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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第6章 戦乱と陰謀編
144/240

scene:141 劣勢に立つ王国軍

 迷宮都市に戻った日から五日間もカリス工房に軟禁され、ボーキサイトからアルミの抽出作業と魔力供給筒の製作をやらされた。

 竜炎撃一〇〇本分のアルミを抽出すると魔力供給筒の製作を開始する。手作業で作ると一日に一本か二本しか出来ないものだが、応用魔法の<精密形成プレシジョンモデリング>で作製すると二〇本ほどが作れる。

 自分で播いた種だとは言え、同じ作業を延々と続けるのは凄い苦行だった。


 魔力供給筒の製作が一段落し、趙悠館に戻るとルキたちが玄関で迎えてくれた。ルキがトコトコと歩み寄り腰に抱き付く。思わず笑顔になって頭を撫でるとルキも笑顔になる。

 こういう時は異世界に来て良かったと心底思う。

「ミコトお兄ちゃん、どこに行っちぇたの?」

 オリガの影響か、ルキもお兄ちゃんと呼ぶようになっていた。

「カリス親方の所だよ」


 ルキたちと一緒に食堂に入ると伊丹さんがアカネさんと雑談していた。

「やっとカリス親方から開放されたでござるか」

「ええ、やっと一〇〇本の竜炎撃を製作する目処が立ったよ」

 アカネさんが真剣な顔で。

「竜炎撃が有れば、公国軍を追い返せるのでしょうか?」

 俺と伊丹さんは首を捻る。


「それは竜炎撃をどう使うかにもよるな」

 俺が眉間にシワを寄せながら言うと伊丹さんも同意する。

「そうでござるな。竜炎撃を少量ずつ各領主軍に配るとかすると敵の数に押され敗北する可能性もござる」

 王国の遠距離攻撃用の武器と言えば弓である。魔法も有るが使える魔導師が少ないので、遠距離攻撃用武器となると主力は弓隊になる。王国軍は弓隊を編成し集団で矢の雨を降らせるように運用している。

 竜炎撃も同じように集中運用するのがいいだろう。

 しかも、使用する局面とタイミングを選ばねばならない。一度使えば何らかの対策を取られる可能性が有るからだ。

 

「王しゃまが負けちゃうの?」

 ルキが心配そうに声を上げる。迷宮都市の住民も戦争の行方を心配しており、その気配を感じて幼いルキも心配になったらしい。

 俺は小さな猫人族の幼女を抱き上げ、優しい声で告げる。

「大丈夫だよ。王様も馬鹿じゃないから、竜炎撃を上手に使ってくれるよ」

 それから軽く雑談をし、夕食を食べてから部屋に戻った。


 翌日、ディンに帰還の挨拶をする為に太守館へ向かった。

 本来なら五日前に行かねばならなかったのだが、カリス親方に捕まってしまったので遅くなった。

 ディンは執務室で報告書を読んでいた。

「戦地はどうでした?」

 ディンが尋ねる。王都でディンと別れた時は、ヴァスケス砦に敵軍の様子を調査に行くと言っておいたのだ。

 公国軍の規模と様子を語り、最後に。

「王国軍にとって厳しい戦いが続いていた。何らかの手を打たなければ王国は交易都市ミュムルより以東の領土を失うかもしない」

「そんな……竜炎撃が有れば何とか成るんじゃないですか?」


 ディンがアカネさんと同じ事を尋ねた。

 同じように答えるしか無い。


 ……………………


「大事なのは最初に竜炎撃を使うタイミングなんだね?」

「そうだ、敵が竜炎撃の存在を知らない油断している時に痛烈な一撃を与え、敵の戦力をごっそりと削り取るのがベストだな」

 その言葉を聞いてディンはもどかしい気分になる。自分たちは役に立ちそうな武器を提供する事だけしか出来ない。成人していれば兄たちのように戦地に向かい一緒に戦う事も出来たのにと悔しく思う。


