scene:179 竜殺しの序盤戦
俺が駐屯地近くの木の上で小畑たちを待ち伏せしているとリーダー城島の魔力を捉えた。小畑、金村、リーダー城島の三人の中で一番魔力が強いのが彼なので当然である。
駐屯地に近付いた三人は二本の巨木が絡み合うように空に向かって伸びている場所の後ろに隠れ駐屯地の入口を見張り始めた。
俺がどうやってリーダー城島を救出するか考えていると駐屯地の入口から一人の男が出て来た。その姿を目にして嫌な予感を覚える。
何がどうしてそうなったのか分からない間に、小畑と金村がマイルズの<暴風氷>で倒れ、リーダー城島も危機一髪という状況になっていた。
俺は木から飛び下りるとリーダー城島の下に走った。リーダー城島が叫んでいるのが聞こえて来る。
それでも駐屯地から出て来た男は攻撃を止めなかった。俺は敵じゃないと叫んだが、無視された。
リーダー城島目掛けて放たれた<氷弾>を何とか割り込んで<風の盾>で弾く。弾かれた氷弾は後ろの巨木に当たり穴を穿った。
その男が無詠唱で攻撃魔法を放っているのに気付いた。
「本気かよ。奴も『竜の洗礼』を受けたのか」
「俺たちは駐屯地の関係者だ」
「こそこそ隠れていたような奴らが信用出来るか」
マイルズが<氷槍>を放った。後ろにリーダー城島が居るので避ける訳にはいかない。<遮蔽結界>を張って氷槍を受け止めた。
「城島さん、そこの木の後ろへ避難してくれ」
リーダー城島は二人が尋常な技量の持ち主ではないと気付いていた。自分の技量では足手まといになると悟り指示に従い巨木の裏に避難する。
俺は相手に向って飛び込んだ。爆発的な力で地面を蹴り一気に間合いを詰める。それに気付いたマイルズはグレイブを振り上げ目にも留まらぬほどの速さで振り下ろしてきた。
俺は一歩踏み込んで短槍の柄でグレイブの柄を受け止めた。武器の柄がぶつかる甲高い音が響いた後、力比べとなった。体格は圧倒的にマイルズの方が上だが、俺は二度『竜の洗礼』を受けている。
拮抗した力で競り合っているとギシッと短槍が軋む音が聞こえた。安物の短槍は二人の力に耐えきれず折れそうになっていた。
次の瞬間、柄が折れて穂先が吹き飛んだ。相手は押す力を受け止めていた短槍が折れた所為で少しだけバランスを崩した。俺は鞭のような回し蹴りを相手の利き手に叩き込んだ。
グレイブが相手の手から吹き飛ぶ。その時、俺は少しだけ気を抜いたのかもしれない。
気が付くと相手の拳がボディ目掛けて振り抜かれていた。避ける時間はなく腹筋を締めて耐える。
腹が爆発したかのような衝撃を受け、俺は体ごと吹き飛んでいた。
空中でバランスを取り何とか足から着地する。内臓が捩れるような痛みが走った。歯を食いしばって耐え、相手を睨み付ける。
「へっ、俺様の一撃を受けて立っていられるのかよ」
マイルズは俺のタフさに驚いたようだ。
素手同士になった俺たちは間合いを詰める。マイルズがジャブで牽制した後、右ストレートを放った。その右ストレートを巻き込むようにして受け流しながら回転して懐に入り、一本背負いのような形で投げる。
投げられたマイルズは跳ねるように起き上がると後ろに飛び退いた。しかも空中で『水神武帝の神紋』の基本魔法である<水刃乱舞>を放つ。
八つの水刃がそれぞれ違う軌道で飛んで来て、俺を襲った。
慌てて<遮蔽結界>で受け止める。八つの水刃を跳ね返した俺は<旋風鞭>を発動する。右手の先から竜巻が鞭のように伸びマイルズを襲う。
マイルズは一つだけ持っている防御魔法<鉄水盾>で竜巻の鞭を弾いた。弾かれた竜巻の渦は近くの木の幹をへし折り消えた。
戦う内に段々と戦意が高まり本気の魔法を放ち始めた。俺が<炎杖>を発動し青い炎の帯でマイルズを黒焦げにしようとすると、お返しとばかりにマイルズが<暴風氷>で俺を凍らせようとする。
