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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第7章 竜殺しの狂宴編
172/240

scene:169 ジェルズ神国の刺客

 食事が終わり、元の部屋のソファーで寛ぐ国王にダルバルが尋ねた。

「陛下、この時期に迷宮都市を来訪された目的を聞いてもよろしいでしょうか?」

「工場の視察だと伝えたはずだが」

 オディーヌ王妃が優しい顔になり、国王を庇うように口を挟む。

「先の戦争が残した爪痕を処理する為、陛下は休まず働かれていたのでしょう。少し公務を休まれ休養を取られた方が良いのです」

 国王が嬉しそうに笑い頷いた。

「そうだな、休養も必要だ。だが、本当に今回は工場の視察が目的なのだ」

 ダルバルが納得していないという顔をする。

「……分かった。正直に言おう。魔導飛行バギーの開発者であるミコトとカリス親方に相談せねばならない事案が発生したのだ」


 ダルバルは製造の全権を任されているカリス親方だけではなく、ミコトにも相談が有るという事案に興味を持った。身を乗り出して話を聞く。

「その事案というのが何か話を伺ってもよろしいですか?」

「うむ、同盟国のカザイル王国から三年に一度行われる魔導飛行船レースへの招待状が届いた。……マウセリア王国を代表して参加するよう説得された」

 ダルバルは魔導飛行船レースを知っていたが、あれは自国で製造した魔導飛行船に乗り、同盟諸国の南端から南の島までを往復するレースだったはず。

「しかし、あのレースでは自国で製造した魔導飛行船だけしか参加出来なかったのではありませんか?

 国王は苦虫を噛み潰したような顔になり。

「カザイル王国の使者が食えない奴でな。モルガートとオラツェルをあおって参加すると言わせてしまったのだ」


 ダルバルは罵声が喉元まで飛び出して来たが自制した。

「迷宮都市で製造しているのは魔導飛行バギーです。海上を何日も飛行するレースには使えません」

「分っておる。だが、一度王家の者が承知したのだ。理由もなしに断る事は出来ん」

 ディンは国王とダルバルの話を聞いて話の概要は理解した。

「そうすると、ミコトたちが海上を何日も飛行する魔導飛行船を製造可能か確かめに来られたのですね」

「それだけではないぞ。お前たちにも会いたかったから、余自ら来たのだ」

 魔導飛行船レースは半年後に行われるらしい。半年という短い期間に魔導飛行船が製造可能かを確かめたいらしい。


「では、明日にもカリス親方を呼び尋ねましょう」

 ダルバルが言うと国王が首を傾げ。

「ミコトは呼ばぬのか?」

 王妃が微笑み。

「ミコトは樹海に狩りに出ております。明後日頃にならねば帰りません。それまでゆっくりなさって下さい」

「ああ、あやつはハンターでもあったのだな」

「そうでございます。この前などはワイバーン十数匹を狩り、意気揚々と戻って来たようです」

 ダルバルが相槌を打ち、呆れたように国王に伝えた。

「それは凄い」

 国王は軍にワイバーンを狩れる者が何人居るか数えると心許なく感じた


 翌日、太守館にカリス親方を呼んだ。

 国王の前に出るカリス親方は緊張しているのか顔を青褪めさせている。

 ダルバルが国王に代わり魔導飛行船レースの件を説明し、レースに使える魔導飛行船が半年で製造可能か尋ねた。

 カリス親方はどういう船が必要なのかを聞き、一時目を瞑り考え込んだ。そして眼を開け。

「ミコトと相談せねば確かな回答は出来ませんが、少人数の乗員を運ぶ小さな魔導飛行船なら製造可能だと思われます。ですが、レースに勝てるかどうかは分かりません」

「レースの勝ち負けは良いのだ。我が国にとっては初めてのレースである。無事に戻って来れるだけで良い」


 カリス親方はミコトが手に入れたミスカル公国の魔導飛行船を研究し、構造は理解していた。ただレース用となれば小型で高速な魔導飛行船となる。

 どうすれば高速を出せるのかが問題だった。レースには規定があり、使える魔光石の量が制限されているのだ。魔光石を大量に掻き集め、大出力の推進装置を装着して速度を出すという方法は取れない。

