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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第1章 異世界漂着編
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scene:13 強化剣


 生まれも育ちも貧乏市金無町だった俺は、持ち慣れない大金を手にして落ち着かなかった。今にも後ろから強盗が襲って来るのではないかと心配し頻繁に後ろを振り返る。こういう行動こそたちの悪いやからに付け狙われる原因となるのだが、人生経験の浅い俺には止められない。

「パーッと使ったらすっきりするんだろうな。取り敢えず革鎧の製作と槍舌の皮を鞣す依頼をしよう」


 ドルジ親方の工房へ行き革細工師について尋ねると、親方の甥であるクルツを紹介してくれた。クルツはドルジ親方の工房に居候して色々な所から仕事を請け負い生活しているのだという。

「クルツ、ちょっと来い」

「何だい、伯父さん」

 クルツは二十代後半のひょろりとした青年で、ドワーフに似たドルジ親方とは正反対のイケメンだった。

「お前にお客さんだ。鎧の製作と珍しい皮を鞣して欲しいそうだ」

 特異体の皮と槍舌の皮を渡すと、じっくり観察する。

「槍トカゲの特異体か、珍しいな。こっちは何だ?」

「槍舌の皮だよ。そいつを鞣して欲しいんだ」

「こんな柔らかい皮じゃ防具には向かないぞ」

「防具に使うつもりはない。武器の素材にするんだ」


 俺の一言はドルジ親方の興味を引いた。

「武器だと俺の職分じゃねえか。どんな武器だ?」

 パチンコを取り出して親方に見せる。

「不細工な仕事だな」

「前にも言ったけど、素人が作ったもんなんだから、仕方ないだろ」

 俺は顔を顰めながら弁解する。

「この二股に分かれた先に、この皮を括り付けるのか。原理は弓と同じ……なるほど」

 ドルジ親方はパチンコの原理をすぐに理解する。さすがこの道四〇年のベテランだ。───と言う事でちゃんとしたパチンコの製作を親方に依頼をした。俺のパチンコを不細工と言い切った親方のパチンコだ。立派なものが出来るだろう。


 クルツが俺のサイズを測り、どんな鎧にするか聞いてくる。俺はシンプルなベスト型にするように頼んだ。但し背中の内側に硬貨が一〇枚ほど入る隠しポケットと二つの胸ポケットを付けるように頼んだ。胸ポケットには薬とかを入れる予定だ。

 鎧だけだと革が少し余るようなので、脛当て(グリーブ)を作って貰うことにする。足切りバッタ対策だが、森や草原には噛む虫や毒蛇も多いので必須だろう。


 ついでなのでホーンスピアも作り直して貰う。刃の部分は消耗品だと考えているので取替が楽なようにお願いする。これを聞いて親方が尋ねる。

「鉄製のものに変えたらどうだ?」

「こいつはスライム用の武器なんだ」

 親方は顔を顰めて「分かった」と返事する。スライムは職人泣かせの魔物らしい。


 全部の製作費は金貨三枚と銀貨五枚となった。高いとは思ったが、頑丈な皮を鞣し鎧を作るには手間と技術が必要らしい。俺は気前よく金を親方に渡す。

「特異体を仕留めただけに、金回りは良いようだな」

 この親父、俺の懐具合も承知らしい。

「ところで竜爪鉈に魔力を流すと切れ味が増すようなんだけど、何故なの?」

 親方が驚いたような顔をする。

「お前、もう『魔力発移の神紋』を授かったのか」

「『魔力発移の神紋』?……『魔力袋の神紋』しか無いけど」

 親方が怪訝けげんな顔をする。

「だったら、どうやって竜爪鉈に魔力を込めた」

 俺はキセラたちも不思議がっていたのを思い出す。俺がやっている方法は、そんなに珍しいのだろうか。もしかして貴重な技術なのかもしれない。取り敢えず秘密にするか。


「んん……それは家伝の秘技という奴なんだ」

「……そうなのか。だったら詳しい事は訊かねえよ」

「すみません」

 親方がニヤリと笑った。

「謝る必要はない。それより切れ味が増したのは何故かだったな」

 親方の説明に拠ると、魔物の素材を使った道具や武器には固有の源紋というものが宿っている事があるのだそうだ。但し弱い魔物の素材はあやふやな源紋しか宿っておらず、魔導眼の持主でも識別出来ないらしい。

