scene:170 崩風竜との戦い
工場の視察とレース用魔導飛行船の製造依頼を済ませた国王は、三日ほど趙悠館で王妃や王女とのんびりした生活を味わった。
その間、アカネさんは国王へ出す料理に頭を悩ませ、工夫を凝らして美味しい料理を出した。悪食鶏の唐揚げや焼き鳥、鎧豚のトンカツや生姜焼きなど普段でも作っている料理の他に、竜肉ハムとトマトを使ったマリネやエビとチーズの入った春巻き、海の幸を使った豪華なパエリアなどを出した。
それらの料理は国王も気に入り、作ったアカネさんを褒めていた。
しかし、一番のお気に入りがオムライスだったのは意外だった。
十分に休養を取った国王は名残惜しそうに迷宮都市を離れ王都へ戻って行った。
普段の状態に戻った趙悠館では、アカネさんがぐったりとして燃え尽きたように椅子に座っていた。
アカネさんを除く皆で彼女を休ませてあげようと決めた。
俺と伊丹さんは崩風竜を撃退する準備を進めた。
竜に通用する攻撃魔法を持たない伊丹さん用の武器として竜閃砲の改良を始めたのだ。
竜閃砲は発射時に高温の放射熱が発生する欠点が有ったのだが、ファイアードレイクの牙を加工し竜閃砲の砲身を囲うように取り付けると輻射熱で火傷する事はなくなった。
だが、槍のような形の竜閃砲では遠距離攻撃で狙い難いと分かり、対物ライフルのような形に変更しようと決まった。
竜閃砲は大きく改造され崩風竜撃退の準備は整った。
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その頃、アメリカ軍の駐屯地では荒武者たちの装備製作が進んでいた。
抓裂竜の革を使った鎧と爪や牙から武器が作られると荒武者たちは、装備を試す為に狩りに出掛けた。
韓国のビョンイクとバンヒョンは鎧と武器が配給されると使い心地を試す為に、二人だけでクレイジーボアを狩りに行った。
ビョンイクの武器はグレイブ、バンヒョンは槍だった。
「なあ、ビョンイク。この前来た日本人をどう思う?」
「中々腕の立つ連中だそうじゃないか」
「抓裂竜は奴らが倒したそうじゃねえか。アメリカの奴らが遺跡調査に参加させるかと思ったが、上手いこと崩風竜の撃退だけを押し付けたようだぞ」
「ふん、間抜けな連中だな。アメリカが連中に幾ら払うのかは知らんが、本当に価値のあるものは遺跡の中に有るというのに」
「でもよ。遺跡の中に何が有るか分かんねえんだろ。それだったら、大金を貰って崩風竜を撃退するのも有りなんじゃねえか」
ビョンイクが薄笑いを浮かべた。
「大統領秘書室長から、遺跡内部を探れと言われたではないですか。金よりも遺跡内部の情報が一番重要なんです」
韓国の大統領秘書室長がビョンイクたちと接触し、遺跡内部を探るように命じたらしい。
「お前は金持ちだからそう言えるんだ。俺だって命を賭けるんだから大金が欲しいじゃねえか」
「遺跡で貴重なものが発見されれば、国から大金が入ると思いますよ」
「あの秘書室長はそれらしい事を言ってたが、信用出来るのか」
「相手は大統領の側近です。こんな時に金をケチるとは思えません」
「そうだな」
「それより問題は、僕たちの攻撃魔法が崩風竜に通用するかどうかですね」
ビョンイクとバンヒョンは『崩岩神威の神紋』を授かっていた。その応用魔法は強力で竜に命中すれば大きなダメージを与えられるだけの威力が有る。但し命中させるのは至難の業だった。
「スペインの奴らが崩風竜の動きを抑えてくれれば何とかなるんじゃねえか」
「そうですねぇ。駄目な時は遺跡の中に逃げ込みますか」
「おいおい、崩風竜はどうするんだ?」
