scene:131 灼炎竜の素材
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灼炎竜との戦いから一日後。
目覚めると病室のような部屋の寝台の上で寝ていた。見覚えがある。治療院の一室らしい。
上半身を起こしてみると胸の辺りに僅かな痛みが走った。その痛みで肋骨が折れたのを思い出す。
「でも、折れているなら、こんな痛みで済むはずがない」
……治療院の人が治してくれたのだろうか。寝台の傍にある籠に自分が着ていた服と装備が置いてあった。下着姿で立ち上がって服と装備を着ける。
その時、ドアが開きアルフォス支部長が入って来た。
「やっと目覚めたか。心配したぞ」
「どうも……」
突然だったので曖昧な返事をしてしまった。
「まだ寝ぼけているのか。おっと……最初にお礼を言わなければな。君たちのお陰で助かったよ」
支部長に礼を言われ灼炎竜と戦った事を思い出した。……伊丹さんと俺は倒れて……。
「伊丹さんは無事ですか?」
「ああ、お前より先に目を覚まして趙悠館に一旦戻った。趙悠館の人たちに状況を説明してから、また来るそうだ」
さすが武士の鑑、伊丹さんである。
俺はホッとした。安心すると灼炎竜がどうなったか気になって来た。それを支部長に尋ねると。
「ハンターギルドの者が総出で解体し迷宮都市に運んでいる処だ。もちろん素材は倒したお前たちに所有権が有るが、肉なんかは腐らない内に加工する必要が有るぞ」
魔物の肉は魔粒子を多く含んでいる所為か普通の肉より腐り難い。それでも未加工だと腐敗する。そこで大量の塩を使って生ハムに加工するのが普通なのだそうだ。
保存食としては干し肉にするのも有りだが、味は生ハムの方が断然上らしい。
「ギルドの施設を使って生ハムに加工するのが一番だと思うのだが、どうだ?」
『ハム』は『豚のもも肉』と言う意味も有るので、竜肉のハムと言うのは少しおかしいのだが、製法がハムと一緒なので日本語に変換した時、ハムと変換されるようだ。
ギルドで行うハムの作り方は、燻製や加熱などをしない伝統の作り方である。塩漬けにした肉を長期間気温の低い乾いた場所に吊るして乾燥させるだけなのだが、こうやって熟成させた竜肉ハムは格段に美味しくなる。
竜肉の生ハムは五〇年前に作成して以来久しぶりだと言う。今回の灼炎竜は全長が十一メートルも有るような巨体である。取れる肉の量も半端ではない。
ギルドの施設だけだと全部は生ハムに加工出来ないかもしれないと言われた。
「いい所の肉は生ハムにして、他は干し肉にするのがいいかもしれませんな」
支部長が魔物の肉について詳しいようなので任せる事にした。ただ趙悠館で焼肉パーティーでもしようと思い、その分の肉は運んで貰うよう頼んだ。
「そいつはいいな。私も招待してくれ」
「もちろんです」
因みに以前倒したバジリスクの肉はほとんどが干し肉になったらしい。肉に臭みが有りハムにすると、その臭みが残るのだ。その所為なのか肉は安かった。
肉の話が終わると支部長が厳しい顔になった。
「問題は、肉以外の素材なんだが、たぶん国が買い取りたいと言って来るだろう」
肉以外の素材となると、角・スパイク状の突起・牙・骨・竜皮・鱗・血・魔晶管・魔晶玉になる。内蔵などは痛みが早いので樹海に埋めるそうだ。
竜の肝とか心臓を食べてみたい気もするが、痛みが早いと聞くと手を出さない方がいいかと思う。
「もしかして戦争に使うつもりなの?」
「ああ、簡易魔導核と組み合わせれば魔導武器となりそうな角とスパイク状の突起は、是非に欲しいと王家は言うだろう」
俺は簡易魔導核との組み合わせでどんな魔導武器になるか想像した。炎の塊を発射するスパイク状の突起は『紅炎爆火の神紋』の<炎弾>を強力にしたような武器になるだろう。
問題は角である。強力な兵器になりそうだが、膨大な魔力を必要とするようなので簡易魔導核では必要な魔力を供給出来ないだろう。
「スパイク状の突起は三つ程手元に置いておきたい。それに角も一度調べたい」
俺が希望を言うと支部長は頷いた。
「もう一度言うが、所有権はミコトたちに有る。自由にしてくれ」
墜落した魔導飛行バギーの事が心配になって来た。
「俺の魔導飛行バギーはどうなりました?」
「荷馬車に乗せられ迷宮都市に向かっている途中だろう」
アルフォス支部長の話では、車輪の焼失とボディの傷、そして浮揚タンクを固定する金具が破損したぐらいで、後は概ね大丈夫だったようだ。カリス親方なら二日ほどで直してくれるだろう。
一安心する。灼炎竜の素材については、迷宮都市に到着してから話し合う事にした。支部長と別れ治療院の部屋を出るとカリス工房へ向かった。取り敢えずカリス親方に魔導飛行バギーの修理を頼まなければと思ったのだ。
