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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第7章 竜殺しの狂宴編
171/240

scene:168 神威光翼の神紋

 ベニングス少将との交渉が終わり、米軍基地を出た俺は、少しだけ時間が有ったので那覇の街をぶらぶらしてから飛行機で戻った。

 沖縄から戻った翌日、薫に会いに行った。

 薫の学校から戻る途中にあるチーズケーキが美味いと評判の店でチーズケーキを買い、マナ研開発の研究所へ行った。

 研究所では薫が出迎えた。薫の後ろには大柄で鍛え上げた肉体を持つ黒いスーツの女性が付いていた。


 薫は一度帰って着替えて来たらしく制服ではなかった。ストライプのガウチョに白いシャツ、上にはベージュ色のハーフコートを羽織っている。

「あれっ、そちらの方は?」

「お父さんが心配してボディガードを雇ったのよ」

 リアルワールドで実現可能な魔法の存在を公表した後、マナ研開発の社長である薫の父親の周りに不審な人物が出没するようになった。

 マナ研開発の存在はJTGの一部と政治家しか知らない情報なのだが、その政治家の中にマナ研開発を調査するよう命じた者が居るようだ。


 薫の研究室に行き、持って来たチーズケーキとコーヒーを飲みながら話を始めた。

「各国の竜殺しに会ったんでしょ。どうだった?」

「全員が第三階梯の神紋を授かっているようだった。さすがに竜を殺したと宣言するだけの実力は有るようだ」

 問題は『竜の洗礼』を受けているかどうかだが、戦っている様子を直接見たチャールズだけに関して言えば、彼は『竜の洗礼』を受けていないようだ。

 応用魔法を使う時、呪文を唱えていたので気付いた。『竜の洗礼』を受けていれば呪文詠唱なしで応用魔法を使えるようになったはずだ。


「その人たちだけで崩風竜を倒せそうなの?」

「崩風竜の実力も、荒武者たちの実力も分からないんだ。判断つかない……それはアメリカ軍の連中も同じじゃないかな。だから俺たちにも手伝えと言って来たんだ」

「なるほどね。崩風竜は灼炎竜より強いのかな」

「飛竜タイプだと言っていたから、戦い難い相手かもしれない」

「そうね……空から攻撃されたら怖いか。<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>で攻撃を当てられそう?」

「命中させるのは難しそうだ。あれは威力が有るんだけど、速度はそれほどじゃないから」

 地上を移動する魔物なら命中させる自信は有るが、空を飛ぶ魔物に命中させるほどの発射速度はなかった。


 俺は気になっていた薫の神紋について訊いた。

「どう、『神威光翼かむいこうよくの神紋』の研究は進んだ?」

「基本魔法が判ったの。名付けて<光翼砲フレアビーム>よ」

「それって、どんな魔法?」

「敵の真上から、熱線ビームみたいなものを照射してダメージを与える攻撃魔法よ」

「それは凄いな」

「『神威光翼かむいこうよくの神紋』は太陽の光を利用する神紋らしいの。魔力で光翼と呼ばれる受光器を作り、そこに集めた光を収束して敵を攻撃する神紋術式が組まれているのが判ったの」

 この魔法の弱点は、太陽が利用出来る時しか発動しない点である。曇りだと威力がガタ落ちし、もちろん夜は発動しない。

 だが、晴れた日の威力は凄まじく竜であろうと一撃で黒焦げにする。


「だけど、晴れた日だけしか使えないと言うのは不便だ」

「もちろん、その点を改善した応用魔法を開発したわ」

 薫が胸を張る。

「どういう風に?」

「まずは、光翼を展開する高さを変えたの。元々は高度二〇〇〇メートルほどに展開されていたのを、高度一五〇〇〇メートルに」

「それって成層圏じゃないか」

「だから、太陽光を遮る雲は存在しないのよ。お陰で光翼の大きさは三分の一にするしかなかったけど」

「威力は三分一か……いや、下に雲が有れば減衰するだろうから、それ以下になる?」

「そのままなら、そうだけど。光の収束率を倍にしたから、威力は十分なはずよ」


 俺は気になった点を尋ねる。

「照準はどうするんだ?」

「晴れていれば、光翼に付随する眼と感覚接続して上空から視認した敵を攻撃するけど、曇りや雨の日は神紋杖から指向性の有る魔力波を敵に向けて放射し、その反射波を光翼が感知して発射する仕組みよ」

