scene:132 竜炎撃
寝付けない夜を過ごす俺は、銃について考えていた。
この異世界には火薬が存在しなかった。黒色火薬の材料となる木炭・硫黄・硝酸カリウム(硝石)は存在する。
但し硝石を産出する砂漠地帯には竜が住み着く傾向が有り、天然に存在する硝石を手に入れるのは難しかった。
もちろん、アンモニアなどを原料に亜硝酸菌、硝酸菌の二段階の微生物による働きで硝酸塩を得る方法は有ったが、硝酸塩を火薬にまで発達させる必要性を、異世界の人々は感じなかった。
この世界には魔法が存在したからだ。
魔法は科学の発達も阻害した。魔法のない世界では、不思議な現象が有ると何故そのような現象が起こるのか探求しようとする気持ちが起きる。だが、魔法の存在する世界では深く考えず魔法だと考える事が多かったそうだ。
不思議な現象を魔法だと思った時点で、人の思考は停まってしまう。
火薬が存在しない世界では『銃』が誕生しなかった。
だが、存在しないはずの銃らしきものが目撃された。リアルワールドの誰かが関与している疑いがある。
東條管理官は本物の銃なのか確かめねばならないと言う。
翌朝、早くからカリス工房へ向かった。
「おはよう。早いじゃねえか」
工房で朝食を摂っていたカリス親方が声を上げた。
「ディンに聞いたんだけど、竜炎棘で魔導武器を作ったんだって?」
「ああ、ダルバル様に頼まれて作ったんだが、失敗作だ」
カリス親方は奥の倉庫から実物を持って来て見せてくれた。
形状は槍である。穂と呼ばれる刀身部分が竜炎棘で、簡易魔導核が組込まれている。長さは成人男性の背丈ほどだ。
試作品を持ってカリス親方と一緒に裏庭に出た。ここで試したらしく、標的である焦げた丸太が残っている。
試作品の穂先を丸太に向け簡易魔導核に触れた。魔力が吸われるのを感じた次の瞬間、穂先からオレンジ色の炎が飛び出した。
ひゅるひゅると飛んだ炎は丸太に当ってボンと爆発する。人を気絶させるくらいの威力は有りそうだが、高額の費用を掛けて作る程ではない。
「しょっぱい魔導武器だね」
カリス親方が渋い顔になる。
「クッ……しょっぱいとか言うな。簡易魔導核との組み合わせが合わなかっただけだ」
昨日ディンたちに話した魔導武器のアイデアをカリス親方と相談した。
「ほう……魔光石を使うのか」
「それなら普通の兵士でも使えると思うんだ」
「灼炎竜の角の方はどうする?」
灼炎竜が角からビームを放つ時、膨大な魔力を集中させたのを感じた。あの規模の魔力を用意するには魔光石が何十個必要になるか判らない。
「あれは魔光石でも無理だ。それに人間相手には必要ないよ」
一瞬で魔導飛行バギーの車輪を焼失させた温度は数万度に達するに違いない。リアルワールドにも存在しないような兵器が、人間同士の戦争に必要だとは思えない。
カリス親方と相談しながら竜炎棘を使った魔導武器『竜炎撃』の設計図を書いた。ちゃんとしたものではなく、ラフな設計図である。カリス親方なら理解してくれるだろう。
『竜炎撃』の形状は基本的に槍である。竜炎棘を穂(刀身部分)として使い、発射ボタンを組み込んだ柄と金属製の筒に簡易魔導核と魔光石燃料バーを仕込んだ魔力供給筒を繋げたものが『竜炎撃』となる。
槍の形はしているが遠距離攻撃専用であり、竜炎棘で敵を突き刺すのは禁止だ。
竜炎撃に組込まれている簡易魔導核には、竜炎棘に秘められている源紋に合わせた補助神紋図が仕込まれている。竜炎棘を調べ確実に源紋を稼働させるには、今までの簡易魔導核が扱う六倍の魔力量が必要であると判明していた。
俺が新しい補助神紋図と設計図を作成している間に、カリス親方は魔導飛行バギーの修理をしてくれた。予め予備の部品を作ってあったので、破損している部分を交換するだけで終わったそうだ。
書いた補助神紋図と設計図を親方に渡し試作品の作製を依頼する。
「急ぐんなら、魔力供給筒はミコトが作ってくれ」
『錬法変現の神紋』の応用魔法である<精密形成>で作った方が早いようだ。
徹夜して魔力供給筒を作った。翌朝、出来上がった魔力供給筒をカリス親方に渡し、趙悠館に戻る。
丁度、伊丹さんたちと査察チームが樹海の転移門を調べに出発する処だった。
「まあ……未成年のくせに朝帰りなの」
糸井議員が声を上げる。徹夜で疲れている処に議員の相手は辛いので、適当に誤魔化して逃げる。
「伊丹さんなら大丈夫だと思うけど、気を付けてね」
伊丹さんは豪竜刀の柄をポンと叩き。
「お任せあれ」
