scene:150 マポスのピアノ
戦いが終わった三日後、戦勝会が開かれる事になった。国が公式に行う戦勝会は王都で行われるので、今回のものは内輪だけの戦勝会となる。
場所は趙悠館の庭である。王妃と王女の二人が参加したいと言うので趙悠館に決まった。
もちろん、戦いに参加した全員を招待するとなると食堂には入りきれない。庭にテーブルと椅子を並べ開催する事になる。
朝から総出で準備を始める。酒はアカネさんの指導で醸造したエールと伊丹さんが醸造したガルガス酒を用意した。
アカネさんはエールではなく本格的なビールを醸造したかったようなのだが、ホップが見付からずエールになったようだ。
大麦麦芽を原料に作るエールはフルーティな香りになるものが多い。アカネさんが作ったエールはりんごの香りのするエールで美味そうである。
だが、俺は未成年、飲まして貰えなかった。異世界では十五歳になると大人扱いされるのだが、元SPであるアカネさんには通じない。
料理の方は悪食鶏の唐揚げや焼き鳥、鎧豚のトンカツや生姜焼き、それに様々な野菜の酢の物などである。アカネさんは特別料理として灼炎竜の燻製肉を出すつもりのようだ。
ハンターギルドに預けた竜肉は大量に有り、生ハム作りで余った竜肉の一部は干し肉と燻製肉になった。その燻製肉をサプライズとして出すのだ。
それを聞いたルキは飛び上がって喜んだ。焼肉パーティーで食べた竜肉の味を覚えていたのだ。
準備の手伝いをしていたリカヤがマポスに、ピアノの曲を披露したらどうかと勧めた。
「ダメダメ、王妃様や王女様の前で未熟にゃ腕前にゃんて披露出来にゃいよ」
マポス自身は謙遜しているが、ピアニストの児島に鍛えられたマポスの技量は十分に観客を魅了できるものだとリカヤは思っていた。
「あたしは十分行けると思うけどにゃ」
「もうちょっと修行してからだよ。児島先生に一度も褒められた事が無いんだぜ」
児島は厳しい先生だったらしい。
昼を過ぎた頃、ポツポツと招待客が集まり始めた。
まず、ハンターギルドのアルフォス支部長が二つの酒樽を持ち、ハンターたちを引き連れて現れた。
次に太守館からヒンヴァス政務官とモクノス商務官が現れ王妃に挨拶する。
最後にラシュレ衛兵隊長が衛兵たちを引き連れて来る。連れているのは衛兵の半分だけである。太守館の守りをなくす訳にはいかないのだ。
ヒンヴァス政務官の挨拶で戦勝会が始まり、料理や酒が庭に運び出される。まずはエールで乾杯し勝ち取った勝利を祝う。
ハンターや衛兵たちは珍しい料理に舌鼓を打ち満面の笑顔になった。
「おい、この料理は何て言うんだ。凄えうめえぞ」
「この悪食鶏の料理、絶品だぜ」
ハンターや衛兵は料理に満足したようだ。そこに伊丹さんが作ったガルガス酒が出されると上機嫌になる。
王妃と王女は食堂の中で勝利を祝っていた。二人は庭で一緒に祝いたかったようなのだが、警備をしている衛兵たちが反対した。それでもドアが開け放たれているので、庭で喜んでいる声が聞こえ、勝利を祝って盛り上がっている者たちの喜びが伝わって来る。
俺は食堂で料理を楽しんだ後、庭に出て皆に声を掛けた。
「皆、今日は特別に竜肉の燻製を用意した。楽しんでくれ」
一生に一度食べられるかどうかという竜肉が出されると聞いてハンターと衛兵たちは狂喜した。
「ウオオオーー!」
「凄えぇーー!」
叫び声を上げ、ハンターと衛兵たちが竜肉の燻製に飛び付いた。
俺もアカネさんが運んで来た皿から切り分けられた燻製を一つ取って口に運ぶ。ふわりと香ばしい匂いが鼻に抜け、香辛料と塩の味がしてから肉の旨味が口の中に広がった。その旨味の中にこそ竜肉の真価が有った。牛肉や豚肉にない脳を強く刺激するような味が口の中に溢れ出し至福を味わう。
