scene:144 フロリス砦の決戦
ロルフ竜騎長たちが敵陣の細かい配置や敵兵の動きを調査している間に、オラツェル王子たちがフロリス砦に到着した。
逃げ出した時に激怒していたので、すぐさま怒鳴り込んで来るかと覚悟した。だが、それは杞憂に終わる。モルガート王子に何か言われたのか。オラツェル王子はロルフ竜騎長たちが宿泊している兵舎には来なかった。
一方、公国軍は何かを待っているかのように無理な戦いはせず、弓隊の攻撃や魔導兵による単発的な攻撃魔法を仕掛けて来るだけで、本格的な戦いを仕掛けて来ない。
ロルフ竜騎長は敵が何を待っているのか不安になる。それはタカトル将軍も同じらしく、防壁の上に立ちジッと敵陣の様子を見ている姿をよく見た。
オラツェル王子が到着した次の日、戦局が動いた。
公国軍が全力でフロリス砦を落とそうと突撃して来たのだ。
そして散らばっていた敵の魔導兵たちが砦の門が有る場所に集まり始める。タカトル将軍は味方の魔導兵を門に向かわせる。魔導兵と戦えるのは魔導兵だけだからだ。
まず、主力の弓兵が砦の防壁に近付き矢の雨を降らせ始めた。弓兵の規模は二千数百、射程ギリギリの位置に展開し全力で矢を放ち続ける。多くの矢が防壁の内部にまで飛び込み砦の内部は慌ただしくなった。
砦側からも弓兵が射返し始めた。敵味方の矢が負傷者を生み出す。
「誰か───手を貸してくれ!」
手傷を負った味方を後方に運ぼうとする兵士が叫んでいる。
戦場に血の臭いが漂い、負傷者の呻き声が木霊する。
「拙いぞ。魔導兵が出て来た!」
砦側の誰かが叫んだ。それが合図となったのか、敵の魔導兵が<氷槍>や<風渦刃>を門に向かって放つ。
それを見た味方の魔導兵が『流体統御の神紋』の基本魔法である<風の盾>を攻撃魔法にぶつけ阻止しようとするが、威力を削ぐ事しか出来ず門が魔法により切り刻まれる。
とは言え、砦の門は鋼鉄で補強された頑丈なもので、攻撃魔法の一発や二発でどうなるものでもない。
砦側の魔導兵が<風障壁>の呪文を唱え門を強化する。それだけではなく、お返しとばかりに<爆炎弾>や<雷槍>を敵の魔導兵が居る付近に撃ち込んだ。
暫く攻撃魔法の撃ち合いが続いた。当然ながら魔導兵の多い公国側が優勢となる。そして、先に魔力が尽きたのは砦側だった。
このタイミングで、公国軍は天激爆雷を積んだ魔導飛行船を発進させた。王国側の魔導兵が魔力切れになるのを待っていたのだ。
それだけではなく、梯子を持った攻城兵に命令し防壁に取り付かせる。梯子を防壁に立て掛けた敵兵が梯子を登り始める。登って来た敵兵を王国軍の兵士が防壁から突き落とす。
その中にはオラツェル王子の配下も居た。簡易魔導核を元に作られた魔導武器で敵兵を仕留めている。魔導槍の先から炎を吹き出し敵兵を焼き殺す者、魔導剣から烈風刃を飛ばし切り裂く者などが目立つ。だが、それらの目を引く魔導武器だけでなく、紙で出来ているかのように鎧を斬り裂く剣や兜を断ち割る鉈、頑丈な盾を貫き敵兵の胸を串刺しにする槍なども目を見張る活躍をする。
オラツェル王子が護衛を引き連れ、防壁の上で戦況を見ているロルフ竜騎長たちに駆け寄って来る。
「何故戦わない、貴様ら何をしているんだ!」
強力な武器を持ちながら戦おうとしない竜炎部隊に御立腹のようだ。
「敵を殲滅するタイミングを待っているのです」
ロルフ竜騎長が答えるとオラツェル王子が怒りを露わにして。
「強力な魔導武器を使わないなら、我らに寄越せ」
その時、敵の主力が動いた。防壁に近付き内部に火矢を打ち込もうとする。ロルフ竜騎長が大声を上げる。
「攻撃準備……敵の弓兵を狙え……放て!」
慌ただしく命令を始めたロルフ竜騎長に怒気を放つオラツェル王子が取り残されてしまう。
防壁の各所に身を隠していた竜炎部隊の兵士は竜炎撃を構え敵の主力を狙うと炎の塊を放った。因みに炎の塊を『竜炎弾』と呼ぶようになる。