 俺はげんなりした。

「剣と魔法の世界なのに、物凄いハイテク兵器だな」

「<光翼砲>を改良していたらこうなったの。今は光翼の眼を使って地図が作れないか試行錯誤中よ」

「ゲッ、人工衛星もどきか……政府や外国に知られたら怖いな。それで肝心の崩風竜を狙えるのか」

「発射するのは光線だから、照準さえロック出来れば命中させる自信は有る」

「そうか」


 マナ研開発についても話した。日本政府経由でマナ研開発と共同研究したいという申し出が殺到しているようだ。但し軍事関係は日本政府が断っているそうだ。

 リアルワールドにおける魔法の軍事利用は、日本の国是として受け入れられないと突っぱねているらしい。

 各国政府は存在が明らかになった魔粒子について研究を進め、自分たちの手で日本が開発した魔法を再現しようと頑張っているようだ。


 マナ研開発が販売する予定の医療器具については、異例の早さで審査が進み。医療器具の製造・販売に必要な届出・認証・承認が可能な限り素早く対応されているらしい。

 製造工場の建設に必要な土地買収も終わり、今のところマナ研開発の事業は順調なようだ。


 俺たちは他愛もない話を始めた。薫から聞く学校の話や最近の芸能情報などは新鮮だった。向こうの世界だと殺伐とした出来事が多いので、何だかホッとする。

 最後にクラダダ要塞遺跡の調査について打ち合わせをしてから研究所を出た。


 二日後、俺は迷宮都市に戻った。



  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆

 

 ミコトが戻る直前の趙悠館では、問題が一つ起きていた。

 オディーヌ王妃とサラティア王女が昼食を終え、ハーブティを飲みながら語らっていた時、王妃の父親であるダルバルが趙悠館に駆け込んで来た。

 その姿が目に入った王妃が驚きの声を上げる。

「どうなさったのです?」

 ダルバルは王妃の前に来ると困ったような顔で伝えた。

「国王陛下が迷宮都市にいらっしゃるのだ」

「まあ」

「やったー、お父様に会える」

 王妃は驚きの声を上げ、王女は嬉しそうな声を上げ、ぴょんぴょん飛び跳ねた。


 王妃は喜ぶ娘の顔を見ながら、ダルバルに尋ねる。

「どうして、陛下がここへ?」

「理由は迷宮都市の魔導飛行バギー製造工場を視察する為に来られるそうだ」

 オディーヌ王妃は、その理由に納得いかなかった。

 戦争が終わったばかりの今は、残務処理で視察など行う暇がないほど忙しいはずなのだ。

 王妃は本当の理由が脳裏に浮かんだ。

 モルガート王子とオラツェル王子の争いが激しくなり、王都での生活を息苦しく感じ始め息抜きをしたくなったのだろう。王妃たちも迷宮都市に滞在している理由が同じようなものなので非難しようとは思わなかった。


