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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第8章 多忙を極める案内人編
189/240

scene:186 ウェルデア市のオペロス支部長

 勇者の迷宮に潜り始めて三日目、仙崎は何度か『死んだ』と思う瞬間を経験した。

 そして、第七階層の岩山と谷間が造り出した巨大な迷路で金縛りにあった仙崎はまたも死を覚悟する。

 この階層にはアンデッドの魔物しか存在しなかった。『光明術の神紋』や『聖光滅邪の神紋』を持たない仙崎にとって厳しい試練になると感じていたが、レイスと遭遇すると心配していた事が的中する。

 仙崎が持つ魔法の中で、発動速度が最も速い攻撃魔法は<炎弾>である。素早いレイスを追い払うには<炎弾>をぶつけ追い払うしかないのだが、一匹ならともかく複数のレイスに襲われると対応が間に合わず、身体に憑依され金縛り状態になってしまった。

 動けなくなった仙崎に剣を持つスケルトンが一歩ずつ近付いて来る。

 仙崎はジタバタ藻掻こうとするが、顔の表情筋だけしか動かなかった。その瞳には恐怖が浮かび、コメカミを大粒の汗が流れ落ちる。


 スケルトンが剣を振り上げた時、その不気味な頭蓋骨が縦に割れ地面に落ちた。それを追い掛けるように首から下の骨が崩れ落ちる。

 仙崎の顔に安堵の表情が浮かび、次の瞬間、背中に強い衝撃を受けた。その衝撃で取り憑いていたレイスが飛び出し、仙崎の身体が自由になる。

 仙崎は慌てて後ろに飛び下がった。代わりに豪竜刀を持つ伊丹が前に出てレイスをたたっ斬る。剣では切れないはずのレイスが断末魔の叫びを上げ消えた。

「何でレイスが切れるんだよ?」

 先程まで金縛り状態だった仙崎が納得出来ないと声を上げた。

「拙者が<聖光付与>の魔法を刀に掛けたからでござる」

「そ、そんな便利な魔法が有るなら、教えてくれよ。もう少しで死ぬ処だったぞ」

「助太刀いたそうかと尋ねた時、要らんと言ったのは仙崎殿でござるぞ」

 伊丹は仙崎と会話しながら、次々と襲って来るスケルトンを屠った。その動きには少しの隙もなく、スケルトンの方から豪竜刀に吸い込まれているようにも見えた。

 一切の無駄を省いた舞うような動きであり、理解出来る者が見れば恐怖を感じる動きだった。


 仙崎は伊丹の戦い方に惹き付けられ目が離せなくなった。日本一の剣豪は豪剣士と呼ばれる伊達徹だと思っていたが、この侍なら豪剣士に勝てるのでは……そういう考えが頭に浮かんだ。

 近くに居たスケルトンを全て倒した伊丹は豪竜刀を鞘に戻し、遠くから近付いて来る食屍鬼グールの群れを睨むように見ると疾翔剣を抜き魔力を込めながら飛翔刃を飛ばした。飛翔刃は食屍鬼たちを真っ二つにする。

「魔導剣なのか。何故、食屍鬼だけ魔導剣を?」

「あいつらは臭い。なるべく遠くで倒さないと嫌な臭いが服に染み込むのでござる。……そんな事より、このまま進んで良うござるか?」

 レイスに対して有効な攻撃手段を持たない仙崎は正直迷った。このまま進むという事は伊丹の助けを当てにして進むという事になる。

「レイスを倒す方法は『光明術の神紋』と『聖光滅邪の神紋』しかないのか?」

「強力な攻撃魔法ならレイスを消滅させられるそうでござる」

 『天雷嵐渦の神紋』の<雷槍>や『水神武帝の神紋』の<水散弾>ほどの威力を持つ攻撃魔法が命中すれば、レイスも消滅する。だが、その手段を選択するという事は魔力のほとんどを使い切る覚悟が必要だ。

