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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第7章 竜殺しの狂宴編
162/240

scene:159 アカネとカオル

感想を頂き、ありがとうございます。

 同期との飲み会に行った日の翌日、アカネは薫に会いにマナ研開発を訪問した。

 受付で薫を呼び出して貰う。

「アッ、アカネさん」

 学校が休みなので、朝から研究所で新しい応用魔法の開発を行っていた薫が出て来た。

 薫に研究所内を案内され、幾つかの実験の様子を見せて貰ってから応接室に入る。

「ミコトから聞いていると思うけど、魔導迷宮で使う<罠感知>の応用魔法を開発中なの。ほとんど完成しているんだけど、実際に使ってみないとこれでいいのか判らないのよ」


「へえ、どの神紋を元にしてるの?」

「『魔導眼の神紋』よ。ミコトも持っているから好都合なの」

 <罠感知>は<魔力感知>を応用したもので、魔力波を放出し魔力の有無や空洞、不自然な障害物を探し出す応用魔法である。

 魔法に天才的な才能を持つ薫でも<罠感知>を開発するのは難しかった。特に不自然な障害物を探し出すという点が問題で、魔法で何が不自然かを認識させるかが難しく苦労したようだ。


 薫が<罠感知>の開発苦労話を一頻ひとしきりした後、薫が迷宮都市を訪れる予定について話し合った。

 ミコトたちが魔導迷宮へ行くと知り、どうしても一緒に行きたいと薫が言い出したのだ。

 ミコトと伊丹がバジリスクや灼炎竜を倒し随分強くなったと聞いた時も悔しい思いをした薫は、魔導迷宮だけは一緒に行きたいと決心したようだ。

「アカネさんも魔導迷宮に行くの?」

「もちろん、一緒に行きますよ」

 魔導迷宮に挑戦するには、勇者の迷宮を半分くらいは攻略していないと実力不足だと言われている。アカネはリカヤたちと一緒に勇者の迷宮に挑戦し第一〇階層まで攻略していた。辛うじて魔導迷宮に挑戦出来るレベルの実力は有るようだ。


「だったら、迷宮で使う攻撃魔法も用意しなきゃ」

「<炎杖フレームワンド>や<缶爆マジックボム>だけだと駄目かな?」

「洞窟のような空間だと<缶爆マジックボム>は使えませんよ」

 下手に使うと自分自身も吹き飛んでしまう危険がある。勇者の迷宮でも洞窟迷路の階層では<缶爆マジックボム>を使えなかったのを思い出した。

「そうか、カオルのオススメは何?」

「そうですね。『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』はどうです。適正が有ればですけど」

 アカネに適正は有った。ミコトたちと一緒に何度か雷黒猿を狩りに行き、雷黒猿の濃密な魔粒子を何度も浴びた御蔭で『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』の適正を得ていた。

「エッ、でも『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』の応用魔法も<雷槍サンダースピア>以外は迷宮内では不向きじゃないの?」

 『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』を授かる事で使用可能となる魔法は、基本魔法が<天雷グレートサンダー>、応用魔法が<雷槍サンダースピア>と<渦雷嵐ストームサンダー>である。

 <天雷グレートサンダー>は雷と同じ現象を再現する魔法で、<渦雷嵐ストームサンダー>は竜巻のような雷の渦が前方に走り抜ける応用魔法で、その通り道に居る敵は強力な雷撃を受け感電死する。

 どちらも狭い場所で使うような攻撃魔法ではなかった。


「私を誰だと思っているの。魔法界の天才児カオル様よ」

 薫が冗談口調で言うとアカネが笑って。

「はいはい、その天才様が新しい応用魔法を開発してくれるというのね」

「もちろんよ。『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』は元々調査していた神紋だからアイデアは有るの。期待して待っててね」

「分かった。『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』を授かって神紋レベルを上げておく」

 『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』の神紋レベルを2に上げるには、基本魔法の<天雷グレートサンダー>を数多く放ち神紋に慣れる必要が有る。とは言え、町中で<天雷グレートサンダー>を放つのは無理なので、町から離れた場所で練習しなければならない。


 普通のハンターや魔導師なら、仲間と一緒に遠出し練習する事になる。仲間と一緒に行くのは練習すれば魔力を使い果たす事になり、魔物と遭遇した時に備え身を守る方法を用意しなければならないからだ。

 そうそう気軽に練習も出来ず、レベルを上げるのは難しい。

 これが『躯力強化くりょくきょうかの神紋』のように、いつでもどこでも練習出来るような神紋なら、レベルが上がるのも早い。『躯力強化くりょくきょうかの神紋』の人気はこういう点にも有る。


 だが、アカネたちには魔導飛行バギーが有る。ちょっと飛んで行って練習して帰れるのでレベルを上げるのは比較的簡単なのだ。但し、それもレベル2か3までで、レベル4以上に上げようとすると時間が掛かる。