 ミコトが魔導飛行バギーを改造した点にヒントが有るのではとカリス親方は漠然と思った。


 その後、国王陛下を案内し工房や工場を見て回り、現在の生産状況を説明した。

 工場での生産台数は月産五台になり、一部防風板を取り付けた型も製造を開始していた。ハンターたちが頑張り迷宮から鬼王樹の樹液を持ち帰る事に成功していたのだ。

 国王は防風板が付けられた魔導飛行バギーを見て、利点と欠点をすぐに理解した。


 視察が終わり、国王は王妃たちが滞在する趙悠館を見に行こうと言い出した。

 王妃たちの迷宮都市での暮らしぶりを確かめてみたかったのだ。

 ダルバルは渋ったが、国王の要望では仕方ない。

 国王の他に侍従や護衛も引き連れて趙悠館へ向かった。


 趙悠館に到着すると庭で伊丹が魚の干物を焼いていた。この国での名前は知らないが、伊丹たちがホッケと呼んでいる魚である。

 焼いている伊丹の周りには猫人族の子どもたちが四、五人集まっている。

 よく見るとサラティア王女も眼をキラキラさせて見守っている。

 伊丹は開いて一夜干しにしたホッケを炭火で焼いていた。金網の上に載せたホッケの身から脂が滴り落ち、魚を焼く独特の匂いが周りに広がる。


 伊丹が国王一行に気付き挨拶をすると子供たちもそれに習って挨拶した。

 それを見た国王はニコリと笑い。

「余に構わなくとも良いぞ。料理を続けてくれ」

「御意」

 伊丹は焼き上がったホッケを皿に載せ、一口味見する。

「うむ、いい焼き加減でござる。さあ、皆も焼いていいぞ」

 子供たちが箱に入っているホッケの開きを金網に載せていく。この一夜干しはリカヤたちが大量に釣ったものを子供たちに手伝わせて作ったものである。


 サラティア王女とルキも箱の中からホッケの開きを取り出し金網の上に置く。

 少しの間、王女が魚を焼いている姿を国王は見守っていたが、ダルバルが食堂の方へと促したので歩き出す。

 食堂では王妃が国王を待っていた。国王は王妃の隣に座り。

「驚いたぞ。サラが子供たちと一緒に料理をしておった」

 王妃が微笑みを浮かべ。

「ああいう事が楽しいみたいなのです。王都では得られない体験なのでしょう」

「そうかもしれんのう」

 サラティア王女が焼き上がったホッケを皿に載せ国王の前に置いた。

「サラが焼いたものだな」

「はい」

 王女はキラキラした目で国王を見た。国王はナイフとフォークを持ち一口大に切ったものを口に運ぶ。

 本来、国王が口に入れるものは特別な場合を除いて検査しなければならず、こういう場合は護衛の者が止めるべきものなのだが、この状況では誰も止められなかった。


「うむ、美味いぞ。一緒に食べようか」

「はい」

 王女は嬉しそうに返事をした。王女にとって忘れられない日になりそうである。

「サラ、迷宮都市でたくさんの事を学んだのだな」

「はい、いっぱい勉強して、いろいろ見ました」

「そうか、何が面白かった?」

「ん───、ルキちゃんと狩りに行った事とか。そうだ、ミリアお姉ちゃんの魔法です。あれはステキでした」

 サラティア王女があれと言ったのは、この前ミリアが薫に教えて貰った幻獣召喚である。

 初めてミリアの幻獣召喚を見た時から、王女は夢中になった。何もない空間に現れる幻獣は神秘的で美しいと感じたのだ。


「ミリアというのは誰なのだ?」

 国王が尋ねるとダルバルがミリアを呼ぶ。食堂の隅に居たミリアが立ち上がって緊張しながら国王の前に進み出た。

「お会い出来て光栄でしゅ、陛下。私がミリアでしゅ」

 ダルバルがミスカル公国との戦いで功績のあるハンターだと紹介した。

「ほう、サラが賞賛する魔法とはどんなものなのだ?」

「幻獣召喚の魔法でございましゅ。王女様は気に入っておられるようでしゅ」


 サラティア王女がミリアの傍に来て、その手を握った。

「ねえ、ミリアお姉ちゃん。あれをもう一度見せて」

 王女が頼んでいるのが何か判ったミリアは、ダルバルの顔を見た。

「ディンから聞いている。小さな蝶の幻獣召喚だそうだな。攻撃力はまったくないものだそうだが、何故そんなものを覚えたのだ」

「カオル様が見て楽しい幻獣召喚も覚えた方がいいと仰ったからでしゅ」

 それを聞いた国王が興味を持った。

「見て楽しいか……見てみたいものだの」


 国王の一言でミリアが幻獣召喚を披露する事になった。

 ミリアは落ち着くように深呼吸をしてから、魔法を発動させた。その名は<幻想蝶召喚ファントムバタフライ>、<極小竜召喚ミニドラゴン>を元に開発した魔法である。

 ミリアの目の高さにソフトボールほどの光の玉が現れ虹色に輝き始めた。そして、光の玉から光沢のある青色をした蝶たちが飛び出して来た。数十匹の青い蝶の後、金色の蝶が飛び出し食堂の天井付近を優雅に舞い始める。

 国王や侍従、護衛たちから驚きの声が上がる。

 青い蝶の群れが金色蝶を中心に集まり、空中に青い玉作り上げた次の瞬間、ばらばらになって食堂全体に広がり舞う。

 金色蝶が女王で、その他の青い蝶が護衛のように見えた。

 その姿は幻想的で見ている者をうっとりさせる魅力が有った。


 ほとんどの人々が幻想的な蝶の舞に見惚れている時、一人だけ怖い顔をしている者が居た。

 国王の料理人として付いて来た男で、宮廷料理人モルサバの助手として働いているキュリルである。

 キュリルは国王が使うティーセットなどが入った籠を持ち運んでいた。

 籠をソッとテーブルに置いたキュリルは、その中から片刃のナイフを取り出した。

 袖の中にナイフを隠したキュリルがゆっくりと国王に近付く。


 蝶が舞い終え、光の玉の中に帰った瞬間、キュリルが国王を目指し体当たりを敢行した。

 その手にはナイフが握られており、刃先が国王の脇腹に向いていた。護衛の一人が気付き国王を守ろうと動き始めるも遅すぎた。

 国王がナイフに気付き目を見開く。その顔には驚きが浮かんでいる。

 もう少しでナイフが国王に届こうとした時、キュリルの横に太い腕が現れ、その首を刈り取った。腕を中心にキュリルの身体が一回転して床にベシャリと落下し、奇妙な声が漏れる。