……頼もしい。往復四日ほどの旅行になるが、伊丹さんが居れば問題無いだろう。一緒に行くアカネさんには糸井議員の世話を頼んでいる。女性同士で上手くやって欲しい。
見送ってから昼まで寝た。
「はあああ……」
大きな欠伸をしてから起き上がり食堂へ行くと東條管理官が食事をしていた。
「ミコト、バギーの修理は終わったのか?」
魔導飛行バギーの修理が終わり次第、王都経由で交易都市ミュムルへ行く約束になっていた。
「ええ、出発は明日にします」
「分かった」
東條管理官は習った応用魔法を習得する為に、魔力切れになる直前まで何度も実践していた。
その御蔭なのか『魔力変現の神紋』の応用魔法は習得出来たようだ。お気に入りは<雷鞭>である。一人で雑木林へ行き、ゴブリンや跳兎をしばき倒しているようだ。
……危険な応用魔法を教えてしまったのだろうか。変な習癖に目覚めなければいいのだがと考えているとジロリと睨まれた。
「昨日から何をしてるんだ?」
東條管理官の問いに、正直に応える。
「太守に頼まれて魔導武器を作ってます」
「強力な武器なのか?」
「灼炎竜の竜炎棘を使ったものですから、それなりに強力ですよ」
東條管理官が少し考え。
「戦争に使われるのなら、ほどほどにしとけ。案内人としては政治や戦争に関わらない方がいいんだぞ」
「俺もそう思うんですけど、世間の柵が……」
それを聞いた東條管理官に呆れられてしまった。
「お前まだ未成年だろ。年寄り臭いことを言うな」
食事を済ませカリス工房へ向かう。工房に入るとカリス親方が完成した竜炎撃をチェックしていた。
「丁度いい処に来たな。これから試そうと思うんだが、裏庭で試しても安全か?」
灼炎竜が放った炎の塊は着弾して大きく弾け飛んだのを思い出す。民家の近くでは試さない方がいいだろう。
「裏庭では危ないかもしれないな。どうせ太守館でも試すんだから、太守館の人工池を借りてやりませんか」
「ふむ、それほど威力が有ると考えているんだな。いいぞ」
カリス親方と一緒に太守館に出掛ける。坂道を登り太守館に到着すると衛兵にディンを呼び出して貰った。
ダルバル爺さんと一緒にディンが姿を見せた。最近は領地経営を勉強する為に大量の帳簿を読まされているので疲れた顔をしている。
「親方も一緒か。魔導武器の試作品が完成したのか?」
「ミコトのアイデアを取り入れて完成しました」
カリス親方がダルバル爺さんに竜炎撃を渡した。ダルバル爺さんはじっくりと観察しディンへ手渡す。
「何か格好いいね」
「ディン、発射ボタンに触るなよ」
俺が注意するとディンは「判ってるよ」と応える。
「でも、試すんだよね。僕にやらせてよ」
「駄目だ」
ダルバル爺さんが即座に拒否する。
「太守が危険を犯す必要はない。そう言う役は配下の者にやらせるのだ」
人間としてどうなのという感じだが、異世界では当たり前の事だった。
竜炎撃を最初に発射する名誉は、衛兵の新人に与えられた。
前回の試作品はちゃんと作動すると判っている簡易魔導核を使っていたのでカリス親方が試したが、今回は魔光石燃料バーや改造した簡易魔導核などの新機軸を盛り込んでいる。
ダルバル爺さんが言うように慎重に試しを行った方がいいのかもしれない。
自分で試すつもりだった俺は、考えが足りなかったと反省する。
新人衛兵は全身を金属で覆うプレートアーマーのようなものを装備し、人工池の前に進み出た。
「本当に大丈夫なんですよね」
新人衛兵は不安そうに尋ねた。
「大丈夫だ。しっかり狙ってから発射ボタンを押せ」
ちょっと離れた場所からカリス親方が応えた。
新人衛兵は緊張しているようだった。竜炎撃を持ち上げ人工池の水面に狙いを定め発射ボタンを押した。発射ボタンを押してから実際に発射されるまで二秒ほどのタイムラグがある。
発射ボタンを押してから、すぐには何も起きなかったので新人衛兵はもう一度発射ボタンを押してしまった。
「アッ」
思わず声が出た。タイムラグがある事は新人衛兵にも話したのに、どうやら緊張して忘れたようだ。
必要な二倍の魔力が竜炎棘に流れ込んだ。
オレンジ色の炎が飛び出すはずだったのに真紅の炎が『バシュッ』と音を出して発射され、水面ではなく人工池を飛び越え土手に命中した。命中した途端、真紅の炎が直径四メートルの球体に膨れ上がる。
真紅の球体は一瞬で消えたが、周囲に生えていた雑草が一瞬で灰に変わり、周りの土が高熱でマグマの様になっていた。
竜炎撃が引き起こした奇妙な現象に全員が驚き声を上げる。
「何だ、あれは?」
「灼炎竜が放った奴と違うぞ」
「色も違う」
原因は新人衛兵が発射ボタンを二度押した事により大量の魔力が流れ込んだ所為だと予測は着く。
