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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第6章 戦乱と陰謀編
150/240

scene:147 キャッツハンドと迷宮都市の危機

 王都での戦いが終わった翌日、最後に残ったミスカル公国の魔導飛行船が迷宮都市に辿り着こうとしていた。

 一方、迷宮都市の住民は危険な魔導飛行船の存在に気付かぬまま平穏な生活を続けている。

 猫人族のパーティ『キャッツハンド』はハンターギルドの依頼を受け、クラウザ初等学院に来ていた。今回の依頼は生徒の前で攻撃魔法を見せる事である。

 学院では、これからハンターや魔導師となる生徒に多くの魔法を見せる事も授業の一環だとして、現役のハンターや魔導師を招き魔法を実演させていた。

 今回はミリアたちハンターと魔導師ギルドから若い魔導師が招かれていた。


 教師のモウラは五〇人ほどいる生徒たちを校庭に集めた。この生徒たちの中には王都から避難して来た者たちの子弟も居た。

 魔導師ギルドからは王都から赴任したばかりのミゲルが選ばれ学院に来ていた。ミゲルは魔導師ギルドの理事の一人である魔導師の息子だった。父親の理事は戦禍が王都まで広がる可能性が有ると考え、避難させる意味で息子を迷宮都市へ送ったのだが、息子のミゲルは不満に思っていた。

 ミゲルは騒いでいる生徒たちを眺めながら溜息を吐く。この仕事を上司である支部長から命じられた時、適当に魔法を見せればいいと言われた。

 だが、ハンターも一緒に魔法を披露すると聞いて舌打ちする。下手な魔法を見せ、ハンターより下だと生徒たちに思われると自分の恥になると思ったのだ。


「チッ、ハンターと言っても猫か。こいつらなら大した神紋も持っていないな」

 ミゲルの呟きは、ミリアたちの耳にはしっかりと聞き取れた。王都から来た人間の中には猫人族を蔑視し、横柄な態度を取る者もいる。ミゲルもその一人らしい。

 ミリアはルキが居なくてよかったとホッとした。趙悠館で王女と一緒にアカネの手伝いをしているルキが一緒に来ていれば、必ずミゲルに言い返し騒ぎを起こしていたからだ。


「静かに……今日は魔導師ギルドからいらしたミゲルさんとハンターの『キャッツハンド』の皆さんに魔法を見せて貰います。今後、神紋を選ぶ時の参考にして貰いますのでちゃんと見て下さい」

 モウラは教師歴七年で、何度もこういう特別授業を経験している。こういう場合、派手な魔法を披露する魔導師ギルド職員の魔法に人気が集まり、ハンターが披露する実用的だが見た目が地味な魔法を軽視する生徒が多い。


 将来を考えると地味であっても実用的な魔法を身に着けて欲しいのだが、生徒たちに説明しても理解して貰えないのが現状である。

 今回もハンターの『キャッツハンド』の皆さんには実用的な魔法を披露してくれるよう頼んで有る。

「最初は『キャッツハンド』の皆さんに実演して貰いましょう」

 モウラがミリアたちを手招きする。


 五〇人もの生徒たちの前に出たミリアたちは少し緊張しているようだ。

「ううっ、緊張する。何か失敗しそうだ」

 マポスが呟いた。それを聞いたパーティリーダーであるリカヤが顔を顰め。

「冗談じゃにゃいぞ。伊丹師匠の前で技を披露した時の事を思い出せ。あのプレッシャーに比べれば、こんにゃのどうって事にゃいはずだ」

 『キャッツハンド』のメンバーは正式にミコトと伊丹の弟子となり、躯豪術の初歩から学んでいる。技を習得する度に師匠たちの前で披露するのだが、竜の洗礼を受けた伊丹たちの眼光は鋭く、集中して見られている時は僅かに覇気が漏れ出るようで弟子たちに緊張感を与える。