「第三階梯の神紋か。他には?」

「防御魔法でレイスを近寄らさないようにして下の階層まで行けばいいのでござる」

「チッ、防御魔法なんて……」

 仙崎の様子から推測すると、防御魔法が使える神紋は持っていないようだ。

「時間は有るのでござるから、一旦第六階層の階段から地上に戻り、魔法について詳しいミコト殿に相談するのが良いのではござらんか?」

「あの若い案内人にか」

「ミコト殿はああ見えて勉強家。魔法や魔道具については拙者より詳しいのでござる」

 仙崎が迷宮に潜っている理由は修行の為である。攻略する事が目標なら伊丹の手を借りればいいのだが、安易に他人を頼って攻略しては修行の意味がない。

「判った。一旦戻ってどうするか考える」


 勇者の迷宮から伊丹たちが帰って来る頃、俺は工場で予備部品の製作を手伝っていた。

 『魔力変現の神紋』を改造した『錬法変現の神紋』の<精密形成>を使って、アルミの塊から予備の魔力供給筒を製作する。

 魔力供給筒の他にも精密加工が必要な部品をいくつも作らされ、三日間を工場で寝泊まりして過ごす羽目になった。

 その日は、二号艇の飛行試験が無事終わり親方たちがご機嫌で戻り、酒盛りが始まる。

「ドルジ親方、予備の部品は作ったから趙悠館に戻るぞ」

「ちょっと待て、ミコトも飲んでいけよ」

「酒はいいよ。それよりゆっくりと眠りたいんだ」

 俺は親方たちから逃げるようにして趙悠館に戻った。趙悠館では伊丹さんと仙崎が待っており、魔法について相談される。


「レイス対策か。迷宮に潜るハンターたちはパーティの一人に『光明術の神紋』を持たせるか、『流体統御の神紋』の防御魔法でレイスを近付けないようにしていると聞いているけど」

「それは拙者も承知しているのでござるが、他に何かないのでござるか?」

「前に冗談……いや、研究の為に作った魔道武器がある」

 数ヶ月前、樹海で珍しい魔物と遭遇した。麒麟バッタと呼ばれる昆虫系魔物だ。猫くらいに大きなバッタの体に龍のような顔が付いている。

 小さいが二本の角も有り、遠目から見ると伝説の麒麟のようにも見える。その時は、小さな麒麟が群れで襲って来たので、思わず反撃し十数匹を切り倒した。


 倒した麒麟バッタを調べると面白い事が判明する。麒麟バッタの角に面白い源紋が秘められていたのだ。マッチ棒サイズの角に秘められていたのは『破邪』であった。その一本一本の力は弱いが数本纏めればレイスくらいなら倒せそうだ。

 試しに十数本の角を生け花で使う剣山のように纏め、簡易魔導核を仕込んだ短めの棒に取り付けた武器を製作した。

 この魔導武器『試作幽霊殺し一号』は一度だけ試した後、趙悠館の倉庫で眠る事になった。レイス程度を倒すだけなら、邪爪鉈に魔力を込め斬撃を加えれば十分だったからだ。


 倉庫から『試作幽霊殺し一号』を取って来て、仙崎に渡した。

「何だ……この凶悪なハエ叩きは」

 確かに外見はハエ叩きに似ていた。デザインもお蔵入りした原因の一つである。

「こいつで本当にレイスを倒せるのか?」

「ええ、レイス程度なら確実に」

 次の日、仙崎は『試作幽霊殺し一号』を持って迷宮に潜り、レイスをしばき倒して第七階層を突破した。彼は『試作幽霊殺し一号』が気に入ったようで買い取ると言い出した。

 もちろん、俺は承知した。


 仙崎の修行は続き、第一〇階層を攻略した処で疲労がピークに達し休憩を入れると言い出した。

「まだ半分でござるぞ」

 伊丹さんは不満そうだったが、依頼人の要望では仕方ない。伊丹さんが暇になり、俺も予備部品作りが一段落したので、ミズール大真国のキャステルハウスで発見した魔力を変質させる力について研究しようと考えた。