カリス親方に頼んでから、趙悠館へ戻る。
ルキが最初に俺に気付いて駆け寄り抱き付いた。どうやら心配をかけたようだ。ミリアやアカネさんも駆け寄る。
「ミコト様、お怪我をされたと聞きましたが、大丈夫にゃのでしゅか」
「ルキね。しゅごい魔物をたおちたって聞いたよ」
「伊丹さんから聞きました。無茶しないで下さい」
ルキたちが騒ぐ声を聞き、リカヤやネリ、マポスなども集まって来る。趙悠館で働くおばさんたちや孤児の子供たちも参加すると収拾がつかなくなった。
最後に東條管理官と伊丹さんが姿を見せる。これだけの人が自分の事を心配してくれていたんだと実感し、何だか感動する。
どうやら、俺と伊丹さんが灼炎竜を倒したと言う情報は迷宮都市中に知れ渡ったようだ。但しテレビが有るリアルワールドとは違い、この世界では名前が広まっても顔は知らないと言う者が多い。
現に趙悠館に戻る途中普通に歩いて帰ったんだが、誰も俺には気付かなかった。
もしかして凱旋パレードとかすると本当の意味での有名人になれるかもしれないが、勘弁して欲しい。
俺は伊丹さんと東條管理官、アカネさん、糸井議員、車田准教授を趙悠館の空いている一室に招いて状況を説明した。
魔導師オークが白状した情報についても話す。今回の件は各国の軍が行った偵察任務に激怒したオークの青鱗帝が命じた報復である事。そして、リアルワールドにも何らかのアクションを起こす可能性があると言う推測も告げる。
糸井議員が深刻な顔をして声を上げる。
「それが本当なら政府に、いえ……世界に警告しなければならない」
車田准教授が青褪めた顔をし掠れた声で応える。
「世界に警告……もちろん、そうすべきです。ですが、我々が一番懸念すべき事が有ります」
准教授が言いたいのは、以前にオークが日本に侵入した転移門である。コンクリートの分厚い壁で封鎖し監視カメラと自衛隊所有の重火器で封鎖している。
最初は転移門が現れる地点に土嚢を積んで完全封鎖を試みたのだが、次のミッシングタイムには土嚢の上に転移門が出現した。
リアルワールド側の転移門は障害物のない地表に出現するよう何らかの仕組みが組込まれているらしい。
そして、ロンドンで起きた巨大蟻襲撃事件では、転移門が従来の場所から三〇メートルほど離れた場所に出現したらしい事実から、土嚢やコンクリートによる閉鎖は無意味だと分かった。
現在、転移門の周囲に自衛隊の小規模駐屯所を作り警戒するようにすべきではないかと議論されている。
地方に有る転移門なら駐屯所も比較的簡単に作れるのだが、都市部は問題が有り過ぎて議論が尽きない。これに関連して、異世界側に自衛官を派遣し転移門を守ろうと言う意見が多くなっている。
ただ異世界だと武器を持ち込めないので、本当に守れるのか疑問が出ている。
准教授が危ぶんでいる転移門は、オークたちにより占拠されていると思われる。薫や厨二病の東埜たちが事故により転移した場所なのだが、オークたちが住む瘴気の森から近い。
転移門の警備体制についての話が終わったタイミングで、東條管理官が尋ねる。
「ミコト、街で噂になっているのを聞いたんだが、竜を倒したそうだな」
隠せるような状況ではなかった。
「ええ、予想外な事が起こって倒せました。幸運だったんですよ」
「それでも凄いじゃないか。私はお前の実力を過小評価していたらしい」
上司が自分を評価してくれるのは嬉しいのだが、この上司は時々無理を言うので用心が必要だった。
その日の夕方、アルフォス支部長とダルバル爺さん、ディンが訪ねて来た。こんな時刻に来るとは、何事だろうかと不安になる。
ディンが太守として、迷宮都市を守った事について感謝の言葉を述べた。ダルバル爺さんがたんまり報奨金を弾むぞと約束する。
ダルバル爺さんが内密に話をしたいようなので、自分の部屋に案内した。六畳ほどの寝室と八畳ほどの仕事部屋が有り、仕事部屋の方に案内する。
小型の机と椅子のセット、それに作業台代わりのテーブルと折り畳み椅子がある。ディンたちには折り畳み椅子に座って貰う。
いつもは明るいディンの表情が暗いので心配になる。
アカネさんが持って来たハーブティが配られ、彼女が部屋を出るとダルバル爺さんが話し始める。
「王都から連絡が来た。東で戦争が始まったそうだ」
「……ついに始まったんですか」
予想はしていたが、残念である。戦況を聞くと王国側が不利なようだ。
「クロムウィード宰相が、ミコトにも意見を聞きたいと言ったそうなんだ」
ディンが王都から来た情報を伝えた。
「俺の意見だって……何でだろ?」
ダルバル爺さんがニヤッと笑い。
「自分を判っておらんようだな。バジリスク討伐・簡易魔導核・魔導飛行バギーなどの実績から、お主が一廉の見識の持ち主だと判断したんのだ」
クロムウィード宰相は灼炎竜を倒した事実をまだ知らないはずなので省いたようだ。
