scene:167 抓裂竜狩り
抓裂竜は後ろ脚二本で歩行する竜だった。大体の外形はリアルワールドにおけるティラノサウルスやラプトルに似ている。目立つ特徴は前足の長く鋭い爪と背中から突き出ている多数の刃物のような背びれである。
体格は灼炎竜に匹敵するものがあるが、灼炎竜ほどの威圧感はなかった。
ベニングス少将の命令で散開する。
約束通り一撃目は、チャールズが<鉄水槍>を左側にいる抓裂竜へ放つ。
空中に形成された二メートルほどの水の槍が弾かれたように前方へと飛翔する。その穂先が抓裂竜の脇腹に突き刺さると鼓膜が破れそうになるほどの叫びを抓裂竜が放った。
「グッ」
耳を押さえたベニングス少将がよろけた。
無傷の抓裂竜がドスドスという足音を立てながらベニングス少将を狙って駆け寄る。
少将を狙って長く鋭い爪が振り下ろされようとした時、いつの間にか移動した伊丹さんが絶牙槍から伸びた絶烈刃で、その足を薙ぎ払った。
抓裂竜の足から血が吹き出し、血の雨が地面を濡らす。
傷の痛みに怯んだ抓裂竜は三歩ほど後退り伊丹さんを睨み付ける。
一方、もう一匹の抓裂竜にダメージを与えたチャールズは、その竜に追われていた。
脇腹から血を流しながらも、執拗にチャールズを追い掛け回し爪で引き裂こうとしている。抓裂竜の右前足から生えている爪がチャールズに向かって振り下ろされた。
チャールズは大木の後ろに飛び込んだ。抓裂竜の爪が木の幹に食い込み半ばまで切断する。匍匐前進して大木の陰から抜け出したチャールズは必死の形相で、こちらの方へと逃げて来る。
抓裂竜が木の幹から力づくで爪を抜こうとして大木がミシリと音を立てた。
俺は抓裂竜を睨みながら<魔粒子凝集砲>の準備をする。
詠唱する呪文の最初の部分で、周りの大気がマナ杖の先端に吸い込まれ圧縮されていく。後半の呪文が周りに響き渡るとマナ杖から魔粒子が充填され、バレーボールほどの青く輝く魔粒子凝集弾が完成した。
チャールズが抓裂竜に追い付かれそうになっている。
俺は魔粒子凝集弾の発射を躊躇った。今放てば、チャールズが爆発に巻き込まれる危険がある。
「早くしろ!」
チャールズが悲鳴に近い声で叫ぶ。俺が放とうとしている魔法に気付いて早く放てと催促である。
アカネさんが林から戻って来る途中で、空中に浮かぶ輝く球を見て指示を出した。
「ミコトの魔法が爆発する。伏せて!」
抓裂竜がチャールズのすぐ後ろに迫っている。
俺は魔粒子凝集弾を放った。青く輝く球が抓裂竜に向かって飛び、その巨大な頭部に命中した。
ドウンという大気を引き裂くような爆発音が耳を打ち、次に爆風が周りに居た抓裂竜と人間の身体を吹き飛ばす。
伊丹さんは<魔粒子凝集砲>の威力を知っているので、少将を担ぐようにして俺の傍に駆け寄る。俺は二人を一緒に<遮蔽結界>に包んで爆風を防御する。
爆発の一番近くにいたチャールズが派手に吹き飛んだ。竜を倒すほどの強者である。これくらいでは死なないだろう。……神様仏様、どうかよろしくお願いします。
爆風が収まり周りを見回すと、抓裂竜の頭が潰れていた。
もう一匹はどうしたか探すと爆風でひっくり返っていた。
結界を解除すると土埃が空から降って来た。解除するタイミングが早過ぎたようだ。
今度は<風障壁>で土埃を弾きながら、倒れているチャールズを助け起こす。後ろの方で呆然としているベニングス少将の所まで肩を貸して連れて来る。
チャールズはゲホゲホと咳込み苦しそうにしている。
少将の部下たちも集まって来た。全員が埃まみれになっている。
「おい、あんな魔法を使うなら、最初に言ってくれないと」
埃まみれの兵士の一人が文句を言う。文句は言っても本気で非難している訳ではない。相手が抓裂竜なら仕方ないと判っているのだ。
「済まない。チャールズが危なかったので、危険なタイミングで放つしかなかったんだ」
俺が謝罪している最中に、倒れていた抓裂竜が身体を揺すり起き上がろうと動き始めた。
マナ杖を仕舞い絶烈鉈を取り出した。
少将がハッとして抓裂竜を睨み。
「一匹残っているぞ。奴に攻撃魔法を」
兵士たちがそれぞれ習得している攻撃魔法の準備を始めた。
<氷槍><雷槍><豪風刃>が抓裂竜に向かって放たれた。どれも第二階梯神紋の応用魔法らしく威力はそこそこである。抓裂竜の頑丈な鱗に覆われた皮を傷付けるが、内部までダメージが通っていない。
抓裂竜が巨体を震わせる。伊丹さんが薙ぎ払った足からは血が流れておらず傷が塞がっている。驚くべき回復力である。