「その為に日本人が雇われたんじゃないですか。奴らに任せればいい」
自分たちも崩風竜対策の為に集められたはずなのに、ビョンイクとバンヒョンの頭の中には遺跡で待っている御宝が第一の関心事項となっていた。
その日、ビョンイクとバンヒョンは予定通りにクレイジーボアを狩り、食材を駐屯地に提供した。
スペインから来たカルデロン兄弟も装備を確認する為に樹海に来ていた。
長男のセシリオが短槍を手に持ち油断なく気配を探りながら、弟たちに話し掛ける。
「俺らの<雷槍>が崩風竜に通用すると思うか?」
「ワイバーンと同じ飛竜タイプなんだろ。<雷槍>は有効じゃないかな」
次男のヘルマンが応えた。
「通用しなかった時はどうする?」
「兄貴、戦うのは俺たちだけじゃないぜ。韓国やアメリカの連中も居るんだ」
「奴らの攻撃魔法も通用するか判らねえだろ」
三男のリベルトが狡そうな顔をして。
「その時は他の連中に任せて遺跡の中に逃げるしかないよ」
「何で遺跡の中なんだ?」
「そりゃあ、ただの遺跡じゃなく要塞遺跡だからだよ。その方が安全じゃないか」
前回の調査でアメリカの精鋭部隊が崩風竜に叩かれ散々な目に遭ったと聞いている。中でも撤退時に多くの犠牲者が出たようで、樹海へ逃げ込んだ精鋭部隊の半数が帰らぬ人となったらしい。
リベルトが真剣な顔をして小さな声で告げた。
「兄貴、アメリカの奴らは信用出来ねえぜ」
「どうしてだ?」
「少将とチャールズが話しているのを聞いたんだ……奴ら、崩風竜を撃退出来なかった時は、俺らを盾にして遺跡の中に入るつもりだとぬかしていた」
「何だと……糞アメリカ人が」
三兄弟はアメリカ人を罵ってから。
「そうすると重要なのは逃げ込むタイミングだな。アメリカの連中より一歩早く動かねえと逃げ遅れる」
「だったら、アメリカの奴らを監視しながら、変な動きが見えたら躊躇わず逃げ込むしかねえな」
ヘルマンが不満そうな顔をする。
「何だよ、逃げるのかよ。せっかく崩風竜と戦えるんだぜ。俺たちなら倒せる」
「分かってるよ。逃げるのはこっちの命が危ない時だけだ。倒せそうなら倒すに決まってるだろ」
「ならいい」
セシリオは戦闘狂の弟を少し不安そうに見た。
戦闘になると我を忘れ敵に向って突撃する弟である。しっかりとリードしなくてはと長男のセシリオは強く思った。
その狩りから十数日が経過した。
遺跡調査が行われる前日、俺と伊丹さん、薫の三人が鉱山都市ガジェスの近くに在る駐屯地に到着した。
「へえ、こんな所を駐屯地にしてるんだ」
改造型飛行バギーに乗る薫が、初めて見るアメリカの駐屯地を見て声を上げた。
駐屯地に着地するとチャールズが出迎えてくれた。
「よく来てくれた。歓迎するよ」
俺は薫を紹介する。
「こちらは迷宮都市でハンターをしているカルアだ」
この日、薫は髪を赤く染め鋭い感じの印象になるような化粧をしていた。ちょっとした変装だが、迷宮都市のハンターらしく見えればいいとアカネさんと一緒になって工夫した結果だった。
「彼女は魔法の天才だ。崩風竜に対する切り札となる」
「ほう、そんなに凄いのか。期待出来そうだな」
チャールズはそう言ったが、本気で期待しているようには見えなかった。
その後、ベニングス少将に紹介した時も複雑な表情を浮かべた顔で『頑張ってくれ』と言われた。
その日の夜は充分な休養を取り、翌朝起きると天気を確認した。生憎の曇りである。
「曇りか、お日様が見えていれば良かったのに」
薫も空を見上げながら言った。
「しょうがないよ。曇りでも<光翼衛星>は使えるんだろ」
薫は不機嫌な顔で頷いた。『神威光翼の神紋』を元に開発した応用魔法は<光翼衛星>と名付けられ、樹海の中で試射も済んでいた。