ダルバル爺さんは予想外の威力に喜んだ。
「もしかすると発射ボタンを押せば押すだけ威力が増すのか?」
その事は俺も考えた。しかし、大量の魔力を源紋が扱いきれず暴発する可能性もある。それを指摘すると、ダルバル爺さんは考え込んだ。
「だが、二度までは大丈夫だと証明された訳だ」
それを聞いたカリス親方が慎重な態度を示す。
「何度も確かめないと確実じゃありませんよ。それより本来の威力を確かめないと」
ダルバル爺さんは頷いて、新人衛兵に声を掛ける。
「そこのお前、今度は発射ボタンを一度だけ押せ」
ダルバル爺さんが新人衛兵に指示を出す。もう一度発射された炎の塊はオレンジ色で灼炎竜のものと一緒だった。命中した後も炎が爆散し周囲に火の粉を飛び散らせただけである。
その威力はグレネードランチャーに匹敵し対人用としては充分過ぎるほどだ。けれど、最初のものに比べると格段に威力が劣る。
ダルバル爺さんは竜炎撃の威力に満足したようだ
「ミコト、竜炎棘を売ってくれ。自分達で使う分以外はいいだろ」
「いいですけど、高いですよ」
ダルバル爺さんが顔を顰める。竜炎撃の威力を見ていなければ値下げ交渉を始める処だ。
「言い値で買う。陛下なら出すはずだ」
竜炎棘は一〇〇個以上取れたと聞いているので、膨大な資金を手に入れた事になる。但し全部後払いである。
ダルバル爺さんはカリス親方に、竜炎撃を一〇〇本欲しいと依頼した。支部長には職人の手配やハンターの協力を命じる。
「ミコトは手伝ってくれるんだろうな」
カリス親方がすがるように言う。
「済みません。俺は王都に行く用が有るんで駄目です」
カリス親方がガクリと膝を突く。
「人手が有れば出来る仕事じゃないですか」
「馬鹿野郎……竜炎撃は小型の魔光石燃料バーを使ってるんだぞ。作れる人間は限られているんだ。お前が抜けるとこっちの負担が大きくなるだろうが」
カリス親方から散々文句を言われた。
アルフォス支部長が俺に顔を向け、灼炎竜の素材について確認を始めた。
「竜炎棘は国が買うとして、角・牙・骨・竜皮・鱗・血・魔晶管・魔晶玉はどうする。劣化する竜皮や魔晶管・血は早めに何とかしないと拙いぞ」
「そうですね。竜皮はウロコが付いたまま鞣せますか?」
「手間賃は高くなるが可能だ。盾か鎧でも作るのか?」
「ええ、バジリスクの皮より丈夫みたいですから」
「残りはどうする。オークションにでも出すか?」
それもいいかもと頷いた。
牙は魔道具の素材に、骨と血、魔晶管内容液は薬の素材となる。趙悠館の調薬工房で使用する分だけ残し、後はオークションで売る事にした。
但しアルフォス支部長に骨と牙は大量に有るので大半は倉庫で保管し、少しずつオークションに出すよう言われた。大量に出すと値崩れ起こすそうだ。
血は保存出来ないので、緋色樹の樹液・各種薬草と練り合わせ傷軟膏・火傷軟膏などに加工するそうだ。
竜種の魔晶管内容液は竜種の血液や月花桃仁草の球根、ラシギリ草などと一緒に調薬し中級再生系魔法薬となる。オークションに出せば途轍もない値段で買い取られるはずだ。
「中級再生系魔法薬か、上級再生系魔法薬が欲しいんだけどな」
オリガの事を思い出しポツリと呟く。それを聞いたアルフォス支部長が。
「無理言うな。上級を作るのにはヒュドラの魔晶管内容液が必要なんだぞ。樹海の最奥に住むヒュドラだ。そこまで辿り着けるようなハンターはこの国に居ない」
五〇〇年前、勇者が樹海の最奥でヒュドラを倒したと言う伝説が有るが、それ以来ヒュドラの姿を見た者は居ない。
樹海の最奥には、『竜種』を超える化物『龍種』が住んでいる。魔物の頂点に君臨する奴らに勝てる人間など存在しなかった。
「ミコト、王都へ行くと言っていたな。太守に竜炎撃を持って行かせるので一緒に連れて行ってくれ」
ダルバル爺さんが言い出した。太守館にある魔導飛行バギーに乗って行くらしい。護衛としてラシュレ衛兵隊長ともう一人の衛兵が一緒だ。
「王都には一泊するだけの予定ですけどいいの?」
「王都に着いてからは別行動で構わん」
ディンが目を輝かせている。
「ねえ、魔導飛行バギーを操縦してもいいでしょ。折角操縦法を習ったんだから」
ダルバル爺さんは顔を顰めたが、余り子供扱いするのも教育上悪いと思ったのか。ラシュレ衛兵隊長が許可した場所ならと承諾した。
王都へ行く前に、もう一つやらねばならない事が有った。
それは焼き肉パーティーである。その日の夜、アルフォス支部長やディンたちを招き、趙悠館で竜肉の焼き肉パーティーを開いた。