「話は変わるけど、昨日ハン・ビョンイクに会った」

「エッ、韓国の竜を倒した人……依頼なの?」

「いいえ。偶然よ。知り合いのアメリカ軍人に会って、その時一緒だったのよ」

「アメリカね……」

 薫が複雑な表情を浮かべ呟くように言った。その表情に気付いたアカネが。

「アメリカがどうかしたの?」

「アメリカ国防総省がマナ研開発に攻撃魔法の共同開発を申し込んで来たのよ」

 アカネは顔を顰め。

「でも、予想はしていた事なんでしょ」

「そうだけど、リアルワールドで魔法が使えるようになると判って、最初の共同開発のオファーが攻撃魔法の開発というのは頂けないわよ。もっと別に難病の治療方法とか、水不足に悩む人々の為の対策とか有るでしょ」

 ぷりぷりと怒っている薫が可愛いとアカネは思った。

「甘いよ。そんなものはもっと魔法が一般的なものになってからオファーが来るものよ。新しいものには危険も伴うから、危険に慣れている軍事関係や大きな利益が見込める事業じゃないと共同開発なんて話は来ないわよ」


 薫が溜息を吐いた。

「そんなものなの……私としては宇宙航空研究開発機構から宇宙船の共同開発を申し込まれるくらいになりたいんだけど」

「ウワーッ、何か凄い自信ね。宇宙船て……魔法でロケットを宇宙に上げるの」

「魔法と宇宙はミスマッチだと思ってる? ……ミコトと相談して、逃翔水や翔岩竜の翼膜に宿る『飛翔』の源紋を調べているの。低空飛行に向いている逃翔水で宇宙へというのは無理だけど、『飛翔』の源紋は重力に関係しているらしいの。宇宙船の推進装置に向いていると思う」

「あなたたち、そんな事を調べてるの……呆れるわね」


「そう言うけど、決して夢物語じゃないのよ」

 薫の真剣な表情にアカネは眩しいものを見ているように感じた。そこでちょっと突っ込んで見る。

「でも、大量に魔粒子が必要なんじゃない」

 アカネが指摘すると薫が頷き。

「そうなのよ。だからこそ宇宙なの」

「どういう意味?」

「異世界バルメイトの伝説では、魔粒子は赤色巨星から来ると言われている。つまり、宇宙空間にこそ大量の魔粒子が存在するのよ。その魔粒子を集められたら凄いと思わない」

「思うけど、それには大掛かりな装置や宇宙ステーションなんかも必要になるんじゃないの?」

 薫がガックリと肩を落とす。

「そうなのよ。マナ研開発だけじゃ到底無理なの。だから宇宙航空研究開発機構ジャクサから何か共同開発のオファーが来ないか期待してるのよ」

「実績が無いうちは無理ね」

 容赦ないアカネの言葉に薫は撃沈した。


「アレッ、何でこんな話になったんだっけ?」

 薫が首を捻る。アカネがハッと気付いて。

「ハン・ビョンイクの話をしていたのに」

「そうだった。ハン・ビョンイクが倒した竜はビショップ級中位の黒鎧竜だと言っていたから、『竜の洗礼』を経験した事になる」

「何人で倒したのかしら?」

「さあ、人数は言っていなかったけど、一人って事はないでしょう」

 薫の言う通り、ソロで竜を倒すのは難しい。アカネは韓国の荒武者ローグウォーリアが何人か組んで倒したのではと考え。

「だったら、韓国には『竜の洗礼』を受けた荒武者ローグウォーリアが何人も居るの」

「居たら名乗り出るでしょう」

「そうなると……現地のハンターや魔導師と一緒に狩りをしたのかも知れないわね」

「ハン・ビョンイクの実力は不明という事ね。彼が中心になって黒鎧竜を倒したのなら、相当な実力者だけど」

 アカネは昨日黒ハン・ビョンイクに会った時の印象を思い出した。

「野性的で逞しい韓国男性だったけど、伊丹さんたちほどの凄みは感じられなかった」


「……気配を隠す術を知っていれば、第一印象じゃ判らないから」

 薫の意見はもっともである。

 その後、薫が迷宮都市に転移する日時をはっきりさせ、迎えに誰が行くか話し合った。


 薫と別れたアカネは短い休暇を家族と一緒に過ごし迷宮都市に旅立った。


  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 数日後。

 迷宮都市の趙悠館では、ルキとサラティア王女が伊丹さんから体捌きの基礎と投げ技を教わっていた。

 その傍らでは、俺とオディーヌ王妃が見物している。

 幼い二人が着ているのは合気道の道着のような黒い袴と白い道衣である。アカネさんが用意したもので、二人も気に入っているようだ。

 伊丹さんの合図でステップを踏み身体を右に捻る。次に左足を引きながら身体を左に向ける。

 基礎となる歩法の訓練だが、この基礎に習熟しているかどうかで上達の速度が違って来る。


「次は約束組手でござる」

 伊丹さんたちが練習しているのは趙悠館の庭である。そこにぶちボアの革を六枚繋げたものを敷いた上で行っている。ぶちボアの革は弾力が有り、倒れても怪我しないように工夫している。

