scene:146 王都襲撃
遂に勇者の迷宮の最終階層である第二十階層に到達した。
目の前には火山が聳え立ち、足元には火山岩がゴロゴロと転がっている。草木はほとんどなく、無機質な景色が眼前に広がっていた。
迷宮に火山が存在する事実に驚き、唖然として眺めていたが、よく観察してみると火山のミニチュアらしきものだった。高さは五十メートルほどしかなく、火口も大きくはない。
山頂から煙が上がっているが大した量ではない。
「こういう光景を見ると迷宮は誰が作ったのかと疑問が湧いて来る。どう思います?」
「そうですな……神のおもちゃ箱か、邪神の罠という感じでござる」
……神のおもちゃ箱か、面白い例えだ。
「目的のファイアードレイクは何処に居る?」
<魔力感知>で探すと左前方の火山岩の丘の裏辺りに魔力の反応がある。俺たちは丘を目指して進み始めた。
もう少しで丘の麓に辿り着こうという時、大きな火山岩の後ろからサラマンダーが現れた。何かから逃げるように必死で走って来る。
サラマンダーはオレンジ色のイグアナのような姿をしており、全長が二メートルほどあった。こいつは傷を受けると特殊な油を分泌し燃え上がる特性を持っているので一撃で仕留める必要がある。
邪爪鉈を構えた俺は五芒星躯豪術で魔力を練り始める。五芒星の形で流れる魔力を両足に流し込むと同時に地面を削り取るかのように蹴る。
七メートルほど有った間合いを一瞬で跳ぶ。その勢いを殺さず運動エネルギーを邪爪鉈に乗せ、サラマンダーに叩き付けた。
サラマンダーの頭が真っ二つに割れ息の根が止まった。俺たちは流れ出す血を瓶に保管し剥ぎ取りを行う。サラマンダーの血や素材は魔道具の素材や触媒として使われるので消費量が多い割に狩る者が少なく貴重である。
剥ぎ取った物を魔導バッグに仕舞い、先に進む事にした。
丘に登ると向こう側にファイアードレイクの姿が見えた。何かを探しているような様子なのでサラマンダーを追っていたのだろう。
全長七メートルの巨大な身体は暗い朱色(エンジ色)で、姿形はエリマキトカゲに似ていた。首の部分に襞襟状の膜が垂れ下がっており、敵を威嚇する時、この襟巻が広がるらしい。
「先手必勝でござる」
伊丹さんが<缶爆>を投げ付けた。ファイアードレイクに命中した<缶爆>は爆発する。爆発はファイアードレイクをよろめかせ、身体に小さな傷を付けた。
<缶爆>くらいでは大したダメージを与えられないようだ。
豪竜刀を抜いた伊丹さんが走り出す。俺はマナ杖を取り出し<魔粒子凝集砲>の準備をする。灼炎竜にダメージを与えた攻撃魔法ならファイアードレイクを倒せるだろう。
伊丹さんは抜刀術を使うつもりのようだ。巨大トカゲの近くに駆け寄り、鞘から豪竜刀を抜くと同時に奴の腹を斬り裂いた。
伊丹さんが飛び下がった一瞬後、腹から大量の血が吹き出した。俺は咄嗟に<渦水刃>を発動し流れ出す血を吸い上げ始める。直径五〇センチほどの円盤状の渦水刃が完成する。
以前は近距離でないと<渦水刃>は使えなかったのだが、竜の洗礼を受けた後は、ある程度離れていても発動可能になっていた。それだけ制御可能な魔力が増加した証拠である。
真紅の渦水刃は高速で回転しながらファイアードレイクの頭上に浮き上がる。
危険を感じたのか。突然、ファイアードレイクが二本足で立ち上がり、俺に向かって駆け出した。あのエリマキトカゲの走り方と同じである。
どこかユーモラスな走り方なのだが、二本足で立ち上がると五メートルほどの高さになる巨大トカゲが迫って来るのだ。その迫力は半端ではなかった。
俺は渦水刃をファイアードレイクの背中に叩き込んだ。真紅の渦水刃は背中の皮を切り裂き、内部に有る筋肉と臓器を切り刻む。
