scene:176 キャステルハウスの敵
俺が装備を買った日の翌日から、依頼人たちに魔粒子を浴びて貰う為、樹海に向った。
依頼人たちにも防具を着けて貰った。長爪狼の皮に硬化処理を施したもので、鎧豚の革鎧より防御力の低い安物だが樹海の浅い部分に住む魔物には有効だろう。
俺が長爪狼の革鎧を借りなかったのは、長爪狼の革鎧は硬化処理を施した所為で動きを邪魔する場合があるからだ。
今回樹海に一緒に行く五人は医療関係者から選ばれた依頼人だった。その中には医学生らしい三人の姿も見える。
この医療関係者は大きな医療法人が企画した異世界における医療に関するプロジェクトの一環として、参加した者たちだった。
通常、若手の優秀な医者が選抜されるプロジェクトに、医大生らしい三人が参加しているのは医療法人の幹部の息子たちだからである。
異世界に行きたかった三人は父親に頼んで追加メンバーとして加えて貰ったらしい。
という訳で、物見遊山の気分が強い三人組だった。
護衛役は城島と俺の二人である。助手の二人はキャステルハウスで残っている依頼人たちの世話をしている。
町の西門から出ると目の前には樹海が広がっている。迷宮都市と同じように樹海に面した町の産業は魔物から回収した素材と樹海で取れた果実を加工した食料だそうだ。
様々なジャムやドライフルーツを作る工房がたくさん有ると聞いた。
城島は町から北西の方向にある柑橘類の林で狩りをするつもりのようだ。その林には鬼熊ネズミという魔物がいるらしい。ゴブリンと同じ程度の強さがあり、カピバラ並みに大きかった。
因みに少し前までは、俺の気配や覇気を感じると弱い魔物は逃げて行っていたのだが、伊丹さんに教わり気配と覇気を断つ訓練をして弱い魔物が逃げないようになった。
もちろん、気配遮断を止めれば逃げ出すようになるので、状況により使い分けている。今回は気配遮断を使っているので、弱い魔物が襲い掛かって来る。
鬼熊ネズミは前足の鋭い爪の攻撃と鞭のような尻尾による攻撃さえ気を付ければ仕留められる魔物だった。
西門から四〇分ほど歩いて柑橘類の林に到着した。その林にはレモンのような果物とミカンのような果物が枝もたわわに実っていた。
林に入ってすぐ一匹の鬼熊ネズミと遭遇した。この大ネズミはカピバラとは違い、酷く凶暴だった。
遭遇した途端、鬼熊ネズミが襲って来た。城島が前に出て相手をする。城島の武器は衝撃波を発する魔導剣だった。
飛び掛かった鬼熊ネズミに城島の魔導剣が叩き付けられた。刃が大ネズミの肉体に触れた瞬間、衝撃波が発せられ、その肉体が真っ二つになる。
派手に血飛沫が舞い散った。その光景を見た依頼人たちがビクッと怯えるように身体を震わせた。
その威力を見た俺は正直に感想を伝える。
「オーバーキルです。そのネズミには魔導剣の威力が大き過ぎる」
「どうやらそうみたいだね」
城島が苦笑いして、魔導剣を鞘に戻し予備の剣に持ち替えた。
林の探索を続け、二匹の鬼熊ネズミが仲良くミカンを食べている場所に出た。
「今度はミコト君が相手するかい」
「いいですよ」
俺は鬼熊ネズミの前に出た。すぐに気付いた鬼熊ネズミが俺に襲い掛かって来た。
爪を伸ばし俺を引き裂こうとする大ネズミに反応し、短槍を捻りながら突き出した。そのスピードは尋常なものではなく、周りの人間には一瞬槍が消えたように見えただろう。
実際は槍の穂先がネズミの胸を抉り心臓を貫いていた。
素早く槍を引き戻した俺は、もう一匹の大ネズミを警戒する。そのネズミは隙を伺うようにチョコマカと動き回りながら躊躇い、俺と戦うのを避け回り込んで依頼人の方へ向かおうとした。