色んな燻製肉を食べた事が有るが、この竜肉の燻製肉には別次元の美味さがあった。
周りを見ると他の皆も夢中で食べている。物凄く好評のようで、テーブルのあちこちで燻製肉の取り合いが発生している。
戦勝会が盛り上がりを見せた頃、趙悠館に来客があった。
ローブを着た若者二人と中年の男である。中年男性は迷宮都市の新しい魔導師ギルド支部長トベウスだった。
「ここで戦勝会を開いていると聞いた。何故、魔導師ミゲルを招待しない」
魔導師の姿を見たリカヤは俺の傍に来て、ミゲルが最初に敵の魔導飛行船を攻撃した魔導師だと教えてくれた。ついでに放った攻撃魔法は敵船に届かず、そのまま逃げた事も伝えられる。
俺の後ろでアルフォス支部長も話を聞いていたらしい。支部長が魔導師の前に出るとミゲルに声を掛ける。
「それは失礼した。最初に敵船を攻撃した魔導師でしたか」
人工池での戦いの時、ヒンヴァス政務官は魔導師ギルドへも救援を依頼した。それに応えなかったのがトベウスだった。当然、戦勝会への声は掛けなかった。
ミゲルが攻撃した事で、ミリアとネリが魔導飛行船と戦うきっかけとなったのは事実である。それを手柄だと勘違いしているのだろうか。
俺が訝しく思っていると、魔導師ギルドの三人は当然のように食堂へ入って行く。食堂には王妃様を始め、ヒンヴァス政務官やモクノス商務官も居て、貴賓席だと考えたようだ。
魔導師は顔の皮が厚くないと務まらない職業なのだろうか。俺は彼らを見て、そんな考えが頭に浮かぶ。
追い返すのも角が立つので、テーブルと椅子を用意し、料理と酒も出す。
魔導師たちは王妃と王女の方をチラリと見たが、何も言わず料理と酒を楽しみ始めた。正体は知られていないようだ。貴族の母娘だとでも思っているのだろう。
酒が入り気が大きくなったミゲルが、敵の魔導飛行船と一戦交えた話を始めた。ミリアたちの話では一撃だけ攻撃魔法を放った後は、逃げ惑っていたと聞いていたが、彼の話では何度も攻撃したそうだ。
ミリアたちも混乱と戦いの中で、ミゲルの行動を把握していた訳ではない。絶対に攻撃しなかったと言い切れないので黙っていた。
俺としてはミゲルの自慢話はなんとなく信じられなかった。ミリアたちが話してくれた戦いの経緯の方が信じられる。
だが、このような席で嘘だと言い喧嘩を売る訳にはいかない。
少し酔ったらしいトベウスが音楽はないのかと騒ぎ始めた。壁際に飾られている竪琴がトベウスの目に入る。
「おい、あそこに竪琴が有る。デミス、お前弾けるのだろ」
デミスと呼ばれた若い魔導師は貴族出身の若者らしく、教養として竪琴の勉強をしていた。
竪琴はピアニストの児島が集めたものである。リアルワールドへ持って帰れないのが分かっているのに集めていたのは根っからの音楽家だからだろうか。
若い魔導師は竪琴を手に取ると試すように弦を弾き、弦の張りを調整した後、『舞姫の気紛れ』という曲を弾き始めた。舞姫の悲恋を曲にしたもので物悲しいメロディーが食堂に流れる。
俺の感想としては、素人としてはまずまずかなという感じである。偶に音程を外すが、ご愛嬌の範囲だろう。
王妃様は笑いを浮かべていたが、王女とルキが胸の前で腕組みをして難しい顔をしている。誰かに似てると思ったらピアニストの児島だった。
彼は渋い顔をしてマポスの弾くピアノを聞いた後、辛口の評価を告げるのだ。
嫌な予感がした。俺は席を立ってルキたちに近付いた。
俺が止める前に、ルキが口を開いた。
「音程がまだまだにぇ。それにじょーかんが篭っちぇいにゃい」