「グゲゲゲゲ───ーッ!」
甲高い悲鳴を上げたファイアードレイクは足を縺れさせ倒れる。巨大トカゲは倒れると同時に象牙のような二本の牙から炎を吹き出した。
炎の帯が周囲を焼き、俺たちは退避するしかなかった。ファイアードレイクの周りで吹き荒れる炎の所為で段々と気温が高くなる。
「伊丹さん、結界を張るから近くに」
「承知」
伊丹さんは俺の傍に駆け寄り巨大トカゲを睨む。熱気が強まるのを感じ<遮蔽結界>を張る。伊丹さんがホッとしたのを感じた。熱気が遮断され、幾分気温が下がったのだ。
「結構なダメージを与えたと思ったんだけど、あいつはしぶと過ぎる」
正直な感想を言うと伊丹さんも頷いた。
「あいつは首でも刎ねねば仕留められぬのでは」
炎を吹き出しながら藻掻いていたファイアードレイクが回復し立ち上がった。
ファイアードレイクが吹き出す炎は、タコが吐く墨と同じなのかもしれない。敵の目をくらまし寄せ付けない為に炎を吐き、その間に回復する。一種の防御行動なのだろう。
吹き出していた血が止まり、威嚇するような唸り声を発している。すぐに襲い掛かって来ないのは警戒しているからだろう。
炎を吹き出すのは止めていたが、ファイアードレイクの周囲は熱せられた火山岩により未だに高温だった。
周囲を高温にした事でファイアードレイクは安心したようだ。自分から襲って来ようとはせず俺たちが攻撃を仕掛けるのを待っている。
回復を待ってから攻撃しようとでも思っているのだろうが、その戦術は間違いだった。俺の最も強力な攻撃は離れた場所から叩き込む<魔粒子凝集砲>だからだ。
マナ杖を掲げ呪文を唱える。今回はマナ杖のボタン二回押し攻撃魔法を放った。
大気を集め凝縮した魔粒子凝集弾は青くゆらゆらと輝き、込められた力の余波を周囲に振り撒いていた。その余波を感じたファイアードレイクが二本足で立ち上がり攻撃を仕掛けようと動き出す。
俺は魔粒子凝集弾を巨大トカゲ目掛け放った。ファイアードレイクが炎を吐き出し魔粒子凝集弾にぶつける。その炎をぶち抜いて魔粒子凝集弾が飛びファイアードレイクの胸に命中した。
魔粒子凝集弾が爆発しファイアードレイクを吹き飛ばす。爆発の衝撃波は、その胸を陥没させ中の内蔵を押し潰した。当然、心臓も押し潰され致命傷となる。
巨体が地響きを立て倒れた。
「フウーッ」
肩の力を抜きマナ杖を仕舞う。
俺たちはやっと目的のファイアードレイクの牙を手に入れたのだ。
「この階層で終わりなのに何もないのでござろうか?」
伊丹さんが不満そうに言う。
「この迷宮の最終階層は、ここではなく第二十一階層だったという噂です。勇者が本当の最終階層を封印したので、ここが最後になったと言う話です」
「本当の最終階層には何が有ったのでござる?」
「さあ……真龍が眠っていると言う噂が有りますけど本当かどうかは……」
勇者が刻んだという文章が火口近くにあるとギルドの資料に有ったので、小さな火山を登り、火口付近に行ってみた。
火口に到達すると下の方にマグマが湧き出している場所が見える。その熱気が伝わり汗が吹き出てきた。見渡すと左の方に石碑みたいなものが有った。
近付いて見てみる。───ー確かに文字が刻まれていた。古代魔導帝国の言語であるエトワ語だ。
書かれていた文章は所々が欠落している。
『───ーオークの軍勢が禁忌を犯し───に挑んだ。──帝の目論見は────の復活────為に────魔晶玉が必要だっ────。怒り狂った────はオークだけでなく、人間の──も襲い、幾つもの────が滅んだ。────────止めなければ────』
俺は読んだ文章を、そのまま伊丹さんに伝えた。
「オークどもが何かやらかした事は判るが……ほとんど意味不明でござる」
