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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第8章 多忙を極める案内人編
184/240

scene:181 空巡艇製造

 迷宮都市でドルジ親方とカルバートたちを歓迎した半月後。

 俺は日本の某地方大学に来ていた。

 この大学には御手洗教授という航空工学の研究者がおり、マウセリア国王に頼まれた魔導飛行船レース用の船の設計を依頼していた。因みに御手洗教授を選んだのは造船学に対しても深い知識が有ると聞いたからだ。

 レース用に造られる船の乗員は五名、レースは数日に渡って行われる。よって、魔導飛行船には数日分の食料や水を積み込む収納スペースや寝る場所、調理設備、トイレなどが必要になる。

 これらの設備をなるべくコンパクトに組み込み、小さな魔導飛行船をと当初は考えていたのだが、オラツェル王子から待ったが掛かった。

 どうやらレースに参加しようと考えているらしい。

 王子は専用の個室を付けろとか、シャワーを付けろとか言ってきた。レジャー用じゃないんだぞと思ったが、王族の注文にカリス親方は承諾した。

 今回は出場するだけで優勝は狙わなくとも良いと国王が言っていたので、オラツェル王子の注文通りに造ろうと思ったようだ。


 御手洗教授が研究室のテーブルにデザイン画を広げた。そこには三胴船と水上飛行機を混ぜ合わせたような船が描かれていた。一見するとアメリカが開発した垂直離着陸機オスプレイに似ている。

 ただオスプレイに付いている巨大なプロペラは存在しなかった。

「アレッ……帆船じゃないんですか?」

 魔導先進国のレース用飛行船は推進力を補う為に帆船型の場合が多かった。

 魔導飛行船には船を空中に浮かせる為の動力と推進させる為の動力が必用になる。その動力源である魔光石が制限されているレースにおいては、推進力用の動力を節減しようと風力を利用する船が多いのだ。