それを聞いた王妃様が笑い声を上げる。言い方が児島に似ていたからだ。
笑い声を聞いたデミスが顔を赤くして、ルキを睨み。
「糞ガキが……楽譜も読めないチビ猫に音楽の何が判る」
友達が侮辱されたと感じたサラティア王女は、デミスにムッとした顔を向け。
「何を言ってます。今の演奏は……ちょっと問題がありました」
「だったら、お前たちが弾いてみろ」
デミスは竪琴を置き、幼女に向けて大人げない事を言う。
ヒンヴァス政務官が呆れたように声を上げる。
「おいおい、小さな子供に何をムキになっとるのだ」
年長の政務官の言葉で、デミスも少し落ち着いた。だが、自分の部下が政務官に窘められているのを見て、トベウスは気分を害し不機嫌な顔になっている。
「こんな田舎じゃ……碌な音楽もないのか」
トベウスが吐き捨てるように言う。これにはヒンヴァス政務官もムッとする。
「ここは迷宮都市だ。品のいい音楽が聞きたかったら王都へ行けばいい」
ヒンヴァス政務官の言葉に、今度はトベウスがムッとする。王都まで戦禍が広がりそうだという情報を信じ迷宮都市の支部長を引き受けたのだが、戦争が終結しそうだとの最新情報を受け、ここに来た事を後悔していたからだ。
トベウスが慇懃無礼な感じで言い返す。
「これは失礼した。迷宮都市を侮辱したように聞こえたのなら御容赦下さい。何せここにはガサツなハンターや兵士ばかりで、我々魔導師のような学識の有る者を楽しませる娯楽が無いのですよ」
謝りながらも結局迷宮都市の人々を侮辱している。筋金入りの嫌な奴である。
ヒンヴァス政務官のこめかみがピクピクと痙攣している。
「そうですか。ガサツですか……しかし、王都からいらした人々の中には街の危機に際し、救援を頼んでも無視するような臆病な方が居るようで困ったものです」
ヒンヴァス政務官に言い返されたトベウスは顔を真っ赤にして睨み始める。
戦勝会だと言うのに雰囲気が悪くなった。
俺はやれやれと思いながら、一つ提案をした。
「トベウス殿は音楽をご所望のようだ。マポス、ピアノを弾いてくれないか」
突然、ピアノを弾けと要望されたマポスは慌てたようで食べていた燻製肉を喉に詰まらせてしまう。
「ウッ……ウッ、ゴホッ……ハアハア……。死ぬかと思った」
涙目になっているマポスを見て不機嫌な顔をしていたヒンヴァス政務官も表情を和らげる。
「それはいい。迷宮都市にも音楽の解かる者が居ると魔導師殿にも知らせてやれ」
「でも、オイラのピアノはまだまだだって児島先生が言っていたんだよ」
習い始めたばかりだと言うのにマポスはちゃんとピアノを弾けるようになっていた。本当に天才級の才能が有るらしく、児島が二、三度曲を弾くだけで、それを記憶し再現出来るようになった。
もちろん、細かなテクニックや情感の表現などはまだまだであるが、何か人を惹き付ける演奏をする。
マポスが渋っているので気楽にやるように言う。
「遊びだと思ってやればいい。児島さんは今居ないんだから」
漸くマポスがピアノを弾く気になった。ピアノの演奏自体は好きなようだ。
トベウスが胡散臭いものを見るような目でマポスを見詰め。
「そんな小僧にピアノが弾けるのか?」
ピアノは歴史的に新しく、貴族や裕福な商人の子女しか習えない楽器だった。ピアノ自体が高価なので仕方ないのだが、そんな楽器をハンターらしい猫人族の小僧が弾くというのだから怪しんだのも無理はなかった。
マポスはピアノの前に置いてある椅子に座り、ゆっくりと指が動くか試すように鍵盤を叩く。ちゃんと調律された澄んだ音色が食堂に響いた。
ルキと王女が席を立ちピアノの傍に移動する。ルキたちは何度もマポスの演奏を聞いており楽しみにしている。
