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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第7章 竜殺しの狂宴編
160/240

scene:157 アメリカのゴブリン

 JTGでの事務仕事を終わらせ、銀行口座に振り込まれた給与と報酬を確認した。

 鼻デカ神田とマッチョ宮田の勤務する大学病院が年間契約してくれたので、報酬がかなりの額になっていた。

 大学病院では迷宮都市にちゃんとした病院と研究施設を建設するつもりでいるようなので、顔の広いアルフォス支部長に頼んで土地を探して貰うのがいいかもしれない。


 異世界に転移する間際になって、東條管理官から仕事を一つ任された。米軍関係の依頼らしく、断れない事情の有る仕事のようだ。

 米軍は何故か言語知識の詰まった知識の宝珠の存在を知っており、ゴブリン語を習得させたい人物がいるらしい。

 オークが送り込んだゴブリンが、どうやらアメリカで生き延び繁殖を始めたようなのだ。

 場所はフロリダ州のエバーグレイズ国立公園を含む一帯で、ゴブリンの強敵はワニくらいしか居らず、樹海などより暮らしやすいと思われる。

 ゴブリンは有名な魔物だが、その生態はあまり知られていない。そこでゴブリン語を習得しゴブリンの研究に役立てようと米軍は考え依頼を出したようだ。


 この依頼で迷宮都市に行く依頼人たちは三人、ゴブリン語を習得する異世界生物研究者と軍人一人、それに魔導飛行バギーの売買交渉で知り合ったグレイム中佐だった。

 転移する前の顔合わせで、グレイム中佐に何故迷宮都市に行くのか尋ねてみると。

「魔導飛行バギーが作られている現場を見てみたいのだよ」

 と答えてくれた。

 迷宮都市では魔導飛行バギーと簡易魔導核を使った魔導武器の製造工場を建設中だった。場所は貧民街近くの旧魔導寺院跡である。

 建物の一部は完成し魔導飛行バギーの製造を始めているので、その工場を見学させればいいだろう。

 アメリカは魔導飛行バギーの技術が欲しいのだろう。しかし、工場の製造作業を見ても肝心な浮揚タンクの秘密は分からない。核となる逃翔水の製造は俺一人で行っているからだ。


 三日後の夜、伊丹さんと俺はアメリカ人三人を連れて転移した。

 旧エヴァソン遺跡で朝が来るのを待つ。転移門の有る部屋には簡易寝台が七つ用意されていて依頼人には仮眠を取って貰った。

 朝が来て依頼人を起こすと朝食の準備をする。灼熱陸亀の甲羅を削り出して作ったフライパンで鎧豚のハムを焼いて朝食にする。

 グレイム中佐が不思議そうに朝食を作っている俺を見ていた。

「火もないのに加熱出来るんだな。どうやっているのだ?」

 中佐を含めた三人は日本語を喋れるので、会話は日本語である。

「ああ、このフライパンは魔道具なんですよ。魔力を注ぐと加熱するんです」

「便利なのものだな。ケント大尉、君の部隊もこんな魔道具を使っているのかい?」

 ケント大尉はアメリカ陸軍特殊訓練部隊の精鋭で異世界における兵士育成プロジェクトの一員だった。年齢はグレイム中佐より一〇歳ほど若い三〇歳前後で逞しい体格の日系四世である。

「残念ながら有りません。魔道具は高いですから」

「これは灼熱陸亀を狩って作ったものなので安かったですよ。加工賃が銀貨三枚です。───但し魔力を流し込める者にしか使えませんけど」


 ケント大尉が何か気付いたようにハッとする。

「『魔力発移の神紋』か。聞いているよ。自衛官の間で人気だそうだね」

「まあ……攻撃魔法ばかりが注目されてますけど、本来はこういう魔道具が使えるようになる便利なものなんです」

 俺は『魔力発移の神紋』を持っていないけど、躯豪術が代わりに使える。他にも魔力を体外に放出する方法は有るらしく、中国では気功を取り入れた方法を使っていると聞く。

 中国の案内人に知り合いは居ないが、百歩神拳とかの遣い手が現れても不思議ではない。


「ケント大尉は特殊訓練部隊だと聞いてますが、どんな部隊なの?」

 若さの特権で遠慮なく聞いてみた。米軍の機密事項に抵触するなら『言えない』と言うだろう。

「私の部隊は異世界バルメイトの環境が兵士の身体にどのような影響を及ぼすのかを研究している部隊だ。特に魔導細胞と魔法に関して注目している」

 ケント大尉は嘘を交えて説明した。異世界バルメイトの環境が兵士の身体にどう影響するかを研究しているのは本当だが、真の目的は如何にして強い兵士が育成出来るかだった。


「そんな部隊が何故ゴブリン語を求めるのでござる?」

 伊丹さんが不審に思い尋ねた。

「我々の部隊は長く異世界に駐屯している為、魔物の扱いが得意とする者が増えました。その技術と知識が買われ私と数人のメンバーがフロリダでゴブリン掃討作戦をしている部隊に参加する事になったのです」