「こいつで魔光石は大丈夫なんですか?」

 魔光石の消費量を心配し尋ねる。御手洗教授は笑顔を浮かべ。

「計算してみたが問題なかった。帆船型より推進用動力は必要だが、翼の揚力で浮力発生装置に必要な動力を節約可能だ。その分を推進力に回せばいい」

 ……本当に可能だろうか。教授が計算した結果を見れば大丈夫らしい。しかし、オラツェル王子が後で注文を付ける可能性が大いに有る。余裕が欲しかった。


 そこで推進装置の改良を考えた。

 魔導飛行バギーの推進装置は攻撃魔法である<気槌撃エアハンマー>の原理を利用した魔導推進器である。推進装置に入り込む空気の流入量を調整する事で速力を調整している。

 今回のレース用魔導飛行船の推進装置は、空気の流入量だけでなく圧縮率も変える事で効率よく魔力を推進力に変える工夫を加えた。

 但しレース用魔導飛行船は魔導飛行バギーより大型であるので速度は従来の魔導飛行バギーより遅い時速七〇キロが限界だった。

 もちろん推進装置を大型化する事も考えたが、それを行うと魔光石の消費量も大きくなる。


 また航空機の構造も取り入れ、補助翼、昇降舵、方向舵を取り付け全体的な運動性も向上させた。

 設計段階が終わり、設計図を<記憶眼メモリーアイ>で記憶した俺は迷宮都市に転移した。

 早速、趙悠館で設計図を書き写し、カリス親方とドルジ親方に見せる。

 カリス親方が唸りながら設計図を見詰め。

「……こいつがレース用の魔導飛行船か。この鳥の翼のような奴が独特だな」

 レース用魔導飛行船は『空巡艇』と名付けた。

 この世界でも飛行機のような乗り物は発明されていた。正確にはグライダーのような乗り物で二〇〇年前に発明され、魔導飛行船が発明されると忘れられた。

 グライダーは安全性に問題が有ると決めつけられたのだ。


 ドルジ親方は船体の左右に付けられているフロートが気になったようで。

「この小さな船のようなものは何だ?」

「海上に着水している時の安定性が増すんだ。揺れも少なくなる」

 俺は二人の親方に色々質問され頭から湯気が立ち昇りそうになった。

 漸く質問が一段落し、最後にカリス親方が確認する。

「なあ、ミコト。レースが行われる海に危険な魔物は居ないのか?」

「ええ、魔導先進国の沖は魔物が少ないそうです」

 レースが行われる海域は海底深くを流れる深層海流が湧き上がっているポイントで、普通の魚は豊富であるが、魔物は少ない海なのだそうだ。

 魔物だらけの三本足湾と比べると素晴らしいとしか言いようのない海域だった。この海が有ったからこそ魔導飛行船が発達したのだろう。


 船体はアルミニウム合金で製造する。アルミにマグネシウムを加えた合金で強度や耐食性、加工性に優れている。ジュラルミン系の合金を使うのも考えたが、耐食性が悪いと聞いたので海の上で使用する空巡艇には向いていないと止めた。

 後で調べてみるとジュラルミンにアルミの板を貼り合わせるなどすれば大丈夫だそうだ。

 構造は飛行機と同じセミモノコック構造である。

 ……セミモノコック構造がどういうものかはよく分からない。応力外皮構造とも呼ばれるモノコック構造に縦通材を併用してなんとかかんとかと御手洗教授が説明してくれたが、あまり理解出来なかった。