 その緊張感の中で技を成功させるのが合格の基準となっているので、リカヤたちは精神的にも逞しくなっていた。

「でも、こんな場所で披露するのが、初歩の魔法でいいのか?」

 マポスが疑問を口にする。一応ハンターとして経験を積み、新しい神紋も授かっていた。生徒たちの好みである派手な魔法も披露出来るのだ。

「先生の注文なんだからいいのよ」

 リカヤより先に、ネリがマポスに応えた。


 呟く程度の小声で話しているのでほとんどの生徒たちには聞こえないが、最前列にいた猫人族の生徒であるコルセラには聞こえ、微妙な顔をされた。

 コルセラは趙悠館の隣りにある道場の娘で、伊丹師匠から一緒に稽古を付けて貰う機会が何度も有り、友人の一人となっていた。


「それでは……リカヤさん、よろしく」

 リカヤは生徒たちの前に立つと生徒たちを見回す。

「我々はハンターとなった時に役に立つ魔法を見せる。まずは明かりだ。『灯火術の神紋』の<灯火>が有名だが、『魔力変現の神紋』の<明かり(ライト)>もある」

 リカヤがミリアに合図する。ミリアが<明かり(ライト)>を発動する。昼間に発動した<明かり(ライト)>は途轍もなく地味だった。

「地味な魔法だが、夜の戦いには必要です」 

 リカヤは<飲水製造ウォーター><洗浄ウォッシュ><拭き布(ワイピングクロス)>などを見せ、最後に身体強化の魔法の一つとして<魔纏マナコート>を見せた。

 最後の<魔纏マナコート>以外は生徒たちに失望させたようだ。


 そこに生徒の一人が声を上げた。

「何だよ……戦いで役に立つのは身体強化の魔法だけじゃないか」

 生意気そうな生徒の声に、リカヤは余裕を持って応える。

「他にも有るわよ」

 マポスに合図を送った後、マポスに向けてナイフを投げる。

 マポスは飛んで来るナイフを<風の盾(ゲールシールド)>で受け止めた。ミコトと同じ『流体統御の神紋』をマポスは授かっていたのだ。


 ナイフが<風の盾(ゲールシールド)>で撥ね返され地面に落ちると生徒たちの中から『オーッ』という声が上がる。

 『流体統御の神紋』の基本魔法は<風の盾(ゲールシールド)>であり、呪文の詠唱なしに瞬時に風の盾を展開出来るので、咄嗟の防御に向いている。

 マポスが新しい神紋として『流体統御の神紋』を選んだ時、リカヤは防御を重視するようになったのかとマポスを褒めた。だが、マポスはミコトが使う<旋風鞭トルネードウイップ>を見て格好いいと思い選んだらしい。

 それを知ったリカヤはガックリしていた。


 目の前で猫人族のパーティが次々に魔法を披露しているのを見て、ミゲルはイライラしていた。

 披露している魔法はありふれたもので、<魔纏マナコート>以外は馴染みのある魔法だった。だが、魔法を発動する早さや魔力を制御する技量の高さに気付き、ミリアたちが本気で攻撃魔法を披露すれば、自分の魔法が及ばないかもしれないと不安になった。


 その様子に気付いたリカヤは、そろそろミゲルにバトンタッチしようと考える。

 樹海や迷宮で役に立つ幾つかの魔法を紹介した後、後ろに下がった。

 ミゲルは小柄で痩せており、黒いローブを纏った姿は物語に出て来る悪の魔法使いを連想させる。

「魔導師ギルドのミゲル・リュデアスだ。私の魔法はギルド伝統の訓練法により磨かれたもので、ハンターなどが使う魔法とは一味違う。よく見ておけ」

 そう言うと杖を構え呪文を唱え始めた。狙いは校庭の隅に積んで有る土嚢の標的である。ネリはミゲルが唱えている呪文を聞いて、『紅炎爆火の神紋』の<爆炎弾>だと判った。


「いきなり<爆炎弾>なの。皆、耳を押さえて」

 ネリが注意を喚起する。

 その直後、赤い炎がミゲルの杖の先から飛び出し土嚢に命中する。爆音が響き渡ったと同時に土煙が上がり、爆風が生徒やリカヤたちを揺さぶる。


 爆風が治まった後、ミゲルが満足そうに笑っていた。

 マポスはジト目でミゲルを見て。

「こいつ、ちょっと危ないんじゃないか」

 ミリアがマポスに黙るようにと合図を送る。

 ミゲルはマポスの言葉に気付かなかったようで、肩を聳やかして告げる。


「どうだ。私の<爆炎弾エクスプローシブフレーム>は」

 生徒の中から「凄い」という声が上がる。リカヤは生徒たちから賞賛を浴びにこやかにしているミゲルを観察し、魔導師としての実力を考察する。確かに凄い威力だったけれど、発動までの時間が長く実戦だったら発動前に妨害されていた可能性が高い。