 伊丹さんは苦労するだろうと思いながら。

「それは大変でござるな。日本のように狭い国土なら掃討するのも簡単でござるが、アメリカのような広大な国土を持つ国では困難な任務となろう」

「ええ」

 返事をしたケント大尉が苦笑する。


「アメリカでゴブリンの被害が出ているのですか?」

 俺が尋ねると大尉が頷き話してくれた。

 オークが送り込んだと思われるゴブリンの存在が解った時、州知事は州兵の部隊を投入し全滅を命じた。

 転移門の周囲が州兵により包囲されゴブリンの全てが射殺されたと一時は報告されたらしい。

 だが、その二週間後、ジョニー・ウォカーという大学生がゴブリンを見たと証言した。

「彼はたまたま双眼鏡を持って近くの自然公園に行き、勉強熱心なあまり異性間交渉学の研究を行っていたそうだ。……因みに、この自然公園はカップルで訪れる者が多い」


「勉強熱心って……単なる出歯亀じゃないか!」

 俺は思わず突っ込んでしまった。その突っ込みにケント大尉がニヤリと笑う。

「目的はどうあれ……彼が公園内を散策していると、茂みの中でガサゴソと音が聞こえたらしい。そして、そっと近付き見てみると……二匹のゴブリンがイチャイチャしていたそうだ」

 ゴブリンは繁殖力の旺盛な種族である。

「その様子を見たジョニーは、何故かイラッと来たそうだ。そして、やってはいけない事をしてしまった」

 何だろう……彼は何をやったんだ?


 伊丹さんも気になったのか。

「彼は何をやったのでござる?」

「ジョニーは『ゴブリンのくせにイチャイチャすんじゃねえ』と叫んで石を投げたんだ」

 俺と伊丹さんは目を丸くして驚いた。……アメリカは広いな。そんな馬鹿も生きているんだ。


 石はメスゴブリンの背中に当たったらしい。オスゴブリンは激怒しジョニーに襲いかかりボコボコにした。

 倒れたジョニーにオスゴブリンがペッと唾を吐き掛け、メスゴブリンの腰に手を回して去って行ったそうだ。

 数時間後、人間のカップルがジョニーを発見し救急車で病院に運ばれた。

 ケント大尉の話を聞いて、その場の雰囲気がどんよりとしたものになった。

「私は同じアメリカ人として、とても恥ずかしい」

 異世界生物研究者のウォルターが言う。同感だとケント大尉とグレイム中佐が頷いた。


 朝食を食べ、支度をすると迷宮都市に向け海岸線を南へと出発する。

 軍人の二人には槍を、ウォルターには山刀を護身用武器として渡した。

「この当たりには魔物が出るのか?」

 グレイム中佐が尋ねた。

「ええ、海岸にはワタリ大蟹や灰色海トカゲが出ますけど、我々が付いていますから危険は有りません」

「ほお、中々頼もしいな。ケント大尉も鍛えているようだが、魔物との戦いは慣れているのか?」

「もちろんです。魔導細胞の比率を高めるには魔物と戦うのが一番ですから」

 俺は特殊訓練部隊の者がどういう戦い方をする興味を持った。

「ケント大尉は普段どんな武器を使っているのですか?」

「グレイブだ。大剣甲虫から剥ぎ取った剣角に長い柄を付けて使っている」

 以前に薫が使っていた武器なのでよく知っていた。


 岩山の手前で長爪狼の群れに遭遇した。この辺りに居るのは珍しい。それに俺と伊丹さんが居る所に近付いて来るのもおかしい。魔物は気配に敏感で『竜の洗礼』を受けた俺たちを恐れ、逃げる傾向にあるからだ。背後に何か居るのかもしれない。

