scene:175 多過ぎる依頼人
感想を貰い読ませて頂きました。
ありがとうございます。
東條管理官から罰を言い渡された後も、俺は説教を聞き続ける羽目になった。
説教を聞きながら、調子に乗っていたと反省する。二度目の『竜の洗礼』を受けてから、常に体の奥で高馬力エンジンが唸りを上げているような感じがする。
気を許すと暴走しそうな危うさを感じ、自分自身ゾッとした。
身体の変化に精神が追い付いていないのかもしれない。
翌日、俺は沖縄に行って、手伝う先の城島と打合せをした。
俺が知らなかった事でも分かるように案内人城島は有名ではない。案内人ランキングは俺より低いはずだ。
だが、最近になって依頼者が急増しているらしい。
JTGの沖縄支部に行き、応接室で支部の課長から城島を紹介された。
城島は三〇代前半で、精悍な顔つきの逞しい体格をした男だった。空手か何かをやっているのか動きに鋭さがある。
「君が手伝いをしてくれるミコト君だね。アッ、鬼島君と呼んだ方がいいのかな」
「いえ、ミコトで構いません」
城島は感じの良さそうな人だった。
「ミコト君の実力については、東條管理官が保証してくれているので心配はしていないんだが、君用の武器や防具を用意出来ない。店で売っているものを購入する事になる。いいかな?」
俺は頷き、承諾していると伝えた。
「もしかして、魔法が得意なのか?」
「大物は魔法で倒しますが、普段は武器を使った戦闘を主にしています」
「へえ、最近倒した魔物は何?」
そう訊かれて躊躇った。正直に『崩風竜』と言う訳にもいかず。
「地獄トカゲです」
城島が顔を顰めた。
「あいつか……危険な奴だよな」
地獄トカゲの毒爪の怖さを知っているようだ。
急遽、俺が城島の手伝いをする事になったが、予定では別の案内人が手伝うはずだったらしい。
しかし、何かのトラブルで予定の案内人が駄目になり、俺の所へ話が来たようだ。
「今回の団体さんの依頼は、『数理の神紋』を授かりたいという依頼者が十二名、『透視眼の神紋』を授かりたいという依頼者が八名だ」
「『透視眼の神紋』は理解してますが、『数理の神紋』を授かりたいという依頼者が多いのは何故です」
『透視眼の神紋』を授かりたいと希望しているのは医療関係者だと思うが、『数理の神紋』にどういう使い道が有るのか分からなかった。
「『数理の神紋』の基本魔法を使うと目の前に有る数式を魔法で計算するんだ。便利なものらしい」
コンピューターの存在しない世界なので非常に便利なようだ。
打合せは二時間ほど続き、翌日の夜に依頼人と一緒に転移する事となった。
ポッカリと空いた時間を沖縄観光で潰し、翌日の夜、うるま市の郊外にある農園だった場所に移動した。
ゴーヤを作っていた畑は自衛隊の手で封鎖され、倉庫のような建物が建っていた。
その建物に入ると中は何もなくがらんとしていた。
下着姿の男女が押し競饅頭でもしているかのような状態で転移門が現れるポイントで待機する。
「城島さん、一遍に引受け過ぎじゃないの?」
俺が愚痴を零すと。
「悪い、こんな大勢の依頼人が集まるのは初めてだったんで、喜んで引受けている間に、ここまで増えてしまったんだ」
城島には二人の助手が居ると聞いているが、二〇名ほどの依頼者を三人で面倒を見るのは難しかっただろう。
ミッシングタイムとなり、ゲートマスターである城島が転移門が現れるポイントに近付くと転移門が出現し、全員がミズール大真国へ転移した。
転移の衝撃で少し朦朧となったが、すぐに立ち直った。そこが洞窟のような場所だと気配で判った。
外から滝が落ちるような音が聞こえる。
提灯のような明かりを持った人影が近付いて来た。
「城島さん、これ……全員が依頼者なんですか?」
「いや、こちらのミコト君は手伝ってくれる案内人だ」
助手らしい若い男が溜息を吐いた。助手の名前は照井というらしい。
「一人だけですか……」
「優秀な案内人だぞ。それより着る物を用意してくれ」
助手は洞窟の奥に行き、木箱の中からズボンと厚手のシャツを取り出す。辛うじて人数分有るようだ。靴は魔物の革で作った紐で固定するタイプのサンダルである。
ズボンとシャツを着た俺は、依頼人たちの介抱を始めた。