 実戦経験の浅い魔導師で、実力は自分たちより少し下かもと考える。


 その時、生徒の一人が空を指差し声を上げる。

「おい、あれ何だ?」

 リカヤは空を見上げ生徒が警戒心を起こしたものを探す。東の空に魔導飛行船らしいものが見えた。

「どこの飛行船だと思う?」

 マポスの声が聞こえた。同盟国であるカザイル王国から購入した魔導飛行船は三本マストの形だが、宙に浮かぶ船は四本マストだった。


「間違いない。あれはミスカル公国の魔導飛行船だ」

 ミゲルが確信有り気に声を上げ、いきなり呪文を唱え始めた。

 モウラは驚き声を上げる。

「ミゲルさん、何をするつもりなんですか」

 その魔法が<氷槍アイススピア>だと気付いたネリは止めようとした。魔導飛行船は下から撃ち上げる魔法だと届かないが、船上から撃ち下ろす魔法だとぎりぎり届くのではと言う高度を飛んでいたからだ。

 この高度を指定したのは、参謀役として乗り込んだ十六夜一等陸佐である。


 ミゲルは制止の声を無視し攻撃魔法を放った。

 ネリは結果を見ずに生徒たちに避難するように指示を出す。

「敵よ。避難壕に逃げて!」

 生徒たちは事態が理解出来ず呆然としている。

「何で逃げるんだよ」

 生徒の一人が疑問を口にする。その答えは空から返って来た。ミゲルの<氷槍アイススピア>は空中で消えたが、その攻撃魔法に気付いた敵が、同じ<氷槍アイススピア>を地上に向け放ったのだ。


 大きな氷の槍がミゲルの近くに着弾し土煙と氷の破片を撒き散らす。ミゲルは氷の破片で右頬がザクリと切れた。

「いっひゃああ───」

 痛みと吹き出た血に怯え、ミゲルは校舎の方へ逃げ出した。逃げ方からして大した傷ではないようだ。

「バカヤロォ───、逃げるんにゃら初めから攻撃にゃんかするにゃ!」

 リカヤが怒りの声を上げた。大声を上げた事で冷静になったのか、状況を見極めたリカヤが指示を出し始める。

「ミリアとネリは生徒たちを避難壕へ避難させて。マポスは鐘撞き櫓に登って避難の合図を出すように指示。私とモウラ先生は教頭の所へ行って事態を説明します」


 魔導飛行船は学院の上空に停止し次々と魔法を撃ち下ろした。その為、辺りは騒然となる。生徒たちは怯えて悲鳴を上げ、音に気付いた校舎の生徒たちも窓から顔を覗かせる。

 ミリアとネリは何とか生徒たちを集め、校庭の隅にある避難壕へと誘導する。

 マポスは鐘撞き櫓へと駆け出した。

 リカヤとモウラはミゲルを追って校舎へと走り始めた。


 途中でミゲルを追い越す。

「おい、私を置いて行くな!」

 ミゲルは元々王都の人間なので、迷宮都市のあちこちに非常時用の避難壕が有るのを知らなかった。迷宮都市の住人なら避難壕が一番安全だと教えられている。

 校舎に駆け込んだリカヤとモウラは職員室の隣りにある教頭室へ行き中に入った。

 教頭が窓から身を乗り出し、避難壕へ向かっているミリアたちと生徒に『逃げろ』と叫んでいた。


「教頭、ここの校舎も危険です。生徒たちを避難壕へ誘導して下さい」

 リカヤが大きな声を上げた。

「な、何だって!」

 危険を理解した教頭は教室に向かって走り出す。そこに避難を指示する鐘が打ち鳴らされた。

 学院で打ち鳴らされた警鐘は街まで響き、街の住民も空に浮かぶ敵飛行船に気付いた。

 ハンターギルドではアルフォス支部長が外に飛び出すと敵飛行船を確認し、攻撃魔法に長けたハンターを集め始める。


 学院では、ミリアとネリが生徒たちを避難壕に誘導した後、外へ出る。

「ネリ、あなたの魔法で敵に届くものが有る?」

「にゃい。ミリアは?」

「直接攻撃する魔法はにゃいけど、幻獣召喚にゃら何とか成るかも」

 ミリアは新しい神紋として『幻獣召喚の神紋』を授かっていた。オリガが使う幻獣召喚を見て、これだと思ったのだ。薫に相談してみるとミリア用の幻獣を開発すると約束してくれた。