 俺は伊丹さんを道場に連れ出し、キャステルハウスで起きた出来事を詳しく話した。

 伊丹さんが理解し難いようなので、変質させた魔力も見せた。

「変質し安定化した魔力と申されたか。何なのでござる?」

「さあ、取り敢えず『マナソリッド』と呼ぼうと思うんだけど、伊丹さんも作れるか確かめてくれる」

 伊丹さんは俺の指示に従い、魔力を変質させマナソリッドを作り出した。

「マナソリッド……どのように使うのでござる?」

「まだ、試行錯誤の段階なんだけど」

 マナソリッドを下敷きのように薄く伸ばし空中に固定化すると、その上に飛び乗った。

「こんな事も出来る」

「ほほう……戦いにも使えそうでござるな」

 遠くの物をマナソリッドで包み込み移動させる事も可能なようだ。試しに地面に落ちている石を空中に持ち上げ、移動させてみる。

「便利でござるな」

 伊丹さんも枯れ枝を持ち上げ、空中でクルクルと回したり上下に動かしたりしている。マナソリッドの制御範囲は二〇メートルほどで、それ以上離れるとマナソリッドに干渉出来なくなるようだ。

 いろいろ試している内に面白い性質が判った。マナソリッドは繰り返し作業を指示すると、ずっと繰り返す事が可能なのだ。但し複雑な作業は無理であり、単純作業限定である。


 少し大きめの石を空中で一時間ほど上下させ続けると、マナソリッドは二割ほど小さくなった。魔力が運動エネルギーに変換されてしまうらしい。

 魔道具などに比べると決してエネルギー効率がいいとは言えないが、便利だった。それに使わない時は腕輪の形にして、腕に填めておけば邪魔にはならない。

「マナソリッド自体を攻撃には使えないのでござるか?」

「重さがないから攻撃には向かないみたい」

「しかし、<風刃>なども同じようなものだと思うのでござるが」

「あれは当たった瞬間、魔力が衝撃波のようなものに変化しダメージを与えているらしいんです」

「ふむ、魔法とは不思議なものでござるな」

 今更という感じはするが、伊丹さんは魔法という存在の不思議さを感じたようだ。

 その日は、二人でアイデアを出し合いながらマナソリッドの使用法について検討し過ごした。


 翌朝、久しぶりにゆっくりと朝食を食べていると、ハンターギルドのアルフォス支部長が趙悠館に現れた。

「どうしたんです。支部長」

「実はミコトへの指名依頼が届いた」

「指名依頼……誰から?」

「ウェルデア市のオペロス支部長からだ。街の北西に在る樹海でミスリルの鉱脈が見付かったらしいのだ。そこに行って少しでも多くの鉱石を持ち帰って欲しいそうだ」

 俺はミスリルと聞いて心を動かされた。迷宮都市では魔導武器や魔導飛行バギーの製造を始めてから、ミスリルを大量に消費するようになっていた。

 今までは迷宮都市の北に在るロロスタル山脈のミスリル鉱脈を採掘していたのだが、そのミスリル鉱脈の在る場所に問題が有った。

 ロロスタル山脈にはトロール族が住み着いており、ミスリル鉱石を採掘に行くとトロール族と遭遇する危険があるのだ。身長三メートルを超える巨人族トロールと遭遇したがる者は居ないので、ミスリル鉱石は希少品となっている。

 今はまだミスリルの在庫が有るので問題となってはいないが、このまま消費が増大すると在庫が尽きるのは明白だった。

 因みにトロールはナイト級下位の魔物である。


「俺に指名依頼が来るという事は、何か危険な魔物が居るのかな?」

「鉱脈の近くは大王兎だいおううさぎの繁殖地で、それを狙って独眼巨人サイクロプスが居座っているそうだ」

 サイクロプスはトロールより一回り大きな一つ眼の化け物で、頑丈な皮膚と樹齢一〇〇年を超す樹木さえへし折る怪力を持つナイト級上位の魔物である。

「サイクロプスか。戦った事はないけど、属竜種より強くはないはずから大丈夫だと思うけど……何で俺に指名依頼なんだろう?」

「サイクロプスを倒せそうなハンターの中で、オペロス支部長の顔見知りはミコトだけだという話だ」

 ウェルデア市に住んでいた時に、オペロス支部長の世話になったので断り難い依頼だった。

「報酬はどうなんです?」

「支度金として金貨一〇枚を出し、後はウェルデア市のハンターギルドで直接相談したいそうだ」

 報酬額が決まっていないというのは珍しい依頼だった。何か事情が有るのだろうか。

 迷ったが、引き受ける事にした。ウェルデア市の様子も一度見たいと思っていたからだ。


 急いで準備を始める。ウェルデア市はミリエス男爵が治めるようになって荒れていると聞いているので、万全の準備をした。魔法薬の類やツルハシ、最大容量の魔導バッグを用意した。