「陛下はいつ頃到着されるのですか?」

「今日の夕方に到着される予定だ」

「エッ、それはあまりにも早過ぎるのでありませんか」

「魔導飛行船に乗って来られるそうだ」

「まあ、大変。お迎えする準備をしなければ」

 王妃と王女は衣装選びの為に、侍女を引き連れ部屋に戻った。


 それから大急ぎで身支度をした二人は、太守館へ向かった。

 太守館では王子らしい服装に着替えたディンが待っていた。

「ディン、お迎えする用意は整っているの?」

 ディンは大きく頷き。

「大丈夫です。来客用の部屋を掃除し、シーツも変えました。それに御風呂の用意もしてあります」

 太守館には元々風呂が有ったのだが、趙悠館の大きな風呂を見たダルバルが同じような風呂を太守館に作るように命じていた。


 サラティア王女が口を挟んだ。

「ディン兄様、夕食は用意したの?」

「いや、陛下の召し上がるものは宮廷料理人が作る決まりになっているから、用意はしてないよ」

「えーっ、アカネが作る料理がいいです。今日はハムステーキだって言ってましたよ。それにデザートは葡萄ゼリーだって」

 趙悠館で出すハムステーキは、灼炎竜の肉をハムに加工したものを使っているので、普通のハムとは比べ物にならない美味しい料理となる。

 その味を知っている王妃とディンは、拒否するのを躊躇った。


 ダルバルが溜息を吐き諭す。

「サラ、ハムステーキは太守館の料理人に作らせるから、それで我慢するのだ」

 竜肉ハムはミコトから少し貰ってあり、それを料理するとダルバルが譲歩した。

 王女は口を尖らせながらも。

「分かりました。我慢します」

 王妃が呆れたような表情でダルバルを見て。

「サラにだけは甘いのだから」

 ダルバルが照れたように笑って誤魔化した。


 王妃がふと考え込み。

「陛下の料理人にハムを幾らか分けてあげて、陛下にも召し上がって貰えないかしら」

 宮廷料理人が使う食材は、事前に検査官が調査している。いきなり、これを使ってと言う訳にはいかないのだ。

「言ってはみるが、難しいと思うぞ」

 ダルバルの言葉に王妃が諦めたように頷いた。


 夕方、予定通り魔導飛行船が太守館の人工池に着水した。

 船から降りて来た陛下を迎えた王妃やディンたちは、旅の疲れを癒やして貰おうと御風呂はどうかと提案した。

「太守館の風呂を改修したと言う報告は受けておる。試してみるか」

 国王ウラガル二世は、ちょっと疲れた顔で家族の提案を受けた。

 侍従たちが着替えを用意をしている間に、国王は風呂場へ向かう。

 護衛の何人かが、先に行って安全を確認し警護を始めた。国王は広々とした浴室と大きな浴槽を見て感心したように声を上げた。

「中々大きな風呂であるな。これなら寛げそうだ」

「十分に疲れを癒やして下さい」

 国王が服を脱ぎ、湯船の方へと向かうと、ディンは上衣を脱ぎ、袖捲りするとお湯の温度を確認した。


「丁度いい湯加減です」

 侍従が着替えを持って現れ、ディンと交代した。後は侍従たちに任せればいいだろう。

 風呂から上がったウラガル二世は、さっぱりした顔になっていた。

「こういう時の風呂は良いものだな」

 普段は宴会場として使っている部屋に、高級なソファーを幾つか並べ王家の家族とダルバルが座って一時の団欒を過ごす。

 国王はサラティア王女を隣に座らせ、迷宮都市で何をしているのか聞き出していた。


「ほう、ミコトから読み書きと計算を習い、伊丹からは武芸を習っておるのか」

 本来なら王都のマルケス学院に入学し、そこで勉強を始めている年頃なのだが、マルケス学院は戦争の影響で半ば閉鎖状態になっていた。再開されるのは数ヶ月先になる予定である。