 取り敢えず、オリガ用にと開発した<蜂鳥召喚サイトバード>と<雷鳩召喚サンダーピジョン>を教えてくれ、ミコト経由でミリア用に開発した<小炎竜召喚プチファイアードラゴン>を教えてくれた。

 因みにネリは『雷火槍刃の神紋』を選んでいた。


 避難壕の入り口で、コルセラが心配そうに上空の魔導飛行船を見上げていた。

「ミリアさん、本当にミスカル公国の魔導飛行船にゃの?」

「こちらを攻撃して来た事から、間違いにゃいわ」

 避難壕の近くにも攻撃魔法が落ち、生徒たちが悲鳴を上げる。

「何とかならないの?」

 コルセラの後ろで涙ぐんでいる女子生徒が小さな声を上げた。それを聞いたコルセラが、その女子生徒の肩を抱き励ます。

「大丈夫、ミリアさんたちが何とかしてくれるよ」

 横に居る男子生徒が恐怖と混乱で声を荒げる。

「あんなへぼい魔法しか見せてくれなかった奴らに何が出来るって言うんだ。<爆炎弾>を放った魔導師は逃げちゃったんだぞ」

「ミリアさんたちは、本当は凄いんだから」

 コルセラの弁護を聞き、ミリアは魔法に集中する。


 ミリアは小炎竜を召喚した。全身がオレンジ色の鱗に覆われ、両翼を広げると四メートルほどになる巨大なコウモリのような翼と太い後ろ足と細い前足の組み合わせは小さなファイアードラゴンという感じだった。

 突然、目の前に小さな竜らしい魔物が出現し、生徒たちが悲鳴を上げる。


 ネリが大声で生徒たちを抑える。

「落ち着いて、これはミリアが召喚した幻獣よ!」

 この魔物が味方だと判り、生徒たちは悲鳴を止め、幻獣を見詰める。

「本当に幻獣なの……初めて見た」「凄え!」

 生徒たちは恐怖を忘れ驚いているようだ。


 目の前から小炎竜が飛び立った。幻獣は魔導飛行船に向かって翔び、敵飛行船の上まで来ると敵兵に気付かれた。弓兵が矢を射るが、小炎竜は素早く避ける。

 小炎竜は縦横無尽に飛び回りながら、口から炎を吹き出す。鱗と同じオレンジ色の炎は甲板と敵兵を焼き、ミスカル公国軍を恐怖と混乱に陥れた。


 その様子を下から見ていた生徒たちが拍手喝采する。


 炎を見た魔導飛行船の操舵手は反射的に高度を落とした。こういう場合、高度を落とすように訓練されており、その通りにしただけなのだが、それは命取りとなる失敗だった。

「ネリ、今がチャンスよ」

 ミリアが魔法を得意とするネリに声を掛けた。ネリは頷き。

「任しといて」

 高度を落とした魔導飛行船に向け、ネリが攻撃魔法を放った。

 『雷火槍刃の神紋』の応用魔法である<雷槍雨サンダースピアレイン>である。十数本の雷槍が上に向かって飛翔し魔導飛行船の船底を破壊する。


 それを見た生徒たちが、賞賛の声を上げた。


 一方、魔導飛行船の指揮を執る船長が厳しい顔で船内の様子を見極めようとしていた。

 このままでは墜落すると判断した船長は、操舵手と甲板員に命じ、着陸出来そうな太守館の人工池を目指して船を進ませた。

 学院の上空から煙を吐き出しながら去って行く敵飛行船を見守り、生徒たちや教師が安堵する。


2016/11/6 誤字修正

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