「でも、威力が落ちるのよね」
俺は伊丹さんと薫を見て。
「二人のどちらかが崩風竜を落としてくれたら、俺が止めを刺すよ」
「防御はミコト殿の結界に頼る事となりそうでござるが、大丈夫であろうか?」
「至近距離から直接攻撃を喰らわなければ大丈夫だと思うけど、なるべく一緒に行動しよう」
俺の結界は大きくするほど防御力が弱まるので、崩風竜の攻撃から守れるのは四、五人までが限度である。
遺跡調査チームは荒武者九人と軍人七人の合計十六人である。チームリーダーはオーウェン中佐で、魔導技術の専門家であると同時に元グリーンベレーの猛者でもあった。
荒武者はチャールズを含めたアメリカ人四人、韓国人二人、スペイン人三人である。
朝食を食べた後、出発となった。
「諸君、今回の任務には大きな困難(崩風竜)が立ちはだかっている。だが、合衆国、いやリアルワールドにとって重要な知識が発見される可能性が高い……」
出発する前に、ベニングス少将が士気を鼓舞しようと演説を始めた。
ただ、その演説で士気が上がったかというと疑問だった。
遺跡調査チームは魔導飛行バギーと改造型飛行バギーを使って駐屯地の北東三〇キロほどの地点まで移動した。魔導飛行バギーを三往復ほどさせなければならなかったが、全員が移動すると魔導飛行バギーは駐屯地に帰り、改造型飛行バギーだけは近くの藪の中に隠した。
ベニングス少将からは、誰かに操縦を任せ駐屯地に戻す方が安全じゃないかと言われたが、崩風竜との戦いで負傷した場合、急いで戻る必要が生じるので改造型飛行バギーは近くに隠す事にした。
遺跡調査チームは北の方角に歩き始めた。遺跡は歩いて二時間ほどの距離に在るらしい。
魔導飛行バギーで近くまで移動しないのは崩風竜を警戒しているからである。
周囲を警戒しながら樹海を進むと少し不自然な台地が現れた。
高さ四〇メートル、直径五〇〇メートルほどの円形状の台地なのだが、嵐か何かで台地を覆っていた土が崩れ、その下から人工的な構造物だと分かるものが現れていた。
それは漆黒のコンクリートのようなもので作られた壁のようなものだった。よく見ると頑丈そうな壁の一部が崩れ、中に入れそうな入り口が顔を覗かせている。
入り口まで三〇〇メートルとなった時、オーウェン中佐が立ち止まり警告を発する。
「ここから先に進むと奴が現れる。戦う用意だ」
奴というのは崩風竜だろう。俺はマナ杖を取り出すと油断なく構えた。周囲を確認すると薫が神紋杖を、伊丹さんが絶牙槍を構えるのが見えた。
用心しながら進み、入り口から二〇〇メートルの距離まで近付いた時、そいつが現れた。
台地の上で何かが光り、突然大気が震えるような感じがして、大きな翼を広げた青白い竜が現れた。
全長は灼炎竜よりも長いが、スマートな竜で動きも軽やかな感じがする。三角形の頭にはライオンのたてがみのような白い毛が有り、身体は青白い鱗で覆われていた。
崩風竜は巨大な翼を何回か羽ばたかせると空へ飛び立った。
上空を旋回した崩風竜は大気を震わす咆哮を放つ。その咆哮の衝撃は俺たちが居る場所にまで届き全員の身体に電気が走ったような衝撃を感じさせた。
崩風竜は大気を呼び込み身体の周りで大気の渦を操り始めた。
「来るぞ。迎撃の用意!」
オーウェン中佐が指示を出した。
それぞれが攻撃魔法を用意する。
次の瞬間、崩風竜が翼を小さく畳み急降下を開始する。目標は俺たちのようだ。
巨大な飛竜が急速に近付いて来る。その迫力は半端ではない。
薫は崩風竜を目にすると同時に、<光翼衛星>を発動した。この魔法は成層圏に光翼を生み出し光のエネルギーを蓄積するまで発射出来ない。