俺は地面を強く蹴り一瞬で鬼熊ネズミとの距離を詰めると槍を突き出した。血で染まった穂先が大ネズミの脇腹に食い込み肺を貫いた。
たぶん城島以外は、俺の動きを完全には見えていなかったと思う。それほど素早い動きだったのだ。
依頼人たちの俺を見る目が変わった。それまでは高校生みたいな若造が護衛なんて大丈夫なのかという感じだったが、若いのに凄い奴だと思われ始めたようだ。
「さすがミコト君だ。槍の使い方も堂に入っている」
城島の言葉がちょっと嬉しい。俺の周りには褒めてくれるような人が少ない。それくらい出来て当然と思われているらしい。それに伊丹さんと狩りをしていると自分がまだまだだなと感じる事が多いので、手放しで褒められる事に慣れていないのだ。
七匹の鬼熊ネズミを仕留め、依頼人に魔粒子を吸収して貰った。順調だと思っていると足軽蟷螂が現れた。
二メートルを超える大カマキリの出現に依頼人たちは慌てた。中には逃げ出そうとする者も居たが、案内人の俺たちが落ち着くように声を掛ける。
「落ち着いて下さい。この魔物はルーク級下位の魔物で、案内人にとっては脅威ではありません。すぐに倒しますから集団から離れずに待機していて下さい」
城島の言葉は力強く、依頼人たちを落ち着かせた。俺は感心した。これから城島さんの事は敬意を表してリーダーと呼ぼう。
リーダー城島は宣言通り足軽蟷螂を魔導剣でサクッと倒した。
依頼人たちの間から称賛の声が上がる。
鬼熊ネズミよりも濃い魔粒子が足軽蟷螂から放出され依頼人たちが、その魔粒子を浴びる。十分な魔粒子を蓄積したと判断したリーダー城島は町に戻り、魔導寺院へ向った。
魔導寺院では、まず『魔力袋の神紋』の扉が反応するかどうかを調べた。全員が扉のプレートを輝かせ、無事に『魔力袋の神紋』を取得した。
初めて神紋を授かった依頼人たちは例外なくボーッとした表情で自分の身体と精神に起きた変化を理解しようとしていた。
俺も経験したが、頭の中に今までなかったものが存在するようになり、ほんの僅かだが魔粒子と魔力が感じられるようになるのだ。その違和感は半端ではなく一時的に放心状態になるのも無理はなかった。
フラフラしている依頼人たちをキャステルハウスに連れて帰り休ませた。
そして、別の五人を樹海へと連れて行き同じ事を繰り返す。
依頼人の全員が『魔力袋の神紋』を得て、リーダー城島も一安心したようだ。
俺は依頼人の中にちょっと気になる者たちが居るのに気付いた。樹海の中を歩く様子や魔物が現れた時の反応から何らかの訓練を受けている感じがする者たちである。
この動きは倉木三等陸尉や筧一等陸曹の動きに似ていた。
リーダー城島は次の段階に進んだ。目指す神紋別に特定の魔物を狩り魔粒子を吸収させるのである。
『透視眼の神紋』は戦争蟻、『数理の神紋』はコボルトから放出される魔粒子を蓄積すると授かり易くなるという情報が有るらしい。
ミズール大真国の学者が発表している事なので何らかの調査をしたのだろう。
コボルトは問題なかった。ただ戦争蟻は問題だった。鋼鉄の槍では歩兵蟻や軍曹蟻の外殻を貫けそうにないからだ。
「魔法で倒すしかないか」
歩兵蟻や軍曹蟻に使えそうな魔法は<炎杖><缶爆><渦水刃><魔粒子凝集砲>になる。<魔粒子凝集砲>はマナ杖がないので体内の魔粒子を魔粒子凝集弾に充填するしかなく威力は小さくなるだろう。
但し<缶爆>や<魔粒子凝集砲>だと蟻の身体がバラバラになる可能性が高い。魔粒子を依頼人に吸収して貰うには<炎杖>と<渦水刃>の二択になる。