「今度は魔法を習うの」

「ほう、凄いな。でも神紋はどうするのだ?」

「伊丹師匠とディンお兄様とルキちゃんと一緒に、雑木林や樹海に狩りに行きました。それから魔導寺院に行って初めての神紋を手に入れたのです」

 国王は初めての神紋というのが『魔力袋の神紋』だと判った。

 その後、ロガント廃坑に行って白狒々を狩り、魔粒子を浴びて気分が悪くなったと聞くと国王が眉をひそめた。

 それに気付いた王妃が国王を宥める。

「伊丹殿とミコトがついていれば心配ございません、陛下。その時も一太刀で白狒々を仕留めたそうです」


 国王一家が寛いでいる間、厨房では宮廷料理人が腕を振るっていた。竜肉ハムは検査官に止められた。検査には時間が掛かると言われたのだ。

 宮廷料理人の筆頭はモルサバという男で、太守館で料理人をしているジュンギの兄弟子にあたる料理人だった。

 モルサバは料理をしながら、弟弟子のジュンギに話し掛ける。

「ジュンギ、こんな辺境に来て料理の腕が落ちたんじゃないのか」

 ジュンギは苦笑してから。

「最初の頃は、そうかもしれません。ですが、今は随分と腕を上げたと自負しています」

「ほう、何か刺激になるようなものが有ったのか?」

「ええ、趙悠館に凄い料理を作る人が居るんです」

「趙悠館? ああ、オディーヌ王妃様が滞在していらっしゃる場所だな。どう凄いんだ?」

「今までにない料理方法や食材で新しい味を生み出しているんです」

「新しい味だと……辺境特有のゲテモノ料理じゃないのか」

 ジュンギは深海魚の肉がメインの鍋料理を思い出した。グロテスクな魚で食べられるのかと不安になったが、食べてみると凄く美味しかった。

 アカネは『あんこう鍋』と呼んでいたが、あれはゲテモノ料理の範疇に入るかもしれない。

「まあ、そういうものもあるが、美味かったんですよ」


 モルサバは馬鹿にするように鼻を鳴らし料理を進める。

 ジュンギが竜肉ハムの料理を始めると問い質す。

「その料理は何だ?」

「これはサラティア王女様が特別に食べたいと仰られた料理です。ダルバル様から命ぜられました」

 モルサバはムッとした顔になる。

「まったく……せっかく国一番の料理を作っているのに」



 国王の侍従が食事の用意が整ったと知らせに来た。隣の部屋に移動すると、テーブルの上に豪華な料理が並んでいた。

 マウセリア王国の伝統料理が多く、悪食鶏の丸焼きと荊棘けいきょく水牛のローストビーフをメインとした美味しそうな料理である。

 侍女たちの手で肉料理が切り分けられ皿に盛られたものが、国王家族の前に運ばれた。

 ただ、サラティア王女の前には太守館の料理人が作った竜肉ハムのステーキが運ばれて来た。


 王妃は久しぶりに食べた伝統料理に懐かしさと不満を感じた。どうやら趙悠館で出される料理に舌が慣れてしまったようだ。

 国王は見慣れた料理を食べながら、王妃が不満そうな顔を一瞬見せたのに気付いた。

「オディーヌよ。料理がどうかしたのか?」

「いえ、迷宮都市の料理に舌が慣れてしまっただけでございます」

「そうか……その方たちは趙悠館に滞在しておるのだったな。そこで出される料理はどうなのだ?」

 王妃が答える前に、サラティア王女が口を挟む。

「アカネが作る料理は凄く美味しいです。このハムステーキもアカネが考えたソースを使っているから美味しいです」


 国王は王女にだけ違う肉料理が出されているので不審に思っていたが、王女の特別注文らしいと気付き好奇心を起こした。

「余にも用意できぬのか?」

 部屋の隅で待機していた料理人が事情を説明した。

「小さなサラが平気で食べておるのだ。問題なかろう」

 急遽、国王の為にハムステーキが用意される事になった。料理したのは太守館の料理人ジュンギである。

「何の肉を使ったハムかは知らんが、態々陛下に出すようなものなのか」

 モルサバは苦々しげに料理する弟弟子の姿を睨む。


 出来上がったハムステーキを口にした国王が目を見開いて驚いた。

「う、美味い、これは竜肉のハム……灼炎竜の肉が残っていたのか」

 国王の言葉を聞いたモルサバは悔しそうな表情をする。そんな貴重な食材なら宮廷料理人の自分が料理を任されるべきだと思ったのだ。

「あらっ、陛下はご存じないのですか。竜肉のほとんどはハムや燻製肉、干し肉に加工されたのですよ」

「そうなのか。これは灼炎竜の肉をハムに加工したものなのだな」

「そうです。アカネによると熟成が足りないそうですが、十分美味しいと思います」

 国王は頷きながら笑顔で食事を進めた。


2017/3/28 誤字修正

2017/4/05 誤字修正

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