回復力の塊のような竜を相手する場合、少しずつダメージを与え、その蓄積で倒す方法は下策である。
出来るなら一発で、それが無理なら短時間の集中攻撃で倒すしかない。
抓裂竜が怒り大きく息を吸い込んだ。
次の瞬間、竜の咆哮が大気を震わせた。
その威力は馬鹿に出来ず、衝撃波が少将と兵士たちの神経にダメージ与え、身体を揺らめかせ地面に膝を突かせた。
一方、俺と伊丹さんは前に出て、アカネさんが『天雷嵐渦の神紋』の基本魔法である<天雷>を放つ。
空から稲妻が舞い降り、抓裂竜の肩を直撃した。
巨大な竜が動きを止めた。俺と伊丹さんは躯豪術を使い間合いを飛び越え、右側と左側から抓裂竜に斬り込む。
その動きは少将には見えなかったようだ。地面に膝を突いたまま驚きの表情を浮かべていた。
両足に斬撃を受けた竜は地響きを立てて倒れた。手応えで骨まで達していないと感じた俺は頭の方へと走り、絶烈鉈に魔力を流し込む。形成された絶烈刃を竜の首に叩き込んだ。
首から血が吹き出すが、切り込んだ角度が浅く傷の深さが足りない。
抓裂竜が転がりながら爪で引っ掻こうとする。俺は後ろに飛び退いた。
抓裂竜は唸りながら立ち上がった。
「俺が仕留める」
チャールズが復活し、もう一度<鉄水槍>を放った。同時にアカネさんが<雷砲弾>を放っていた。
先に雷砲弾が命中し抓裂竜の動きを止めた。
そこに水の槍が命中し、抓裂竜の心臓を射抜く。抓裂竜は身体をブルッと震わせてから倒れた。
抓裂竜の心臓が止まったようだ。
「集まってくれ」
俺は全員を抓裂竜の死体の周りに集めた。抓裂竜から放出される魔粒子吸収させる為である。
俺たち三人とチャールズ以外は濃密な魔粒子に酔い気分が悪くなった。特に少将は気を失い倒れた。
魔粒子の放出が止むと抓裂竜の解体を開始する。魔晶管と魔晶玉を剥ぎ取ってから、皮、爪、牙、肉を切り取る。少将と交わした契約により、剥ぎ取ったものはアメリカ軍が引き取る約束になっていた。
だが、それは一匹だった場合である。もう一匹分は交渉し、それもアメリカ軍が引き取る事になった。
俺たちは三回に分けて抓裂竜の素材を駐屯地まで運んだ。
その日、駐屯地はお祭り騒ぎとなった。
お祭り騒ぎが続いている中、俺たちは駐屯地を出発する事にした。四日後になるミッシングタイムで日本へ帰り報告しなければならないからだ。
少将とチャールズはもう一泊すればと言ってくれたが、俺たちは駐屯地を出発した。
今回の狩りの報酬はアメリカ軍が評価した後、日本で交渉する事に決まった。
帰りの改造型飛行バギーの中で、アカネさんが心配そうな顔をする。
「どうかしたのでござるか。アカネ殿」
「今回の狩りで手の内をアメリカさんに幾つか見せたでしょ。あちらの反応が怖いのよ」
絶牙槍や絶烈鉈は最初から見せるつもりだったので問題ないが、<魔粒子凝集砲>や<雷砲弾>を見せたのは失敗だったかもしれない。
「ミコト殿の<魔粒子凝集砲>は真似の出来ないものでござれば、見せても良いのではござらんか?」
「宝珠の間で手に入れた『時空結界術の神紋』を元にしているからね。真似は無理だけど、崩風竜の撃退に協力してくれと言われそうだ」
アカネさんが頷き。
「JTGの理事なんかは、どれだけ危険か分かりもしないで協力しろとか言い出しそうで嫌なのよ」
伊丹さんが不敵に笑う。
「協力すればいいのでござる。その代わりクラダダ要塞遺跡の調査に我々も参加させるのでござる」
俺は伊丹さんの言いたい事が判った。危険に見合った報酬を自分たちで探して手に入れようと言うのだ。
「アメリカが承知するかしら」
アカネさんの言葉に首を捻った。
「元々、日本からもオブザーバー的な人が参加するって聞いたけど」
「協力している同盟国全ての人間を遺跡調査に参加させるとは思えない。たぶん遺跡から持ち帰ったものをちょっと見せて貰えるだけよ」
遺跡内部も危険だと言っていたので、戦闘能力のない者は参加させないだろう。そうなるとログハウスに集まっていた荒武者たちと調査に必要な知識を詰め込んだ軍人が参加者となる。
「クラダダ要塞遺跡の場所さえ判れば、遺跡内部に入るのは何とでもなるのではござらんか」
「なるほど……でも、それほどの危険を犯すメリットが有るのか」
「それは迷宮探査も同じでござる」
俺たちは迷宮都市に向かった。
ミコトたちが去った駐屯地では、ベニングス少将とチャールズが話をしていた。
「チャールズ、彼らをどう思う?」