 ディンは勘違いしているが、少数の兵士を率いて戦争に参加するより、強力な武器となる竜炎撃を用意する方が国に貢献したと言える。それを理解していないのは、ディンが若いからだろう。

 と言っても竜炎撃の重要性を判らない訳ではない。竜炎撃が戦争の行方を左右する重要な武器だと判っているのだが、後方で頑張るより前線に出て華々しく活躍したいと思ってしまうのだ。


 一方、俺の方はどうやったら公国軍に一撃を食らわせ戦争を終わらせるか考えていた。

「ダルバルを呼んで相談した方がいいよね」

「ええ」

 返事をするとドアの外で控えていた従士にダルバル爺さんを呼びに行かせる。

 ダルバル爺さんが来て、部屋に置かれているソファーに座ると話し始めた。


 俺は昨日まで居たカリス工房の様子と竜炎撃の製作状況を報告する。

「今、迷宮都市に居る職人全員を集め、カリス親方たちが中心になって製作を進めています」

 魔力供給筒以外の部品は完成していた。完成形に組み立て検査と試験すれば、竜炎撃は出来上がる。それに要する時間は三日だろうか。


 俺は持参した地図をテーブルの上に広げた。ヴァスケス砦まで行った時に上空から見た景色を地図にしたものだ。それをダルバル爺さんが見て厳しい顔になる。

「ヴァスケス砦が陥落し、王国軍はフロリス砦で敵の猛攻を食い止めておる。ヴァスケス砦が陥落した時、敵はムアトル公爵から聞いた新しい魔導兵器を使ったようだ」

 ダルバル爺さんは配下が見て来たヴァスケス砦が陥落時の有様を教えてくれた。


 両軍の兵士に疲れが見え始めた頃。

 公国軍は攻め続けていた攻撃を一旦止め、味方を下がらせると、魔導飛行船を出動させた。

 近付いて来る魔導飛行船を発見した王国軍は、四人の最上位魔導兵を呼んだ。

「あの魔導飛行船を落とすんだ」

 四人の最上位魔導兵は『天雷嵐渦の神紋』や『崩岩神威の神紋』を授かっており強力な応用魔法の持ち主だった。魔導兵は魔力を掻き集め呪文の詠唱を始める。

 最初に『天雷嵐渦の神紋』の所持者が<雷槍サンダースピア>を魔導飛行船に向けて放った。


 <雷槍サンダースピア>は射程の長い攻撃魔法である。火花を散らす稲妻の槍が宙を飛翔し魔導飛行船の舷側に命中した。

 『ドーン』という雷が落ちたような爆発音が響き、近くに居た船員と兵士が吹き飛ぶ。

 魔導飛行船から煙が上がり、船の一部が燃えていた。

 次の瞬間、お返しとばかりに魔導飛行船に乗る魔導兵から攻撃魔法が放たれる。<雷槍サンダースピア>の次に射程の長い<氷槍アイススピア>が魔導兵が立っている防護壁に突き刺さり、防護壁の一部が崩れる。

 王国側の魔導兵に被害は無かった。ただ魔導兵を警護していた兵士二人が犠牲になった。


 魔導飛行船は煙を吹き流しながら高速で近付いて来る。地上の魔導兵と魔導飛行船に乗る魔導兵の間で激しい攻撃魔法の撃ち合いが始まった。

 地上からは<雷槍サンダースピア>や『紅炎爆火の神紋』の応用魔法である<爆炎弾エクスプローシブフレーム>などが撃ち上げられ、上空からは<氷槍アイススピア>や『風刃乱舞の神紋』の応用魔法である<風渦刃トルネードブレード>が地上に叩き付けられた。


 激しい魔法の撃ち合いは両者にかなりのダメージを与える。

 ヴァスケス砦はあちこちで負傷者が痛みを訴え叫ぶ阿鼻叫喚の場となり、魔導飛行船は船体の所々に穴が開き火の手が上がる。

 それでも魔導飛行船はヴァスケス砦を目指して進み、その上空に到達した時、何か箱状の物を投下した。


 その箱が地上五〇メートルまで降下した時、中に有る魔導兵器が発動する。

 強烈で真っ赤な光を発した魔導兵器は放電現象を起こしながら回転を始め、ヴァスケス砦に苛烈な雷撃を雨のように降り注いだ。無数の雷が落ちたかのように連続で落雷音が響く。