まずは<明かり>の魔法を使い周りを照らす。
「アッ、魔法だ」
光に気付いた依頼人たちがざわざわと騒ぐ。
助手と一緒になってズボンとシャツを配り、気分の悪そうな依頼人にはシートを敷いて寝かせた。
全員が落ち着いたのは、二時間ほど経過した頃だった。
「皆さん、状況を説明します。日本でも説明したように、我々が居る場所は樹海の浅い部分にある滝の裏の洞窟です」
依頼人の何人かが頷いた。
「日が昇るのを待って、辺境の町ガイフルに向かいます」
ガイフルは滝から三キロほど東に行った場所に在る町で、城島たちの活動拠点となっている町だった。
「途中の樹海は大丈夫なんですか?」
依頼人の一人が心配そうに声を上げる。
「心配いりません。この辺は弱い魔物しかでませんから、我々だけで対処可能です」
「でも、ゴブリンや狼が居ると聞いたぞ。僕らにも武器をくれないか」
大学生らしい若者が要望を出した。
城島が躊躇っていた。時々慣れない武器で怪我をする依頼人がいるのだ。城島は堅い木材から作られた棍棒を何本か取り出し武器が欲しいという依頼人に配った。
俺も棍棒を一本貰った。
「ミコト君には、僕の予備の剣を渡そうと思っていたんだけど」
「俺は普段鉈を使っているんで、剣より棍棒の方が使いやすいんです」
「へえ、鉈か。珍しいな」
助手の照井が近付いて来て。
「凄腕の案内人だって城島さんから聞いたよ。凄い鉈を使っているんじゃないの?」
照井は二〇代半ばの好青年という感じの人である。ちょっと頼りない所も有るが年下相手だからと言って偉ぶるような態度を取らない。
「一番長く使っているのがワイバーンの爪を素材にした竜爪鉈です」
現在使っているのが真龍種クラムナーガの牙を使った絶烈鉈だとは話せない。先程確かめたのだが、照井が使っているグレイブは大剣甲虫の剣角を利用したものだ。
「竜爪鉈か。羨ましいな」
照井が呟くのを聞いた。
日が昇ったので、洞窟を出発する。
城島が先導し滝の裏に有る洞窟から出て樹海に入る。
この辺の樹海は食べ物が豊富なようだ。ヤマモモに似た果実を付けた木やグミの木に似たものが多い。
俺は最後尾を歩き、依頼人たちの話し声を聞いていた。
「凄えな。これが異世界か。戻ったら自慢出来るな」
「自慢するなら、魔法が使えるようになるのを自慢しろよ」
「『透視眼の神紋』だろ。俺は『雷の神紋』とか『火炎の神紋』とかが良かったのにな」
「お前はテレビの見過ぎだ。ハンターにでもなって魔物狩りにでも行く気か」
異世界を舞台にしたドラマや映画が作られており、『雷の神紋』と『火炎の神紋』はドラマの主人公が持つ神紋である。
「でも、ゴブリンくらいなら簡単に倒せそうじゃないか」
「まあな、ゴブリンならな」
医大生らしい依頼人の話を聞いて、俺は笑いそうになった。訓練を受けた者なら、ゴブリンを倒せると思うが、目の前にいる医大生たちは何の訓練も受けていないのは確実だ。
ゴブリンの名前を呼んだからではないだろうが、本当にゴブリンらしき気配が近付いて来る。
「城島さん、右から魔物が近付いている」
城島は依頼人たちを一箇所に集め、迎撃する態勢を固めた。
「僕と照井が前に出るから、ミコト君は依頼人の傍で護衛を頼む」
「了解」
すぐにゴブリン五匹が現れた。
城島は三匹のゴブリンを、照井が二匹のゴブリンを引き受けた。だが、照井が引き受けるはずの一匹が、隙を突いて依頼人の方へ近付いて来た。
近付いて来るゴブリンは凶暴な顔をして唸っている。その姿には野生の獣が発する危険な気配があり、先程までゴブリンなら倒せると言っていた医大生たちもビクッと震えた。
ゴブリンは手に持った棍棒を威嚇するように掲げ、ぎょろりと依頼人たちを睨む。依頼人たちの多くは怯えた表情を浮かべている。
俺はゴブリンと依頼人の中間点に移動し依頼人を背後に庇う。
ゴブリンを迎撃しようと一歩足を踏み出そうとした時、異変が起きた。
棍棒を振りかざし俺に襲い掛かろうとしていたゴブリンの腰布の紐がプツンと切れたのだ。
パサッと落ちた腰布に足を絡ませたゴブリンが地面に倒れた。手に持っていた棍棒も草叢の方へ飛び消えた。
悲鳴を上げようと準備していた依頼人たちも、アッという顔をした後、口を閉じる。