 ……んん……ファンタジーだ。理解出来ん。おっと、切れ味が増した原因だった。

 例えば、ある剣に『切断』という源紋が宿っていた場合、その剣に魔力を込めるだけで切れ味が増す。


「ミコト、一番初歩的な魔導剣がどんな物か知っているか?」

「魔導剣? ……紅炎剣フレイムソードとかじゃないの」

 俺が紅炎剣フレイムソードと言ったのは、武器屋で売られている魔導剣の中で最も安かったのがそれだからだ。安いと言っても金貨一〇〇枚以上する。

「いや、強化剣というのが初歩のものだ」

「強化剣?……武器屋じゃ見た事ないな」

 強化剣というのは、源紋を利用した魔導剣である。魔物の素材の中に宿る源紋を魔力による刺激で活性化させ切断力などを倍化させた魔導剣だ。


「売れないからさ。強化剣の遣い手は数が少ない。なにせ『魔力発移の神紋』を持っている必要がある。……あ…『魔力発移の神紋』というのは、お前が持つ秘技と同じようなものだ」

 疑問が湧く、切れ味が増すという強化剣は、ハンターに持って来いの魔導剣だ。それを使うために必要だという『魔力発移の神紋』を授かりたいハンターは多いはずだ。その疑問も親方が応えてくれる。


「昔の魔道具は、『魔力発移の神紋』により魔力を込めて使うものが多かったから、遣い手はたくさん居た。だが、魔道具が発達し、魔道具自体に魔力を引き出す機能が付加され始めた頃から遣い手が少なくなった。それに加え、ハンターが普段狩っている魔物の素材に秘められている源紋の魔力効率は低いので切れ味増加などの効果も微妙だ。そんなものに頼るより『躯力強化くりょくきょうかの神紋』を授かり膂力を強化した方が戦いには有利だ」

 これには神紋を持てる数に制限がある事が関連している。無数に持てるなら、ついでに『魔力発移の神紋』も持とうかというハンターも多いだろう。だが、効果の微妙な神紋を授かった途端とたん、制限が来て他の神紋を持てなくなったらと考えると誰でも躊躇う。


「それなら新しい魔道具のように魔力を引き出す機能を付加したらいいんじゃないか」

 親方が肩を竦める。

「それを試した武器職人が居なかったと思うか。もちろん試した奴は居た。魔晶玉に必要な神紋術式を刻印し強化剣に取り付けて使ってみた。上手く機能したが、製作費が高く付いた。紅炎剣フレイムソードと同じ価格で売らないと儲けが出ないような強化剣じゃな……」

 魔道具の素材として魔晶玉が必要だというのは知っていたが、神紋術式を刻印するという言葉に引っ掛かった。呪文のようなものなのだろうか。


「色々教えて貰ってありがとう。勉強になったよ」

「竜爪鉈に源紋が宿っているのなら、毎日魔力を込めてみな。源紋が活性化して切れ味がもっと増すはずだ」

「試してみるよ」

 俺は親方から貴重な知識を貰い工房を後にした。

 大変な一日だったが充実していた。気付くと腹の虫が鳴いている。昼も食べずに駆けずり回っていたから当然だ。可愛い猫人族のミーネちゃんがいる料理屋へ向かう。


 時間が中途半端なので客は少なかった。店主であるガバナスに舌肉を買わないかと交渉すると承知したので銅貨二〇枚で売る。これだけデカイ舌肉は貴重品だ。

「ご注文は何にしまシュか」

 ミーネちゃんの声に癒されながら、パンと野菜スープ、それに舌肉焼きを注文する。今日の出来事を思い出しながら待っていると注文の料理を持ってトコトコと歩いて来る。

「お待たせしました」

「ありがとう」

 ガバナスの絶品舌肉焼きを味わって店を出る。……疲れた。宿に戻って寝よう。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ハンターギルド近くに在る居酒屋。十数人入れば一杯になるような小さな店で、奥のテーブルを占領し騒いでいるパーティがいた。その傍迷惑なパーティがいかめしい顔をしながら浴びるように酒を飲んでいる。槍トカゲの特異体から魔晶管を採取する依頼を受けたパーティである。

