら、外に出て今夜の食料を調達して来い」
男爵も俺が気に食わないようだ。傍に立っていられるより、外に追い出した方がいいと判断したのだろう。
ここも気になるが、ミリエス男爵と一緒に居ない方が精神衛生上良いと考え、黙って従った。
「いいんですか?」
「仕方ないだろ。男爵様の命令なんだから」
フェランと一緒に外に出た。二時間ほど駆け回って大王兎一匹を狩り、食べられるキノコも大量に採集する。
「今夜の食事が楽しみだな」
「ああ、これなら男爵も文句は言わないだろう」
獲物を担いで坑道に戻った俺たちは、坑道の前で焚き火を起こし大王兎の肉を焼き始めた。
「男爵たちを呼んで来てくれ」
俺はフェランに頼んだ。
フェランの姿が坑道内に消え二〇分ほどした頃、坑道の奥から誰かが走って来る足音が聞こえた。
「た、大変です。男爵たちが居ません」
「エッ、何だって」
「鉱脈の所に誰も居ないんです」
俺はフェランと一緒に鉱脈の場所まで急いで行った。フェランが言う通り、鉱脈を掘っていた掘り手の人々も男爵たちの姿もなかった。
調べてみると男爵たちの荷物は鉱脈の近くに置いたままになっていた。
「どういう事だ」
鉱脈を掘っていた場所を調べると直径一メートルほどの横穴が開いていた。
「皆はここに入ったのかな?」
フェランが男爵たちを大声で呼んだが、返答はなかった。
「俺が入ってみる。フェランはここで待っていてくれ」
そう言い残し、俺は横穴に入った。