その日、城島とミコトがコボルトを狩りに行っている間にキャステルハウスで動きがあった。
依頼人の小畑と金村が、城島の助手である照井の部屋を訪ねた。
「照井さん、ちょっといいですか」
「何かあったんですか?」
ドアが開き照井が廊下に出て来た。小畑が照井の正面で注意を惹いている間に、金村が照井の背後から襲った。後頭部を隠し持っていた石で殴られた照井は呆気ないほど簡単にダウンした。
小畑と金村は照井をロープで身動き出来ないように縛り上げると照井の部屋の中に放り投げた。
その時、照井の部屋にあった武器を奪った。
同じようにして、もう一人の助手坂上を縛り上げた二人は、キャステルハウスに残っている依頼人たちを呼び集めた。
「照井さんからの伝言で、外にある土蔵の方へ来て欲しいそうです」
小畑はそう言って依頼人たちを土蔵に案内した。その土蔵は倉庫として使っているもので、古い家具や食器などが仕舞われていた。
土蔵の中に依頼人全員が入ったのを確認した小畑は、土蔵の扉を締め鍵を掛けた。
依頼人たちは何が起こっているのか分からず、小畑たちに抗議する。
「何をするんだ?」
「おい、扉を開けてくれ」
「開けろ。イタズラにもほどが過ぎるぞ」
閉じ込められた依頼人たちは騒ぎ始めた。土蔵の扉を叩く音が聞こえるが、その扉は頑丈で素手では壊せないものだった。
「静かにしろ。騒ぐと土蔵に火をつけるぞ」
小畑が怒鳴ると土蔵の中が静かになった。
その言葉で小畑たちが単なるイタズラではなく、目的が有って自分たちを閉じ込めたのだと気付いたのだ。
「なあ、教えてくれ。あんたたちは何が目的で我々を閉じ込めたんだ。ここじゃあ身代金なんて取れないんだぞ」
中から声が聞こえた。小畑が薄ら笑いを浮かべ。
「ふん、貴様らは案内人にやって貰いたい事をやらせる為の人質だ。大人しくしていれば危害を加えない」
土蔵の中がシーンと静まり返った。
小畑たちは狩りに出掛けている城島の帰りを待った。
昼頃になり、コボルト狩りに出ていた俺たちが帰って来た。
「あれっ、依頼人たちの姿が見えないようだが、食事かな」
リーダー城島が呟いた。
俺たちはキャステルハウスに入り、食堂へ向った。そこで予想しないものを見て驚いた。
助手の照井と坂上がロープで縛り上げられ、床に横たわっていたのだ。口には猿轡をされ喋れないようにしている。
「何で……何が有ったんだ?」
リーダー城島が照井たちを助けようとした時、武装した小畑と金村が現れ、照井の首の前にナイフをかざした。
「どういう事だ。小畑さん」
リーダー城島が吠えるように大声を上げた。
「動くな。動けばこいつを殺す」
小畑の殺気を感じ冗談ではないと俺たちは悟った。
俺が飛び込んで小畑たちを制圧しようと考えた時、その気配を感じたリーダー城島が制止した。
「動かないでくれ。ここは僕に従ってくれないか」
照井が殺される事を恐れたリーダー城島は、取り敢えず小畑たちに従う事を選択したようだ。
俺は素早く飛び掛かれば制圧出来そうな感じがするのだが、身体の中に有る高馬力エンジンがそう思わせるのかもしれない。ここは慎重に動こうとしているリーダー城島に従った方がいいと思った。
「賢い選択だ。藤村、村田そいつらを縛り上げろ」
一緒にコボルト狩りに行った二人が、冷たい目をして俺とリーダー城島を縛り上げた。
「貴様らも仲間だったのか」
藤村がニヤリと笑い。
「個人的には感謝しているんだが、任務なんで勘弁してくれ」
縛られた俺とリーダー城島は床に転がされた。