 実際に採掘する人間はオペロス支部長の方で用意するようだが、念の為にツルハシを持って行く。

 大量の鉱石を持ち帰る為には、チームを組んで鉱脈がある場所まで行くしかない。依頼に書かれている俺の役割はサイクロプスの討伐である。


 ウェルデア市までは、アカネさんに改造型飛行バギーで送って貰った。

 久しぶりにウェルデア市に入り、ハンターギルドまで行く。懐かしいと感じながら中に入った。ギルドの建物は変わっていなかったが、中でたむろしているハンターの様子が変わっていた。

 何というか、ガラが悪くなっているのだ。以前もランクが低いハンターばかりだったが、若く未熟な者たちが中心でギルド自体には活気があった。

 現在は何処かの組のチンピラみたいな連中が多くなっていた。

 ギルドに足を踏み入れた瞬間、棘のある視線が突き刺さった。こんなもので怯むほどヤワではないが、イラッとさせる。

 俺はカウンターに近付く。カウンターの内側に居るギルド職員は全員が男性に変わっていた。

「悪夢だ……綺麗なお姉さんたちがウェルデア支部の売りだったのに」

 後で聞いたが、世話になった受付嬢のセリアさんは、港湾都市モントハルへ引っ越したそうだ。

 若いハンターたちも迷宮都市や港湾都市へ活動拠点を移したので、俺が知っているウェルデア支部とは別物になっていた。

 ただ変わっていないのが一点だけある。オペロス支部長、彼だけはウェルデア市に留まり続けていた。


「迷宮都市から来たミコトだ。支部長に会いたいんだが」

「支部長は昼飯を食いに出掛けている。もう少しすれば帰ると思うがどうする?」

「待たせて貰う」

 俺はカウンターから離れ、長椅子が並んでいる場所に来ると誰も座っていない長椅子に腰を下ろした。

 周りはガラの悪い連中だらけである。その中の一人、山賊の親分のような顔の男が近付いて来た。

「おい、お前。見掛けない顔だな」

 久しぶりに絡まれた。何だか新鮮な感じがする。

「迷宮都市から来た」

「偉そうに……ハンターの価値は何処に住んでいるかじゃねえ、実力だ」

 迷宮都市から来たと言っただけなのに……こういう反応が返って来るのは、迷宮都市のハンターの方が優秀だと心の底では考えているからなのか。

 山賊親分顔の周りの連中が、『そうだ、そうだ』と騒ぎ出した。

 ここで反論すると騒ぎになりそうだったので、適当に相槌を打ち支部長が帰るのを待った。だが、それも気に入らなかったようで、山賊親分顔と仲間の四人に取り囲まれた。


「礼儀知らずの奴だ。お前の所為で気分が悪くなった。慰謝料を払え」

 段々相手しているのがバカバカしく思えて来る。

「五月蝿いな。静かにしてくれ」

「何だと……」

 俺は立ち上がり、取り囲んでいる連中に抑えていた覇気をぶつけた。弱い魔物なら近付いて来なくなるほどの覇気である。その覇気に当てられた山賊親分顔たちは怯えた顔になり後退る。

「消えろ」

 山賊親分顔たちはアッという間に居なくなった。ギルドの内部がシーンと静まり、職員や他のハンターたちが顔色を変え、俺の方を見ていた。


「竜殺しの実力は流石だ」

 いつの間にか戻って来たオペロス支部長がニヤッと笑っていた。

「帰って来ていたのなら、奴らを止めてくれればいいだろう」

「そんな必要が有るとは思わなかった。実際、そうだっただろ」

 オペロス支部長は自分の部屋に俺を案内した。そこの椅子に座ると依頼について話し始めた。


2017/8/1 誤字修正

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