一〇〇に近いオレンジ色の竜炎弾が敵の弓兵部隊に向かって降り注ぐ。着弾した竜炎弾は爆発し炎を飛び散らせる。着弾点近くに居た敵兵は吹き飛ばされ、その周囲の者は高温の炎で酷い火傷を負う。
敵の主力部隊は密集していたので竜炎撃の一撃で五、六人の兵士が死傷した。そんなものが数十発も一斉に叩き込まれたのだ。
目を怒らせながら見ていたオラツェル王子だったが、竜炎部隊が作り出した敵の惨状を見て背筋が凍るような思いを味わった。
「何と言う威力だ……」
ロルフ竜騎長にオラツェル王子の相手をしている暇はなく命令を続けて発する。
「続けて放て!」
敵の主力部隊は混乱していた。そこに続けて竜炎弾が襲い掛かり混乱に拍車を掛ける。十数回の一斉射撃で主力部隊は壊滅した。
「各小隊は魔導兵の集団を狙え!」
ロルフ竜騎長の指示が飛ぶ。
敵の魔導兵に向け竜炎弾が飛ぶ。これを魔導兵は<風の盾>などで防ぐが、攻撃魔法で迎撃しようとして呪文が間に合わず直撃し死亡する者も居た。
公国軍の一角で鉄砲隊を指揮していた十六夜は、鉄砲隊に防壁の上で攻撃している竜炎部隊を狙うよう命じる。百数十丁の単発銃から銃弾が発射された。
防壁の上で竜炎部隊の数人が銃弾を受け倒れた。その中の一人がファルト百騎長である。
ロルフ竜騎長は目を怒らせ鉄砲隊を狙うように命じる。
十六夜は敵の魔導武器の威力に焦りを覚え、続け様に命じる。
「弾込め……狙え……撃て!」
鉄砲隊が撃つのと竜炎部隊が竜炎弾を放ったのはほとんど同時だった。速度は弾丸の方が速く、銃弾が先に竜炎部隊の兵士を傷付ける。
直後、竜炎弾が鉄砲隊に降り注ぐ。
竜炎弾が鉄砲隊の周囲に着弾し始めると射撃どころではなくなった鉄砲隊が潰走する。有効射程・威力共に竜炎撃の方が上のようだ。
十六夜は折角作り上げた鉄砲隊が竜炎弾により吹き飛ばされるのを目撃し歯噛みする。十六夜の周囲にも竜炎弾が着弾するようになり撤退した。
「噂に聞く迷宮都市で作られた魔導武器だな……口惜しいが単発銃くらいでは相手にならんか」
十六夜の下に部下が駆け寄り。
「隊長、部下たちが単発銃や火薬を放り捨て逃げています」
日本から連れて来た部下だった。
「クソッ……漸く育て上げた鉄砲隊だったのだぞ」
「これからどうしますか?」
部下の質問に不機嫌な顔をした十六夜は。
「ホウレス将軍と合流する」
戦場は煙と炎に包まれていた。
砦の近くまで来ていた魔導飛行船も下の様子を見て引き返していく。このまま突っ込めば竜炎弾を喰らい墜落するのは必定だからだ。
ヴァスケス砦まで退却した公国軍は敗残兵の集団に成り下がっていた。
十六夜と部下がホウレス将軍の本陣に行くと。公国軍の指揮官たちが各部隊の状況を報告している。それを聞く度に将軍が熊のような唸り声を発している。
最後に十六夜が鉄砲隊がほぼ壊滅状態だと報告すると。
「なんという事だ。イザヨイ隊長、君の鉄砲隊は何をしていたのだ」
将軍が熊のようにウロウロしながら、怒声を上げた。
「敵の新しい魔導武器を装備した兵士の何人かを倒しました」
「最初の一撃だけですね」
参謀の一人が暗い声で報告する。
将軍が怒鳴り散らし指揮官たちに罵声を浴びせた。その後、冷静さを取り戻した将軍が参謀の一人に尋ねた。
「どうすればいい?」
その参謀は少し考えてから提案した。
「『天激爆雷』を使うしか無いでしょう」
「だが、奴らには新しい魔導武器が有る。魔導飛行船を落とされるだけではないのか?」
「前回は狙いを付け易いように低空で侵入し天激爆雷を落としました。今回は三倍の高さから侵入します」
「それなら攻撃魔法や新しい魔導武器の攻撃を喰らわずに済むのだな?」
「新しい魔導武器の有効射程距離は攻撃魔法よりは長いですが、倍と計算しても大丈夫なはずです」