 飛行機と同じだと聞いて、それでいこうと決断した。


 俺も手伝い二ヶ月ほどで空巡艇の試運転が出来る状態にまで完成した。完成と言っても内装などはまだで、やっと人が乗って飛べるようになっただけの状態である。

 こんな短期間で完成させられたのには訳がある。王都からたくさんの職人を王家が送り込んで来たのだ。

 但し職人が増えても最初は混乱するばかりで半月くらいは使い物にならなかった。半月後ぐらいから仕事を覚えた職人たちが力を発揮し始め製造が進んだ。


 空巡艇に組み込まれている浮力発生装置は、魔導飛行バギーのものを改良大型化したものである。

 大型化は以前から試していたのだが、今回初めて成功した。浮力発生装置を単純に大型化すると変な揺れが発生し上手くいかなかった。

 俺はクラダダ要塞遺跡で発見した魔導工学の本に何かヒントが書かれていないか調べ見付けた。魔力の伝導経路に問題が有ったようだ。

 大型化すると浮力発生装置内部の逃翔水に流れる魔力量にばらつきが出て挙動が不安定になっていたようだ。

 俺とカリス親方は大型浮力発生装置の魔力の流れにばらつきが出ないよう改良し完成させた。


 迷宮都市の夏が終わる頃、工場から引き出された空巡艇の試運転が行われた。

 操縦席に座るのは若手の職人である。俺が試運転すると言ったのだが、親方二人に止められた。何か有ったら困ると言うのだ。

 魔導飛行バギーの試験場に、台車に載せられた空巡艇が運ばれ、若い職人が乗り込んだ。

 暫らくしてカリス親方が合図すると空巡艇がゆっくりと浮き上がった。推進装置が稼働する音がして、本当にゆっくりと空巡艇が動き出す。

 見守っていた職人たちの間から歓声が上がった。

 無事に空巡艇の試運転は成功した。だが、問題点も見付かった。

 推進力が不足しているのだ。予想したスピードは得られず、このままではレースを完走する事が出来ない。

 検討した結果、推進装置を大型化する事になった。推進装置に流入する空気量を増やす為である。だが、大型化すれば魔力の消費量が増える。

 俺は空気の圧縮率を下げるよう指示した。

「大丈夫なのか?」

 カリス親方が不安そうな顔をする。

 御手洗教授に計算して貰った処、大型化し流入する空気量を増やせば、少し圧縮率を下げても出力は増加するらしい。最適な空気量と圧縮率に近付くようなのだ。

 圧縮率を下げる事により魔力の消費量を抑えようとしているのだが、僅かに消費量は増える。これは仕方がないと諦めるしかない。


「レース用だから無事に完走すれば問題なし。計算では魔力の消費量も許容範囲です」

「だが、これに乗ってレースに出るのは、オラツェル王子なんだろ。余計な道草を食って魔力切れとかならないだろうな」

 ……ウッ、そこを指摘されると不安になる。

 カリス親方と相談し、推進装置を少し改造した。人間の魔力を流し込めるようにしたのだ。魔光石の残量が少なくなったら、乗員の魔力で推進可能なようにした。

 これはレースのルール違反にはならない。ルール上魔光石の消費量は決っているが、人間の魔力を使ってはならないと言う決まりはない。

 ただ、そうなった時の乗員が少し可哀想になった。魔力を消耗すると気力が失せ、気分が悪くなるからだ。そして、それだけ頑張っても人間の魔力は長続きしない。魔導師クラスでも二〇分ほど空巡艇を飛ばすのが限度だろう。


 推進装置の改造が終わり、一通りの稼働テストが終わった頃、魔導飛行バギーに乗ってモルガート王子が迷宮都市に訪れた。

 目当ては魔導飛行バギー工場のカリス親方だったようで、太守館にも寄らずに工場へ来た。

 出迎えたカリス親方は、何の用件だろうと少しビク付きながら歓迎する。

 相変わらず、モルガート王子の傍には護衛のヤロシュとニムリスが居て警戒している。

「カリス親方、久しぶりだな」

「はい。再び御目に掛かれるとは光栄でございます」

 モルガート王子が工場内を見学したいと言うので、親方が案内した。

「なるほど、素晴らしい。私も魔導飛行バギーを使っているが、中々いいぞ」

「ありがとうございます」

「さて、ちょっと耳にしたのだが、魔導飛行船レース用の船が完成したそうだな」

 カリス親方は少しびっくりした。稼働テストが終わったばかりで内装も済んでいなかったからだ。こんなに早くモルガート王子の耳に入るとは……職人の中に知らせた者が居るに違いない。


「完成したとは申せません。漸く稼働テストが終わり、内装を手掛けている段階でございます」

「見せて貰えるかな」

「もちろんでございます」

 カリス親方は王子たちを空巡艇を製造している区画へ案内した。

 王子は空巡艇を見ると目を見張った。予想外の姿だったからだ。

「これまでの魔導飛行船とは違うようだが?」

「はい、ミコトの発案でこのような形に決まりました」

 カリス親方は空巡艇の翼や大型浮力発生装置、推進装置について説明した。

「すると、この鳥のような翼が重要なのだな」

「そうでございます。この翼は昔作られたグライダーと同じように船体を持ち上げる力が発生します。その為、浮力発生装置に回す魔力を節減し推進装置だけでレースを完走させる事が可能だと考えています」