声も出せず唖然としている本当の依頼人三人は、不安そうにしていた。
「そこの三人には、ちょっとした仕事をして貰う。村田、三人を連れて行って庭に穴を掘らせろ」
「了解」
村田は三人を連れて出て行った。
残った小畑たちに、リーダー城島が。
「要求を教えてくれ。僕たちに何をさせるつもりなんだ?」
小畑が俺を指差し。
「こいつは関係ない。あんたにやって貰いたい事があるんだ」
「それは何だ?」
「俺たちをアメリカ軍の駐屯地に案内してくれ」
リーダー城島が黙った。
「知っているんだ。あんたは駐屯地が建設中の頃、アメリカ軍に協力していたそうだな」
小畑たちのバックにはちゃんとした組織が有るようだ。
リーダー城島が悩んでいると。
「協力しないなら、人質を殺す」
照井に突き付けられたナイフが少し動き、首から血が流れる。刑事ドラマとかで、よく見るシーンだが現実だと痛そうである。
照井の顔に苦痛と恐怖が浮かんでいる。
「ま、待て、要求通り案内する」
俺は小畑たちが狙っているものに気付いた。こいつらはアメリカ軍の駐屯地を見張り、クラダダ要塞遺跡の位置を探りだそうとしているのだ。
「よし、その若造は外に運べ」
俺は猿轡をされ藤村に担がれた。そのまま外に運び出され、庭に放り投げられた。
「グッ」
地面に投げ出された衝撃で声が出た。
庭では依頼人三人が穴を掘っていた。結構深い穴である。
身動きが出来ないので仕方なく穴が段々と深くなっていくのを見ていると、リーダー城島と小畑が出て来た。
「穴なんか掘って何をするつもりだ?」
小畑が肩を竦め。
「この若い案内人に入って貰うのさ」
「な、何だと。仲間と依頼人に危害を加えるなら協力はしないからな」
リーダー城島が鋭い口調で言った。
「心配するな。頭だけ出して生き埋めにする。そうでもしないと魔法を使える奴らは安心出来ないからな」
俺は抗議のつもりで身体をくねらせる。
「暴れるな。殺されるよりはマシだろう」
小畑は藤村に命じて掘られた穴に足から俺を入れた。そして、依頼人三人に埋めるように命じる。
リーダー城島は済まないというように俺に頭を下げ。
「何で、ミコト君だけ」
「こいつは何となく油断出来ないと感じるんだ。失敗する訳にはいかないんでね」
俺は頭だけ地面の上に出した状態で生き埋めにされた。俺だけ扱いが違うと納得出来ずにいる間に、小畑と金村がリーダー城島を連れてキャステルハウスを出て行った。アメリカ軍の駐屯地へ案内させるのだろう。
俺を生き埋めにした依頼人の三人は土蔵の方へ連れて行かれ、そこに閉じ込められたようだ。助手の二人は食堂の柱に括り付けられた。
俺と助手たちで扱いが違うのは、小畑が二人のハンターギルド登録証を見て、何の神紋を持っているか分かっており、地面に埋めるまでもないと判断したようだ。
一人庭に生き埋めにされた俺は藻掻いてみたが抜け出せない。ロープできつく縛られた上に地面に埋められているのだ。どちらか一方だけなら抜け出せたのだが、両方だと物理的な力だけで抜け出すのは難しいようだ。
しかも猿轡までされたので、不明瞭な声で愚痴る事になった。
「クソッ、ハゲボスめ。こんな厄介な仕事ばっかり押し付けやがって」
地面の中でブツブツ文句を言っている俺に、見回りをしていた村田が気付き馬鹿にするように鼻で笑い去って行った。
「クッ、腹の底から湧き上がる悔しさ……この屈辱感は久しぶりだ」
普段抑えている覇気が零れ出そうになる。危うく抑え込むとどうやって地面から抜け出すかを考え始めた。
2017/5/24 誤字修正