「勇者がこれを刻んだとすれば、何故迷宮にこんな文章を残したのか?」
「謎でござる」
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ミコトたちが勇者の迷宮を攻略している頃、王都エクサバルに危機が迫っていた。
王都の北東方向から魔導飛行船が侵入し、王都の外縁に姿を現した。
王都中央軍の見張り兵が発見し警鐘を打ち鳴らす。それは敵が王都に侵入した合図の鐘であり、この合図を聞いた警邏隊は都民に家に入るよう指示を出し火を使っているなら消火するよう大声を上げる。
魔導飛行船の事はフロリス砦からの警告で軍関係者は知っていた。見張りを増やし、空へも注意を向けていたのが早期発見に繋がった。
その知らせは国王と王都中央軍のカウレウス将軍に伝えられた。国王は離宮に居るはずのシュマルディン王子とカウレウス将軍、それに閣僚の主だった者を召喚した。
ディンは急いで国王が待つ会議室に向かう。
王城の会議室にはカウレウス将軍と閣僚たちが待っていた。少しして国王が姿を現す。
「見張り兵からの知らせは聞いたな。警告通り敵の魔導飛行船が現れた。こちらの迎撃態勢はどうなっておる?」
カウレウス将軍が青褪めた顔で報告を始めた。
「王都に残っている魔導兵を敵が侵入した方面に向かわせました。魔導師ギルドにも協力を要請しております」
王の表情に影が差す。最近の魔導師ギルドは協力的ではないからだ。
クモリス財務卿が顔を顰め、皮肉を口にする。
「今頃、魔導師ギルドの幹部が王都から逃げ出していない事を願うよ」
実際、幹部の何人かは家族と一緒に王都から逃げ出していた。
「魔導兵の人数は?」
ウラガル王がカウレウス将軍に尋ねた。将軍は渋い顔をして答える。
「魔導飛行船を撃墜可能な攻撃魔法を使えるのは五名だけでございます」
「……少ない。敵の魔導飛行船にも同じ程度の魔導兵が乗り込んでおるだろう。確実に撃墜するには味方の戦力が不足。こうなると竜炎撃を少数だが残しておいて正解であったな」
魔導兵は優先的に交易都市ミュムルとフロリス砦に送ったので、王都に残っている魔導兵は少数だった。
「陛下、ここは魔導飛行バギーに竜炎撃を撃てる兵士を乗せ迎撃に向かわせるべきです」
カウレウス将軍が進言した。だが、魔導飛行バギーを操縦出来る人間は限られており、王都に居るのはシュマルディン王子とダルバル、カウレウス将軍しか居なかった。
将軍の進言にウラガル王は頷いた。
「そうだな」
「自分とダルバル殿が二台の魔導飛行バギーを操縦し迎撃に向かいます」
それを聞いたディンが口を挟んだ。
「それは駄目です。守備の要である将軍がやる事ではない。僕が操縦します」
カウレウス将軍が慌てたように声を上げる。
「しかし、シュマルディン殿下に危険な真似をさせる訳には……」
「王族として、民を護る為に戦うのは当然の事です」
ディンがきっぱりと告げた。それを聞いたウラガル王が誇らしげな顔をして。
「よく言ったシュマルディン。魔導飛行バギーはお前とダルバルに任せる。将軍は後方で指揮を取るのだ」
王の言葉で方針が決まり軍が動き出した。
軍は魔導飛行船が侵入する経路に住む住民を避難させ始める。同時に竜炎撃の射撃訓練を受けた兵士とダルバルがディンの下に呼ばれた。
ディンとダルバルが二台の魔導飛行バギーに分かれ乗り込んだ。その後ろには竜炎撃を装備する二名の兵士が座り緊張した様子で待機している。
「ディン、冷静に行動しろ。逸って敵に近付き過ぎるな」
ダルバルが心配顔でディンに声を掛け、空に舞い上がった。ディンもダルバルを追って魔導飛行バギーを駆る。上空に駆け上ったディンは北東へ向かい、魔導飛行船を探した。