微妙な雰囲気の沈黙が広がった。
依頼人の間からクスクスという笑いが聞こえて来た。
ゴブリンがガバッと起き上がる。顔を打ったのか鼻血を出していた。
笑い声を聞いてムッとしたゴブリンは襲い掛かろうとして棍棒が無いのに気付いた。辺りを見回すが見付からない。そして、下に視線を向け自分の息子がブラブラしているのを見て、慌てて腰布を拾い上げる。
ゴブリンがどうするのか見守っていると……逃げた。それも尻を剥き出しにしたまま全速力で。
「あのゴブリン……泣いてたように見えたけど、見間違いだよな」
依頼人の一人が呟くのが聞こえた。
俺は城島たちの方へ目を向ける。二人の戦いは終わっていた。
ゴブリンの死骸の近くに依頼人たちを呼び寄せている。少しでも魔粒子を吸収させる為である。
「何か有ったのかい。依頼人たちの様子が変だけど?」
城島さんが尋ねた。俺は状況を説明すると変な顔をされた。
「そんな事も有るんだ」
「ゴブリンの生態は解明されていない事が多いそうですから、ゴブリンの研究者に話してみると面白がるかも知れませんね」
俺たちはゴブリンの死骸から離れ町に向かった。
途中、長爪狼の群れに遭遇したが、問題なく駆逐し辺境の町ガイフルへ到着。
城島は町の顔役のようだった。門番に金を払って全員が町に入る。門番も人数の多さに驚いたようだが、城島が一緒だったので、すんなり入れた。
城島たちが拠点にしている宿泊施設は貴族の別邸を改修したもので、三〇人までなら寝泊まり出来る規模があった。彼らは『キャステルハウス』と呼んでいる。
俺は小さな部屋を割り当てられ、その部屋で少し休んでいた。そこに城島が来て。
「ミコト君、明日からの予定なんだが、依頼人を五人ずつに分け樹海に入り弱い魔物を狩って魔粒子を体内に蓄積して貰おうと思っている」
「俺は依頼人の護衛をしながら、魔物を狩ればいいんですね」
「よろしく頼む」
城島が部屋を去ろうとするのを、俺は呼び止め。
「城島さん、装備を整えたいんで少し金を貸して下さい」
「どれくらいだね」
「金貨一枚をお願いします」
「それじゃあ、少ないだろ。金貨二枚を渡しておこう」
城島から金貨を貰い、俺は外に出た。
ハンターギルドが目に入ったので中に入り、身分証を入手する為に新規登録した。今更、見習いハンターになるのもどうなんだと考えたが、町に入る度に金を払うのは馬鹿らしい。
国が異なると同じハンターギルドでも連絡がほとんど無い。なので二重登録しても気付かれない。もちろん、実績もチャラになるので見習いハンターから出直す事になるが、身分証だけが必要なので問題ない。
懐かしい木製のハンターギルド登録証を手に入れた後、町の近くにいる魔物の情報を教えて貰う。
情報を集め終わると通りに出て武器屋に向った。
槍や剣などを中心とする品揃えの小さな武器屋だった。
「いい武器は高いな」
ミスリル合金製の武器があったが、金貨二枚では買えそうにない。仕方なく鋼鉄製の刀身を持つ短槍を購入した。
武器屋を出た俺は隣の防具屋で鎧豚製の革鎧と籠手、脛当てを購入した。
それらの装備を付けると見習いハンターだった頃の事を思い出した。
「あの頃は槍トカゲと戦うのも必死だったな」
今では属竜種さえ倒せるほどになった。……変われば変わるものだ。
ミコトが買い物で外出している頃、キャステルハウスの一室で五人の依頼人が密談をしていた。
「案内人たちの技量はどれほどだと思う?」
「助手は大した事はない。だが、城島と手伝いの案内人は全力を出していなかったようだ」
「警戒すべきは城島とあの若造か」
「ここで留守番をしていたもう一人の助手はどうだ?」
「助手となってから日が浅いようだ。問題ないだろう」
怪しい依頼人たちが話している言語は日本語ではなく、そうかと言ってミトア語でもなかった。
「まずは武器の確保だ。案内人たちが樹海に行っている間に、屋敷の中を探す」
「見付けられなかったら、どうする?」
「助手二人から武器を奪い、この屋敷を制圧する」
彼らの言葉から、物騒な行動を起こそうとしているのは分かるが、屋敷を制圧して何をするつもりなのか分からない。
その時点では、ミコトも城島も何も気付いていなかった。