 雷撃が命中した周囲は焼け焦げ、そこに居た兵士は体内から焼かれたようになって死んだ。


 魔導兵器を中心として半径五〇メートルが砦としての機能を失い、そこに居た数百人が戦死した。


 そこまで語ったダルバル爺さんが疲れたように溜息を吐く。

「魔導飛行船は墜落したが、ヴァスケス砦も陥落した。味方は多くの犠牲者を出しながらフロリス砦に撤退したそうだ」

 疑問点が浮かんだ。

「敵は何故魔導兵器を投石機のようなもので飛ばさなかったのでしょう?」

「投石機では、それほど高くは飛ばせんからだろう。魔導兵器が発動する最適の高さというものが有るのではないか」

「なるほど……でも、フロリス砦に魔導兵器を使わないのは何故でしょう?」

「軍の連中は新しい魔導兵器の数が揃っていないからだろうと推測しておる」

「と言う事は、戦争が長引くと再び、その魔導兵器が使用される可能性が有るのか。拙いですね」


 ダルバル爺さんが重々しく頷き。

「だから、陛下は竜炎撃に期待されておるのだ」

 黙って聞いていたディンが口を挟む。

「王都で陛下に竜炎撃の威力を披露した時は、凄く喜んでいたよ」

「まあ期待されているのは嬉しいが、兵器や武器というものは運用次第だから。そこをちゃんと検討するように言っておいて下さい」

「ちょっと待て。他人事のように言っているが、ミコトには戦術についても知恵を借りたいのだ」

「俺は軍人じゃないです。戦術なんか知りませんよ」

 俺が拒否するとディンが。

「でも、竜炎撃を一番理解しているのはミコトでしょ」

 仕方なく三人で竜炎撃の効果的な使い方について話し合った。


 三日後、竜炎撃一〇〇本が完成した。ダルバルとディンは竜炎撃を運ぶのに二台の魔導飛行バギーを用意していた。一台は太守館で購入したもの、もう一台は新しく完成し王都へ搬送するものである。屋根部分の上に竜炎撃を五〇本ずつ積んで運ぶ予定になっている。

 操縦者はダルバルとディンで、他に警護の衛兵四人が二台の魔導飛行バギーに分かれて同行する。


 武器を用意しただけでは戦力にならない。少なくとも本物の武器を使って射撃訓練をしなければ実戦には耐えられない。

 王都では精鋭の弓部隊二〇〇人が竜炎撃が待っており、ディンたちの到着後、すぐに訓練を開始する手筈が整っている。


 ディンたちが迷宮都市を出発してから、俺はカリス親方の工房へ向かった。

 親方たち職人は昨日までの不眠不休の作業で疲れ果て休養を取っている。

 俺は誰もいない工房に入り、道具を借りて作業を始めた。製作するのは灼炎竜の角を模倣したランス型の槍である。材料は一等級のミスリル合金を使う。


 ミスリル合金の延べ棒を<精密形成プレシジョンモデリング>を使ってランスの形に変形させる。

 竜炎撃の予備の部品である発射ボタンを組み込んだ柄と魔力供給筒を繋げて新しい武器を作る。但し、魔力供給筒に組み込む魔導核は、薫に頼んで作って貰った補助神紋図を元に作成した魔導核に変える。

 その魔導核は簡易魔導核に使うような安物の魔晶玉ではなく、雷黒猿から剥ぎ取った魔晶玉を使った。新しい武器で扱う魔力量は膨大で、安物の魔晶玉では耐えられないと判っていたからだ。