「速度はどうなのだ?」

「魔導飛行バギーより、少し遅い程度でございます。速度より航続距離を優先させた結果、そうなりました」

 モルガート王子が顔を顰めた。予想よりも速度が出ないと判ったからだろう。

「その速度でレースに勝てるのか?」

「それは……レース当日の風の向きや風の強さ次第としかお答え出来ません」

 王子は腕を組んで考え始めた。

「……風の向きと強さか……カリス親方、この空巡艇はオラツェルの奴が乗る事になっているのは知っているな」

「はあ、どなたがお乗りになるのかは正式には伺っておりません」

 カリス親方は明確に返事をせず、言葉を濁す。嫌な予感がしていた。

「ふん、まあいい……私もレースに出たくなった。同じ船でいいからもう一隻作ってくれ」

「ふへっ」

 カリス親方は、一瞬意味が分からず変な声を出してしまった。

「いや、しかし……」

「レースまで三ヶ月ある。十分間に合うだろう」

 モルガート王子はそう言うと去って行った。残されたカリス親方は慌てて立ち上がると弟子の一人にミコトを呼びに行かせた。


 呼び出された俺は事情を聞いて溜息を吐いた。

「何故、急にレースに出たいとか言い出したんだ?」

 俺が疑問を口にするとカリス親方が応える。

「オラツェル王子が優勝する可能性も有ると言ったのが、拙かったかもしれん」

 仮にオラツェル王子がレースで優勝すると国民の間で評判になるだろう。そうなると次期国王の座を競っている自分が不利になるとモルガート王子は考えたのかもしれない。

「二人仲良く、一隻の空巡艇でレースに参加して下さいと頼めないだろうし、もう一隻造るしないのか」

 王子二人が一隻の空巡艇でレースに参加する光景を想像してみた。───ホラー映画並みの惨劇が起こりそうな気がして身震いする。

「稼働テストが終われば、一休み出来ると思っていたのにな」

 カリス親方は暗い顔で呟いた。


 翌日からもう一隻の製造が開始された。

 俺は毎日のように手伝わされた。精密な部品や浮力発生装置、推進装置を作る時には俺の手伝いが必要だから仕方ないのだが、案内人としての仕事もあるので睡眠時間を削って手伝う事になった。

 それから一ヶ月は眼が回るほど忙しい日々を送り、二隻目の浮力発生装置と推進装置が完成すると、やっと工場から解放された。

「後はお任せします」

 工場から帰る時に、カリス親方とドルジ親方に言うと二人が殺気立った目で睨み。

「まだ完成しちゃいねえんだぞ。もう少し手伝えよ」

 ドワーフのようなドルジ親方が文句を言った。そう言いたくなる気持ちも分かるが、俺には案内人としての仕事も有るのだ。

「いや、後は専門家の二人にお任せします」

「何が専門家だ。俺たちは船大工じゃねえ」

 そう言いながらも二人の親方は魔導飛行船に関しては国一番の専門家になっていた。特にドルジ親方は短期間に魔導飛行船に関する知識を吸収し、カリス親方や俺とも意見を交換するようになっていた。


 逃げるように工場を離れた俺は、趙悠館に戻り伊丹さんとアカネさんに新しい依頼人の受け入れ体制が整っているか確認した。

 依頼人は三人で、二人は年間契約を結んだ大学病院からの依頼で、自動車事故による脊髄損傷の治療と白血病の治療を行う為に転移して来るようだ。

 病人二人は医師の鼻デカ神田とマッチョ宮田に任せればいいとして問題は、残りの一人である。

「依頼人の仙崎殿は荒武者に成りたいそうでござるな」

 伊丹さんが言った通り、仙崎は強さを求めて異世界に訪れているようである。今回の目的は迷宮に有り、勇者の迷宮に挑戦したいと希望していた。


 依頼人が迷宮に潜るとなると万全な準備が必要となる。

「その依頼人だけど、実力はどうなの?」

 アカネさんが尋ねた。

「案内人の山崎さんの所で修行したようだ。ハンターランクも下から四番目の幕下になっている」

「私と同じじゃない」

 アカネさんも幕下である。但し実力的には二つほど上のランクと同等以上だと推測している。ギルドの依頼をあまり受けていないのでランクが上がらないのだ。

「山崎殿と申せば、攻撃魔法の第一人者ではござらんか」

 俺が案内人になった頃は魔導マスターとか呼ばれ人気のある案内人だったが、最近は強力な攻撃魔法を駆使する案内人や荒武者が増え、以前ほどの人気はなくなっていた。

 それでも攻撃魔法の研究家兼使い手として有名なので、師事する者も多いようだ。

「仙崎さんは装備に関して要望が有るのですか?」

 アカネさんが確認する。俺は頷き。

「竜革の装備が欲しいと要望が有った。武器は魔導武器が欲しいそうだ」

 伊丹さんが渋い顔をする。普通の案内人なら依頼を断っているケースである。

 竜革の鎧や魔導武器は簡単に揃えられるものではないからだ。

 但し、趙悠館では事情が違う。そういう装備が売るほど有るからだ。

「竜革の鎧はワイバーンの飛竜革鎧でいいとして、武器は何がいいだろう」

「太守館の衛兵が使っている剛雷槌槍が良いのではござらぬか」

「そうですね」

 依頼人の受け入れ準備を進め、次のミッシングタイムで俺と伊丹さんが日本に戻った。


2017/6/28 誤字修正

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