更に攻撃魔法の撃ち合いは激しさを増し、俺は<魔粒子凝集砲>、マイルズは<天雷重水槍>を使い出すと周りの地形にも影響を与え始めた。
<魔粒子凝集砲>は威力を抑えた小さなものだった。マナ杖を持って来ていないので十分な魔粒子を流し込めないのだ。それでも人間相手に使うには過剰な威力なのだが、マイルズには<鉄水盾>が有り、魔法の盾を使って軌道を逸らし平気な顔で反撃してくる。
マイルズの天雷重水槍も俺の遮蔽結界で弾く。さすが第四階梯神紋の防御魔法である。
遮蔽結界で弾かれた天雷重水槍は巨木に命中し真っ二つに両断した。また、鉄水盾で軌道を逸らされた魔粒子凝集弾は岩山に命中し大穴を空ける。その爆風は周囲の木々を揺らし枝をへし折り、爆発音は駐屯地まで響き渡る。
「チッ、その防御魔法はバリアの類いなのか。<天雷重水槍>が弾かれるななんて信じられねえ」
「だったら、攻撃を止めろ」
この騒ぎを聞き付けた駐屯地の兵士たち、それにベニングス少将とオーウェン中佐が外に出て来た。
「何事だ?」
先に来ていた兵士に少将が尋ねた。
「ミスターマイルズと少年が戦っているようです」
少将はマイルズと戦っている少年の顔を確認した。
「おい、あれはミコト君じゃないか。何で二人が戦っている?」
二人の戦いは魔法戦を止め肉弾戦に移っていた。
マイルズは楽しそうに笑い間合いを詰めると回し蹴りを放つ。ブンと丸太を振り回すような蹴りだが、スピードが有り、威力は人間離れしていた。
その蹴りを両手を交差して受け止めた。予想以上に重い蹴りだった。踏ん張ろうとしたが、身体が浮き五メートルほど宙を飛ぶ。
人間、努力すれば空を飛べるんだ。努力したのは俺じゃないけど……と馬鹿な考えが頭に浮かんだ。
頭から地面に激突しそうになり慌てて受け身を取る。立ち上がった処に、マイルズのタックルが迫っていた。身体を捻りながら跳び上がり回し蹴りをマイルズの首に叩き込む。
「グギャハッ」
マイルズが呻き声とも悲鳴とも判断出来ない声を上げ地面を転がる。これぐらいで勝負が着くような相手ではないと分かっていたので追撃する。
競走馬のような勢いでダッシュすると立ち上がったマイルズの顔にドロップキックをぶちかます。
伊丹さんのように洗練された攻撃ではないが、思い切りの良い攻撃が俺の持ち味だった。
今度はマイルズが宙を飛んだ。
立ち上がったマイルズは鼻血をダラダラと流しながら俺を睨む。
「そこまでだ。戦いを止めるんだ!」
ベニングス少将が止めに入る。
「何故止める。こいつら隠れて駐屯地を監視していやがったんだぞ」
マイルズが吠えるように言う。
「ミコト君も止めるんだ」
俺は少将の顔をチラリと見て。
「俺は止めてもいいんですが、相手が止めそうにないですよ」
マイルズがチャンスだと思ったのか<天雷重水槍>を発動しようとしている。
奴の手から放たれた天雷重水槍が俺の遮蔽結界に当たり軌道を変え、少将の近くに在った岩に命中し粉々にした。その破片が兵士たちや少将に当たり怪我をさせる。
ベニングス少将はマイルズの顔を確かめた。顔は笑っているが、目が釣り上がり極度の興奮状態に有ると感じた。
「クッ、ミコト君……何とか出来ないのか?」
俺は一つだけ奴に戦闘を止めさせる方法を知っていた。だが……それは二度とやるまいと誓ったものだった。
「仕方ない。非常手段を取ります。皆、離れてくれ!」
俺はそう叫んだ後、ある攻撃魔法を発動した。
魔法で作り上げた物をマイルズに向って投げると全速力で逃げ出した。背後で軽い爆発音が響き、マイルズの悲鳴が聞こえた。
そして、兵士たちや少将の悲鳴も……俺が発動したのは地獄トカゲを追い払った<臭気爆弾>だった。
逃げた俺も危険な気体に追い付かれ地面に倒れた。
「ク、クサーッ」
兵士の中には嘔吐している者もいた。
ベニングス少将は涙目になって、こっちを睨んでいる。
……そんな……少将が何とかしろというから仕方なく使ったのに。