「小僧、指の使い方くらいは知っているようだが、それだけじゃ音楽を知っているとは言えんぞ」
トベウスが憎まれ口を叩く。
その声はマポスには届かなかった。ピアノを前にしたマポスの集中力は半端ではない。
マポスは何を弾くか迷っていたが、先程デミスが演奏した『舞姫の気紛れ』という曲と双璧をなす舞姫の曲である『神に祈る舞姫』という曲を選んだ。
昔から伝わるマウセリア王国の曲を児島がピアノ用にアレンジしたもので、児島自身がよく出来たと珍しく自賛した曲だった。
初めはそよ風のような優しいメロディから始まる。マポスの指が鍵盤の上で軽やかに動き、確かなメロディを紡ぎ出していく。
曲は次第に速さを増し、兵士と恋に落ちる舞姫の様子を描くように喜びと恋心を情感豊かに表現していく。マポスの指は鍵盤の上で忙しく飛び回り美しい音色を奏でる。
この曲を聞くと舞姫と兵士が仲睦まじくデートをしている光景が心に浮かぶ。俺は薫の事が頭に浮かんだ。
デミスやトベウスもアレンジされているが、この曲が『神に祈る舞姫』だと判ったようだ。
食事を楽しんでいたモクノス商務官も手を止め、うっとりとピアノの音色に耳を傾けている。ルキと王女は目を輝かせ、鍵盤の上で踊るマポスの指を見詰めていた。
終盤は、兵士が戦場へと向かう事となり、舞姫と別れるシーンを表現する悲しげなメロディがピアノから紡ぎ出される。
マポスが奏でるピアノの音には何かが有った。ピアニストの児島が弟子だといい出すだけの才能が感じられた。
最後の舞姫が兵士の無事を神に祈るシーンは、昇る朝日に向かって祈りを捧げる舞姫の姿が心に浮かぶような神聖で強い願いが込められたメロディだった。
曲の終わりを告げるように、マポスが立ち上がりお辞儀をする。マポスはミリアの方をチラリと見た。ミリアが嬉しそうに微笑んでいるのを確認しニッコリと笑う。
王妃が一番に拍手を始める。俺も伊丹さんも拍手していた。食堂に居た全員が拍手するまで時間は掛からなかった。驚く事に魔導師たちも拍手していた。
その拍手の音に庭で騒いでいたハンターや衛兵たちも気付き、何事かと食堂近くに集まり始める。
王妃からもう一曲という声が上がったので、マポスは椅子に座り何を弾くか一瞬迷った末、意外な曲を選曲した。戦争で滅んだ未来世界を描いたアニメのオープニングテーマである。
児島さんが好きでよく遊びで弾いていた曲だった。
「何でナ○シカ……」
俺は思わず呟いた。神秘的でステキな曲なんだが、異世界では馴染みのない曲調で、この曲を聞くとルキたちは不思議な気持ちになるらしい。
神秘的で物悲しい調べがピアノから響き渡ると、外でガヤガヤとしていたハンターと衛兵たちも静かになった。胸に染み渡るようなピアノの音色が異世界の人々の心に響く。
ピアノの側で聞いているルキと王女は、手を取り合って喜んだ。児島が居なくなり、もう二度と聞けないのかと思っていた曲だからだ。
王妃は涙を浮かべながら聞いていた。王妃だけではなく感受性の強い女性たちは目をうるうるさせ聞き入っている。
その後、マポスは二曲のクラシックを演奏し拍手喝采を浴びた。
王妃が呟くように言う。
「陛下にも聞かせてあげたいわ」
この時をきっかけにマポスの音楽家としての才能が知られるようになり、音楽を愛する人々の前で演奏する機会が増えていく。
魔導師たちはマポスのピアノに圧倒され静かになった。戦勝会が無事に終わり招待客が帰る頃には、ルキと王女ははしゃぎ過ぎたのか疲れて眠ってしまい、王妃とミリアが抱いて部屋に戻る。
眠っている二人は笑顔をしており、楽しい一日を過ごせたようだ。