 最後に灼炎竜の角に秘められている源紋をミスリル合金製のランスに<源紋複写クレストコピー>する。ただ複写しただけではなく一部を改変した。出力を制限したのだ。

 オリジナルの源紋『竜閃砲』では魔力の消費量が大き過ぎ実用的では無いからだ。威力を十分の一にする事により、必要とする魔力量を削減し小型の魔力供給筒一本で青白いビーム『竜閃激光』を五秒間連続発射出来るようにした。


 完成した武器は源紋の名と同じ『竜閃砲』とした。

 竜炎撃の射程は五〇〇メートルほどだが、竜閃砲は倍以上長い。この竜閃砲は竜炎撃を迷宮都市の敵が手にした時の対抗手段として用意したものだった。

 ミスカル公国がマウセリア王国に攻め込んでいる今、何もせずに入れば『虫の迷宮』をミスカル公国は手に入れるだろう。そうなれば大量の魔光石を公国軍が手にする事になる。

 公国軍は強力な魔導兵器をさらに開発し、王国の奥へと進軍を開始するに違いない。マウセリア王国が存在する限り、奪われた領土を取り返そうとするからだ。


 交易都市ミュムルが陥落し、王都で戦いが起これば何万人という数の人命が失われるだろう。

 異世界の歴史を調べれば、何度も繰り返されてきた事だと判る。

 日本の戦国時代と違うのは、負けた国の民は勝った国の劣等階級民として組み込まれ虐げられるという点だ。

 それにミスカル公国は猫人族などを人間として認めていない点も心配だ。ミスカル公国が戦争に勝つような事が有ればルキたちが安全に暮らせる場所を考えねばならない。


 趙悠館に戻ると伊丹さんを伴ってエヴァソン遺跡に向かった。遺跡に行く前に寄り道をする。

 常世の森にはもう一箇所、手に入れたいと思う場所が有った。ガルガスの樹が林となっている場所である。

 ここは大鬼蜘蛛の巣にもなっているので、防壁で囲んでから大鬼蜘蛛を駆逐すれば犬人族の食料庫になる。

 だが、大鬼蜘蛛を駆逐するのは止めた。大鬼蜘蛛が居なくなると虫型の魔物が寄って来るからだ。


 ガルガスの林の前まで来て伊丹さんと相談する。

「どうしたら良いと思います?」

「剛雷槌槍で武装した者とガルガスの実や樹液を採取する者をチームとして編成し、ガルガスの林に派遣するのが得策ではござらんか」

「そうか、俺としてはガルガスの林もエヴァソン遺跡の一部なんだぞと示す為に囲んで置きたかったのだけど」

「囲むだけなら木製の柵で囲んで、エヴァソン遺跡の一部である事と大鬼蜘蛛の巣が有る事を知らせる警告板を立てれば良いのではござらんか」

「なるほど、それで行きますか」


 近くに大鬼蜘蛛が居るのを感じていたが、奴らは近付いて来なかった。灼炎竜を倒し『竜の洗礼』を受けた後、魔物が何かを感じるのか近付かなくなった。

 それは伊丹さんも同じらしく、監査チームと樹海を旅した時も魔物が寄り付かず楽なものだったらしい。

 但し自分から気配を消している時は別である。


 ガルガスの林からエヴァソン遺跡に移動した。

 エヴァソン遺跡は犬人族の手で整備され要塞都市のような姿に変わっていた。

 遺跡は高さ八メートルの防壁により囲まれ、常世の森とは切り離されていた。防壁から三〇メートルの範囲は樹木が切り倒され、見通しの良い草原となっている。

 将来的には常世の森と草原になっている堺に高さ四メートルほどの石垣を築き二重の防壁でエヴァソン遺跡を守りたいと考えていた。


 エヴァソン遺跡に到着した俺たちは門番をしている犬人族に挨拶をして入り、遺跡から海の方へと向かった。

 ここに来たのはエヴァソン遺跡の整備がどこまで進んだのか確かめる為と竜閃砲の試射をする為だった。


 俺は肩から斜め掛けしている魔導バッグから竜閃砲を取り出した。


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