魔導飛行船はあまり高くを飛ばさない。上空は寒く体調を崩す者が出るからだ。
「船の乗員たちには無理をして貰うが、故国の為だ」
将軍と参謀が細かい点を詰め作戦を練って行く。
「フロリス砦を天激爆雷により壊滅させたとして、その先に軍を進められるか?」
その参謀は難しい顔をして首を振る。
「今回の敗北で兵士の半数が戦えなくなりました。兵士を補充し攻略軍を再編成しなければ無理でしょう」
攻略軍の再編には数ヶ月単位の時間が必要である。
それだけの時間をマウセリア王国に与えれば、防備を固められてしまう。結局、侵攻作戦は失敗に終わるという事だ。
このまま故国に帰れば、ホウレス将軍は責任を追求され処罰されるだろう。処罰を軽くする為には、フロリス砦に打撃を与えるだけでは不十分だ。
将軍はマウセリア王国の王都エクサバルにも天激爆雷を落とし、王国に防備を固める余裕を失くそうと企図し参謀たちに検討するよう命じた。
十六夜が一つ提案する。
「王都エクサバルだけでなく、迷宮都市にも天激爆雷を使うべきではありませんか」
参謀の一人が難色を示す。
「辺境の地方都市ではないか。必要ない」
「ですが将軍。あの魔導武器を開発したのも迷宮都市。これ以上厄介なものを戦場に投入されぬよう潰しておくのが良いのでは……」
「よし……幸いにも、天激爆雷は三つ有る。三箇所に落とすぞ」
ホウレス将軍が決断を下し三隻の魔導飛行船に天激爆雷が積み込まれた。
ヴァスケス砦から三隻の魔導飛行船が飛び上がる。それを敵陣を監視していたフロリス砦の偵察部隊が発見し連絡用の鳥型魔物を飛ばした。
偵察部隊には必ず『調教術の神紋』を持つ兵士が組み込まれており、鳥型の魔物を携帯していた。
鳥型魔物の飛翔速度は時速一〇〇キロを超えるので魔導飛行船より早くフロリス砦に到着した。鳥型魔物が運んで来た通信文を読んだタカトル将軍は参謀役である部下とロルフ竜騎長とオラツェル王子を呼んだ。
フロリス砦に建てられた兵舎の一画を作戦室として使っていた。
そこにロルフ竜騎長が行くとタカトル将軍が難しい顔をして地図を睨んでいる。
「何か有ったのですか?」
「偵察部隊から知らせが来た。三隻の魔導飛行船が飛翔し、こちらへ向かっているそうだ」
魔導飛行船と聞いてヴァスケス砦の最後を思い出した。
「まさか、ヴァスケス砦がやられた魔導兵器を使うつもりか」
タカトル将軍が苦り切った顔で頷いた。
「その可能性が高いだろう。竜騎長の部隊が装備する魔導武器で魔導飛行船を撃ち落とせるかね?」
今回の攻防で魔導兵のほとんどが負傷するか死んでしまった。頼れそうなのが竜炎部隊しか無いのだ。
「射程距離まで近付いて来れば落とせると思われます」
「そうか、もしもの時は頼む」
ロルフ竜騎長は竜炎部隊を防壁の上に上げた。
「ファルト百騎長、無理をせずに休んでいていいんだぞ」
敵の鉄砲隊の攻撃で肩を負傷したファルト百騎長が防壁の上に登って来たのを見てロルフ竜騎長が声を掛けた。
「敵が近付いているのに寝てなんかいられません」
ロルフ竜騎長は苦笑した。ファルト百騎長が銃弾に倒れた時には戦死したのかと胸を痛めたが、後で軽傷だと知って安堵した。
程なくして東の空に一隻の魔導飛行船が現れた。明らかに竜炎撃の射程距離以上の高度を飛んでいる。
「拙いな。奴らかなりの高度で飛んでいる。それに一隻だけなのは何故だ」
ロルフ竜騎長は公国軍の戦術を理解した。こちらが手出し出来ない高度で侵入し例の魔導兵器を落とす気なのだ。
「しまった。魔導飛行バギーを用意しておくべきだった」
こういう空中の迎撃戦においては小回りが利く魔導飛行バギーが最適だった。
ロルフ竜騎長は一か八かの賭けに出る。竜炎撃の射程距離を伸ばす方法が一つだけあるのだ。
防壁の上に竜炎部隊の兵士たちを並ばせ、敵の魔導飛行船を狙わせる。