「クソッ! あのトカゲが変な落ち方さえしなければ」

 『金剛戦士』のリーダーであるブッガは、テーブルを叩きながら濁声だみごえを上げる。

「ダズ、お前の誘導の仕方が悪かったんじゃねえのか」

 大男のブッガは、パーティの中で一番小柄なダズに文句を言う。

「そんな事はねえよ。運が悪かっただけさ」

 その言葉を聞いた剣士のムスラが顔を顰める。

「チッ、あんなに苦労したのに金貨四枚にしかならねえとはな」


「ムスラ、お前がどんな苦労したっていうんだ」

 ブッガが濁り酒をあおって言う。

「忘れちゃ困るぜ。あの穴を掘った猫人族たちを連れて来たのは俺だぜ」

 魔導剣士のミルザスが可笑しそうに笑う。

「簡単な仕事だと言って騙し、銅貨三枚で一日中穴を掘らせたんだったな。あの猫人族たちは三日ほど寝込んだそうじゃねえか」

「ふん、騙される方が馬鹿なんだよ」

 ムスラが楽しそうに笑う。


「なあ、ブッガ。俺らはいつまでここに居るんだ」

 斧戦士のグレヴァが尋ねる。

「お前も迷宮都市に行きてえのか?」

「あそこは凄く稼げると言うじゃねえか。違うのか」

「確かに稼げるらしい。だがな、あそこは王族が治める街だ。貴族であっても法を犯せば罰せられる。この街のように庇ってくれる親族も居ないんだぞ」

 ブッガの父親は、この地の領主エンバタシュト子爵の弟だった。


「でも、迷宮には潜ってみてえ」

 ムスラの言葉に皆が賛同した。

「雷神剣のジェロルが、バジリスクを倒して握り拳ほどの魔晶玉を手に入れたそうだぜ」

「そんなデカイ魔晶玉なら、金貨二〇〇枚は超えるだろうな」

うらやましいね。金貨一〇枚が手に入らない俺たちは何なんだ」


 ブッガが突然怒り出す。

「馬鹿野郎! だからおめえらは駄目なんだ。ああいう連中は凄え武器を持ってるんだ。俺たちだって雷神剣を持っていれば、バジリスクくらいは簡単に倒せるんだよ」

「雷神剣か……何処の迷宮だったかは忘れたが、闘竜種がうろうろしている階層で雷竜を倒して手に入れたんだろ。俺らには無理だ」

「凄え武器なら雷神剣じゃなくてもいいんだよ。他にも魔導剣はたくさん有るだろうが」

「魔導剣は高いよ。金貨数百枚だぜ。……もしかして親父さんが出してくれるのか?」

 ブッガが馬鹿にしたように笑う。

「あのドケチ親父が、そんな金出す訳ないだろ。魔導剣はもういい、魔法はどうなんだ。迷宮都市の魔導寺院には、凄え神紋が揃っていると聞いたぜ」

 ミルザスが頷く。

「あの魔導寺院には、第三階梯神紋が有るんだ。『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』や『崩岩神威ほうがんしんいの神紋』が有名だぜ」

 ムスラがギルドで仕入れた知識を披露する。

「『崩岩神威ほうがんしんいの神紋』なら俺も聞いた事がある。使い手は宮廷魔導師のキュメスで、独角竜を一発で倒したんだ」

 メンバーの中で一番現実を知るグレヴァが、口を挟む。

「その神紋は高いんだろ」

 ミルザスが顔を曇らせながら応える。

「まあな、だが金貨数十枚だ。魔導剣ほど高くはねえ」


 確かに第三階梯神紋は魔導剣ほど高くないが、神が認めなければ加護を得られない。神紋付与陣のある部屋の扉が反応しなければ、魔導師ギルドの職員は決して中に入るのを許さない。

 それは魔導師ギルドにとって絶対の掟だ。過去に王族の一人が扉の反応なしに神紋付与陣のある部屋に入った事があった。その結果、神紋付与陣は燃え上がり、入った王族は消し炭になっていた。

 神に認められるには、数多くの魔物を討伐し魔力袋のレベルを上げなければならない。第三階梯神紋を授かるような魔法使いは、魔力袋レベルが5を超えているのが普通なのだ。

 それを基準とすると、『金剛戦士』のメンバーで最も素質のあるミルザスでさえレベル3なのだから、金が有ったとしても第三階梯神紋は得られない。

 仮に何かの偶然で、威力の有る魔法や魔導剣が手に入ったとしても、それを使いこなすだけの技量を持たないブッガたちでは、樹海か迷宮で屍になるのがせいぜいだ。

 その後、依頼を失敗した事を思い出したブッガが騒ぎ出し、他の客が寄り付かないほど怒鳴り声を上げる。

 その店の主人は、ブッガたちを出入り禁止にする事を真剣に考え始めた。


2015/3/5 誤字・脱字修正

2017/6/24 説明文の修正

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