「ミコトの攻撃魔法は凄いです。あの威力なら崩風竜を撃退可能かも」
「そうか。崩風竜を倒せるとは言わないのだな」
「ミコトが一発だけ撃って、二発目を撃たずに魔導武器を取り出したのが気になります」
「ああ、続けて撃てない可能性が有ると考えているのか……なるほど」
「それに彼らが使っていた武器は魔導武器のようですね。魔力を注ぐと刀身から魔力の剣が伸びていました。抓裂竜を切り裂いた切れ味は尋常なものではなかった。あれほどの源紋を秘めている素材となると竜から剥ぎ取った素材を使ったものと思います」
ベニングス少将もミコトたちが使った武器については興味を持った。
あの魔導武器を買い取りたいと言い出しそうになったが止めた。ミコトたちがあれほどの武器を手放すとは思えなかったからだ。
「彼らを遺跡調査の一員として参加させてはどうです?」
チャールズが提案した。
「だが、ミコトは二十歳にも達していない少年だ。それに遺跡調査に参加する国を増やせば、それだけ成果の分配が厄介になる」
「ですが、ミコトの魔法が有れば、崩風竜を倒せなくとも撃退は可能だと思います。たぶん、私の魔法では崩風竜にダメージを与えられない」
「ビョンイクや他の者たちの攻撃魔法ならどうだ?」
「韓国人の神紋は『崩岩神威の神紋』……応用魔法の<天崩爆>が命中すれば崩風竜でも撃退出来るだろうが、崩風竜は空を飛べる飛竜タイプですよ。あんな大技が命中する訳がない」
「スペインの兄弟はどうだ?」
「あいつらの『天雷嵐渦の神紋』は強力ですが、崩風竜に通じるかどうか微妙な所です」
マナ研開発の一件で、日本が世界に先駆けた魔導技術を所有しているのが判り、アメリカは日本に対して警戒心を持ったようだ。
アメリカの首脳陣は、クラダダ要塞遺跡から得られた情報を日本へ渡したくないと考えていた。
少将は真剣な顔で考え込む。
「崩風竜の撃退だけをミコトたちに頼めないだろうか?」
「そんな虫の良い話を日本政府が飲むと思いますか?」
「日本政府には秘密にして、彼らだけに話を持ち掛けてみるのはどうだ?」
他の同盟国の荒武者たちが遺跡調査で発見された情報の開示を求めたのは、同盟国の政府から要請されたからである。そこを考え、日本政府に秘密にする事を提案した。
「試してみる価値はある」
「提案だけはしてみよう。金だけなら面倒が増えなくて済む」
◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆
数日後、日本においてベニングス少将とミコトは再会する。
場所は沖縄の米軍基地である。応接室のような部屋に案内された俺は、ベニングス少将とグレイム中佐に迎えられた。
「基地へようこそ」
「飲み物は何がいいかね?」
グレイム中佐が聞き、俺はホットコーヒーを頼んだ。
ベニングス少将が抓裂竜狩りの件で礼を言い、その報酬について説明した。
その報酬額は俺が予想していたより高く驚いた。
抓裂竜狩りの報酬額については、伊丹さんとアカネさんから希望額は聞いていた。その額より少将が提示した金額が大きかったので、承諾し書類にサインした。
これで三等分した金額が俺たちの口座に振り込まれるはずだ。
因みに魔導飛行バギーと簡易魔導核に関する金は、既に口座に振り込まれていた。
その後、ちょっとした雑談を交わしてから、グレイム中佐が本題を切り出す。
「ミコト君たちに崩風竜を撃退する手伝いをして欲しい」
俺は少将の顔を見てから答える。
「条件次第ですね」
ベニングス少将が難しい顔になった。
「何かな。その条件というのは?」
「遺跡調査に参加させる事とメンバーの人選をこちらに任せて欲しいのです」
俺と少将、中佐の間で交渉が行われ、結局、遺跡調査には参加させられないが多額の報酬が支払われる事になった。
マナ研開発の研究資金が多いほど研究開発が進むので、こちらとしては嬉しいのだが、日本だけ仲間はずれにされたようで気分が良くない。
「メンバーの件ですが、抓裂竜狩りに参加された三人ではないのですか?」
グレイム中佐の質問に、俺が。
「アカネさんの代わりに優秀な魔導師を参加させます」
「何者かね?」
「迷宮都市で活動する協力者です」
ベニングス少将が難しい顔になった。協力者という言葉で、現地人だと少将は思ったようだ。
「その魔導師の実力は確かなのか?」
「その点は心配いりません。彼女は竜を倒せるほどの魔導師です」
ベニングス少将は少し考えてから承知した。