 長爪狼七匹は俺と伊丹さん、ケント大尉の三人で瞬く間に倒した。俺はケント大尉の戦い方を見ていたが、ゴブリンくらいなら問題なく倒し、技量は中々高かった。

 『躯力強化くりょくきょうかの神紋』も持っていそうなので軍曹蟻やオーガならソロで倒せるレベルだろう。だが、今の戦いは本気ではなかったと判っている。

 他にも攻撃魔法が使える神紋を持っていそうなので、本気を出したら、どれほど強いのかは判断付かない。


 取り敢えず、異世界が初めてだというグレイム中佐とウォルターには、長爪狼の死骸から放出される魔粒子を浴びて貰った。依頼のオプションとして、何か一つでも魔法を体験したいと言う要望があったからだ。

 二人が死骸の前で深呼吸している時、長爪狼の群れが来た方角から迫力のある咆哮が空気を震わせた。

 グレイム中佐とウォルターがビクッと肩を震わせる。

「雷黒猿の吠え方だな……常世の森から迷い出たようでござる」

 俺は邪爪鉈を抜き、伊丹さんも豪竜刀を抜いて構えた。二人の体からは、長爪狼の時と較べ桁違い覇気が放たれる。

「ケント大尉は雷黒猿と戦った経験が有りますか?」

 俺が質問すると大尉は首を振り。

「いや、初めてだ」

「だったら、こいつは俺たちに任せて下さい」

 大尉が承知したと返事をしたので、俺と伊丹さんがスルスルと前に出た。そこに巨大な黒い猿が現れた。

 狼たちは雷黒猿に追われて、俺たちの前に現れたらしい。


 その大猿は二メートル近い巨体をゆすりながら現れ、血走った眼で俺たちを睨み付けた。倒れている狼たちを見付けると獲物を横取りしたのかと怒りを現し唸り声を発した。

 唸ると同時に額から突き出た黒い水晶のような角がバチッと火花を飛ばす。

 雷黒猿と戦う時に注意しないとならない事が有る。奴の角と爪の攻撃を受け止めてはいけないという点だ。角と爪からは強烈な雷撃を放つので下手に受け止めると感電するのだ。

 しかも体全体に弱い雷撃を纏っているので、こちらが攻撃しても自動的に雷撃で反撃される。そうなると剣や槍による攻撃は不可能になるのだが、方法は有った。

 武器に魔力を纏わせ攻撃するのだ。反撃の雷撃を完全には防げないが耐えられる程度にまで弱まる。


 大猿が伊丹さんに飛び掛かり凶悪な爪で喉を引き裂こうとした。伊丹さんは爪を躱し魔力を注ぎ込んだ豪竜刀で大猿の脇腹を斬り裂いた。ビリッと雷撃を感じた伊丹さんが歯を食いしばる。

 甲高い咆哮が響き大気を震わす。益々怒った雷黒猿は爪を熊手のように広げ、全てを引き裂こうとするかのように暴れ始めた。

 俺と伊丹さんは雷黒猿の攻撃を躱しながらチャンスを待つ。五分ほど暴れた大猿が息を大きく吸い込んだ時、隙が生まれた。

 俺は魔力により赤く輝く邪爪鉈を大猿の足に叩き込んだ。その一撃で奴の右足の膝が破壊された。

 そのチャンスを伊丹さんが逃すはずがなく、豪竜刀が雷黒猿の首にスルリと入り撫で切った。次の瞬間、真っ赤な血が噴水のように飛び散り、戦いの終焉を告げた。


 雷黒猿を倒した俺たちは、角と魔晶管・魔晶玉・皮を剥ぎ取り戦利品とした。

 この時もグレイム中佐とウォルターに雷黒猿から放たれる魔粒子を浴びて貰ったので『魔力袋の神紋』を授かれるだけの魔粒子が彼らの身体に蓄積されただろう。


「案内人とは凄まじい者なんだな」

 グレイム中佐が言うとケント大尉が否定する。

「いや、案内人の全てがあんな戦闘力を持っている訳では有りませんよ。彼らが特別なんです」

 その後、迷宮都市に向かった俺たちは昼過ぎに到着した。北門近くの飲食店で迷宮都市の名物料理モシキシを注文し、鳥肉と幾種類かの樹の実を煮込んだ料理を味わって貰った。

 ここでちょっと疲れた様子を見せているグレイム中佐とウォルターに一休みして貰う。


 今回の依頼は短期間の予定なので、依頼人には少し無理をして貰う必要がある。

 暫くして、グレイム中佐とウォルターも回復したようなので、魔導寺院に連れて行き『魔力袋の神紋』を授かって貰い、趙悠館へ戻った。

 初めて神紋を授かった二人は、予想通りぐったりしていた。そこで、依頼人たちには部屋を用意し休んで貰った。


 依頼人たちが部屋に消えると、俺はアカネさんと伊丹さんを呼び部屋で打ち合わせを始めた。

 まずは依頼の内容をアカネさんに説明した。

「簡単な依頼じゃないですか。グレイム中佐とウォルターさんがどんな神紋を選ぶかは問題ですけど、カオルの協力で一通りの応用魔法は揃っていますから、何を選んでも対応出来ますよ」