「ゲハッ」

 伊丹が放ったプロレス技のラリアットがキュリルの行動を制したのである。


 床に倒れたキュリルの背中を伊丹が片足で踏み付け動けなくする。

 食堂中に怒号と悲鳴が湧き起こった。

「奴を捕らえろ!」

 鬼のような顔になった護衛隊長が、伊丹が抑えているキュリルを目掛けて飛び掛かった。

 伊丹は護衛隊長のジャンピング・ボディ・プレスに巻き込まれそうになり、慌てて飛び退く。隊長に続けとばかりに部下の護衛たちが宙に身を躍らせ激しい勢いでキュリルと隊長の上に落下する。

 瞬く間に人間の山が出来上がった。


 まるで泥棒を主人公にしたアニメのような光景が出現したのを見て、伊丹は溜息を吐いた。

「そこまでせずとも、拙者が抑えていたのに」


 苦しかったのだろう隊長が『早くどけ』と悲鳴のような声を上げた。

 隊長は半端白目を剥いているキュリルを捕らえロープでぐるぐる巻きにする。

 他の護衛は国王の周りに集まり、周りを射殺すような視線で睨み付けていた。


 キュリルの上司であった宮廷料理人のモルサバは顔を真っ白にして呆然と立ち尽くしている。

「何て事だ。キュリルの奴が刺客だったなんて……奴を助手に選んだのは俺だったんだぞ。責任問題になる」

 ぶつぶつと呟くモルサバは、当分の間料理人として使い物にならなくなっていた。


 少し騒ぎが落ち着いた頃、国王が伊丹に歩み寄り、伊丹の手を握った。

「そなたは、余の命の恩人である」

 国王は伊丹に深く感謝した。

 護衛たちも伊丹に感謝した。もし国王に何か有れば、護衛たちもただでは済まなかったからだ。


 その後、キュリルの背後関係が厳しく調査され、魔導先進国の一つであるジェルズ神国が関係している事が突き止められた。但しジェルズ神国の人間が関わっていると判明しただけで政府関係者かどうかまでは判らず、公式な抗議は出されなかった。

 ジェルズ神国は小型魔導飛行船の製造を得意としている国で、魔導飛行船レースでは本命だと思われている国でもあった。

 

 後日、その事実を知ったミコトたちは苦々しい表情を浮かべた。ジェルズ神国は韓国の転移門から繋がっている国で、あまり情報が入って来ないのだ。

 JTGでは世界各国の同じような組織と連携し広く情報を集めるようにしているが、協力的な国ばかりではなく、韓国も魔導先進国であるジェルズ神国の情報は秘匿しているらしい。



 国王暗殺未遂が起こった翌日、日本から戻った俺が趙悠館の食堂に入ると伊丹さんとアカネさんが疲れた顔をして椅子に座っていた。

 アカネさんが俺を見付けると。

「あっ、お帰りなさい」

「どうかしたんですか、疲れた顔をして?」

「どうしたもこうしたも」

 アカネさんが昨夜の出来事を話してくれた。

「それは大変でしたね」

 伊丹さんが俺の方へ視線を向け。

「ミコト殿が帰ったら、太守館へ来るよう伝えてくれとダルバル殿が申しておっぞ」


 趙悠館で昼食を食べた後、国王と謁見した。

 魔導飛行船レースの件を聞き、レース用の魔導飛行船が製造可能か訊かれた。

「出場するだけの魔導飛行船で良ければ製造可能だと思います」

「そうか。その言葉からすると勝敗は期待しない方が良さそうだの」

「開発期間が短すぎますので……それより魔導先進国が王国をレースに参加させたがるのは何故でしょう?」

「我が国と魔導先進諸国との技術格差がどれほど有るかを周辺諸国に見せ付けると同時に、我が国の技術を探り出すつもりなのだろう」

 国王が苦々しい顔で言った。


 魔導先進国は魔導飛行バギーの改良が進んでいるのを察知し、その最新技術を盗もうと考えているらしい。

 魔導飛行バギーの基幹技術は、『逃翔水』に有るのだが、その技術は製品を分解しても製造技術を盗めるものではない。

 だが、魔導飛行バギーには一部だけだがリアルワールドから持ち込んだ技術が使われていた。ワッシャーや軸受、サスペンションなどのリアルワールドでは常識になっている技術である。

 こちらの世界では、それらの技術は全く新しいもので、魔導先進国の技術者は衝撃を受けたようなのだ。


2017/4/5 誤字修正

2017/11/15 誤字修正

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