皆の体調が元に戻ったのは一時間後だった。
「ミコト君、あれはないだろ」
リーダー城島からも非難されてしまった。
「しかし、ミスターマイルズを無力化するには、あれしか方法を思い付かなかったんだ」
「それでも、あれはないだろ」
リーダー城島の後ろで聞いていたベニングス少将と兵士たちも頷いている。
犠牲的精神でやった事なのに理解されない。悲しい現実だった。
その後、俺はマイルズを紹介された。
マイルズは刺すような視線を俺に向け。
「折角身体が暖まって来て、これから本気出して楽しもうって時に、あんな魔法を仕掛けやがって……。だが、まだ勝負は着いちゃいねえからな」
マイルズは<臭気爆弾>を受け、嘔吐した上にピクピクと痙攣までしていたのだが、結果的に両者ノックダウンの引き分けなのは間違いなかった。
紹介の後、俺たちが駐屯地に来た事情を説明した。
「なるほど、事情は判った」
深刻な顔をした少将は適確な質問を挟みながら、俺たちから細かい情報を引き出し納得した。
残念な事に小畑と金村はマイルズの攻撃魔法で死んでいた。
少将と話し合った末、キャステルハウスに捕らえている村田たちをアメリカ軍に引き渡す事になった。
リーダー城島としては危険人物を依頼人と一緒にしておきたくなかったので丁度良かったみたいである。俺としては自分で尋問してみたかったのだが、狙いはクラダダ要塞遺跡らしいのでアメリカ軍に任せる事にした。
俺とリーダー城島は魔導飛行バギーでキャステルハウスのある町まで送って貰い、村田たちを引き渡した。
キャステルハウスに戻った俺たちは経緯を依頼人に説明し、犯人たちはアメリカ軍に引き渡したので安全だと知らせた。
その翌日から、本来の依頼に従い依頼人たちに二つの神紋が授かるよう努力した。その御蔭で依頼人全員が狙いの神紋を授かり満足して貰えたようだ。
これが一人でも犠牲者が出ていれば大変な事になっていただろう。
因みに親のコネで参加していた医大生たちは精神的に成長したようだ。浮ついた感じが薄れ、これからの人生をどう生きるか考え始めたらしい。
次のミッシングタイムでリアルワールドに帰還した。
検査と報告書作成を終えた俺は地元に戻った。
早速JTG支部に行き、東條管理官に無事依頼を終え帰還したと報告する。
東條管理官はジト目で俺を見ると。
「お前は相変わらずトラブルメーカーだな」
この言葉には納得出来ない。
「いやいや、それは違いますよ。東條管理官が持って来る仕事がトラブルの元になっているんですから、トラブルメーカーは東條管理官じゃないですか」
「何だと……中々言うようになったじゃないか」
JTGの沖縄支部から報告が来たようで、キャステルハウスで起きた事件の詳細も東條管理官は知っていた。
後にアメリカ軍から村田たちを尋問した結果が日本政府に知らされた。
村田たちは北朝鮮の軍事組織と関係のある人物だったらしい。
狙いはクラダダ要塞遺跡に存在する古代魔導帝国の魔導技術である。アメリカ軍の調査チームが遺跡の中で古代魔導帝国の兵器を発見したという情報は、大急ぎで魔導技術の研究者を集め、研究チームを発足させる過程で外に漏れたようだ。
その情報は同盟諸国や中国、ロシア、そして北朝鮮の軍関係者にも広まった。
魔導技術についてはマナ研開発の発表後、日本が一歩先を進んでいるという認識が世界中に広まり、各国の魔導技術研究者は何かきっかけとなる発見はないかと異世界での調査を活発化させていた。
各国は国内の転移門から行ける範囲に存在する古代魔導帝国の遺跡調査を開始した。ただ遺跡のほとんどは現地のハンターや学者により調査されているものが多くめぼしいものは何も残っていなかった。
そんな中、アメリカが古代魔導帝国の軍事関係の魔導技術が残されていると思われる遺跡を調査し、兵器と思われるものを持ち帰ったという情報が広がる。それはインパクトの大きな情報だった。