 アカネさんの言う通り、迷宮都市の魔導寺院で手に入れられる神紋に関する応用魔法は調査済みで、その全てを俺が記憶していた。

 その情報を日本に居る薫に伝え、薫は情報を元に新たな応用魔法を開発している。


 例えば『念動術の神紋』を元に<マッサージ>や<加速>、<回転>などを作り出した。<マッサージ>はマッサージチェアと同じ要領で身体の筋肉を揉みほぐす魔法、<加速>は投擲した石などを加速させる魔法、<回転>は指定した速度で物を回転させる魔法である。

 使い方によっては便利な魔法だが、第一階梯神紋なので出力は弱い。『念動術の神紋』の基本魔法は<念動>であり、これを使ってスプーン曲げやポルターガイスト現象を起こせるが実用的ではない。

 因みに<念動>で敵の心臓を止めるとかは出来ない。対象が生物だと魔力が妨害されるようなのだ。


 ケント大尉はグレイム中佐に割り当てられた部屋に行った。

「どうした、大尉」

 寝ていたのかグレイム中佐の服がシワになっていた。

「お疲れのところ申し訳ありません。中佐にご相談が有って参りました」

 部屋の中には小さなテーブルと椅子が四つ有る。その椅子に座りケント大尉が話し始めた。

「中佐、伊丹がどれほど強いと思いますか?」

「どれほどと言われても困るよ。私は軍人であっても格闘技や戦闘術が専門じゃないからね」

「まあ、そうでしょうね。彼らは十分に強いと思うのですが、竜を倒すほどの強者でしょうか?」

 グレイム中佐は猿の化け物と戦った時の彼らの動きを思い出してみた。

「可能性がないとは言わんが、我が国でも竜を倒した者はトップクラスの者だけだろう」

 アメリカは荒武者が世界一多い国である。強くなるためだけに異世界に滞在し、魔物を狩り続けている者たちの中でも竜を倒すほどの実力を持つ者は少ない。

 それに竜を倒したと確認された実力者でも多人数で亜竜族を倒した者たちが多く、『竜の洗礼』を受けてはいない。


「伊丹らしい男が日本で魔法を使ったと言う情報が入ったので、上から調べるようにと命令が来たのです」

「ほう……竜を倒すとリアルワールドでも魔法が使えるようになると言うのは本当なのか」

 ケント大尉が首を傾げた。特殊訓練部隊でも本当に魔法が使えるようになるか確かめる為に、精鋭十五人で邪竜種コカトリスを討伐する作戦が実行された。

 犠牲者を出しながらもコカトリスを倒し、その濃厚な魔粒子を浴びたがリアルワールドで魔法が使えるようになった者は居なかった。

 アメリカ軍は噂がデマなのか、竜の種類によるのか判断出来ていない。

 だが、リアルワールドで魔法が使える者は存在すると軍は知っていた。そして、日本政府が魔法をプレゼンテーションした時、日本にも一人は魔法を使える者が存在すると確信した。


「分かりません。ですが、竜を倒せるほどの強者ならスカウトしたいのです」

「それで、私に相談と言うのは何だね?」

「伊丹とミコトと行動を共にする時、何か気付いたら私に教えて欲しいのです」

「それくらいなら構わんが、ミコトもなのか? ……未成年だぞ」

「あの少年は十分強いですよ」

 中佐たちは知識の宝珠でミトア語が喋れるようになるとミコトたちが灼炎竜を倒した事実をあっさりと知った。趙悠館に居る誰もが知っていたのだ。


 ウォルターとケント大尉は以前からミトア語を少し話せたが、ミトア語とゴブリン語の知識の宝珠を選び、ミトア語の知識を完全なものにした。これはアメリカ軍が費用を出している。

 一方、グレイム中佐は自費で知識の宝珠を買いミトア語を習得した。ミトア語を習得する絶好の機会を逃したくなかったようだ。


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