もう少しで真上に来るというタイミングで命令を出す。
「第一小隊は魔導飛行船を狙い、倍加竜炎弾を放て!」
倍加竜炎弾と言うのは発射ボタンを続け様に二回押し二倍の魔力を使って竜炎弾を放つ奥の手である。
これは竜炎撃が故障する可能性も有るので普段は禁じている。
オレンジ色ではなく真紅の竜炎弾が宙を駆け上る。竜炎部隊にとって初めての対空射撃である。正確に狙ったはずの竜炎弾が魔導飛行船の後方に逸れて行く。
「ああ~っ!」
「クソッ、もう少しなのに」
それを見ていたフロリス砦の兵士たちが悔しそうな声を上げた。
ロルフ竜騎長は冷静だった。
「他の小隊の者、見たな。照準を修正し倍加竜炎弾を放て!」
倍加竜炎弾はロルフ竜騎長が考えていたより射程の伸びが悪いが、辛うじて魔導飛行船に届くようである。今度は飛行船の手前を狙った真紅の竜炎弾が標的の前方を囲むように上昇する。
真紅の竜炎弾が作り出した包囲網の中に魔導飛行船が進み出た。最初の一発目と二発目は魔導飛行船の船尾を掠め消える。だが、魔導飛行船の幸運もそこまで。
三発目が右舷側中央に命中し衝撃を与えた瞬間、倍加竜炎弾が直径四メートルの炎の球体に膨れ上がり舷側を焼き尽くした。高温にさらされた箇所が炭化し燃え上がる。
船上では乗員が右往左往し船長らしい男が怒鳴り声を上げていた。
「あの魔導武器は、ここまで届くのか……『天激爆雷』を投下しろ!」
ホウレス将軍の参謀である男が命じる。
天激爆雷が投下された直後、続け様に船が大きく揺れる。別の倍加竜炎弾が命中したのだ。真っ黒な煙を吐き出しながら魔導飛行船が高度を落としていく。燃え上がった炎が船の浮力の源である翔岩竜の翼膜で作られた浮力装置に燃え移り魔導飛行船の浮力を奪っているのだ。
ロルフ竜騎長は魔導飛行船から何かが落とされたのに気付いた。
「全員、退避しろ!」
防壁の上から竜炎部隊の兵士が退避を始めた。兵士たちは素早く近くの階段に駆け寄り下へ逃げる。
八割ほどが階段に逃げ込んだ時、天激爆雷が発動した。発動した場所はフロリス砦から三〇メートルほど前方の上空だった。倍加竜炎弾の攻撃に怯えた敵の参謀が天激爆雷の投下タイミングを早めた所為でズレたのである。
真っ赤な光を放った天激爆雷は雨のように雷撃を落とし始めた。防壁の一部にも雷撃は命中し轟音が響き渡る。逃げ遅れた竜炎部隊の一部兵士が叫び声を上げ倒れた。
天激爆雷の投下位置がズレたお陰で、砦が受けた被害はヴァスケス砦よりずっと少なかった。しかし、竜炎部隊だけは大きな被害を受けた。
逃げ遅れた竜炎部隊の二割が死傷した。死傷者の数を知ったロルフ竜騎長は激情に駆られ自分の頬を思い切り叩いた。
その横では、ファルト百騎長が無念そうに部下の遺体を見詰めていた。
「何て事だ。部下を……」
その様子をロルフ竜騎長が見て。
「しっかりしろ。まだ戦争が終わった訳ではないのだぞ。他の二隻の魔導飛行船が気になる。将軍の所へ行くぞ」
ロルフ竜騎長はファルト百騎長を伴いタカトル将軍の所へ行った。
迎えた将軍は今まで見せた事のない笑顔で出迎えてくれた。天激爆雷により砦に被害は出たが修復可能である。そして、敵の魔導飛行船が墜落したのを確認し勝利を確信した。
「竜騎長、君たちのお陰でフロリス砦を守り抜けた。感謝するよ」
「それより将軍、ここに現れなかった二隻の魔導飛行船が気に掛かります。もしかすると……」
タカトル将軍が厳しい顔になり、通信担当の部下を呼び寄せた。
ここに現れなかった二隻の魔導飛行船が、別の場所を襲う危険に気付いたのだ。可能性が高いのは、王都と交易都市である。タカトル将軍はモルガート王子と国王に警告文を送るよう手配した。
この時点で、王国側の誰もが迷宮都市を魔導飛行船が襲うとは思ってもいなかった。