前方に豆粒のような飛行物体が見えた時、ディンの緊張が高まった。
「よし、必ず敵を落とすぞ」
ディンが気合を入れる。後ろを見ると青褪めた顔の兵士たちが居た。
「もしかして高い所が怖いのか?」
「……と、特別怖い訳ではないです。ただ、初めてなので」
「だったら下を見ないようにしろ。敵だけを見るんだ」
そう言われても見てしまうのが人間である。時間が有れば訓練したんだがとディンは悔やんだ。
魔導飛行船の敵は船上から火矢を街に向けて放っていた。王都の所々から煙が上がり住民が走り回っているのが見える。
地上から攻撃魔法の<爆炎弾>が撃ち上げられるが、敵に届く前に力を失い消えた。攻撃魔法の射程距離外を飛行しているようだ。
二台の魔導飛行バギーは全速で敵に近付く。豆粒のようだった魔導飛行船が大きくなり船上で動いている敵の姿も見えるようになる。
「殿下、空の上はこんなに寒いのでありますか?」
兵士の一人が震える声で尋ねた。
魔導飛行船の飛行高度に合わせ高空を飛ぶ魔導飛行バギーには冷たい風が吹き付けていた。
ディンはミコトに勧められ雪狼の毛皮で作った飛行服を着ているので、それほどでもないが、二人の兵士は普段着ている軍服なので寒そうである。
カウレウス将軍も兵士が着る服までは気が回らなかったようだ。
「高い山に登ると寒いだろ。あれと同じだ。戦いが終わるまで我慢してくれ」
ディンは兵士たちをどうする事も出来ず、戦いを早く終わらせる事に集中する。
やっと竜炎撃の射程距離まで近付いた。敵の船の上でこちらを指差す指揮官らしい者が居る。
「射撃準備……狙え……放て!」
二筋の炎が敵を目指し宙を翔ぶ。一発は外れたが、もう一発は船尾に命中し爆発した。敵の船から人間が転げ落ちるのが見えた。
ダルバルの方も竜炎撃を撃ったが二発とも外れたようだ。ディンはこのままではかなりの相対速度ですれ違ってしまうのでスピードを落とし方向転換する準備を始める。
「命中すると思ったら、どんどん放て」
兵士たちには各自の判断で竜炎撃を発射するよう命じた。
魔導飛行バギーと敵の魔導飛行船がもう少しですれ違うというタイミングで敵の魔導兵が攻撃魔法を放った。氷槍が太陽光で煌めきながら迫るのに気付いたディンは、急上昇して避けた。
ダルバルの操縦する魔導飛行バギーから竜炎弾が放たれる。飛行船の左舷中央に命中し大穴を開けた。
敵は船上で大混乱に陥っている。ディンは反転し敵を追い掛け始める。
敵の弓隊も二台の魔導飛行バギー目掛けて矢を放っている。まぐれ当たりの矢が魔導飛行バギーの前面に命中し金属音を響かせながら落ちていった。
後ろの兵士たちは何度か竜炎撃を発射しているが命中せず焦り始めていた。
ディンは近付いて狙い撃つ決断をした。
「近付くぞ。しっかり狙って放て!」
「「ハッ!」」
魔導飛行バギーを敵の飛行船に寄せていく。敵の放った矢がディンの脇腹を掠って血を流させる。
「殿下!」
ディンが血を流しているのに気付いた兵士が大声を上げた。
「大丈夫。そろそろです。……狙え……放て!」
竜炎弾が魔導飛行船の船首と甲板中央に当たった。爆発により木片が飛び散り甲板を炎が押し包む。大量の煙を吐き出しながら魔導飛行船が高度を落とし始めた時、積んであった天激爆雷が誘爆した。
大気を震わす爆音がディンの耳を打つ。その後、爆風が魔導飛行バギーを揉みくちゃにする。
ディンが必死でバランスを取り戻した時、木っ端微塵となった船の残骸が王都に降り注ぎ大きな被害を出していた。ディンは唇を噛み締め、この災害を招いたミスカル公国に呪詛の言葉を吐き出した。
2016/10/25 誤字修正 誤爆ー>誘爆