アメリカの同盟国の中で今回の調査プロジェクトに協力的でなかった国も急に協力的になり、プロジェクトへの人材派遣を申し出る状況となっていた。
そんな状況でアメリカと敵対関係にある諸国は一切の情報を遮断され疑心暗鬼となった国も現れた。北朝鮮もその一つで、全く進まない魔導技術の開発に焦った偉大なる領導者様から、どういう手段を使っても開発を進めろと命令されたようだ。
小畑たちの任務はクラダダ要塞遺跡の位置を特定するまでであり、その後は別のチームが密かにクラダダ要塞遺跡に侵入する予定だったらしい。
外国の軍組織がどうのこうのという話は興味がなかった。そういうのは国から高給を貰っている頭のいい人に任せておけばいいのだ。
こっちは選挙権もない勤労学生なんだから巻き込まないで欲しい。
東條管理官は自覚がないとか、責任感を持てと言うが、案内人の仕事の範疇にはそんな面倒事は含まれていないはずだ。
俺はJTG支部で雑用を片付けた後、児童養護施設へ向った。久しぶりにオリガに会いたくなったのだ。
児童養護施設の門から入った俺は、職員に挨拶してから中に入った。
夕方の時間なので学校から帰ったオリガは食堂でテレビでも見ているはずだ。
「ミコト兄ちゃんだ」
逸早く俺を見付けた小学四年生のタケシが挨拶代わりにフライングボディアタックで攻撃して来た。
俺はタケシの身体を受け止めるとジャイアントスイングで振り回してからソファーにボスンと投げ出した。
「タケシ、危ない事をすんなよ。俺が避けたらどうするつもりだったんだ」
「ミコト兄ちゃんなら大丈夫」
信用されているという事なのだと思いたい。テーブルの方を見るとオリガが笑顔でこっちを見ている。オリガの隣の席に座り話し掛けた。
「オリガ、元気にしてたか?」
「うん、元気だよ」
「学校は楽しい?」
「楽しいよ、友達も一杯できたの」
オリガの笑顔は見た者も幸せな気分にしてくれる。この笑顔が見たくて頻繁に児童養護施設に来るのかもしれない。
食堂で寛いでいると事務仕事を終えた香月師範が片手で首筋を揉みながら入って来た。
「んん……ミコト、また来たのか」
「いいじゃないですか。ここは俺の家でも有るんですから」
「まあいいけど……勉強はちゃんとやっているのか?」
俺は顔を顰めた。仕事が忙しすぎて勉強はサボリ気味だった。
「高校の勉強くらいしっかりやらないと後で後悔するぞ」
暗記すればいいだけの科目は『魔導眼の神紋』の<記憶眼>を使ってなんとでもなるのだが、数学や国語などは駄目だった。
これらの科目は時間を掛け理解するという作業が必要なのである。
「暇が出来たら集中してやるよ」
「馬鹿言うな。勉強する時間は努力して作り出せ。暇になるのを待っていたら爺さんになっちまうぞ」
その言葉や表情から、本気で心配してくれているのが分かる。俺は香月師範に感謝した。そして、俺の兄弟であるオリガやタケシたちの存在にも感謝する。
俺はちょっと幸せな気分に浸りながら、マウセリア国王に頼まれた魔導飛行船レース用の飛行船をどうするか考えた。様々なアイデアが浮かんでは消えてゆく。
「ねえ、ミコトお兄ちゃん。ルキちゃんたちに会いたいな」
「そうだな。冬休みはいろいろ有るから、春休みにでも会いに行こうか」
以前、夏休みに異世界へ連れて行くと約束したが、その後マウセリア王国が戦場となり、オリガを連れて行けなくなった。今は戦争の影響も消え、オリガを連れて行っても大丈夫だろう。
「本当。絶対だよ」
オリガが凄く嬉しそうな顔をする。
俺は気軽に約束したが、後で本当に大丈夫だろうかと心配になった。東條管理官にトラブルメーカーじゃないかと言われたのを思い出したのだ。
今回で『第7章 竜殺しの狂宴編』は完了です。
次章もよろしくお願いします。
2017/6/13 誤字修正
2017/11/25 修正