但し、その間使用者が集中している必要はない。光翼は一種の幻獣であり、自動的に光のエネルギーを集め始めるので、使用者は自由に動けるし別の魔法も使える。
ビョンイクが<氷槍>を放ち、バンヒョンが<爆炎弾>を崩風竜に向って発動する。第二階梯神紋の応用魔法であり、普通の魔物ならダメージを与えられる攻撃なのだが、崩風竜は避けようともしなかった。
巨大な飛竜の近くで渦巻く大気により<氷槍>は軌道が逸れ、<爆炎弾>は近くで爆発したが、ほとんどダメージを与えられなかった。
ビョンイクとバンヒョンが所有する『崩岩神威の神紋』は、下から上に打ち上げるような魔法は存在しない。例外は薫が開発した<崩岩弾>なのだが、二人が知っているはずもなく、仕方なく第二階梯神紋の応用魔法で攻撃したのだ。
カルデロン兄弟の三人が<雷槍>を崩風竜に向って放った。三本の輝く槍が巨大な飛竜に命中し、ドンと雷が落ちたような音がして雷撃が鱗に覆われた身体に流れ込む。崩風竜が痛みを感じ身を捩らせ、怒りを含んだ唸り声を響かせた。
崩風竜が無数の風の刃『竜風刃』を地上にバラ撒いた。同時に、薫が<崩岩弾>で反撃する。
「散開しろ!」
オーウェン中佐が大声で指示を出す。
俺たち三人以外は指示に従いバラバラになる。
俺は伊丹さんと薫を囲むように<遮蔽結界>を展開する。
崩風竜が放った竜風刃が地上を襲う。一つの竜風刃が<豪風刃>ほどの威力を持ち、それが無数に思えるほど天空から舞い降りたのだ。
遺跡調査チームの一人が避け損ない負傷する。
竜風刃の一つは俺が張った結界にも命中したが、何とか撥ね返す。
薫の放った<崩岩弾>は崩風竜の青白く輝く下腹の鱗に命中し爆発した。崩風竜は苦痛の呻き声を上げるが、小さな傷を付けただけだった。
崩風竜は力強く羽ばたくと再び大空へと舞い上がった。羽ばたいた時に巻き起こった風が嵐のように樹々を揺らす。
「クソッ、確かに命中したのに、奴はピンピンしてやがる」
スペインから来たセシリオが毒突いた。
「いや、あいつは身を捩って痛がっていた。効いてる証拠だ」
弟のヘルマンが反論する。
「気を付けろ。また来る!」
オーウェン中佐が注意を促す。
反転した崩風竜がもう一度襲って来た。今度は全員が攻撃魔法で迎撃する。
俺も<魔粒子凝集砲>を放ったが、素早い動きで躱された。荒武者たちの攻撃魔法もほとんどが躱され、命中したのは<雷槍>と<氷槍>だけ。
大したダメージを与えられなかった俺たちに、崩風竜が圧縮した空気の塊を投下した。
着弾と同時に圧縮された空気が爆散し、一番近かったアメリカ人荒武者たちを吹き飛ばした。チャールズも吹き飛んだが、幸運にも軽症で済んだ。
だが、他の三人は爆散した中心点に近すぎた。内臓が潰され口から血を吐き出し絶命した。
崩風竜が獲物の血を見て興奮したのか雄叫びを上げ、同時に背筋がゾクリとするような威圧を放つ。
威圧を浴び、仲間の死に様を見た韓国人二人が逃げ出した。遺跡の入り口に向って走り出した二人を見て、スペインの兄弟が戦線離脱する。
続いてアメリカ人たちも入り口に向けて走り出す。
残ったのは俺たちだけになった。
上空で旋回している崩風竜が逃げた奴らを追うか残った俺たちと戦うか迷うような素振りを見せる。
薫が<崩岩弾>を旋回する崩風竜に向けて放った。この一発で崩風竜は俺たちと戦う事に決めたようだ。
「こういうのをハブられると言うのでござるか?」
伊丹さんが顔を顰めながら言う。
「俺たちハブられたのか」
その言葉を聞いて、身体の中に隙間風が吹いたような感じがした。