俺自身は自分をまだまだ若造の半人前だと思っていた。異世界に転移してから苦労し少しは成長したとは思うが、最近になって自分はまだまだ未熟だと感じる時が多くなった気がする。
「見識と言われてもな……結局戦力不足なんでしょ?」
ダルバル爺さんが顔を顰め、しぶしぶ頷いた。
「このままでは交易都市ミュムルの東に在る国土が敵に奪われてしまう」
交易都市ミュムルはボッシュ砦が有るので守り通せるかもしれないが、虫の迷宮を含む国土を失う可能性が高いらしい。
アルフォス支部長がテーブルを叩き激昂する。
「理不尽ではないか。我が国が何をしたというのだ」
ダルバル爺さんが首を振り冷静な声で言う。
「そうではない。魔導先進国が魔導技術を高め戦力を拡充している間、我が国は何もしなかった。それが現在の事態を引き起こしたのだ」
その言葉を聞いたディンが嘆きの声を上げる。
ダルバル爺さんが俺の方を向き質問する。
「ミスカル公国軍には、棒のような奇妙な魔導武器を持つ部隊が居るらしいんだが、何か心当たりはないか?」
その詳しい情報を聞いて、嫌な予感を覚えた。武器の形状が銃に似ていたからだ。リアルワールドの各国間の取り決めで銃などの兵器の情報は異世界に広めてはならないとなっている。
「いえ、そんな武器に心当たりは無いですね。ただ興味があります。見てみたいな」
ダルバル爺さんが睨むように俺を見る。こんな状況なのに興味本位で見たいとか言ったからだろう。
「見るには最前線に行かねばならんのだぞ。気軽に言ってくれるな。それより戦力となるものを考えてくれ」
アルフォス支部長とダルバル爺さんは、カリス親方に頼んで灼炎竜のスパイク状の突起と簡易魔導核を組み合わせた魔導武器を試作してみたそうだ。
だが、思っていたような威力は発揮されなかった。灼炎竜が放った炎の塊は標的に命中した時、高温の炎を撒き散らし標的を焼き尽くした。
それに比べ試作した魔導武器は、命中した途端『ボン』と弱い爆発を起こすだけの武器となった。
「どうも『竜炎棘』と簡易魔導核との組み合わせは駄目らしいんだ」
ディンたちは灼炎竜のスパイク状の突起を『竜炎棘』と呼んでいるようだ。
何故弱い爆発しか起こせないのか、俺には予想が着いた。あの攻撃を行う時、灼炎竜は大きな魔力を発していた。竜炎棘に同じような魔法効果を発揮させるには、今まで簡易魔導核が扱っていた以上の魔力が必要なのだろう。
灼炎竜の角が大量の魔力を必要とするのは予想していたが、竜炎棘までも魔力不足になるとは思わなかった。それだけ灼炎竜が豊富な魔力量を所有していたと言う事なのだろう。
最も簡単な解決策は簡易魔導核に使われている補助神紋図を改造し取り込む魔力を増やせばいい。
そうなると武器を扱う者の魔力量が問題になる。平均的な兵士の魔力量では扱えない魔導武器になる可能性がある。
そこである事を思い出した。
魔導先進国が魔光石を利用した兵器を開発していると言う情報である。魔導飛行バギーに使っている魔光石燃料バーと竜炎棘と簡易魔導核を組み合わせれば上手くいきそうな気がする。
思い付きを話してみるとディンたちが眼を輝かせ、俺のアイデアに賛同した。
「凄いよ、ミコト」
「さすが宰相が頼りにする男だ。我が国の戦術が変わるかもしれんアイデアだ」
ディンはいいとして、ダルバル爺さんの褒め言葉を聞いて後悔した。何か非情に危険なものを異世界で創り出そうとしているような気がする。
「明日、カリス工房へ行って、親方に相談しようではないか」
カリス親方は、ダルバル爺さんやアルフォス支部長の技術顧問みたいな立場になっていた。その事で親方から文句を言われたが、運命だと思って諦めて欲しい。
ディンたちが帰った後、東條管理官を呼んだ。
「私を呼び付けるとは偉くなったもんだ」
東條管理官が部屋に入るなり皮肉を言う。
「非常事態なんですよ」
俺は銃らしい武器を持つミスカル公国軍の部隊について話した。
管理官の表情が険しい物に変わった。
「それが本当に銃なら、由々しき事態だ。素早い確認が必要だぞ」
本当に銃なのか確認するには、最前線に行き直接見て確認するしかない。
「でも、俺は銃に関して詳しくないですよ」
「心配するな。私も一緒に行って確認する」
東條管理官の言葉で、途轍もなく不安になる。
「しかし、糸井議員たちの査察はどうするんです。樹海に在る転移門の方も査察するんでしょ」
「伊丹とアカネに任せればいいだろ。灼炎竜は居なくなったんだ。危険はないだろ」
確かに伊丹さんが査察チームの面倒を見てくれるなら、ワイバーンが出ても大丈夫だろう。
少し情報を整理したいと東條管理官が自分の部屋に戻った。
一人になり寝台に横になったが、興奮しているのか、その日の夜はなかなか寝付けなかった。