「エイ!」

 サラティア王女がルキの片手を取ってクルッと回転しながら巻き込むようにしてルキを投げた。ルキは綺麗な受け身を取り立ち上がる。

「次はルキの番にゃの」

 ルキが同じようなしてサラティア王女を投げる。その後しばらく、二人は楽しそうに投げの稽古を続けた。


「よし、そこまで」

 伊丹さんが稽古の終了を告げると二人は伊丹さんにお辞儀をして王妃の方へ歩み寄る。

「お母様、どうでした?」

 王女が王妃に尋ねると王妃は微笑みながら。

「二人共上手くなったわ」

 王妃が二人を褒めている間に、世話係の侍女が二人に汗を拭くようにタオルを渡す。


「ミコト殿、王都の様子を何か聞いていらっしゃるかしら?」

 俺は微妙に顔を強張らせ。

「王都では、相変わらずモルガート王子とオラツェル王子がいがみ合いを続けている様子です。……直接言い争う事はなくなったようですが、派閥の貴族が集まり相手側を非難していると聞きました」

「もう暫くは帰らない方が良さそうですね。済まぬがミコト殿……」

「承知しています。このまま御泊りになって下さい」

 王妃は太守館の食事が口に合わなかったようだ。と言うか、趙悠館の食事が気に入ってしまったのだ。

 それでもいつかは王都に戻らなければならないので、侍女二人に趙悠館の料理を習わせている。


 昼になり、腹が空いたので食堂へ向かう。

 俺たちが食堂に入ると、趙悠館の住人でない者たちが定員二〇人ほどの席をほとんど埋めていた。近所の住人や美味い料理の評判を聞いた者が来ているのだ。

 俺たちは食堂の一角にある泊り客専用のスペースへ行き席に座る。

 壁に貼られているメニューを見た。料理名と値段、それに料理の絵が描かれていた。この町の識字率が五割ほどなので絵が無いと選べない者も居るのだ。

 このメニューは日替わりで仕入れられた食材によりメニューが変わる。


 今日のメニューは鶏肉と根菜の煮物・鎧豚の生姜焼き・コロッケなどがあり、他にクリームシチュー・野菜スープ・貝のスープもある。どれもリアルワールドに存在する食材と似たものを使って料理している。

 生姜や肉、馬鈴薯、玉ねぎは似たものが存在し、出汁だしは干した海藻や煮干し、干し茸を使っている。醤油などの調味料がないので完全な再現は無理だが評判は良く、特に鎧豚の生姜焼きとコロッケは人気で、遠くから食べに来る人も居るくらいだ。


 昼飯を食べた後、俺とアカネさんは出掛ける支度をする。エヴァソン遺跡へ薫を迎えに行くのだ。

 迷宮都市を出た俺たちは北門から岩山の方へと進み、岩山を削って造られた狭い道を通って海岸に出た。その海岸を北上しエヴァソン遺跡に到着した。

 真夜中を過ぎた頃、薫が転移門から出て来た。

 よろけている薫を仮設寝台に運び横たえる。薫は祝日も利用し六日間の時間を作り迷宮都市に来ている。


 朝日が昇った頃。

「ウッ……おはよう」

 薫が目を覚ました。周りをキョロキョロと見回している。

「お目覚めですか。お嬢様」

 俺がふざけて返事をすると。

「お嬢様じゃないわよ。それより装備は有る?」

 俺は頷き、魔導バッグから厚手のシャツやズボン、バジリスク革鎧、甲殻籠手、甲殻脛当て、神紋杖、ホーングレイブを取り出して渡す。

「ねえ、医師の二人や依頼人が趙悠館に居るんじゃないの。その人たちに私の事をどう説明するの?」

「新しい依頼人という事にする」

 俺が言うと薫が。

「東條管理官たちにバレない?」

「報告書は俺たちが書くんだから大丈夫だよ」


 薫は遺跡を見て回った。

 久しぶりに来たエヴァソン遺跡は、大きく様変わりしていた。前回、薫が来た時には一〇〇人ほどしか居なかった犬人族も三〇〇人ほどに増え、壊れていた防壁も修理されている。

 そして、魔導寺院らしき一画も綺麗に修復され、薫が一部だけ描き直した神紋付与陣を犬人族が使っているようだった。

 とは言え、使える神紋付与陣は少なく、ほとんどの犬人族は『魔力袋の神紋』と『魔力発移の神紋』しか使っていないようだった。


 俺たちは迷宮都市に昼過ぎに到着した。

 趙悠館の近くまで来ると薫はルキたちが生活している従業員宿舎の方へ向かった。

 そこは趙悠館の裏通りを挟んだ場所で、二階建てのアパート風の建築物に従業員とルキたち、それと孤児たちが生活していた。

 ルキたちは従業員ではなかったが、俺と伊丹さんの弟子という事で、ここに住んでいる。

 従業員宿舎の前にルキとミリアの姿があった。

「カオル様!」「カオルゥ」

 ルキが走り寄ってカオルに飛び付いた。


2017/3/5 修正

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